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001. 2回目の

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 覚醒は突然だった。
 唐突に意識が浮上して、弾かれたように目を開けた。
 見慣れたいつもの天井。使い慣れた私のベッド。サイドテーブルに水さしとコップ。家具も、配置も全て覚えているまま。私の部屋。
 大きな窓から差し込む陽射しは明るくて、部屋全体を照らしている。
 穏やかとも言える、いつもの朝と同じ空気。
 そんな中で私だけが混乱していた。
 全身が重くて、じっとりと汗に濡れているような嫌な感じ。荒く繰り返される呼吸と早鐘はやがねを打つように動いている心臓に、私は生きているのかしら、と咄嗟に思った。

「夢……?」

 ぽつり、と言葉がこぼれた。
 あれがぜんぶ夢だったというの?
 この重苦しい感じと倦怠感は、熱を出した時のそれに似ている。
 熱を出して、そのせいで悪夢でも見たのかしら。

(いえ……。いいえ、そんなはずないわ)

 声に出した言葉を、自分で否定する。
 冷たくて硬質な物が、確かにこの胸を貫いた。その感覚がまざまざと甦り、ぶるりと身体が震える。
 ゆっくりと身体を起こして呼吸を整え、そっと夜着の上からその場所に触れる。

(傷が……、ない?)

 傷も、血が出た痕跡こんせきすらなかった。
 なぜ……。何がどうなったのか分からない。
 私は死んだのではなかったの? どうして部屋に居るの。
 いえ、それよりビアンカとレオンハルトは?
 はっと大切な人たちのことを思った、その瞬間。タイミング良くドアをノックする音がして、そのままガチャリと開けられて人が入ってくる気配がする。

「……お嬢様っ!?」

 その声に振り返ると、驚いた表情のビアンカがこちらを見ていた。ベッドに半身を起こした私を見て心配そうに駆け寄ってくると、持ってきたトレーごと水差しをサイドテーブルに置いて、私の手を両手で包むように握ってくれる。その手は、確かにあたたかい。

「ビアンカ……?」
「お目覚めになったのですね……良かった……」

 ほろほろとこぼれ落ちる涙を拭うこともせず、ビアンカは私の手を握り続けた。

「突然お倒れになって……もう3日も眠ったままで……熱も下がらないし……」
「そうだったの……。ごめんなさい、心配をかけたわね」
「いいえ、いいえ……!」

 ビアンカは私の言葉にフルフルと首を振り、そして私を見つめて、にこりと微笑んだ。

、リゼ様」

 ビアンカが生きている。
 ああ、もしかして。今こそ夢を見ているのかもしれない。
 死後に夢なんて見るのかしらとも思うけれど。なんて幸せな夢なのかしら。できることなら醒めないで。そう願うと、あの時と同じように、涙がほろりとひと雫こぼれ落ちた。

「お嬢様、お疲れでしょう。お水はお飲みになられますか?」
「ありがとう。そうね、おねがいするわ」

 ビアンカが涙を拭い、サッと侍女の顔に戻るから、私もそれに合わせた。
 水を注いだコップを受け取り、ゆっくりと口を付けた。冷たい水が喉を潤していくのが心地好く、ただのお水がとても美味しく感じられた。

「すぐに旦那様と奥様に知らせて参ります。お医者様もお呼びしますね。レオンハルトも心配していました」

 水を飲み終えたコップを私から受け取ったビアンカは、そう言って嬉しそうに微笑みながら足早に部屋から出ていった。
 パタリと閉じられたドアを見て、ひとつ溜息をついた。

(この夢の中では、レオンハルトも無事なのね……)

 ビアンカも、レオンハルトも生きている。
 それだけでも嬉しくて胸がじわりとあたたかい。涙が出そうになるのを堪えるのが精一杯だ。
 間もなくお父様とお母様、それからお医者様が慌ただしく部屋を訪れて、私が目覚めたことを喜んでくれた。私の体調を確認してくれているお医者様の後ろにビアンカとレオンハルトの姿を見た私の声は、震えてはいなかっただろうか?

「あとは、栄養のあるものをたくさん食べて、ゆっくり眠ることですよ」

 幼い頃からお世話になっている先生はそう言って優しく微笑みながらゆっくりと頷いた。それを見たお母様は、安堵あんどしたのかうっすらと涙を浮かべていた。驚いたことに、お父様もだ。
 こんなに心配をかけてしまうなんて、私は本当にダメね。

「ありがとうございます、先生」

 ベッドの上で、枕と大きめのクッションを背中にあてて座りながらお礼を言う。
 3日間も意識が戻らなかったとあって、すぐに胃に優しいからとミルクがゆが運ばれてくる。とにかく食べて寝ろと皆に説得され、私は苦笑しながらスプーンを口に運んだ。じんわりとあたたかくて優しいものが一緒に身体に満ちていく感じがして、なんだか涙がこぼれそうになる。
 お父様お母様、そしてビアンカとレオンハルトに見守られながら、気恥ずかしくなりつつも私が空腹を満たすと、今度は全員に寝かし付けられる。
 照れくさくてあたたかくて、そして幸せな夢の中、眠りについたはずの私は、目覚めるとまた同じ夢の中にいた。

「夢じゃ、ないの……?」

 あの時、たしかに死んだはずの私は、生きてここに居た。

(待って。状況を……整理しなきゃ……)

 どきんどきんと脈打つ心臓。
 そうだ。これが夢ではないというのなら、ビアンカとレオンハルトも生きている。
 それから不意に思い出す。

(神と精霊王に……願ったわ……)

 やり直せるのならば、と。どうか2人には幸せに、と。
 前例など文献に残ってもいないし、聞いたこともない。けれど、本当にやり直しのチャンスが与えられたのだとしたら?

「……今日が、『』なのか……確認しなければね……」

 憶測おくそくではあるけれど、私は生き返ったのではなく、『過去に戻った』という形が正しいのだと思う。それならば、『あの日』までどれだけの猶予が残されているのか確認しなければ。

「まずは、それからだわ……」


 こうして私は、2度目の人生で未来を変えるために歩き始めた。

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