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2-3 名前とは契約なのですよ
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「先程の話ですが」
リンクスを見送っていたカパーが不意に話し始める。
「名前とは自分と相手との契約なのですよ。」
「契約?」
「リンクスも言っていたでしょう?用件があることを伝えるために呼ぶのだと。あれは半分正しいですが、あのままでは不正解です。」
着々と昼食の準備が進んでいく。荷車をそれぞれで纏めて駐め、動物たちの背から鞍や荷物が下ろされていっていた。
カパーは幻獣の背から下ろされた、近くのテントに入り手招きをする。
子どもは呼ばれるままについていく。メルキュールはテントには入らず一礼して去っていった。
「呼び名とは、自分が相手をどのような存在として捉えているのかを表すものです。
例えばワタクシ。商隊の皆さんはほとんどの方がワタクシを『隊長』と呼びます。それは、ワタクシを『隊を束ねる者』と認識している証です。
親しい者は『カパー』とファーストネームで呼ぶこともありますがこれは、ワタクシ個人を1人の人間として認識している証です。
自分と相手との決めごとですから呼び名は何でもよいのですよ。大切なのはそこに込められた意味なのですから。」
カパーはにっこりと笑って外套を取った。
「っ!?」
外套の下はまるでモンスターのような姿をしていた。
鋭く伸びた爪。首もとや腕は所々鱗のようなもので覆われていた。服で隠れて見えないが恐らく足や背中なんかもそうだろう。大きな口は蛇やトカゲを連想させた。
「『名前』は個人を特定します。つまり、『名前』を呼ぶというのは、貴方でなくてはダメなのだという意思表示です。
他の誰でもなく、貴方に気付いて欲しい。振り向いて欲しい。貴方に伝えたいというメッセージです。」
故にとても強い呪になることもあるのですよ。とカパーは優しく言った。
にっこりと笑うと赤い耳飾りと、長く伸ばした深紅の前髪が揺れる。
髪は後ろで緩く一本の三つ編みにまとめていた。
「そして強い言葉であるからこそ、遠くまで届きます。どれだけ遠くまで届くのかは貴方と相手との間で結ばれた契約の強さによりますが……」
「契約?」
「私は、貴方を、こう呼びますよ。こういう存在だととらえますよという約束事です。
片方だけが呼び名を決めていても、もう片方が認識できなければ機能しません。
お互いの同意をもって初めて成立するもの。それが契約です。
契約の強さは認識の強さ……分かりやすく言うならば……そうですね、絆の強さといったところでしょうか。」
カパーは何かごそごそとカゴを漁ると1枚の紙を取り出した。
「さて、貴方ならワタクシになんと名前をつけてくださるのでしょうね。いっそ化け物とでも呼んでみますか?」
にっこりと満面の笑顔でカパーは問うた。顔は笑っているが声からは何の感情も読み取れなかった。
「呼ばないよ。カパーさん。」
「そうですか。貴方は、この姿を見ても……隊長ではなく、カパーさんと呼ぶのですね」
カパーは微かに目を伏せる。纏う空気が少しだけ、ほんの少しだけ……柔らかくなったような気がした。
今がチャンスとばかりに子どもは気になっていたことを口に出した。
「カパーさんは……その……化け物……なの?」
明らかに人間のものとは違う鱗や爪、何より子どもを驚かせたのは、ドラゴンのようなしっぽがついていることだった。
「ふ、ふふっふ……あはははははは!こと……言葉を……選びに選んで……ふっふふっ……そのまま……化け物とは……あはははははは」
子どもの質問にひとしきり笑ったあと、はー、と息をついてから話し始めた
「いいえ。人間です。但し、魔物に育てられた……ね。
この国で魔法を使える人間は皆、多かれ少なかれ魔物と縁があるのですよ。
ワタクシの姿はあまり好ましいものではないでしょう。
ですから、外ではあのように外套を纏っているのです。これは、ワタクシの秘密です」
カパーは、また、いつものようにニヤリと笑った。
「秘密……。それってオレに話してもいいもの……だったの?」
「よくありませんね。」
「え?」
「ですから、貴方の秘密も教えてください。」
「え?オレ秘密なんて……」
「知っていますよ。軽くとはいえ、貴方の記憶も覗かせてもらっていますから。秘密なんてないくらい明けっ広げに生きていますね。眩しいくらいです。」
カパーは本当に眩しそうに目を細めた。
「じゃあ!」
何かを言おうとした子どもを制し、つづけた。
「ですが、ないのなら作ってください。例えばですが、入り口の所で兎を片手に聞き耳を立てている不届き者に相談してみるのも手でしょう。とびっきりの秘密をお待ちしていますよ。」
そう言ってカパーは外套を被るとテントから出ていった。
「見つかっちゃってた……。」
「リンクス!お帰り!オレ秘密なんて……」
「大丈夫。たぶん、名前を決めろってことだと思うよ。ほら、お前、名前つけたらダメなんだろ?」
トパーズの瞳がいたずらっぽく弧を描く
「え?」
「だからさ、内緒でつけちゃおうぜって事なんだよ、たぶん。不便だもんな~。
あ、ほら、隊長ってばメンバーリスト置いていってる。これって班長クラスじゃないとみらんないもんなんだぜ~。他の人と被らない名前にしような~。」
リンクスは、紙を見ながらあ~でもないこ~でもないとすでにぶつぶつ呟き始めている。
「ありがとう。リンクス。」
「お礼なら隊長に言いな。あの人見た目はあんなんだけど優しいんだ。」
リンクスを見送っていたカパーが不意に話し始める。
「名前とは自分と相手との契約なのですよ。」
「契約?」
「リンクスも言っていたでしょう?用件があることを伝えるために呼ぶのだと。あれは半分正しいですが、あのままでは不正解です。」
着々と昼食の準備が進んでいく。荷車をそれぞれで纏めて駐め、動物たちの背から鞍や荷物が下ろされていっていた。
カパーは幻獣の背から下ろされた、近くのテントに入り手招きをする。
子どもは呼ばれるままについていく。メルキュールはテントには入らず一礼して去っていった。
「呼び名とは、自分が相手をどのような存在として捉えているのかを表すものです。
例えばワタクシ。商隊の皆さんはほとんどの方がワタクシを『隊長』と呼びます。それは、ワタクシを『隊を束ねる者』と認識している証です。
親しい者は『カパー』とファーストネームで呼ぶこともありますがこれは、ワタクシ個人を1人の人間として認識している証です。
自分と相手との決めごとですから呼び名は何でもよいのですよ。大切なのはそこに込められた意味なのですから。」
カパーはにっこりと笑って外套を取った。
「っ!?」
外套の下はまるでモンスターのような姿をしていた。
鋭く伸びた爪。首もとや腕は所々鱗のようなもので覆われていた。服で隠れて見えないが恐らく足や背中なんかもそうだろう。大きな口は蛇やトカゲを連想させた。
「『名前』は個人を特定します。つまり、『名前』を呼ぶというのは、貴方でなくてはダメなのだという意思表示です。
他の誰でもなく、貴方に気付いて欲しい。振り向いて欲しい。貴方に伝えたいというメッセージです。」
故にとても強い呪になることもあるのですよ。とカパーは優しく言った。
にっこりと笑うと赤い耳飾りと、長く伸ばした深紅の前髪が揺れる。
髪は後ろで緩く一本の三つ編みにまとめていた。
「そして強い言葉であるからこそ、遠くまで届きます。どれだけ遠くまで届くのかは貴方と相手との間で結ばれた契約の強さによりますが……」
「契約?」
「私は、貴方を、こう呼びますよ。こういう存在だととらえますよという約束事です。
片方だけが呼び名を決めていても、もう片方が認識できなければ機能しません。
お互いの同意をもって初めて成立するもの。それが契約です。
契約の強さは認識の強さ……分かりやすく言うならば……そうですね、絆の強さといったところでしょうか。」
カパーは何かごそごそとカゴを漁ると1枚の紙を取り出した。
「さて、貴方ならワタクシになんと名前をつけてくださるのでしょうね。いっそ化け物とでも呼んでみますか?」
にっこりと満面の笑顔でカパーは問うた。顔は笑っているが声からは何の感情も読み取れなかった。
「呼ばないよ。カパーさん。」
「そうですか。貴方は、この姿を見ても……隊長ではなく、カパーさんと呼ぶのですね」
カパーは微かに目を伏せる。纏う空気が少しだけ、ほんの少しだけ……柔らかくなったような気がした。
今がチャンスとばかりに子どもは気になっていたことを口に出した。
「カパーさんは……その……化け物……なの?」
明らかに人間のものとは違う鱗や爪、何より子どもを驚かせたのは、ドラゴンのようなしっぽがついていることだった。
「ふ、ふふっふ……あはははははは!こと……言葉を……選びに選んで……ふっふふっ……そのまま……化け物とは……あはははははは」
子どもの質問にひとしきり笑ったあと、はー、と息をついてから話し始めた
「いいえ。人間です。但し、魔物に育てられた……ね。
この国で魔法を使える人間は皆、多かれ少なかれ魔物と縁があるのですよ。
ワタクシの姿はあまり好ましいものではないでしょう。
ですから、外ではあのように外套を纏っているのです。これは、ワタクシの秘密です」
カパーは、また、いつものようにニヤリと笑った。
「秘密……。それってオレに話してもいいもの……だったの?」
「よくありませんね。」
「え?」
「ですから、貴方の秘密も教えてください。」
「え?オレ秘密なんて……」
「知っていますよ。軽くとはいえ、貴方の記憶も覗かせてもらっていますから。秘密なんてないくらい明けっ広げに生きていますね。眩しいくらいです。」
カパーは本当に眩しそうに目を細めた。
「じゃあ!」
何かを言おうとした子どもを制し、つづけた。
「ですが、ないのなら作ってください。例えばですが、入り口の所で兎を片手に聞き耳を立てている不届き者に相談してみるのも手でしょう。とびっきりの秘密をお待ちしていますよ。」
そう言ってカパーは外套を被るとテントから出ていった。
「見つかっちゃってた……。」
「リンクス!お帰り!オレ秘密なんて……」
「大丈夫。たぶん、名前を決めろってことだと思うよ。ほら、お前、名前つけたらダメなんだろ?」
トパーズの瞳がいたずらっぽく弧を描く
「え?」
「だからさ、内緒でつけちゃおうぜって事なんだよ、たぶん。不便だもんな~。
あ、ほら、隊長ってばメンバーリスト置いていってる。これって班長クラスじゃないとみらんないもんなんだぜ~。他の人と被らない名前にしような~。」
リンクスは、紙を見ながらあ~でもないこ~でもないとすでにぶつぶつ呟き始めている。
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