魔王のいない世界で勇者になるには

蛍雪月夜

文字の大きさ
上 下
4 / 19

2-1 名前とは契約なのですよ

しおりを挟む
救護班のもとへ顔を出すと子どもの処置は終わっていた。


担当医師によると、全身の打撲と擦り傷、切り傷はあったが、骨や内蔵に異常はないようだった。


「子どもは身体が柔らかいですからね。大事がなくてなによりです。まだ体重が軽い時期だったということも幸いしたのでしょう」


担当医師はにっこりと笑った。


巨大なアザラシのような生き物の背中に、あつらえられた救護室は、揺れがなく快適だった。アザラシのような生き物はセルキーというらしい。海に住む魔物の一種だ。


セルキーは地面を泳ぐように進むことができるため、荷馬車等と違い振動が起こらない。


セルキーの背中に鞍をかけ、その上に天幕を固定して救護室を作っていた。


天幕の中は白を基調としたシンプルな部屋で、小さな診療所といった風情だった。


入り口から一番はなれた場所にベッドとカプセルがならび、棚で仕切りをつくり、入り口の見えるところにソファーと机が置いてあった。


子どもは現在、痛み止を打ち、治癒力を高めるカプセルに入っている。


魔法の力で人間の自然治癒力を極限まで高めることのできる、このカプセルは、重傷でない限りはケガや病気を治すことができる。


あと1~2時間もすればカプセルから出られるだろう。


子どもの無事を確認したあと、商人は男に1人で持ち帰れるだけの荷を渡した。荷車に積まれていたのは主に保存食と種もみだった。


「こちらを引いてゆっくりと、お帰りなさい。荷は腐るものではないのです。貴方に持てる大きさの荷車くらいなら、すぐに通れるようになるでしょう」


隊列の先頭で牛に引かせていた荷車は渡せなくなってしまったので、男が引けるサイズの比較的小さなものを用意した。


街道の分かれ道まで来ると商人は男に告げた。


「しばらくは備蓄で凌いでください。それから、彼の住んでいた木こり小屋の奥。少し行くと洞窟があるでしょう?


どうやら今は安全なようですから、行ってみるといいでしょう。あなた方の助けとなるかもしれませんよ。」


商人は子どもへ視線を向けてから、男に「ね。」と首をかしげて見せた。


子どもはすっかり元気になり、商人を真似て「ね。」と首をかしげている。


商人のほうは、おそらくウィンクのつもりなのだろう。


開いているのか閉じているのかわからないような目をしているが、不思議と伝わった。


「助かる。」


男は短く頭を下げると1人、荷車を引いて歩き始めた。


ゆるりと続く上り坂が男たちの村へとつながる街道だ。


「貴方は真面目過ぎますからね。心配なんですよ。……本当にそれでいいんですか?

今なら、まだ引き返せるんですよ。……なんて……ね。」


商人は荷車を引いて山道を登っていく男をしばらく見送っていたが、やがて隊に向けて拡声の魔法を飛ばした。


「皆さん、ルート変更のお知らせです。グリンディローの川が氾濫したようです。山道は使えません。少し危険度はあがりますが、山には入らず平原を進むこととします。各部門の班長以上の者は至急集合されたし」


さて、と商人は子どもを見やる


「キミのことも紹介しなくてはいけませんね。行きましょう。彼の手前あんなことを言いましたが、キミは何も心配することはないのですよ。」


しおりを挟む
script?guid=on
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

処理中です...