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第一章 謎の組織、異世界へ行く

悪事18 謎の組織、毒にも薬にもならん輩はぶっ飛ばすに限る

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 懸念されていた妨害工作もなく、無事に武術大会当日を迎えた。

 『統領』は出場選手として控室に通されており、自分の呼ばれる番を静かに待っていた。
 しかし、待つこと以外に特にやることもないため、周りを見渡して他の選手の様子を盗み見ることも忘れない。

(控室はいくつかあるらしいけど、この部屋には目ぼしいヤツはいないなぁ。ちょっと前に知り合ったガルたちのほうが強そうに見えるんだが……)

「オイオイ、初めて見る顔だが、随分と変わった格好にゴツイ武器じゃねぇか。そんなのでまともに戦えるってのか?」

「まぁな、それなりには行けると思うぞ」

「ふん、武器っていうのは自分の身の丈に合った物を選ばなきゃなんねぇのよ。お前みたいなのが、そんな身分不相応なシロモノでどこまで出来るか見物だな」

(こいつ、結局は何を言いたいんだ? ただイチャモンつけたいだけか?)

 そんな会話をしている間に、周りを複数の男が囲んできており、入り口側や他の選手たちから見えにくいように死角が作られていた。

「まぁ、お前が、どうしても譲りたいというのであれば、俺様がその役立たずを譲り受けてやっても構わないが、んん? どうだ?」

「ああ、なるほど、そういうことね」

 これは所謂、カツアゲというやつだろう。

「物わかりの良いヤツは長生きするぜ? じゃ、早速……」

「いや、それ以上は何も言わなくていい。お前に、これを俺以上に扱えるとは思えん。それこそ分不相応なシロモノというやつだ。諦めろ」

 絡んできた男は何を言われたか理解するのに時間を要したのか、まぬけな顔をしてポカーンとしたと思ったら、額に青筋を立てて怒り出したのだが、

「て、てめぇ……」

「これから呼ばれる方は、こちらにお願いします。一定時間を過ぎても来られない場合は失格になりますのでご了承ください。2次予選の第一試合……最後にゲゲーロ様! ボス様!」

 双方を含めて複数人が受付係に呼ばれたので、一触即発の空気は強制的にクールダウンすることになってしまった。

「ふん、お前が相手だとはな。なら2次予選は楽勝だ。大口叩いたことを後悔させてやる」

「勝手にほざいてろ」

「そこの方たち! 試合以外でもめ事を起こすと失格にしますよ!」

 絡んできた男、ゲゲーロは『統領』を睨みつけながら大股で試合会場へと向かっていった。
 どう考えても雰囲気がモブキャラなのだが、彼はどうなってしまうのだろう。


『皆さま、お待たせしました! 2次予選の最後の組み合わせとなります! 西口から入場しますのは、前回大会で残念ながら我らがウエストバーン伯に惜敗し、ベスト4! しかし、その実力は間違いなく優勝候補の一角だ! ド・クダラン帝国から、剛腕無双の戦士! ゲゲーロ!』

 響き渡る歓声に包まれて西からカツアゲ男、ゲゲーロが自信満々の表情で現れる。
 その身体には鈍色に光るプレートメイルと両手で振る大斧を軽々と担いでの入場だ。

『続きまして、東口から入場! えーと、有志の方からリーク情報が参りました。どれどれ……ホワッツ!? これは恐るべき情報が舞い込んで来ました。東口からは、出身不明、経歴不明、実力不明、すべてが黒いベールに包まれた謎の男。しかし、その実力を推薦するのは、なんと前回大会優勝者ウエストバーン伯! 前優勝者に自分より強いと言わしめる実力はどれほどのものだぁぁぁぁ! 漆黒の戦士! ボス!』

(あのおっさんめ、なんちゅー事をぶっこみやがる……ほらみろ、ゲゲーロとかいう単細胞が激怒してるじゃないか。うまくコントロールできるかなぁ)

『そして、追加情報ですが、このボス選手はウエストバーン伯の愛娘メア様と非常に、ひじょーに親密だという噂が入ってきております。その証拠に、大会前日までお二人で王都を散策されたり、買い物されたりする姿が数多くの住民に目撃されております。さらには、この大会を優勝した暁には、正式に婚約するという噂が実しやかに囁かれているようです。美人な幼な妻とか、羨ましくなんてないぞ! こんちくしょぉぉぉぉぉ!!』

 このアナウンスが放送されるや否や、先ほどまでの歓声とは打って変わって大ブーイングの嵐が会場を包み込む。圧倒的なアウェー感である。

「てめぇ……チャラチャラしたのは面と態度だけじゃなくて、存在そのものだったようだな。こういうやつは、見てるだけでイライラするぜ。おし、決めた、この大会を優勝したら、お前の女を奴隷としてもらってやることにする。ぐへへへ」

「なんだと?」

「知らなかったのか? 武術大会は大陸同盟で持ち回りだが。例外なく優勝者には、副賞として望む願いが一つだけ叶えられる。金だろうが、栄誉だろうが、領地だろうが何でもだ。それは、今回主催しているニブルタールが国を挙げて用意しなければならない。それが女1人の所有権で済むんだから安いもんだろ? お前の分も、俺が飽きるまで可愛がってやるぜ。ははは、それで俺が楽しみ終わったら、お前にでもくれてやろうか?」

「……もういい。貴様は、それ以上しゃべるな」

 この時、ゲゲーロは『統領』の逆鱗に触れてしまった。

『それでは、両者準備はよろしいか!?』

(エンターテイメントの一環として、手加減しながら適当にあしらってやろうかと思ったが、やめだ。こいつは、俺たちの障害にしかならん)

『二次予選、最終試合、はじめ!』

 それは、戦闘開始の合図とほぼ同時の出来事。

「くははは、もう諦めたのか? それならこっちから……」

 『統領』は、無形の構えからPASSの加速で正面へ疾走し、ゲゲーロの正面からヤクザキックを叩き込む。
 しかし、本来であれば、それは悪手。お互いの体格とプレートメイル込みの重量差を考えたら、効果は薄いはず……だった。

「……行かせて、ぐぺらっ」

 最後までセリフを言う前に、凄まじい衝突音がしてゲゲーロの身体が水平に吹き飛んだ。
 その衝撃を物語る様に、プレートメイルの腹部に『統領』の足跡が残るほどの一撃。

 しかし、『統領』は追撃の手を緩めない。
 加速してゲゲーロの身体を追い越すと、今度は斜め下からゲゲーロの背中に回し蹴りを叩き込んで上空へと打ち上げる。

 この異常な光景を、この会場にいたどれくらいの人間が正確に捉えられただろうか。

 この時点でゲゲーロは既に意識を失っており、意図的に殺害や重傷を負わせてはならないというルールがある以上、運営側はここで試合を止めるべきだった。

 『統領』のPASSは空中での戦闘をも可能にする。

 空へ打ちあがったゲゲーロの身体が放物線を描いて落下を始める前に、いつの間にか『統領』はその上にいて、両手で構えていた武器、巨大質量を持つ金属の塊を叩きつけることになる。

 直後、ゲゲーロの身体は凄まじい地響きを伴って、大地を割ることになるのは必然か。

 仰向けで地面にめり込んだゲゲーロを、無言で見つめたまま佇む『統領』を見て、観客の誰もが息を呑んだ。

「何を呆けている! そこまでだ! 早く止めろ!!」

『っ!!? そこまで! 医療班、救出を! 治癒士は待機者も全員集合! 急いで!』

 誰もが時を止めた中で、最初に動き出したのはウエストバーンだった。
 ニブルタール国王と観覧していたウエストバーンは大上段から声を張り上げ、それをきっかけに司会や医療班が慌ただしく再起動した。

 司会が宣言する勝者の名も、勝者が上げる勝鬨もない。
 そして、観客のただの1人も歓声をあげることない異常な会場を、『統領』は入場してきた入口へと静かに去って行った。



 『統領』の姿が完全に見えなくなったタイミングで会場に人の声が戻ったが、先ほどまでの光景に圧倒されて、ざわめきが所々で広がるだけに止まっていた。

「皆、少々アクシデントが発生したが、無事に二次予選を終了することができた! これより休憩を挿んでから本戦の組み合わせ発表となる! 十分に英気を養って頂き、出場する選手に引き続き応援を賜りたい! 以上だ!」

 前回優勝者のウエストバーンが予選終了のアナウンスを入れると、観客たちは緊張が解けて徐々に本来の動きを取り戻していった。

「陛下、来賓の皆さま、申し訳ありません。あのままではマズイと思い、勝手ながら手を入れさせて頂きました」

「いや、よくやってくれた。その機転は見事だ。本戦までは十分に時間がありますので、皆様も気を休められるのが良いでしょう。護衛の手配を希望される方はいませんか?」

「あ、あと、先ほどの選手をここへ来るように呼んでおいてくれ」

 宰相が声をかけると来賓たちの緊張も解けて、従者たちを連れて大上段を後にしていく。
 最終的にその場に残ったのはニブルタール国王、ウエストバーン、宰相の3人だ。

「恐ろしい逸材だな……あれは」

「私と同等以上とは言いましたが、正直あそこまでとは思っても見ませんでした。あれではいい勝負どころか公衆の面前で大恥をかかされてしまいますな。もちろん、私のほうが、ですが」

「それほどなのですか? 私は武には疎いのですが、例えるならどれくらいの強さなのでしょうか?」

「全盛期の私が3人……いえ、5人いて試合になるかどうかというところでしょうな。あれでもまだ加減をしているようですので。正直な話、戦場で出会ったらどうしていいのか糸口すら見えませんので、出来れば会いたくないですな」

「それほどか……。あれならば、あの黒竜王が大人しく従うわけですね。下手をすると、あの2人だけで軍隊規模の戦力があるんじゃないですか? 全然、笑えませんね」

 そして、ウエストバーンの呼び出しから程なくして、『統領』がそこへ現れる。

「国王陛下、宰相殿、ウエストバーン様、ご迷惑をおかけしたようで申し訳ない。少し頭にくることがあって、我を忘れてしまいました」

「あの選手と、何かあったのか?」

 開口一番に謝ってきた『統領』を見て不思議に思ったウエストバーンは、理由を素直に尋ねてみた。

「その……この大会の優勝者には望みが1つ叶えられるとか」

「そうだな、可能な限りの望みは叶える。それが、この武術大会の伝統だ」

「それで、あのゲゲーロが優勝したらメア様を奴隷にするとか言い出したので、これはこの場で確実に潰しておかなければならないと思って実行したら……やり過ぎました」

 その予想外の内容に驚きが隠せない3人。
 いくら優勝者の望みとはいえ、開催国の貴族の娘を自分の奴隷にしたいなどと要求する男が存在したことにだ。3人が知る限り、過去の大会で1度もそのようなモラルのない要求をした優勝者はいない。

「安心するといい。可能な限りは叶えるとはいえ、そのような品のない要求がされたとしてもニブルタールが飲むことは有り得ない。そうか、前例がないからと言って今後もないとは限らないか……これは同盟国間で要検討だな」

 その後は特にお咎めもないまま、『統領』はウエストバーンと一緒に会場を後にした。
 本戦出場については、相手側の怪我の経過を見てからの判断となるそうだ。

 後日、その内容を伝え聞いたメアが、真っ赤になって自分のベッドを転がりまくった結果、床に落下して頭に大きなたんこぶを作ったのはナイショのお話。
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