上 下
5 / 6

04. そうなるような気がしてた

しおりを挟む

 美味しい酒と食事を堪能するかたわら、先程の店で着替えた服は理仁の家に届けてもらうように手配済みだと聞かされた。

(あの目配せはそういうことか……)

 なんというか、あまりにも用意周到でため息が出そうになった。
 外堀から埋めるタイプと言おうか……。うーん、でも逃げ道を塞がれたという感じはしないと言うか、それはいつものパターンなので、外堀云々っていうのはちょっと違うのかな。あれ、オレもしかして理仁の手のひらで転がされてる?
 ふと、今までの恋人はどうだったんだろう、と思ったけど、すぐに考えるのをやめた。比較しても仕方がない。オレはオレでしかない。
 それに、せっかくの美味しいものを純粋に楽しめなくなる。たぶん、全人類に共通することだと思うけど、美味しいものを食べるのは幸せなことだと思う。もちろんオレ自身がそうなので、目の前の食事を全力で楽しむために思考を切り替えたのだった。
 ところで、美味しい食事は酒がすすむものだ。それが美味しい酒なら尚更である。
 つまりどういうことかといえば、うん。理仁オススメの美味しい食事と酒で、デザートまで完食する頃には、オレはいい具合に酔っていたのだった。

「礼旺、歩ける?」
「ん、平気」

 別に足元がふらつくわけでもないのに、理仁が腰を支えてくる。とにかくふわふわと気持ちがいい。
 エレベーターに誘導され、2人で小さな密室ともいえる箱に乗るとやがて独特の浮遊感に包まれた。支えられた腰を引き寄せられて、頬に吐息を感じる。

「礼旺……」
「あ……」

 ダメだと言う間もなく唇を奪われた。

「んっ、……ぅ……」

 うっかり開いていた口から舌が差し込まれ、口内を掻き回されて思わぬ声が漏れる。
 こんな所で、とか、誰か来るかもしれないのに、とか。いつもなら浮かぶ拒絶の言葉が、曖昧にかすんでいく。
 ああ、相当酔ってるな、オレ。

「んんぅ、……っ、あ」

 首筋から耳裏を指先で撫でられ、ゾクゾクと震えが走った。
 思考にもやがかかる一方で、理性が少しだけ戻ってくる。

「ふ……、あ……だめ、りひと……っ」

 キスで絡め取ろうとする理仁になんとか抵抗して訴えると、困ったように微笑まれた。

「残念、酔い醒めちゃった? ぽやっとした礼旺も可愛かったのに」
「え……?」

 聞き返した瞬間にエレベーターが目的階に到着した電子音が鳴り、オレは慌てて理仁から離れようとしたけれどそれは意外と力強い彼の腕に阻まれてしまう。

(誰かに見られたらどうする気だ……!)

 バイセクシャルである理仁は、そのことを隠してはいない。だけど、社会的な立場というものがある。一介の会社員であるオレとは違う。
 社内ではまだ大目に見てもらえるかもしれないが、こんな誰が見てるか分からないような公共の場所であからさまな行動はダメだ。
 そう考えるだけの理性が戻っているのに、身体はいうことをきかなかった。まるで力が入らない腕で、トンと理仁の胸を叩く。
 エレベーターのドアが静かに開く気配がして、ギクリと全身がこわばるけれど、エレベーターホールは静かでオレたちの他に人はいないようだった。
 だけれど、ホッとしている場合ではなかった。

「あ……れ?」

 着いた先はロビーではなく、宿泊用の客室フロアだった。
 若干の理性が戻ってきているクセにアルコールが抜けきっていない身体はふらついているし、上手く考えがまとまらない。

「おいで、礼旺」
「え」

 腰を抱かれるようにして促されるままエレベーターから降りる。そのまま理仁は、じゅうたんが敷かれる廊下を迷いなく進んで、ひとつのドアの前で立ち止まった。カードキーで簡単な操作をすると、カチャリとドアを開ける。それを見てぼんやりと思い出したことがあったけど、もう遅かった。
 と、いうのも。

「うわ!?」

 ふわり、と身体が浮いたと思ったら理仁に抱き上げられていたのだ。しかも、いわゆる『お姫様抱っこ』、というやつだ。反射的に理仁にしがみついたけど、きっとそれも良くなかった。
 理仁はオレの顔を見てニコリと微笑むと、よどみなく部屋の中へと足を踏み入れる。
 まずい、と思ったのは本能だろうか直感だろうか。

「あの……、理仁?」

 やたら豪華な部屋。ベッドルームの無駄にデカいベッドの上にゆっくりとおろされ、完全に逃げ道が無くなったことを認めたくないオレの顔は引きつっていたことだろう。

「ね、礼旺。男が服をプレゼントするのは、『その服を脱がせたい』って意味があること、知ってた?」

 理仁はオレにのしかかるように追い詰めつつ、優しげな微笑みで随分と物騒なことを言う。両足の間に割り込ませるように身体を進められたら、もうこれは……。

「しらな……、んぅ」

 知ってても知らなくても、どちらでも結局は変わらなかった気がする。
 知らない、と答えようとした口はキスで塞がれて、同時に潜り込んできた熱い舌に口腔を愛撫するようにくすぐられた。

「んぁ……、あ、……っ」

 抵抗する力も気力も奪われて甘い声と吐息をもらしながら、オレはベッドに沈められた。

(ああ、やられた……)

 オレに選んでくれたネクタイを自らの手でシュルリと解く理仁の表情は、嬉しさと愛しさが混ざったような笑みであるのに、明らかな欲情が滲んでいた。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

エロしかないBL短編集!! R-18

てぃな
BL
過去作の詰め合わせ

無理やりお仕置きされちゃうsubの話(短編集)

みたらし団子
BL
Dom/subユニバース ★が多くなるほどえろ重視の作品になっていきます。 ぼちぼち更新

性的イジメ

ポコたん
BL
この小説は性行為・同性愛・SM・イジメ的要素が含まれます。理解のある方のみこの先にお進みください。 作品説明:いじめの性的部分を取り上げて現代風にアレンジして作成。 全二話 毎週日曜日正午にUPされます。

召喚された美人サラリーマンは性欲悪魔兄弟達にイカされる

KUMA
BL
朱刃音碧(あかばねあおい)30歳。 ある有名な大人の玩具の開発部門で、働くサラリーマン。 ある日暇をモテ余す悪魔達に、逆召喚され混乱する余裕もなく悪魔達にセックスされる。 性欲悪魔(8人攻め)×人間 エロいリーマンに悪魔達は釘付け…『お前は俺達のもの。』

ある少年の体調不良について

雨水林檎
BL
皆に好かれるいつもにこやかな少年新島陽(にいじまはる)と幼馴染で親友の薬師寺優巳(やくしじまさみ)。高校に入学してしばらく陽は風邪をひいたことをきっかけにひどく体調を崩して行く……。 BLもしくはブロマンス小説。 体調不良描写があります。

変態村♂〜俺、やられます!〜

ゆきみまんじゅう
BL
地図から消えた村。 そこに肝試しに行った翔馬たち男3人。 暗闇から聞こえる不気味な足音、遠くから聞こえる笑い声。 必死に逃げる翔馬たちを救った村人に案内され、ある村へたどり着く。 その村は男しかおらず、翔馬たちが異変に気づく頃には、すでに囚われの身になってしまう。 果たして翔馬たちは、抱かれてしまう前に、村から脱出できるのだろうか?

旦那様、お仕置き、監禁

夜ト
BL
愛玩ペット販売店はなんと、孤児院だった。 まだ幼い子供が快感に耐えながら、ご主人様に・・・・。 色々な話あり、一話完結ぽく見てください 18禁です、18歳より下はみないでね。

田舎のおっちゃん♂とヤリまくる夏休み☀️

宗形オリヴァー
BL
「おらっ! お前の奥に出すからな…っ! ド田舎おっさんの天然精子、たっぷり受け止めろや……っ!!」 失恋の傷を癒すべく、都会から遠く離れた万歳島(ばんざいじま)へやってきた学園二年生の東真京介(あずま・きょうすけ)。 父の友人である「おっちゃん」こと虎魚吉朗(おこぜ・よしろう)とのめくるめく再会は、誰もいない海で追いかけあったり、おっちゃんのガチガチな天然田舎巨根にご奉仕したり、健全で非健全なスローライフの始まりだった…! 田舎暮らしガチムチおっちゃん×ハートブレイクDKの、Hでヒーリングな夏休み・開始っ!☀️

処理中です...