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第6章 時の揺り籠
6-37 不吉な影は密かに伸びる
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男に睨まれたリリとララは動けなかった。
そもそも、この2人が不意の近接を許すこと自体が有り得ないこと。
「リリ、あれ、やばそう……リリ、リリ?」
ララは正体不明の相手から眼を離さず、小声でリリに話しかけたが、反応がない。
しかし、今はリリの状態を確認するわけにもいかない。
ララは相手を睨んだまま、動き出せない状況に陥るしかなかった。
一方、リリは恐怖していた。
この男は、一体何なのか。
急に現れたこともだが、何よりも黒い。
それは、月のない夜の空ように、光の届かない深海の底のように深い闇の色。
まるで、恨みや憎しみや苦しみといったような負の感情を圧縮したような嫌な色。
リリには、その人がどんな在り方をしているのかが、感覚的にわかる不思議な能力がある。
例えば、司なら縁側の陽だまりのような、ポカポカした温かさを。
例えば、舞なら真っ直ぐ伸びる樹木のような、ピンとした凛々しさを。
例えば、宗司なら大きな大きな山のような、ズッシリした息吹を。
たまに、兎神のようにぼやけてよくわからない人もいるけれど。
ここまで、直感的に気持ち悪いと感じたヒトは初めてだった。
「おかしいですね。聞こえた騒音とは、型が違うようですが……」
男はリリたちを目の前にしても気にする様子はなく、自分の思考に没頭していて、
「まぁ、いいでしょう。全てを排除すればよい事です」
そこで初めて、2人を血のような紅い目で捉えた。
男に見つめられた2人はビクッとたじろいで、身体を強張らせる。
まるで、蛇に睨まれた蛙。
「リリ! ララ! 逃げなさい!」
そんな睨み合いの間に割り込んだのは、2人を追いかけてきたルーヴだった。
乱入と同時に鋭い爪で男に襲い掛かるが、
「おっと、おや? この型は、そうですか、あなたがあの騒音の元ですね?」
何事もなかったかのように躱されてしまった。
「何をしているの! ララ! リリを連れて行きなさい!」
ルーヴの声に弾かれる様にララが巨大化すると同時に駆け出し、リリの首元を咥えて男から引き離す。
「えっ!? ララ? お母さん!」
リリに有無を言わさず、ララはもと来た道を引き返していく。
幸いなことに、小さな身体で逃げ出してきたので、家までの距離は遠くない。
今のララには、誰かに助けを求めることしか頭になかった。
ルーヴの意図を正確に読み取って、即座に逃走したララ。
「ララ! お母さんが! ララってば!」
それに対して、リリは大きな不安を感じていた。
これは、あの時の状況に似ている。
ウルの森に魔獣が攻めてきて、ヴォルフとルーヴがリリを逃がしたあの時に。
違いは、相手が不気味な男という点だが、リリが視る限りは魔獣よりも性質が悪い。
あの場に1人で残ったルーヴが心配でたまらなかった。
「ララ! 離して!」
一方、家であーでもないこーでもないと話し合っていた司たちは、
「ちょっと待つのじゃ、ララのやつが戻ってきたようじゃ」
「うむ、ララが……戻ってきたのか? それにしては様子がおかしい。ルーヴはどうした?」
急速に接近してくるララの気配を感じ取った2人に中断された。
ララの様子を不思議に思って、全員が外に出てララを出迎えることにした。
それから1分も待たずに、元の姿に戻ったララが小さなリリを咥えて走ってくるという異常な姿を目視する。
「おいおい、ただ事じゃなさそうだぞ……」
それを見た司が、嫌な予感を隠そうともせずに呟いた。
その後、ララの先導にヴォルフとリリが追従する形で現場まで折り返す。
ヴォルフも背には源と司が乗り、リリの背に舞が乗っている。
最初はヴォルフとララだけが向かおうとしたのだが、司たちが絶対に同行すると主張したため、ヴォルフが折れた。
正直な話、言い争いをしている時間も惜しかったのである。
そして、司たちが現場についた時、一行が目にしたのは息も絶え絶えで今にも崩れ落ちそうなルーヴと、直立不動で佇む男の姿。
「ついに、見つけたぞ……」
それを見たある者が、普段は絶対に発しないような怨嗟が込められた声を出す。
司は最初、それが祖父の源から発せられたものとは理解できなかった。
見れば、いつも楽しそうに笑っている源が、顔を顰めてギリギリと歯ぎしりしているのだ。
ルーヴも心配だが、明らかに尋常じゃない源の様子も不安だった。
司たちは、足手まといにならないように走っているヴォルフたちから飛び降りると、
「ルーヴ!」
ヴォルフは単身で即座に男に襲い掛かるが、危なげない様子で躱してしまう。
この時のヴォルフはかなり本気で攻撃したのだが、相手にはまだ余裕すら見える。
「今度は大勢でわらわらと、無粋な獣たちですね……おや?」
男は司たちに目をやると、珍しく目を見開いて驚いている様子だった。
「お母さん!」
男の注意が司たちに逸れたのを感じ取ると、リリはすぐにルーヴに駆け寄った。
「リリ……何で、戻ってき、たの」
「何でって……お母さんを助けにだよ!」
即座にルーヴを支えるようにリリが庇うのを確認してから、司は改めて男を見る。
丁度、男も司たちを観察していたようで、お互いの視線が交差すると、
「目が、紅い?」
血の様に真っ赤な両目を見て、司の心に戦慄が走った。
そもそも、この2人が不意の近接を許すこと自体が有り得ないこと。
「リリ、あれ、やばそう……リリ、リリ?」
ララは正体不明の相手から眼を離さず、小声でリリに話しかけたが、反応がない。
しかし、今はリリの状態を確認するわけにもいかない。
ララは相手を睨んだまま、動き出せない状況に陥るしかなかった。
一方、リリは恐怖していた。
この男は、一体何なのか。
急に現れたこともだが、何よりも黒い。
それは、月のない夜の空ように、光の届かない深海の底のように深い闇の色。
まるで、恨みや憎しみや苦しみといったような負の感情を圧縮したような嫌な色。
リリには、その人がどんな在り方をしているのかが、感覚的にわかる不思議な能力がある。
例えば、司なら縁側の陽だまりのような、ポカポカした温かさを。
例えば、舞なら真っ直ぐ伸びる樹木のような、ピンとした凛々しさを。
例えば、宗司なら大きな大きな山のような、ズッシリした息吹を。
たまに、兎神のようにぼやけてよくわからない人もいるけれど。
ここまで、直感的に気持ち悪いと感じたヒトは初めてだった。
「おかしいですね。聞こえた騒音とは、型が違うようですが……」
男はリリたちを目の前にしても気にする様子はなく、自分の思考に没頭していて、
「まぁ、いいでしょう。全てを排除すればよい事です」
そこで初めて、2人を血のような紅い目で捉えた。
男に見つめられた2人はビクッとたじろいで、身体を強張らせる。
まるで、蛇に睨まれた蛙。
「リリ! ララ! 逃げなさい!」
そんな睨み合いの間に割り込んだのは、2人を追いかけてきたルーヴだった。
乱入と同時に鋭い爪で男に襲い掛かるが、
「おっと、おや? この型は、そうですか、あなたがあの騒音の元ですね?」
何事もなかったかのように躱されてしまった。
「何をしているの! ララ! リリを連れて行きなさい!」
ルーヴの声に弾かれる様にララが巨大化すると同時に駆け出し、リリの首元を咥えて男から引き離す。
「えっ!? ララ? お母さん!」
リリに有無を言わさず、ララはもと来た道を引き返していく。
幸いなことに、小さな身体で逃げ出してきたので、家までの距離は遠くない。
今のララには、誰かに助けを求めることしか頭になかった。
ルーヴの意図を正確に読み取って、即座に逃走したララ。
「ララ! お母さんが! ララってば!」
それに対して、リリは大きな不安を感じていた。
これは、あの時の状況に似ている。
ウルの森に魔獣が攻めてきて、ヴォルフとルーヴがリリを逃がしたあの時に。
違いは、相手が不気味な男という点だが、リリが視る限りは魔獣よりも性質が悪い。
あの場に1人で残ったルーヴが心配でたまらなかった。
「ララ! 離して!」
一方、家であーでもないこーでもないと話し合っていた司たちは、
「ちょっと待つのじゃ、ララのやつが戻ってきたようじゃ」
「うむ、ララが……戻ってきたのか? それにしては様子がおかしい。ルーヴはどうした?」
急速に接近してくるララの気配を感じ取った2人に中断された。
ララの様子を不思議に思って、全員が外に出てララを出迎えることにした。
それから1分も待たずに、元の姿に戻ったララが小さなリリを咥えて走ってくるという異常な姿を目視する。
「おいおい、ただ事じゃなさそうだぞ……」
それを見た司が、嫌な予感を隠そうともせずに呟いた。
その後、ララの先導にヴォルフとリリが追従する形で現場まで折り返す。
ヴォルフも背には源と司が乗り、リリの背に舞が乗っている。
最初はヴォルフとララだけが向かおうとしたのだが、司たちが絶対に同行すると主張したため、ヴォルフが折れた。
正直な話、言い争いをしている時間も惜しかったのである。
そして、司たちが現場についた時、一行が目にしたのは息も絶え絶えで今にも崩れ落ちそうなルーヴと、直立不動で佇む男の姿。
「ついに、見つけたぞ……」
それを見たある者が、普段は絶対に発しないような怨嗟が込められた声を出す。
司は最初、それが祖父の源から発せられたものとは理解できなかった。
見れば、いつも楽しそうに笑っている源が、顔を顰めてギリギリと歯ぎしりしているのだ。
ルーヴも心配だが、明らかに尋常じゃない源の様子も不安だった。
司たちは、足手まといにならないように走っているヴォルフたちから飛び降りると、
「ルーヴ!」
ヴォルフは単身で即座に男に襲い掛かるが、危なげない様子で躱してしまう。
この時のヴォルフはかなり本気で攻撃したのだが、相手にはまだ余裕すら見える。
「今度は大勢でわらわらと、無粋な獣たちですね……おや?」
男は司たちに目をやると、珍しく目を見開いて驚いている様子だった。
「お母さん!」
男の注意が司たちに逸れたのを感じ取ると、リリはすぐにルーヴに駆け寄った。
「リリ……何で、戻ってき、たの」
「何でって……お母さんを助けにだよ!」
即座にルーヴを支えるようにリリが庇うのを確認してから、司は改めて男を見る。
丁度、男も司たちを観察していたようで、お互いの視線が交差すると、
「目が、紅い?」
血の様に真っ赤な両目を見て、司の心に戦慄が走った。
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