魔王のいない世界で勇者になるには

蛍雪月夜

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7-2 聖獣・魔獣・モンスター

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川沿いの道を下流へと下っていく。草原には暖かな日差しが降り注ぎ、川のせせらぎだけが聞こえていた。

さらさらと流れる水の音は彼の故郷を思い出させる。川の匂いも風の香りも離れてからそう経ってはいないはずなのに懐かしく感じた。

時折ドドドッドドドッとリズミカルな音も聞こえてきた。徐々に速く近くなってくるその音は自然と鼓動を速める効果があった。

ユニコーンの元までは、あと、どれくらいだろうか。今日もまた優雅に午睡を堪能しているのだろうか。少しばかり大きくなった丘へ視線を向けると白く優雅な姿は消えていた。

ドドドッドドドッとリズミカルな音が大きくなる。ユニコーンはどこへ行ってしまったんだろうか。昼寝のために背を低くしてるから見えなくなってしまっているのかもしれない。

ドドドッドドドッのリズムに合わせて鼓動が速くなる。何故こんなにも、この音は耳に届くのだろう。川のせせらぎに交じり、微かにしか聞こえなかった音が、今では、せせらぎを凌駕するほど、耳が拾ってしまう。

ドドドッドドドッと心地よいような、浮き足立つような音だ。なんだろう。この音はどこかで聞いたことがあるような……。

キラリと遠くで何かが光る。一番近い丘のふもとだ。ドドドッドドドッという音ともにキラキラと光る何かがこちらへやってくる。

なんだろう……。ウッドはきゅっと目を細めキラリと光った辺りを注視する。

ドドドッドドドッとリズミカルな音と共に光る何かはどんどん大きくなる。

なんだろうなんて考えるまでもない。ここにはウッドの他に動くものなんて1つしかない。

「ルウォだ!!!!」

向こうから会いに来てくれるなんて!ウッドは嬉しくなり駆け出した。

ドドドッドドドッとどんどんと距離が近くなる。最初は小さな光だったそれは白い獣だとわかるほどに近づいた。

ドドドッドドドッと速度は上がっていく。ため息がでるほどの美しい角やたてがみが鮮明に見える距離まできた。

ウッドは両手を広げ彼を抱きしめる体勢へ入った。するとユニコーンは首を下げ角をしっかりとウッドへ向ける。

ドドドッドドドッと更に加速していくユニコーン。距離はどんどんと近づき、もうまもなく接触できる距離だ。

あれ?ねぇ、なんでだろう。微塵もスピードを落とす気配がないんだけど……

ラストスパートとばかりにユニコーンは強く地面を蹴り上げぐっと首を下げた。

ヤバイ死ぬ!!!!ウッドの本能が叫び身体を捻り上げた。

ドドドッドドドッという音が遠ざかっていく。かわりにドッドッドッドと心臓の音が大きく響いていた。




それから数日、ウッドは毎日、基礎トレ・雑用・ルウォのブラッシングチャレンジを繰り返していた。

ルウォは相変わらず触らせてはくれない。それどころか姿を見つけられず時間切れになる日もあった。

今日も今日とてルウォのブラッシングチャレンジに向かう。

青天幕につくと、ドクターが珍しく天幕の外にいた。近づいてみると誰かと話している。

「こんにちは。武者修行にきたよ。」

出入口のすぐ近くにいたので、会話の邪魔にならないよう気を付けつつ、一応挨拶をしておく。

すると、ドクターに呼び止められた。

「ん?あぁ、お前さんか。ちょうどいいとこに来たな。ルウォが仕事に出るとこなんだよ。お前さん、見学させてもらいな。」

ドクターがクイッとアゴで示した方を見ると箱庭を抱えた少女が白く華奢な手を差し出してきた。

「こんにちは。私は救護部隊所属のエイル。ルウォがお世話になっているのよね?」

プラチナブロンドの髪にローズクォーツのような色の大きな瞳。瞳の色に合わせた淡いピンクの衣装は透き通るように白い肌をより一層引き立てていた。

浮世離れした美しさに息を飲む。

あどけない表情や華奢な身体はふわっと消えてしまいそうな儚さがあった。

「オレはウッド。お世話になっているだなんて……いつもどつかれそうになるばかりで何も……」

そういいつつ少女の手を握り返すと、ふわふわと柔らかな感触にドキリとした。

力加減を間違えたら壊してしまいそうだ。慌てて力を緩めると少女はコロコロと笑った。

「そんなに恐る恐る握らなくても大丈夫です!私、意外と丈夫にできてるんですよ?」

いたずらっぽく笑う少女は先程よりも幾分幼く見えた。上品な雰囲気が崩れ年相応な表情が顔を覗かせる。 

儚くも無邪気な少女は、見る者全ての庇護欲を掻き立てた。

「惚れるなよ」

「っ!!!!?」

耳元で囁かれウッドはビクッと飛び上がった。

振り向くとドクターがニヤニヤと意地の悪い顔で笑っていた。

「そんなんじゃ……」

そういって顔を逸らすとドクターは真面目な声で付け加えた。

「あいつはな、ユニコーンの契約者なんだよ。少しでもやましい感情を抱いてみろ。命はないからな。」

「!?」

背筋がゾクリと冷えた。恐る恐る少女の手にした箱庭に視線をやると、ルウォと目があった気がした。

あんな生き物に本気で命を狙われたら生きていけないだろう。

「肝に命じます。」

ウッドが大真面目に答えると、大袈裟ですよ。と、少女は笑った。

ドクターと分かれ、ウッドと少女は村の畑へ向かった。

教会の裏の敷地や村の住宅地から少し離れた一角に村人が共同で世話をしている畑が何ヵ所かある。

まずは教会の裏手にある畑へ回った。
畑につくと少女は、箱庭から手のひらサイズのユニコーンを取り出した。

「ルウォ、お仕事だよ。頑張ろうね。」

手のひらに乗せたユニコーンを地面におろし、黄色い粉をかける。

すると、みるみるうちにウッドの二倍ほどの背丈のユニコーンが現れた。
 
本来のルウォのサイズ感だ。
ウッドもまだそこまで大きい方ではないが、少女と並ぶとより大きく見える。

そんなルウォが少女に頬擦りをし甘えている。
いつも角を突きつけて突進してくる姿しか知らないウッドには衝撃的な姿だった。


教会の裏の畑は雑草1つ生えていない。土はふかふかに耕してあったが、虫がいる気配もない。

家が4軒ほど建ちそうな面積は茶色1色でおおわれていた。

少女はルウォを撫でると、畑の真ん中へ膝をつき祈りを捧げ始めた。

少女の祝詞が光となって畑全体へ広がっていく。ルウォはその光の上を一歩一歩進んでいった。

ルウォは時折立ち止まると、土の上に涙を溢していた。

大地へと捧げられる祈りや涙には静謐な美しさがあり息をするのも憚られるほどだった。

「終わりましたよ。こちらの畑はもう大丈夫でしょう。次へ行きましょう。」

少女はルウォに跨がり村を進む。すると、村人達が集まってきた。 

「聖女様だ!!聖女様!!」

子ども達が無邪気に手を振り、少女を聖女と呼んだ。少女は静かに笑顔で手を振り返していた。 

「聖女様!村の畑はもう実りません。聖女様に清めていただいても1度が限界でした……。」

「作付けしても元が腐っちまう。なぁ、何とかしてくれよ。あんたならできんだろ?」 

「聖女様!このままでは染料も手に入らず糸も布も作れません。これでは村の収入源がなくなってしまいます……!」

「畑がダメになったらおいら達生きていけねぇよ。」

「カムペのせいで自由が取り上げられた。羊も取り上げられた。仕方ねぇから畑を覚えたらそれも取り上げられちまった。なぁ、オレらが何したって言うんだよ。」

聖女様!!!聖女様!!!と人々が声をあげる。少女を中心に畑へ向かう列ができていた。

「皆さん、安心してください。私が畑を清めてみせます。どうか、ご安心を。」

少女は村人へ微笑んで見せる。輝くユニコーンに跨がり、民の声に耳を傾け微笑む姿は、女神のようだった。

村人の中心地から少し離れたところにある共同の畑へたどりつく頃には、村人の半分ほどが集まっているんじゃないかと思うくらいの人数になっていた。

住宅地を背に見渡す限りの茶色。ここも雑草1つ生えていなかった。この畑は村で一番大きい畑らしい。

ウッドのいた村くらいならすっぽりと入ってしまいそうなほど広かった。

もともとはここで羊を育てていたんだとか。

少女はルウォの背に乗ったまま畑の中心へ向かう。正直広すぎてウッドにはどこが中心かはわからなかった。

ある1点で少女はルウォの背中から降り大地に膝をつき祈りを捧げ始めた。

少女の祝詞が光となり畑全体へと広がりはじめる。キラキラと白銀や金色の光が広がる中、紫や全ての色を混ぜ合わせたかのような濁った黒が、所々に現れた。

ルウォは濁った色のもとへ走っていくと怒り狂ったかのように嘶き前肢を高く振り上げた。そして勢いよく踏みつける。角で掘り返すこともあった。

そんなルウォの元へ少女は祈りを捧げつつ、足を運ぶ。

少女が、黒や紫の光に触れると、それらはカムペの形を取り少女に襲いかかってきた。

すかさず、ルウォが自慢の角で突き殺す。カムペの陰はなす術もなく消えていった。

畑に満ちる全ての祈りが白銀や金色に変わるとルウォは一歩一歩踏み締めるように光の上を歩き時折涙を流した。

その姿に、祈りを捧げる人もいた。

どこからか鼻をすする音も聞こえる。

ウッドは自分の存在がちっぽけなものに思えて仕方がなかった。

畑の浄化が終わる頃には夜になっていた。

皆が聖女様!聖女様!と先程とはうってかわって熱に浮かされるように声を上げている。

「やはり聖女様は素晴らしい!」

「聖獣様が聖女様を守護するお姿があまりに美しく……あぁ……私も守られてみたい!」

「聖獣様の涙の美しさときたら!!!聖女様の祈りと聖獣様の涙があれば畑はいくらでも甦るのですね!!!」

「ずっとこの村にいてください!!!聖女様!!!」

口々に村人は少女とユニコーンを褒め称えた。

少女はありがとうと村人に笑顔を向けている。すると、ルウォがピクッと角を動かし少女を背に乗せた。

蹄で地面を蹴りつけブルルルルと低く鳴いている。

「ルウォ?どうしたの?」

突然のことに少女は、真っ白な親友の首を軽く叩いて尋ねる。

ルウォは地面の1点を見つめてブルルルルと低く鳴くばかりだ。

ほどなくしてルウォの見つめていた地面の土がボコボコと盛り上がっていく。

村人と少女はほぼ同時に叫んだ。

「モンスターがくるぞ!!!散れ!!!」

「魔物が来ます!!!離れて!!!」

わっと蜘蛛の子を散らすように村人が走り出すと、それに続くようにカムペが穴からぞろぞろと顔を出した。

「数が多い……!!ルウォやれますか?」

少女の言葉に当然とばかりの鼻息が返ってくる。

「護衛部隊を呼んでください!時間を稼ぎます!」

ウッドに指示を飛ばすと少女は真っ白な親友と共に駆けていった。
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