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第一章 謎の組織、異世界へ行く

悪事26 謎の組織、不穏な空気を察知する

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 ニブルタール王国にかつてない激震が走っていた。
 国王、宰相、内政官のトップである第一王女ノルンも一様に渋い顔をしている。

「それで、なぜこのメンバーでの会議で、私が呼ばれたのですか?」

 そこで困惑するのはトップ会議の最中に呼ばれたウエストバーンである。

「ああ、ウエストバーン卿を呼んだのは別件です。案件としては、ボス殿向けなのですけど、本人を呼びつけるわけにはいきませんので、代理人としてあなたを呼びました。ダメでしたか?」

「いえ、それならば問題ありませんが……」

「では、私から説明します。内容はズバリ、あのアプレットという果実です。どうにかして定期的に入手できるようにボス殿と調整できませんか?」

 ノルン王女からウエストバーンに提案された内容は、呼ばれた時点で何となく予想していたことだった。昨日の今日なのだから、察しが良くなくともすぐにわかる。

「はぁ、そうおっしゃるだろうとボス殿から言伝です。あの果実は栽培にとても手間暇がかかる貴重なものなので定期的に提供は難しい。しかし、王城晩餐会など特別な日にいくらか融通するならば問題ありません、と」

「さすがはボス殿、こちらの意図などお見通しでしたか。ですが、あれは傷みやすく保存が効かないとお聞きしました。こちらからの連絡手段や輸送手段などはどのように手配すればいいのでしょうか?」

「その件なのですが、王都に出店したいという話でした。自分の支店があれば、3日前までにそこへ注文してくれれば、提供可能な数量を届けるからと。自分たちも王都で必要なものがあればそこを通じて購入すると」

「3日前までにですか……凄まじい対応力ですね。それにアプレット以外にも店で何を販売するのか楽しみです。出店の件は、場所の選定などをお願いできますか? 販売許可証などの手続きは内政官のほうに話をしておきます。名義はウエストバーンで良いですよね?」

「わかりました。そう言えば、職人街の鍛冶師が1人、店を畳んで修行の旅に出るから売却したいと報告が上がってきてましたね。立地的には良い場所なので、国で建物ごと買い上げて下げ渡しますか?」

 とんとん拍子に話は進んでいく。

 それに王都の鍛冶屋を止めるというのは、まさかギギのことではなかろうか? 本気で店を畳んで『統領』についていくつもりだったとは驚きである。

「あと、出店が許可された場合に商売をする条件があるそうなので伝えておきます」

「む……何でしょうか? 税金を優遇しろとか納めないとか、そう言う事だと他に示しがつかなくなるので困るのですが……」

「いえ、そういうお願いではありません。店のスタッフ……これは店長と店員ですね、それは自分たちで派遣して、商品や取引先も自分たちで選ぶそうです。自分たちは誰とでも取引したいわけではないので、力や権力を前面に出して交渉してきた場合は、貴賤関係なく例外もなく店から叩き出すと。商売に関する法については、ニブルタール王国の物に順ずるということでした」

「やけに細かい提案ですね……まるで前例があって問題が起こることを想定しているようなのが不安なのですが、それくらいならば許容範囲でしょう」

 ノルン王女はこの提案を甘く見過ぎていた。
 『統領』たちとの文明の格差を知らないのだから、取り扱う商品については把握していなくてもしょうがないこと。しかし、取引先を自分たちが選ぶという当たり前のことが、後々に大きな問題になる可能性を秘めているということを、まだこの時はわからなかったのだ。

「それで、お店の件は後々詰めるとして、本題はこっちなのよ。本当に頭が痛いわ……」

 ノルン王女は本当に面倒くさそうに頭を抱えて国王のほうを見る。

「グリニッジ男爵の身辺調査を進めて行ったら、我が弟の悪行が明るみに出た。前々から男爵共々悪いうわさが絶えなかったが、私が調査の手をこまねいている間に取り返しのつかないところまで行っていたようだ。血縁故に甘く見ていたのが仇となった」

「とは言え、今までは調査のきっかけが見つからなかったのも事実です。疑わしいだけで内偵を強行すれば、王弟派を刺激することは必至でしたから。今回、ボス殿の件で口実が出来たのは僥倖でした。王には辛い思いを強いることにはなりますが……」

「いや、そのような配慮は不要だ。国民の模範とならなければいけない立場にありながら後ろ暗い家業に手を染めていたなど言語道断。この機会を逃さず全てを詳らかにする必要がある。そして、相応の償いもな。そこに手心は必要ない」

 血のつながった身内だとしても断罪する決断をした国王の顔は、本心をうかがい知れないような何とも言えない表情だった。

「現在、内政官のほうでも資金繰りや納税などに関して調査を進めています。そして、恥ずかしいことに王弟派に取り込まれて書類を偽っていた者が既に何名かいました。王都騎士団に通報して拘束しましたが、遡って不正個所を調べるのには少し時間がかかります」

「うむ、皆には負担をかけるが、国に巣くう膿を出し切るいい機会だ。国民に信を問う前に闇は一掃しなければならない。私が無能なばかりに、ここまでの専横を許すことになったことを申し訳なく思う。しかし、まだ最悪ではない。自らからの手で正す余地が残っているのだからな」

 後悔するのは、すべてが片付いてからでも遅くはない。それよりも、今は先にするべきことがある。
 本人は自虐して無能と言うが、自身の行いを顧みて正すことが出来る人はどれくらいいるだろう。得てして、不相応な権力や余りある金は人を狂わすことがあるのだから。


 『統領』は、いつものメンバーで王都のある鍛冶屋の元を訪れていた。

「何? 店を畳む? なぜだ?」

「おいおい、武術大会が始まる前に約束したじゃねぇか。そのアーティファクトを造ったやつに会わせてくれって。だから、昨日王都の店を閉めるって届け出を出してきた」

「あれ、本気だったのかよ……」

 鍛冶師のおっさん、ギギの一言で頭を抱えてしまった『統領』。

「お前さんが何と思っていようが、約束は約束だからな! 俺は何が何でもついてくぞ! 持っていく荷物ももうまとめたからいつでも出発できるぜ!」

「わかったわかった、連れて行かないとか言わないから落ち着け。メア様、私が拠点の島に戻るまでの間、ギギのおっさんが同行することになりますけど、いいですか?」

「もちろん、構いませんよ。むしろ、私はギギさんが羨ましいです……ボス様の島に行けるんですから。ニッグさんの故郷なのですから、きっと綺麗な島なんでしょうね」

 遠回しに、私も連れて行ってくれませんか? と言ってみるメアだったが、父親のウエストバーンの許可なしに即答できるはずもない。

「……ギルバード殿、気づいたか?」

「ああ、明らかに怪しい気配があるな。今のところ、押し入ってくる気はなさそうだが、こちらからノコノコと出て行ってやる理由もない。何より、メア様の御身が最優先だ」

「ボス様、どうかしましたか?」

 『統領』とギルバードが急に真剣な顔になって密談し始めたことに気づいたメアが不審に思った瞬間に、それは起こった。
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