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第一章 謎の組織、異世界へ行く

悪事12 謎の組織、ニブルタール王都に進出する

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 ウエストバーンと知り合ってから1か月後、『統領』はニブルタール王都へ赴いていた。
 目的は以前薦められていた武術大会に参加して未知の物質を手に入れることである。

(それにしても、久しぶりに拠点に戻ったら恐ろしいほどに変わっててびびったわ……いつの間にかアプレット栽培始まってるし。あの犬モフ族? だっけ、二足歩行のゴールデンレトリーバーって反則だろ……可愛すぎる)

 『統領』とニッグが1次視察を終えて島に帰ると、出迎えたのはいつものメンバーと犬モフ族たち。竜神様、竜神様とキラキラした目で喜ぶ犬モフ族たちの破壊力は抜群だった。
 初めは怖がってニッグに近づかなかった子供たちも、慣れるのは早かった。いつの間にかニッグの身体は大盛況の山登り会場と化して回収するのが大変だった。
 尤も、ニッグも満更じゃなさそうで適度な大きさになり自由に遊ばせていた。この辺は最強種らしい大らかさである。反面で大人たちは大変恐縮していたが。

(建物関係も計画よりも進んでたし、あいつら頑張ったなぁ。犬モフ族たちの家も作ったのなら結構無理したんじゃないか? 今回、労いで何か手に入れて帰らないとな)

 ウエストバーンの奨めで試験的にグロウンバードという鳥を番で2組、計4匹を持ち帰ったのだが、犬モフ族たちの住居だけではなく、家畜小屋も完成して放牧エリアまで整備されていたので助かった。
 このグロウンバード、見た目はド派手な大きなダチョウなのだが、海や川で魚を取って食べるという珍しい生き物である。タマゴが美味らしいのだがアタリハズレがあり、ハズレを引くと激しい腹痛でのたうち回る。
 しかし、自分で勝手にエサを取りに外出し、夜には必ず巣に帰ってくる習性があり、一度巣さえ決めてしまえば管理が楽という利点もある。

「ハズレを食べた時になる腹痛って、タマゴの殻についた菌、毒のようなものが原因じゃないか? タマゴの表面ってどうやって洗っているんだ? 水洗いじゃだめだぞ」

 視察した時に『統領』が何気なく言った一言がウエストバーン側にも革命をもたらすことになったのだが、それはまた別のお話。
 ちなみに島では、すぐさま家畜小屋の隣に洗浄小屋が設置された。貴重なタンパク源を確保し、次は絶対に肉という共通目標が掲げられることになった。



 王都と言うだけあって、街の規模は今までで一番大きい。
 人の出入りも頻繁に行われており、外壁の門には馬車や荷台が順番待ちをしていた。

 街の中では露店販売や店が元気に客引きの声を張り上げていて活気も見て取れし、住人の表情も雰囲気も悪くない。以前のグリニッジ男爵の関係者とやらだけが特殊なだけで、ウエストバーンの街と同様に比較的善政が行われているようだ。

「ボス様、王都は初めてですよね? よろしければ私がご案内しますが、如何ですか?」

 ウエストバーン領内から馬車で移動してきた『統領』たち。
 メアは、その間ずっと『統領』の隣に座ってニコニコしていた。

「メア、ボス殿は観光に来たわけじゃないんだぞ? まずは武術大会の参加登録で王城前の会場に行くべきだろう。すみませんが私は王城に用があるので、そこまで案内したら別行動です。戻るのはいつになるかわかりませんので、王都の別邸でお待ち頂くか、散策でもしていてください。案内に人をつけますので」

「いえ、こちらはこちらで自由にさせてもらいますのでお構いなく。お仕事、頑張ってください。メア様のことは護衛の人と一緒に間違いなく死守しますので、ご心配なく。日が暮れる前までには無事に別邸に戻しますよ」

「うむ、頼もしい限り。さすがは私の息子になる男だ。メアと婚約する件を国王陛下に必ず承認してもらわねばならぬな!」

 うんうんと頷きながら自己完結しているウエストバーンだったが、確実に外堀を埋めにかかっていた。普段は豪快なのだが、この辺は貴族の強かさが見え隠れする。

「あと、馬鹿男爵の件は既に伝えてある。これに関しての根回しは私に任せよ。万が一にもボス殿が裁かれることはない。ただ1つだけ懸念があるならば、ボス殿への襲撃か。裁定が下る前に報復を考えるほど愚かな為政者でないことを祈るばかりだが」

「グリニッジ男爵とおっしゃいますと、以前どこかの晩餐会でお会いした方ですよね。それほど悪い印象は受けませんでしたが、あの視線だけは嫌でした。こう、胸とか、お尻とかをじっと見てくるような殿方はどうかと……他の方たちも同じように嫌っていましたが」

 グリニッジ男爵とやらは随分と好色な人物のようだ。それを隠さないのは、いっそ清々しいほどの良い性格である。

「人間性は兎も角、統治に関しては凄腕で金を生み出す能力は高いのだがな……ただし領内の評判は頗る悪い。他領の私まで色々と暗い噂が聞こえてくるくらいにな。まぁ、でも今回の件は確実にアウトだ。もう憂いに思うこともあるまい」

 武術大会の会場前でウエストバーンと別れて、『統領』とメアと護衛騎士の3人で参加登録に向かう。

「メア様、ボス殿、王都での身辺護衛を担当するギルバードです。よろしくお願いします。ボス殿に護衛は必要ないとは思いますが、規則ですのでご了承ください」

「いやいや、ウエストバーン様の気遣いなのだから文句はありませんよ。あ、もしもの際はメア様を優先ください。私は1人でも何とかなりますので」

「ボス殿、了解です」

「騎士団長さん、いつもご苦労様です。よろしくお願いしますね」

 見た目が随分と若いので、ただの護衛騎士Aかと思っていたらウエストバーン領の騎士団長だったようだ。メアも知古のようで気安い雰囲気だ。

「そう言えば、ニッグさんは?」

「ニッグはアリスさんに頼んで別邸へ運んでもらいました。あいつが一緒だと要らぬ騒ぎが起きますので、留守番ですね」

「一緒にいられないのは残念です……」

「別邸に戻ればいつでも会えますよ。留守番のご褒美に何か食べ物でも買ってあげたいので、登録の後はお店を見に行きましょう。ご一緒頂けますか?」

「ええ! もちろんです! ふふふ」

 ご機嫌なメアを連れて会場へ到着すると、登録受付には人の列ができていた。
 特に急ぐことでもないので3人は列の最後尾に並んで世間話で暇をつぶす。
 それにしても、貴族であることをひけらかさず、律儀に列に並ぶメアの素直さには好感が持てる。ウエストバーンの教育方針は2人目で実を結んだのかもしれない。

「こんにちは、ここはニブルタール武術大会の受付会場です。ご登録ですか?」

「はい、参加登録をお願いします。あ、騎士団長はどうします?」

「メア様、私は護衛ですので遠慮します」

「そうですか? では1名でお願いします」

「はい、1名ですね。推薦状などはお持ちでしょうか? 今年は参加者が多くて……無ければ1次予選からとなります」

「これを預かってきました。どうぞ」

 そう言ってメアはくるくる巻きで封蝋付きの書状を渡すと、受付嬢の顔色が一変した。
 風の様に走ってどこかへ行くと、偉そうな人を連れて走って帰ってきた。

「う、う、う、う、ウエストバーン辺境伯の推薦状を持ってこられたのは、あなた方か!?」

「はい、参加するのは、こちらのボス様です」

 ウエストバーンの名前が出ると、周囲にざわめきが生まれた。

「失礼ですが、お名前を伺ってもよろしいでしょうか? いえ、疑うわけではないのですが、念のため確認をしたいので……」

「私はメア・ウエストバーンです。現当主の長女になります」

「ウエストバーン様のご長女、なんて可愛いらしいの……」

 メアが貴族らしくカテーシーを披露すると受付嬢がウットリとした表情をした。

(何この雰囲気、メアってもしかして有名人? だとすると、俺の肩書ってめちゃくちゃマズイんじゃないか? バレたらそこら中から顰蹙と恨みを買いそうなんだが……)

「メア様、今年もウエストバーン辺境伯は参加されるのでしょうか? いえ、辺境伯のご推薦ならば、相当の実力者と思いますので楽しみではあるのですけど、前回優勝者が出て頂ければ盛り上がりますので……」

(えっ!? おっさんって去年の優勝者なのかよ……そんなに強かったの?)

「お父様は、今年は遠慮すると言っておりました。もともと、ニブルタール武術大会は新たな人材の発見の場ですもの。何度も年寄りがでるものじゃないと。その分、今年はこちらのボス様が出場されますので、皆さんに退屈はさせませんわ」

「ほほう、辺境伯が出られないのは残念ですが、そちらの方も相当な実力者なのですな? どういった人物なのですかな?」

(あ、この話の流れやばくね?)

「メア様、そろそろ登録を済ませて露店のほうを見に……」

「ふふふ! ボス様は、私の婚約者なのです! とっても、お強いのですよ!」

 その瞬間、世界は凍り付いた。

 そして、永い沈黙を経てギギギと錆びた人形のような動きで全員が『統領』を凝視する。

「ウエストバーン辺境伯の、ご息女の、婚約者?」

「あ、まだ国王陛下にお父様がお伺い中なので非公式です。なので、みなさんナイショですよ?」

 その割には全然隠すつもりもなさそうな笑顔のメア。

「へー、これがメア様の婚約者ねー、へー」

 実年齢14歳で身長が150センチくらいで見た目よりも幼く見えるメアと、身長190センチで全身黒タイツという変な出で立ちの『統領』。どう考えても、美女と野獣である。

(こわっ! 何これ、こわっ! くっそー、嫌な予感はしていたのに)

「おほんおほん、それではボス様のご登録を受け付けます。推薦状がありますので2次予選からとなります。参加費として銀貨3枚となりますが、よろしいですか?」

 騎士団長のギルバードが支払いを済ませて『統領』たちはその場を後にするのだが、しばらくの間、ざわついたままなのであった。
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