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本編

17 キスの意味②

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 無言で歩くのが気まずい。そんな気持ちも手伝って、気になっていたことを聞くことにした。

「……ね、もうひとつ。あなた期初集会に来てた?」
「気づいたのか。暇だったから、少しな」
「声をかけてくれたらよかったのに」

 会場から出ていこうとしていたので追いかけた、とは口が裂けても言えない。そのかわりに、次に会ったら言おうかと悩んでいたことを伝えることにした。

「あのドレス、似合ってるって褒めてもらった……ありがとう」

 文句を言いたいことはかなりたくさんあるけれど、助けられていることも事実。対価だから当たり前と思わずにきちんとお礼を言うことで、真人間としての体裁を保ちたい。

 視線を上げると、悪魔は宝石のような赤い目を何度か瞬かせた。そして。

「俺が選んだんだ。似合って当然だろ」

 眩しいくらいの得意げな顔で笑った。



 結局、ふたりでおしゃべりしているうちに町に到着した。露天で簡単な食事を済ませて、大通りの店を見て、ハイデマリーと一緒に食べる茶菓子を買う。
 気になる本も一冊だけ買った。夜、眠る前のベッドの中で眠気の限界まで本を読むのが最高なのだ。

 ちなみに、人間の通貨を持っていないと言う悪魔の食事は私がおごった。借金を完済する力があるのに……金貨は持っているけど銅貨は持っていないとか、そういう感じだろうか。
 おごったお礼のつもりなのかは知らないけれど荷物を持ってくれたので、遠慮なくお願いすることにした。

 またふたりでのんびり歩いて、家まで戻る。ハイデマリーも私の外出後は休んでもらっているから出迎えはないけれど、悪魔と一緒にいるところを見られなくて済むので好都合だ。

「どうぞ」
「邪魔する」

 自宅側の玄関から悪魔を招き入れるのは不思議な気分だった。悪魔も玄関は初めてだからか、珍しそうに周囲を見渡している。

 まずは私の部屋に行って、買ってきた荷物や鞄を置く。それから悪魔の後ろを付いて歩いた。

 悪魔除けのまじないを見つけたのは温泉側の倉庫だった。お湯に浸かる時に着る薄い服やタオルに石鹸やら、いろいろなものが所狭しと収納されている。
 物をどかさないと見えないような棚の奥に、魔法陣の描かれた真四角の紙があった。手のひらの大きさくらいしかなようなこれが悪魔除けらしい。

 忌々しげに悪魔除けを眺めていた悪魔は、何かに気づいた様子で私を見た。

「お前、魔女だと思われてるぞ」
「ええ?」

 魔法陣には神々の言葉であると言われる古語も書き込まれている。私には読めないけれど、驚いたことに悪魔は神々の言葉が読めるらしい。

「ここに退けたいものの名前を書くんだよ。悪魔と、魔女エルフリーデって書いてある」
「私が魔女?」

 魔女じゃなくて悪魔憑きといった方が正しいのに。大悪魔フィストスに付きまとわれているから。

 ともかく、このまじないのせいで悪魔であるフィストスは屋敷に入れず、魔女ではない私には何の効果もなかったということだった。

「誰がこんなものを……」

 悪魔除けはともかく、私が魔女だと思われていたなんて。これが倉庫に隠されていたということは、魔法陣を描いたのは使用人の誰かに間違いない。
 魔女とは女性を蔑む言葉のひとつ。だからさすがにこれは……少し堪えた。

 じっと魔法陣を見つめている私に、悪魔が囁く。

「誰かここに来る。慌ててるようだから、それを描いたやつかもな」

 今日も営業中なんだから、倉庫に来る人間が急いで慌てているなんて珍しいことじゃない。やっぱり悪魔は悪魔だから、私を疑心暗鬼にでもさせようとしているのかも。そんなことも思った、のに。

「あ……お、お嬢様……」
「フランカ。ご苦労さま」

 本当に慌てた様子で倉庫に入ってきたのは、私と同じ年頃の使用人フランカだった。普段倉庫に立ち入ることのない私がいるから、と言うには無理があるほど、青白い顔で私を見つめている。

 そして。

「すみません、お嬢様。それ、私のお守りです。大事なものなのになくしてしまって、探していたんです」

 フランカは私の手にある魔法陣の紙を指さして、そう言った。

 古語は聖職者や言語学者でなければ学ばないから、読めない人間がほとんどだ。私も読めないと思ってただのお守りだと言ったのだろう。

 悪魔を全面的に信じるつもりもないけれど、悪魔の言うことが嘘だとも思えない。だって実際に、一ヵ月近くもこの屋敷に入れずにいたのだから。

「……フランカ。このお守りには私の名前が書いてあるみたいだけど」
「え? ……その、それは、ええと」
「魔女エルフリーデって」
「あ、の」
「辞書で確認させてもらってもいい?」

 この反応では確認するまでもなく、フランカが描いたのだと言っているようなものだった。言葉を失ったフランカは床を見つめたまま、額に大量の汗を浮かべている。雇用主の悪口が本人にばれたようなものだから、当然といえば当然かもしれない。
 私も、彼女になんと声をかけたらいいのか分からなかった。
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