上 下
240 / 278
第6章 時の揺り籠

6-37 不吉な影は密かに伸びる

しおりを挟む
 男に睨まれたリリとララは動けなかった。
 そもそも、この2人が不意の近接を許すこと自体が有り得ないこと。

「リリ、あれ、やばそう……リリ、リリ?」

 ララは正体不明の相手から眼を離さず、小声でリリに話しかけたが、反応がない。
 しかし、今はリリの状態を確認するわけにもいかない。
 ララは相手を睨んだまま、動き出せない状況に陥るしかなかった。

 一方、リリは恐怖していた。

 この男は、一体何なのか。
 急に現れたこともだが、何よりも
 それは、月のない夜の空ように、光の届かない深海の底のように深い闇の色。
 まるで、恨みや憎しみや苦しみといったような負の感情を圧縮したような嫌な色。

 リリには、その人がどんな在り方をしているのかが、感覚的にわかる不思議な能力がある。
 例えば、司なら縁側の陽だまりのような、ポカポカした温かさを。
 例えば、舞なら真っ直ぐ伸びる樹木のような、ピンとした凛々しさを。
 例えば、宗司なら大きな大きな山のような、ズッシリした息吹を。
 たまに、兎神のようにぼやけてよくわからない人もいるけれど。

 ここまで、直感的に気持ち悪いと感じたヒトは初めてだった。

「おかしいですね。聞こえた騒音とは、型が違うようですが……」

 男はリリたちを目の前にしても気にする様子はなく、自分の思考に没頭していて、

「まぁ、いいでしょう。全てを排除すればよい事です」

 そこで初めて、2人を血のような紅い目で捉えた。

 男に見つめられた2人はビクッとたじろいで、身体を強張らせる。
 まるで、蛇に睨まれた蛙。

「リリ! ララ! 逃げなさい!」

 そんな睨み合いの間に割り込んだのは、2人を追いかけてきたルーヴだった。
 乱入と同時に鋭い爪で男に襲い掛かるが、

「おっと、おや? この型は、そうですか、あなたがあの騒音の元ですね?」

 何事もなかったかのように躱されてしまった。

「何をしているの! ララ! リリを連れて行きなさい!」

 ルーヴの声に弾かれる様にララが巨大化すると同時に駆け出し、リリの首元を咥えて男から引き離す。

「えっ!? ララ? お母さん!」

 リリに有無を言わさず、ララはもと来た道を引き返していく。
 幸いなことに、小さな身体で逃げ出してきたので、家までの距離は遠くない。

 今のララには、誰かに助けを求めることしか頭になかった。


 ルーヴの意図を正確に読み取って、即座に逃走したララ。

「ララ! お母さんが! ララってば!」

 それに対して、リリは大きな不安を感じていた。

 これは、あの時の状況に似ている。
 ウルの森に魔獣が攻めてきて、ヴォルフとルーヴがリリを逃がしたあの時に。

 違いは、相手が不気味な男という点だが、リリが視る限りは魔獣よりも性質が悪い。
 あの場に1人で残ったルーヴが心配でたまらなかった。

「ララ! 離して!」


 一方、家であーでもないこーでもないと話し合っていた司たちは、

「ちょっと待つのじゃ、ララのやつが戻ってきたようじゃ」

「うむ、ララが……戻ってきたのか? それにしては様子がおかしい。ルーヴはどうした?」

 急速に接近してくるララの気配を感じ取った2人に中断された。

 ララの様子を不思議に思って、全員が外に出てララを出迎えることにした。
 それから1分も待たずに、元の姿に戻ったララが小さなリリを咥えて走ってくるという異常な姿を目視する。

「おいおい、ただ事じゃなさそうだぞ……」

 それを見た司が、嫌な予感を隠そうともせずに呟いた。


 その後、ララの先導にヴォルフとリリが追従する形で現場まで折り返す。
 ヴォルフも背には源と司が乗り、リリの背に舞が乗っている。

 最初はヴォルフとララだけが向かおうとしたのだが、司たちが絶対に同行すると主張したため、ヴォルフが折れた。
 正直な話、言い争いをしている時間も惜しかったのである。

 そして、司たちが現場についた時、一行が目にしたのは息も絶え絶えで今にも崩れ落ちそうなルーヴと、直立不動で佇む男の姿。

「ついに、見つけたぞ……」

 それを見たある者が、普段は絶対に発しないような怨嗟が込められた声を出す。

 司は最初、それが祖父の源から発せられたものとは理解できなかった。
 見れば、いつも楽しそうに笑っている源が、顔を顰めてギリギリと歯ぎしりしているのだ。
 ルーヴも心配だが、明らかに尋常じゃない源の様子も不安だった。

 司たちは、足手まといにならないように走っているヴォルフたちから飛び降りると、

「ルーヴ!」

 ヴォルフは単身で即座に男に襲い掛かるが、危なげない様子で躱してしまう。
 この時のヴォルフはかなり本気で攻撃したのだが、相手にはまだ余裕すら見える。

「今度は大勢でわらわらと、無粋な獣たちですね……おや?」

 男は司たちに目をやると、珍しく目を見開いて驚いている様子だった。

「お母さん!」

 男の注意が司たちに逸れたのを感じ取ると、リリはすぐにルーヴに駆け寄った。

「リリ……何で、戻ってき、たの」

「何でって……お母さんを助けにだよ!」

 即座にルーヴを支えるようにリリが庇うのを確認してから、司は改めて男を見る。
 丁度、男も司たちを観察していたようで、お互いの視線が交差すると、

「目が、紅い?」

 血の様に真っ赤な両目を見て、司の心に戦慄が走った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

異世界で魔法使いとなった俺はネットでお買い物して世界を救う

馬宿
ファンタジー
30歳働き盛り、独身、そろそろ身を固めたいものだが相手もいない そんな俺が電車の中で疲れすぎて死んじゃった!? そしてらとある世界の守護者になる為に第2の人生を歩まなくてはいけなくなった!? 農家育ちの素人童貞の俺が世界を守る為に選ばれた!? 10個も願いがかなえられるらしい! だったら異世界でもネットサーフィンして、お買い物して、農業やって、のんびり暮らしたいものだ 異世界なら何でもありでしょ? ならのんびり生きたいな 小説家になろう!にも掲載しています 何分、書きなれていないので、ご指摘あれば是非ご意見お願いいたします

続・拾ったものは大切にしましょう〜子狼に気に入られた男の転移物語〜

ぽん
ファンタジー
⭐︎書籍化決定⭐︎  『拾ってたものは大切にしましょう〜子狼に気に入られた男の転移物語〜』  第2巻:2024年5月20日(月)に各書店に発送されます。  書籍化される[106話]まで引き下げレンタル版と差し替えさせて頂きます。  第1巻:2023年12月〜    改稿を入れて読みやすくなっております。  是非♪ ================== 1人ぼっちだった相沢庵は小さな子狼に気に入られ、共に異世界に送られた。 絶対神リュオンが求めたのは2人で自由に生きる事。 前作でダークエルフの脅威に触れた世界は各地で起こっている不可解な事に憂慮し始めた。 そんな中、異世界にて様々な出会いをし家族を得たイオリはリュオンの願い通り自由に生きていく。 まだ、読んでらっしゃらない方は先に『拾ったものは大切にしましょう〜子狼に気に入られた男の転移物語〜』をご覧下さい。 前作に続き、のんびりと投稿してまいります。 気長なお付き合いを願います。 よろしくお願いします。 ※念の為R15にしています。 ※誤字脱字が存在する可能性か高いです。  苦笑いで許して下さい。

小型オンリーテイマーの辺境開拓スローライフ~小さいからって何もできないわけじゃない!~

渡琉兎
ファンタジー
◆『第4回次世代ファンタジーカップ』にて優秀賞受賞! ◆05/22 18:00 ~ 05/28 09:00 HOTランキングで1位になりました!5日間と15時間の維持、皆様の応援のおかげです!ありがとうございます!! 誰もが神から授かったスキルを活かして生活する世界。 スキルを尊重する、という教えなのだが、年々その教えは損なわれていき、いつしかスキルの強弱でその人を判断する者が多くなってきた。 テイマー一家のリドル・ブリードに転生した元日本人の六井吾郎(むついごろう)は、領主として名を馳せているブリード家の嫡男だった。 リドルもブリード家の例に漏れることなくテイマーのスキルを授かったのだが、その特性に問題があった。 小型オンリーテイム。 大型の魔獣が強い、役に立つと言われる時代となり、小型魔獣しかテイムできないリドルは、家族からも、領民からも、侮られる存在になってしまう。 嫡男でありながら次期当主にはなれないと宣言されたリドルは、それだけではなくブリード家の領地の中でも開拓が進んでいない辺境の地を開拓するよう言い渡されてしまう。 しかしリドルに不安はなかった。 「いこうか。レオ、ルナ」 「ガウ!」 「ミー!」 アイスフェンリルの赤ちゃん、レオ。 フレイムパンサーの赤ちゃん、ルナ。 実は伝説級の存在である二匹の赤ちゃん魔獣と共に、リドルは様々な小型魔獣と、前世で得た知識を駆使して、辺境の地を開拓していく!

ひよっこ神様異世界謳歌記

綾織 茅
ファンタジー
ある日突然、異世界に飛んできてしまったんですが。 しかも、私が神様の子供? いやいや、まさか。そんな馬鹿な。だってほら。 ……あぁ、浮けちゃったね。 ほ、保護者! 保護者の方はどちらにおいででしょうか! 精神安定のために、甘くて美味しいものを所望します! いけめん? びじょ? なにそれ、おいし ――あぁ、いるいる。 優しくて、怒りっぽくて、美味しい食べものをくれて、いつも傍に居てくれる。 そんな大好きな人達が、両手の指じゃ足りないくらい、いーっぱい。 さてさて、保護者達にお菓子ももらえたし、 今日も元気にいってみましょーか。 「ひとーつ、かみしゃまのちからはむやみにつかいません」 「ふたーつ、かってにおでかけしません」 「みーっつ、オヤツはいちにちひとつまで」 「よーっつ、おさけはぜったいにのみません!」 以上、私専用ルールでした。 (なお、基本、幼児は自分の欲に忠実です) 一人じゃ無理だけど、みんなが一緒なら大丈夫。 神様修行、頑張るから、ちゃんとそこで見ていてね。 ※エブリスタ・カクヨム・なろうにも投稿しています(2017.5.1現在)

ゲームの悪役パパに転生したけど、勇者になる息子が子離れしないので完全に詰んでる

街風
ファンタジー
「お前を追放する!」 ゲームの悪役貴族に転生したルドルフは、シナリオ通りに息子のハイネ(後に世界を救う勇者)を追放した。 しかし、前世では子煩悩な父親だったルドルフのこれまでの人生は、ゲームのシナリオに大きく影響を与えていた。旅にでるはずだった勇者は旅に出ず、悪人になる人は善人になっていた。勇者でもないただの中年ルドルフは魔人から世界を救えるのか。

冒険者に憧れる深窓の令嬢←実は吸血鬼最強の真祖様

謙虚なサークル
ファンタジー
彼女は本を読むのが好きで、特に胸躍る冒険譚に目がなかった。 そんな彼女の思いは日に日に強くなり、ついには家族の反対を押し切って家を飛び出す。 憧れの冒険者になる為に―― 「悪いことは言わんからやめておけ」「とっととおうちに帰んな」「子供の遊びじゃねえんだよ」……そんな周りの言葉に耳を傾けながらも、しかし彼女は夢の為に一歩ずつ歩みを進めていく。 ただその一歩は彼女が自分が思っているよりも、はるかに大きいものだった。 何せ彼女は吸血鬼の中で最も古く、最も強き一族――真祖レヴェンスタッド家の令嬢なのだから。

せっかく異世界に転生できたんだから、急いで生きる必要なんてないよね?ー明日も俺はスローなライフを謳歌したいー

ジミー凌我
ファンタジー
 日夜仕事に追われ続ける日常を毎日毎日繰り返していた。  仕事仕事の毎日、明日も明後日も仕事を積みたくないと生き急いでいた。  そんな俺はいつしか過労で倒れてしまった。  そのまま死んだ俺は、異世界に転生していた。  忙しすぎてうわさでしか聞いたことがないが、これが異世界転生というものなのだろう。  生き急いで死んでしまったんだ。俺はこの世界ではゆっくりと生きていきたいと思った。  ただ、この世界にはモンスターも魔王もいるみたい。 この世界で最初に出会ったクレハという女の子は、細かいことは気にしない自由奔放な可愛らしい子で、俺を助けてくれた。 冒険者としてゆったり生計を立てていこうと思ったら、以外と儲かる仕事だったからこれは楽な人生が始まると思った矢先。 なぜか2日目にして魔王軍の侵略に遭遇し…。

追放された転生モブ顔王子と魔境の森の魔女の村

陸奥 霧風
ファンタジー
とある小学1年生の少年が川に落ちた幼馴染を助ける為になりふり構わず川に飛び込んだ。不運なことに助けるつもりが自分まで溺れてしまった。意識が途切れ目覚めたところ、フロンシニアス王国の第三王子ロッシュウは転生してしまった。文明の違いに困惑しながらも生きようとするが…… そして、魔女との運命的な出会いがロッシュウの運命を変える……

処理中です...