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第3章 3日目②
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高見は濡れた服を着替え、自分のベッドの上に座っていた。
オレに気付くと、高見はちょっと視線を逸らして。それから。
「ごめん……」
っていきなり謝られて驚いた。
オレは高見のベッドに両手をついて、膝で乗り上げながら詰め寄った。
「なんで高見が謝るの……?」
ケンカの理由が言えないから?
高見は困ったような表情でオレを見つめていた。
「俺、お前の不安を分かってるつもりで、本当は全然分かってなかった。その上、お前を動揺させるような事……」
高見の手が緩やかに差し伸べられ、しなやかな指がオレの唇を優しくなぞった。
それって、やっぱりキスの事を謝ってんのか?
(謝らなくていい……)
その事は、謝ってほしくない。
(って、え……っ?)
自分で考えた事に、驚いた。
でも、驚いたけど、なんとなく分かっていた事を再確認したような。そんな感じでもあった。
だけど、ちゃんと思い出した訳じゃない。
思い出したいのに。
「……オレ、もう一度、階段落ちしようかな……」
小さく呟いた。
実はそれは、この3日間で何度か考えた事だった。
記憶を失った時と同じ衝撃を与えれば、記憶が戻るかもしれない。そう思ったんだ。ただ、実行できなかっただけだ。
けど。
「なんで、そんな事……?」
高見の眉がひそめられて。瞳が揺れた。高見が動揺してるのが分かる。
「ショックで、記憶が戻るとか……あるじゃないか……」
「そんなことの、為に?」
「だってオレ、ここでの事を何もかも忘れてるのが嫌なんだ。辛いんだよ。思い出したいんだ! 高見の……っ!?」
悲鳴みたいな声は、いきなり抱きしめられて、途中で途切れた。
「無理しないで……。俺たちが守るから。思い出は作れるから、これから知って」
あんな思いはもう二度としたくない、と。
絞り出すような声で告げられて、心が痛んだ。
その一言で、自分がどれ程の心配をかけていたのかが分かって。
オレを抱きしめてくる腕や、頬に当たる胸の感触が心地よくて。
「高見……」
思わず、涙が零れそうになった。
オレ、絶対、正気じゃなかったと思う。
だって、普通だったら言えないような事をすんなりと言葉にのせていたんだ。
気が付いたら、言っていた。
「オレ、お前の事、好きだった……?」
少し震えてしまった声に、高見の身体がピクリと反応した。
瞬間、我に返った。
「……あ……」
何、言った?
(オレ今、何を言った!?)
高見が、抱きしめていたオレの身体をゆっくり離して、顔を覗き込んでくる。
その高見の視線を避けるように、オレは顔を背けた。
「何言ってんだろ、オレ……。ごめん、今の忘れて……」
恥ずかしさと自己嫌悪で、頭の中が真っ白になりそうだった。やっとの思いで言ったのに。
「なんで?」
頬に添えるように、優しく両手で顔を包み込まれて、胸が高鳴った。
「なんで……って……」
背けた顔をゆっくりと引き戻された。
強引さはない。
切なげな綺麗な顔が近付いてきて、反射的に目を閉じた。
唇を優しく塞がれて身体が小さく揺れた。
始めは触れるだけだったキス。何度も繰り返すうちに、少しずつ深く、濃密なものになってきて。
オレは何時の間にか、縋るように高見の身体にしがみついていた。
「……ん……っ」
薄く開いた唇から舌が滑り込んできて、口の中をくすぐるように舐められ、なぶられた。舌を絡め取られて、優しく吸われて。煽るみたいな高見に翻弄されて、甘い声が洩れてしまう。
「んぅ……ぁ……」
貪るみたいなキスを繰り返されながら、ゆるやかにベッドに押し倒された。
キスでオレの唇を塞いだまま、高見は慣れた手つきでオレのシャツのボタンを外してゆく。
眩暈がするような感覚に、息苦しさを覚えた。
キスで翻弄された身体が、熱くなっていくような気がした。
ようやくキスから解放されたのは、いいかげん呼吸が乱れてしまってから。
「は……あ……っ」
喘ぐみたいに息を継いだ。
耳にキスされ、耳朶を軽く咬まれた。
「古城……」
熱い息と共に低い声で囁くように名前を呼ばれ、全身が震えた。
「ん……っ」
唇が首筋を辿って下りていく途中で小さな痛みを感じた。ちょうど、さっきキスマークを見つけてしまった場所。
「……俺以外のヤツの痕なんか、俺が消してやる」
低い、押し殺したみたいな声に。
「あ……」
胸の奥が締め付けられたような気がして、戸惑った。
痛い訳じゃない。苦しいんじゃなくて、独占されてるみたいな言葉が嬉しくて、甘い感覚で胸をいっぱいにさせてる自分自身に戸惑っていたんだ。
高校に入学するまでは知らなかった思い。
今のオレは、知らないはずの気持ち。
それなのに。
鎖骨にキスを落とした唇が胸元に滑って、胸の突起を挟み込んだ。
「んっ……あ……っ」
舌先で舐められ、軽く歯を立てられてから宥めるみたいに口に含まれて。
甘い痺れが走って身悶えた。
知らないはずなのに、身体は反応してる。
肌を撫でるように這う高見の手の感触が、ひどく心地よかった。触れられる度に熱が生まれる。痺れが疼きに変わっていくのが、自分の意志では止められない。
「あ……、たか……み……っ」
舌先で転がされ、もう片方を指で弄ぶように愛撫されて上擦った声が洩れる。
たまらなくなって、掴んだシーツをたぐりよせた。
熱に浮かされたみたいに甘い声を洩らしてしまうオレ自身が、たまらなく恥ずかしかった。
そんなオレの様子に、気付いているんだろう。
胸の辺りで、高見がクスリと笑みを零すのが聞こえたけど、文句を言ってやる余裕なんか、もちろんオレにはなかった。
「な……、あ……っ?」
胸への愛撫はそのままで、高見の空いている方の手が流れるように脇腹のラインを辿って下腹部に触れてくる。
反射的に逃れようとするオレの動きを難なく封じ込め、慣れた動きでオレのズボンと下着をはぎ取っていく。
キスと愛撫に煽られて、触れられてもいないのにすでに硬くなり始めていたものをやんわりと握り込まれて、身体がビクンとのけ反った。
「あぁ……っ!」
嫌悪感はない。
けど、めちゃめちゃ恥ずかしいし、さすがに抵抗がある。
だって、オレ男なんだよ? こういう事、今のオレにとっては初めてなんだ。
初めてなんだけど身体の方は覚えてる、変な感覚。
忘れてないからこその反応に、オレは戸惑ってる。
心と身体のアンバランスさが、余計にオレを煽ってゆく。
包み込まれていたモノにしなやかな指が絡まり、ゆっくりと上下に扱きだされて、甘い痺れと快感が押し寄せてくるのに耐えられなかった。
息はもう完全に上がってしまっているし、泣くつもりなんかないのに目には涙が溢れていた。
「あ……っ、あっ、……ああっ」
一際高く洩れた甘い声に驚いて、声を出さない為に自分の手で口を塞いだ。
「声、聞かせて……」
オレの様子に気付いた高見の、甘えるような声の願いに、首を振るだけで拒絶した。
いやだ。だめだ。
「どうして?」
愛撫を中断して、高見がオレの顔を覗き込んでくる。
「……はずか……し……」
切れ切れな言葉で訴えた。
快感に溺れてしまってる自分の声が、恥ずかしいんだ。
それなのに。
「恥ずかしがらないで。隠さないで、全部見せて」
なんて。そんなの。
「無、理……ッ」
綺麗な顔してムチャクチャなこと言うなよっ! 恥ずかしいだろっ!!
そして高見が愛撫を再開した瞬間、唐突にある人物の顔が脳裏に浮かんだ。
「や……っ! 待ってダメ……!」
「……古城?」
とっさに高見の手を掴んで制止してしまったオレを、高見は怪訝そうな表情で見つめてくる。
今更だけど、オレはとんでもない事に気が付いた。
オレは高見が好き、だと思う。
でも、高見は。高見には。
「だって、瀬名……」
「瀬名が、なに……?」
脳裏に浮かんだ瀬名の顔。昨日見た、瀬名の笑顔。
「……瀬名は、高見にとって……」
大切な人なんだろう?
そう、聞きたかった。けど、最後まで言えなかった。肯定されるのが恐かった。
「瀬名は、ただのイトコ。それ以上でも、それ以下でもないよ」
「……イトコ?」
高見の言葉を疑っている訳じゃないけど、完全に信用しきれている訳でもなかった。
そんなオレの迷いは表情に出ていたんだろう。
そして高見は、それを読んだんだと思う。
オレに覆い被さっている高見が、ふっと優しい微笑みをこぼす。
「一度に二人の人を好きになる程、俺は器用じゃないし不実でもないつもりだけど?」
「……高見?」
「なんで分からないかなあ……」
高見の綺麗な顔にたたえられた微笑が、苦笑になる。
「なに……? 高見?」
高見が、オレの瞼に優しくキスを落とす。それから、頬。唇がオレのそれをかすめ、ゆっくりと首筋を辿って、肩にもキスされて。それから鎖骨へ。
「たかみ……」
胸元に無数のキスを散らしてから、脇腹のラインを徐々に滑り降りてゆく。足の付け根の辺りにキスされた頃には、オレは平静ではいられなくなっていた。
そして。
「やっ……!? ちょっと待っ……、高見……っ! だめっ」
まさかの感触に、オレは悲鳴に近い声をあげた。
オレの両足を押し広げ、その中央に高見の顔が埋められる。オレが男である証を、高見なためらいもせずに舐め上げ、その口の中に収めてしまったのだ。そればかりか、口内で舐めしゃぶるように舌を使われて、なぶられ、煽られて。
「だめ……って、たかみ……っ、や……だ……っ!」
抗議の声を、高見は聞いてくれそうもなかった。なんとか引き剥がそうと、高見の髪を掴んだ両腕に、力は入らなかった。
限界近くまで追い上げられたモノを口の中で転がされるような感覚に、両腕が震えていた。
わざとだと思われる程に、湿った音を響かせながら愛撫が繰り返される。
それが羞恥心を煽り、オレの中で知らない感覚を引き出されて身悶えた。
唾液と先端部分からの先走りの雫が混じり合って身体の最奥へと滴ってくるのを潤滑剤に、高見の手が、指の腹でオレの秘奥を撫でるように這い、やがてツプリと中に潜り込んでくる。
「ひぅっ!」
瞬間、洩れた悲鳴。身体がビクンとのけぞった。
身体の奥を指で擦られて、痛みと異物感に顔を歪めた。
けど何より怖かったのは、男同士だというのに嫌悪を感じていない自分。
痛みの中から、じわじわと快感が込み上げてくる。
「やぁ……、あっ……たか……み……やめ……っ! も、だ……め……っ」
喘ぎに混ぜて、訴えた。
ホントにもう限界だった。
前と後ろを同時に攻められ煽られて、オレの身体は爆発寸前だった。そしてそれは、高見にも分かっている事らしかった。
「も……、はなし……」
悲しくもないのに涙が零れた。
本気で今の状況をなんとかしたかった。だって、今だってギリギリの所で我慢してるんだ。このままじゃ高見の口の中に出してしまう。そんな事ができるはずない。それだけはイヤだから離してほしかったのに。
オレの願いは聞き届けられず、高見は追い打ちをかけるように、射精を促すように更に強く吸い上げてきた。
「や……あっ、ああ───っ!」
つなぎ止めていた理性が弾けた。
ビクン、と全身が硬直したのが自分で分かった。
押し寄せた快感の波に、オレは高見の口の中に白濁を迸らせていた。
オレが放ったモノを高見が飲み込む音が、どこか遠くに聞こえる。
頭の中が、真っ白になっていた。
目の前で何かがスパークしたようだった。
オレの中で、何かが弾けた。
ほんの一瞬だけ、意識が飛んでしまったのかもしれない。
身体の奥から、指がズルリと抜けて行くのが分かる。
胸元を喘がせながら、オレは涙が零れる目元を腕で隠した。
「う……そ………」
かすれてしまった声で、小さく呟いた。
「ごめん……」
顔のすぐ近くで、本当に申し訳なさそうな声が謝罪の言葉を告げてくる。
「うそ、つき……」
腕で視界を覆ったまま、今度は聞かせてやるつもりで言った。
「古城……?」
怪訝そうな声が、オレの名前を呼ぶ。
「何が、友達だよ……。誰が、いつ……そんな呼び方したって……? 嘘つき……嘘ばっか……」
「お前、まさか……?」
「キライだよ……翔吾なんか、大っキライ……!」
絞りだすように、悲鳴みたいな声で言った次の瞬間、オレの両腕はすごい力でベッドに押さえ付けられていた。
「……真純?」
オレの名前を呼ぶ声は震えていた。
涙を零しながら睨み上げるオレの顔を、信じられないモノでも見るかのように瞠目したまま、動揺を隠そうともしないで見下ろす綺麗な顔。
「なんでだよ……」
「ごめん……」
動揺しながらも謝罪してくるその瞳は、たぶんオレの変化に気付いてる。
その証拠に、翔吾はオレを名前で呼んだ。
「なに謝ってんの……? 何に謝ってんだよ? どうして何も言わなかった……?」
だから、わざと言ってやる。
「なんで言ってくれなかったんだよ……。オレ、お前のこと大切だって言ったじゃん。好きだって、言ったよな……? そんなの、記憶なくしたからって変わるものでもないだろ? そんなに、オレの事、信じられない……?」
毅然と言ってやれればカッコイイんだろうけど、オレは情けなくもボロボロ泣きながら訴えた。
どうして忘れていられたんだろう。
今はオレの中に、抜け落ちた時間はない。パズルのピースがぴったりはまったみたいだった。
きっかけは、暴挙とも言える翔吾の行為。
思い出したって言うよりも、引きずり出されたって言う方が近い。
今なら分かる、和巳ちゃんの言葉や翔吾の表情がある。
オレは翔吾が好きだった。それは今でも変わらない。
最初は自覚なんかしてなかった。
自分が誰かを好きになるなんて、思ってもみなかった。
自分の気持ちに気付いたのは、翔吾が想いをぶつけてきた時だった。
母さんの四十九日だった。沈んでしまっていたオレを、翔吾は優しく包んでくれた。慰められながら、告白された。
拒めなかった。
最初はもちろん驚いたけど、翔吾の、狂おしいまでの想いが伝わってきたんだ。激情に流されるようにして、抱かれた。
でもイヤじゃなかった。
それまでのオレの経験から考えたら、どんなに気が弱ってたとしても抵抗するに決まってる。
冷静になって考えて、オレも翔吾が好きなんだと気が付いた。
好きでもなければ、男になんか抱かれたりしない。
オレを強姦したと思い込み、自分を責める翔吾にそう告げてやった。
告白して、それからの関係はオレの意志だったのに。それを信じてもらえてなかったんだろうか。
それとも。
「それとも、オレのことなんか、もう必要なくなった……?」
泣きながら聞くのは卑怯だって分かってたけど、聞かずにはいられなかった。
けれど。
「違うっ!」
悲鳴みたいな叫びと共に、オレの身体は翔吾に抱きすくめられていた。両腕は解放されたけど、今度は全身で翔吾を受け止めることになる。全裸に近い格好でベッドに押し倒されたような状態で、身動きがとれない。
「……翔吾?」
らしくない行動に、名前を呼んだ。
「……どうして、思い出したりしたんだよ……」
耳元で、押し殺した声が言った。
その言葉の内容に、胸が痛んだ。
「なに、それ……」
止まりそうだった涙がまた溢れてくる。
なんで?
「なんだよそれ……っ」
抗議しようとした声は、情けなく震えていた。
思い出してほしくなかったって事は、やっぱりオレなんかいらないって事じゃないか。あんなに悩んだのに、バカみたいだ、オレ。
ヘタな慰めなんかいらないから、必要ないならハッキリそう言ってくれた方がいい。
優しさが、人を傷つけることだってあるんだ。
いっそ、思いきり突き放してほしい。
そう、言おうとした瞬間。
オレを抱きしめる腕に力が込められ、思わず言葉を飲み込んだ。
「せっかく……俺から離れる、最後のチャンスだったのに……」
「なに、言って……」
言われた意味が分からない。
翔吾から離れる? オレが?
最後のチャンスって、どういうこと?
「人に対しても物に対しても、こんなに執着したのは初めてだから……俺はきっと、真純を一生離してなんかやれないと思ってた。でも、真純が忘れたがってるなら……あのまま思い出さなければ、俺は……真純を諦めるつもりだった……。想いが叶わなくても、それを真純が望むなら……それが真純の幸せにつながるなら、俺は諦めようって……そう、決めてたんだ……」
淡々と告げてくる押し殺した声は、微かに震えていた。
「翔吾……」
視線を動かしても、翔吾の表情なんか見えるはずもない。
だけど、こんなに思い詰めたような翔吾は初めてだった。驚きのあまり、涙さえも止まってしまう。
ほとんど無意識に腕を持ち上げ、翔吾の背中をポンポンと叩いてやる。
「翔吾……なぁ、翔吾。オレ、後悔なんかしてないよ……?」
「…………」
「戸惑いや躊躇いが無かった訳じゃない。男同士ということに負い目が無いと言ったら、それは嘘になる。だけど……オレは翔吾を好きになったこと、後悔したことは無いんだよ……」
翔吾が黙って聞いてるのをいいことに、オレはできるだけ優しく言った。
「……でも、俺の夏休みの帰省に同行してほしいって言ったら、断ったよな?」
(……そう来たか……)
なにやら、いつになく弱気になってる翔吾に、オレは小さくため息をついた。
「……言ったろ? 負い目が無い訳じゃ……ないんだ……。身寄りの無いオレと違って、翔吾には家族がある。オレなんか連れて行ったら、絶対ヘンに思われるだろ。普通、友達同行で帰省なんかしないぞ? だいたい……こんなアルビノ崩れなんか、歓迎されないだろうし……」
「真純……」
少し自虐的に呟いたオレを、翔吾は身体を起こして覗き込んできた。綺麗な眉をひそめて。少し、怒ってる?
「ただの友達なんかじゃない」
「そうだけど……」
「だから……」
「翔吾」
次に来るだろう言葉が分かってしまって、思わずストップをかけた。
「もうケンカはヤだよ、オレ……」
例のケンカの原因というのが、これだったんだ。
翔吾の実家への、同行。
寮に残ってるつもりだったオレを、翔吾が誘って。それをオレが断った。ただ、その時は明確な理由は言わなかったけど。
それがいけなかったのか、結局、口論になって話はまとまらず、オレは和巳ちゃんの部屋に逃げ込んだんだ。
ただ単に『友達の家に遊びに行く』だけなら、オレだってこんなに頑なに拒否したりしない。
問題なのは……。
「ちゃんと紹介したいんだよ……両親に」
「なんて紹介する気なんだよ?」
「もちろん、恋人……」
「絶対ダメ」
即、却下する。
やばい。この流れは、この間と同じだ。
「真純……」
納得できない、と言いたそうな顔で翔吾が見つめてくる。
「この前もダメだって言っただろ?」
宥めるように言っても、翔吾は引いてくれなかった。
「だけど俺が選んだのは真純だから」
「ダメだよ」
「どうして?」
この前と違って、今回は逃げ出せるような状態じゃない。このままだと、余計なことまで口走ってしまいそうで怖かった。
「……オレたちの関係をバラさなければ、行ってもいい」
「それじゃ、一緒に行った意味がないよ」
翔吾の言いたいことが、分からない訳じゃない。
でも。
「じゃあ行かない」
「真純、お願いだから」
「いやだ」
翔吾が何を望んでいるか分かるから行けない。
気持ちが分かるから。強い想いが伝わってくるから。
「俺が選んだ人を見てもらいたいんだよ」
「翔吾」
引きずられる。オレも翔吾が好きだから。
気が昂ぶってくるのを抑えるように、名前を呼んだ。
「この人が好きなんだって」
「翔吾!」
止められない。
「もう真純以外、考えられないんだ」
次の瞬間、叫んでいた。
「親の気持ちも考えろよっ!」
泣きそうな声だったかもしれない。
翔吾が一瞬、驚いたような表情を見せたけど、そのことに気付いても言葉を止める余裕はオレにはなかった。
「自分の息子が恋人を紹介するって言うから会ってみたら、相手は男で、しかも天涯孤独のアルビノ崩れ!? 胡散臭く思って当然だろっ!? オレはどう思われても構わないけど、お前まで嫌な思いすんのはヤなんだよっ!」
言うはずじゃなかった言葉。
伝えるつもりのなかった言葉だった。
オレは構わない。自分の容姿が世間からどんな目で見られているか知っているから。もう慣れてしまったから。だけど、そんなオレのせいで翔吾までが必要以上に嫌な思いをするのは我慢できない。
何より、オレがオレを許せない。
今のオレ、きっとひどい顔してる。
顔を隠そうとした腕を、やんわりと阻止される。
「……ごめん」
翔吾の表情が痛かった。
「真純、ごめん」
困ったように、でも優しく微笑まれた。
「そんな風に考えてくれてるなんて、思ってなかった。ありがとう。……だけど……」
「……なに?」
翔吾が、らしくなく言葉をにごした。
続けてもいいんだと、先を促した。
「……知ってるんだ、うちの親」
「え……?」
「この前、話した。俺が好きになった人は、男だって」
「うそ……だろ……?」
信じられない思いで呟いた。
嘘であってほしい。そんなオレのささやかな願いを翔吾は打ち砕く。
「ごめん、本当。知った上で、俺の親は真純を紹介しろって言ってる」
「…………」
眩暈がするかと思った。
何か言った方がいいんだろうけど、言葉が出てこない。頭の中が真っ白だった。
「俺はズルイから……真純が弱ってる所に付け込んで、卑怯な方法で手に入れて。そうしたら、今度は手放すのが怖くなった。……誰にも渡したくなかった……嫌われるのが怖かった。真純の逃げ道を、全部奪ってしまいたかった。……だから話した。俺の両親が反対しないだろうことは、分かっていたから。けど……お前が記憶なくして……さっきも言ったけど、真純を自由にしてやれるとしたら、これが最後のチャンスだと思ったんだ」
だけど……とため息のように呟きながら、翔吾はオレの首筋に顔を埋めてきた。
「ダメだった。本当は無理だったんだ、身を引くなんて。……諦められるはずがないって痛感したよ。友達になんか……戻れるはずなかった。この3日間、俺は……気が狂いそうだった……」
いつもよりトーンを落とした声は、徐々に震えていく。感情を押し殺そうとしているからなんだろうと思う。
だけど翔吾の真摯な想いは、消されることなくオレの心に染み込んでくる。
「充分、『友達以上』のコトしてたじゃん……」
翔吾がどれだけ真剣にオレのことを考えてくれてたかが分かるからこそ、からかうように言ってやった。
翔吾の身体から、ほんの少しだけ力が抜けた。
「真純が、水沢会長にキスなんかさせるからだろ?」
責任転嫁するみたいな翔吾のセリフに。
「なんだよ、それ。オレのせいな訳?」
おどけたように言い返した。
翔吾はオレの顔を両手で包み込むようにして、深くキスしてくる。
「ん……」
深いけれど、泣きたくなるくらいに優しいキスだった。
湿った音を立てて、翔吾の唇が離れる。
「真純……聞いてもいい?」
「なに……?」
綺麗で真摯な瞳がオレを見つめていた。
「どうして、入寮してからのコトを忘れたの?」
「そっ……そんなの……お前がオレのコト悩ませるからだろっ!?」
そんなの、オレだって知りたいのに。
結構痛い所を突かれて、思わずうろたえながら返した。
「俺のコト、忘れたかった?」
「かもね……」
そんなハズないのに、なぜか肯定してしまう。オレは翔吾から顔を背けた。
「じゃあ、本当に覚えてないんだ?」
吐息が首筋に触れる。
それだけの事で、身体の奥にまだくすぶっていた感覚が呼び起こされそうになる。
「何、を……?」
耳朶を甘咬みした唇が首筋を滑り降りてゆくのに、吐息をかみ殺した。
「俺と真純が初めて会ったの、入寮日じゃないんだ」
一瞬、言われた意味が分からなかった。
「え……?」
翔吾の手が、いたずらをするように背中を撫で上げてくる。身体がビクリと震えた。
「入試の時。試験会場で」
「うそ……」
かろうじて着ていたオレのシャツが優しく脱がされる。
「本当。覚えてないかなぁ。真純、早めに終わって途中退場しただろ。その時、シャーペン壊したバカに自分のシャーペン渡さなかったか?」
「え……。あれ……翔吾?」
右手を取られ、手の甲にキスをされて、身体を竦ませた。
入試の日。最後の科目で、それまでスムーズに問題を解いていた、オレの斜め前の席の人物の手が突然止まった。不意に聞こえなくなった、シャーペンの芯が紙の上を走る音。気になって顔を上げると、どうやらシャーペンが壊れてしまったらしいと気が付いた。ほとんどの解答を書き終えていたオレは、途中退場するために席を立った。試験監督に気付かれないように、机の横を通る時にシャーペンを渡して。そのまま病院に戻ったオレは、彼の顔なんか見なかった。
あの時の彼が、翔吾だった?
「そう。あのバカが俺。ちなみに、その時真純に一目惚れ。同室だって知った時は嬉しくて気絶しそうだった」
くすくす笑いながら言い、翔吾はオレの身体中にキスの雨を降らせる。
「バカ……」
腕に、首筋に、鎖骨に。そして胸に。
無数のキスを贈られるごとに、理性が溶けてゆく。時折混じる痛みさえ、甘やかな刺激となってオレを狂わせる。
翔吾の唇が触れた所が、熱い。
引き止めるように翔吾の髪を掴んだ腕は、ろくに力なんか入らなかった。
もらされた笑みが脇腹を撫で、ゾクリと身体がのけぞった。
「あ……」
オレの記憶が戻ったせいなのか、数日ぶりの行為のせいなのか、翔吾はいつになく執拗だった。
「ちょ……っ、しょう……ご……」
ちょっと待ってほしいと思うのに、抱かれることに慣れた身体は、オレの意志に反するように反応を見せて貪欲に翔吾を求める。
息が弾む。
狂っていく。
身体の奥が溶けてゆく。
「真純、愛してるよ」
甘く囁く、翔吾の声に。
身体中を愛撫する手に、唇に。
思考力を奪われる。
「だから、俺の実家に一緒に行ってほしい」
熱い吐息が肌に触れる。
何を言われているのか理解できない。
「ん……っ」
絶えることのない愛撫に追い詰められ、何も考えられないまま曖昧に頷いてしまう。
翔吾が、くすりと笑った。
後から考えれば、翔吾の確信犯的な犯行なのだと理解できるのだけれど。
思考力を奪われて。
煽られて狂わされて、抵抗する力さえ奪われて。
今回も結局は、翔吾の望む結果になってしまうのだと。
悔しいような暖かいような、複雑な気分にさせられるのだと。
それでもきっと、もう、翔吾を拒むことはないのだろうということも。
頭じゃなくて、心で感じていた。
翔吾って、そういう人だ。
オレにとっての翔吾って、そういう存在なんだと、改めて感じさせられる。
今まで、これほどにオレの心の中を占める人物はいなかった。
誰かが、心の中にいる。
中学時代までは、そんな存在が現われるとは思っていなかった。いらないとさえ思ってた。
高校で出会った翔吾が、オレを変えた。
だけど、不快じゃない。
それどころか、意外と人間性のあった自分を発見できたことに、自分自身で驚いてる。
翔吾に感謝してる。
絶対に、本人には言わないけど。
「ねえ。俺が一途なの、分かってくれた?」
「え……?」
身体中にキスを落とした翔吾が、オレの顔を覗き込むように覆い被さってくる。
真っ白な頭の中で、翔吾の言葉を理解することができなくて、ただ疑問を込めて彼を見つめた。
「瀬名のこと」
「せ……な……? あ……」
そうだった。
記憶が戻る前。オレは、彼が翔吾の大切な人なのだと思っていたんだ。
大切に違いはないのだろうけど。
瀬名……秀俊。
翔吾が言うように。和巳ちゃんが言うように。
瀬名は翔吾のイトコで。翔吾が名前で呼び合うのは、思い返してみると、オレだけなのだ。
オレと翔吾の関係を、瀬名は知ってる。
だから、だ。
あの時の、不思議そうにオレを見た瀬名の表情。
瀬名にも翔吾にも、イヤな思いをさせた?
「ごめ……」
謝罪の言葉は、翔吾の唇に吸い取られた。
「怒ってないよ。それより、真純。もしかして、少しは妬いてくれた?」
そう言いながら、翔吾の身体がオレの両足を割り広げる。
「わかんな……、あ……っ!」
指を受け入れさせられて、のけぞった。
さっきみたいな痛みはない。
明確な意図を持って動く指にほぐされ、2本目が入ってくる。
「あ……やっ……! しょ……ご……っ」
たまらなくなって、翔吾の背中に腕を回してすがりついた。
「真純、力抜いて」
「ん……っ」
艶を帯びた翔吾の声に、身体が反射的に従う。
抜かれた指の代わりに、熱い塊が押し当てられた。
「真純……」
名前を呼んでキスをくれながら、翔吾がゆっくりと押し入ってくる。
ひどく久しぶりのような気がする感覚に、身体の奥が痺れた。
記憶を失っていた3日間は、実際の時間以上に、オレに時間を感じさせる。
「しょう……ご……」
深く沈められた、翔吾の身体。圧迫感の奥から、違う感覚が呼び起こされる。
「ん……あ……っ……」
深く、浅く。始めは緩やかに、徐々に激しく抽挿を繰り返されて。オレの弱いところを知り尽くした翔吾の動きに煽られ、たまらずに喘ぎを洩らした。
自分の身体なのに、自分の思うようにならない。追い上げられるまま、貪欲に快楽を求めてしまう自分の身体が、恥ずかしい。
1度イッたはずなのに、また熱くなってるだなんて。
「真純……」
「……あ……ぁ……」
翔吾の艶を帯びてかすれた声に。
「愛してる」
言葉に。熱さに煽られて。
「やぁ……、も……っ」
喘ぎに混ぜて、訴えた。
ホントに、も、限界。
「いいよ……俺も」
許しの言葉と一緒に。
「あ……っ、ああぁっ!」
最奥に一際強く叩きつけられた熱い塊。
綺麗な顔が、切なく歪む。
注ぎ込まれる欲望を受け止めながら、同時にオレも絶頂を迎えて。
オレの意識は、ゆるやかにフェードアウトしていった。
オレに気付くと、高見はちょっと視線を逸らして。それから。
「ごめん……」
っていきなり謝られて驚いた。
オレは高見のベッドに両手をついて、膝で乗り上げながら詰め寄った。
「なんで高見が謝るの……?」
ケンカの理由が言えないから?
高見は困ったような表情でオレを見つめていた。
「俺、お前の不安を分かってるつもりで、本当は全然分かってなかった。その上、お前を動揺させるような事……」
高見の手が緩やかに差し伸べられ、しなやかな指がオレの唇を優しくなぞった。
それって、やっぱりキスの事を謝ってんのか?
(謝らなくていい……)
その事は、謝ってほしくない。
(って、え……っ?)
自分で考えた事に、驚いた。
でも、驚いたけど、なんとなく分かっていた事を再確認したような。そんな感じでもあった。
だけど、ちゃんと思い出した訳じゃない。
思い出したいのに。
「……オレ、もう一度、階段落ちしようかな……」
小さく呟いた。
実はそれは、この3日間で何度か考えた事だった。
記憶を失った時と同じ衝撃を与えれば、記憶が戻るかもしれない。そう思ったんだ。ただ、実行できなかっただけだ。
けど。
「なんで、そんな事……?」
高見の眉がひそめられて。瞳が揺れた。高見が動揺してるのが分かる。
「ショックで、記憶が戻るとか……あるじゃないか……」
「そんなことの、為に?」
「だってオレ、ここでの事を何もかも忘れてるのが嫌なんだ。辛いんだよ。思い出したいんだ! 高見の……っ!?」
悲鳴みたいな声は、いきなり抱きしめられて、途中で途切れた。
「無理しないで……。俺たちが守るから。思い出は作れるから、これから知って」
あんな思いはもう二度としたくない、と。
絞り出すような声で告げられて、心が痛んだ。
その一言で、自分がどれ程の心配をかけていたのかが分かって。
オレを抱きしめてくる腕や、頬に当たる胸の感触が心地よくて。
「高見……」
思わず、涙が零れそうになった。
オレ、絶対、正気じゃなかったと思う。
だって、普通だったら言えないような事をすんなりと言葉にのせていたんだ。
気が付いたら、言っていた。
「オレ、お前の事、好きだった……?」
少し震えてしまった声に、高見の身体がピクリと反応した。
瞬間、我に返った。
「……あ……」
何、言った?
(オレ今、何を言った!?)
高見が、抱きしめていたオレの身体をゆっくり離して、顔を覗き込んでくる。
その高見の視線を避けるように、オレは顔を背けた。
「何言ってんだろ、オレ……。ごめん、今の忘れて……」
恥ずかしさと自己嫌悪で、頭の中が真っ白になりそうだった。やっとの思いで言ったのに。
「なんで?」
頬に添えるように、優しく両手で顔を包み込まれて、胸が高鳴った。
「なんで……って……」
背けた顔をゆっくりと引き戻された。
強引さはない。
切なげな綺麗な顔が近付いてきて、反射的に目を閉じた。
唇を優しく塞がれて身体が小さく揺れた。
始めは触れるだけだったキス。何度も繰り返すうちに、少しずつ深く、濃密なものになってきて。
オレは何時の間にか、縋るように高見の身体にしがみついていた。
「……ん……っ」
薄く開いた唇から舌が滑り込んできて、口の中をくすぐるように舐められ、なぶられた。舌を絡め取られて、優しく吸われて。煽るみたいな高見に翻弄されて、甘い声が洩れてしまう。
「んぅ……ぁ……」
貪るみたいなキスを繰り返されながら、ゆるやかにベッドに押し倒された。
キスでオレの唇を塞いだまま、高見は慣れた手つきでオレのシャツのボタンを外してゆく。
眩暈がするような感覚に、息苦しさを覚えた。
キスで翻弄された身体が、熱くなっていくような気がした。
ようやくキスから解放されたのは、いいかげん呼吸が乱れてしまってから。
「は……あ……っ」
喘ぐみたいに息を継いだ。
耳にキスされ、耳朶を軽く咬まれた。
「古城……」
熱い息と共に低い声で囁くように名前を呼ばれ、全身が震えた。
「ん……っ」
唇が首筋を辿って下りていく途中で小さな痛みを感じた。ちょうど、さっきキスマークを見つけてしまった場所。
「……俺以外のヤツの痕なんか、俺が消してやる」
低い、押し殺したみたいな声に。
「あ……」
胸の奥が締め付けられたような気がして、戸惑った。
痛い訳じゃない。苦しいんじゃなくて、独占されてるみたいな言葉が嬉しくて、甘い感覚で胸をいっぱいにさせてる自分自身に戸惑っていたんだ。
高校に入学するまでは知らなかった思い。
今のオレは、知らないはずの気持ち。
それなのに。
鎖骨にキスを落とした唇が胸元に滑って、胸の突起を挟み込んだ。
「んっ……あ……っ」
舌先で舐められ、軽く歯を立てられてから宥めるみたいに口に含まれて。
甘い痺れが走って身悶えた。
知らないはずなのに、身体は反応してる。
肌を撫でるように這う高見の手の感触が、ひどく心地よかった。触れられる度に熱が生まれる。痺れが疼きに変わっていくのが、自分の意志では止められない。
「あ……、たか……み……っ」
舌先で転がされ、もう片方を指で弄ぶように愛撫されて上擦った声が洩れる。
たまらなくなって、掴んだシーツをたぐりよせた。
熱に浮かされたみたいに甘い声を洩らしてしまうオレ自身が、たまらなく恥ずかしかった。
そんなオレの様子に、気付いているんだろう。
胸の辺りで、高見がクスリと笑みを零すのが聞こえたけど、文句を言ってやる余裕なんか、もちろんオレにはなかった。
「な……、あ……っ?」
胸への愛撫はそのままで、高見の空いている方の手が流れるように脇腹のラインを辿って下腹部に触れてくる。
反射的に逃れようとするオレの動きを難なく封じ込め、慣れた動きでオレのズボンと下着をはぎ取っていく。
キスと愛撫に煽られて、触れられてもいないのにすでに硬くなり始めていたものをやんわりと握り込まれて、身体がビクンとのけ反った。
「あぁ……っ!」
嫌悪感はない。
けど、めちゃめちゃ恥ずかしいし、さすがに抵抗がある。
だって、オレ男なんだよ? こういう事、今のオレにとっては初めてなんだ。
初めてなんだけど身体の方は覚えてる、変な感覚。
忘れてないからこその反応に、オレは戸惑ってる。
心と身体のアンバランスさが、余計にオレを煽ってゆく。
包み込まれていたモノにしなやかな指が絡まり、ゆっくりと上下に扱きだされて、甘い痺れと快感が押し寄せてくるのに耐えられなかった。
息はもう完全に上がってしまっているし、泣くつもりなんかないのに目には涙が溢れていた。
「あ……っ、あっ、……ああっ」
一際高く洩れた甘い声に驚いて、声を出さない為に自分の手で口を塞いだ。
「声、聞かせて……」
オレの様子に気付いた高見の、甘えるような声の願いに、首を振るだけで拒絶した。
いやだ。だめだ。
「どうして?」
愛撫を中断して、高見がオレの顔を覗き込んでくる。
「……はずか……し……」
切れ切れな言葉で訴えた。
快感に溺れてしまってる自分の声が、恥ずかしいんだ。
それなのに。
「恥ずかしがらないで。隠さないで、全部見せて」
なんて。そんなの。
「無、理……ッ」
綺麗な顔してムチャクチャなこと言うなよっ! 恥ずかしいだろっ!!
そして高見が愛撫を再開した瞬間、唐突にある人物の顔が脳裏に浮かんだ。
「や……っ! 待ってダメ……!」
「……古城?」
とっさに高見の手を掴んで制止してしまったオレを、高見は怪訝そうな表情で見つめてくる。
今更だけど、オレはとんでもない事に気が付いた。
オレは高見が好き、だと思う。
でも、高見は。高見には。
「だって、瀬名……」
「瀬名が、なに……?」
脳裏に浮かんだ瀬名の顔。昨日見た、瀬名の笑顔。
「……瀬名は、高見にとって……」
大切な人なんだろう?
そう、聞きたかった。けど、最後まで言えなかった。肯定されるのが恐かった。
「瀬名は、ただのイトコ。それ以上でも、それ以下でもないよ」
「……イトコ?」
高見の言葉を疑っている訳じゃないけど、完全に信用しきれている訳でもなかった。
そんなオレの迷いは表情に出ていたんだろう。
そして高見は、それを読んだんだと思う。
オレに覆い被さっている高見が、ふっと優しい微笑みをこぼす。
「一度に二人の人を好きになる程、俺は器用じゃないし不実でもないつもりだけど?」
「……高見?」
「なんで分からないかなあ……」
高見の綺麗な顔にたたえられた微笑が、苦笑になる。
「なに……? 高見?」
高見が、オレの瞼に優しくキスを落とす。それから、頬。唇がオレのそれをかすめ、ゆっくりと首筋を辿って、肩にもキスされて。それから鎖骨へ。
「たかみ……」
胸元に無数のキスを散らしてから、脇腹のラインを徐々に滑り降りてゆく。足の付け根の辺りにキスされた頃には、オレは平静ではいられなくなっていた。
そして。
「やっ……!? ちょっと待っ……、高見……っ! だめっ」
まさかの感触に、オレは悲鳴に近い声をあげた。
オレの両足を押し広げ、その中央に高見の顔が埋められる。オレが男である証を、高見なためらいもせずに舐め上げ、その口の中に収めてしまったのだ。そればかりか、口内で舐めしゃぶるように舌を使われて、なぶられ、煽られて。
「だめ……って、たかみ……っ、や……だ……っ!」
抗議の声を、高見は聞いてくれそうもなかった。なんとか引き剥がそうと、高見の髪を掴んだ両腕に、力は入らなかった。
限界近くまで追い上げられたモノを口の中で転がされるような感覚に、両腕が震えていた。
わざとだと思われる程に、湿った音を響かせながら愛撫が繰り返される。
それが羞恥心を煽り、オレの中で知らない感覚を引き出されて身悶えた。
唾液と先端部分からの先走りの雫が混じり合って身体の最奥へと滴ってくるのを潤滑剤に、高見の手が、指の腹でオレの秘奥を撫でるように這い、やがてツプリと中に潜り込んでくる。
「ひぅっ!」
瞬間、洩れた悲鳴。身体がビクンとのけぞった。
身体の奥を指で擦られて、痛みと異物感に顔を歪めた。
けど何より怖かったのは、男同士だというのに嫌悪を感じていない自分。
痛みの中から、じわじわと快感が込み上げてくる。
「やぁ……、あっ……たか……み……やめ……っ! も、だ……め……っ」
喘ぎに混ぜて、訴えた。
ホントにもう限界だった。
前と後ろを同時に攻められ煽られて、オレの身体は爆発寸前だった。そしてそれは、高見にも分かっている事らしかった。
「も……、はなし……」
悲しくもないのに涙が零れた。
本気で今の状況をなんとかしたかった。だって、今だってギリギリの所で我慢してるんだ。このままじゃ高見の口の中に出してしまう。そんな事ができるはずない。それだけはイヤだから離してほしかったのに。
オレの願いは聞き届けられず、高見は追い打ちをかけるように、射精を促すように更に強く吸い上げてきた。
「や……あっ、ああ───っ!」
つなぎ止めていた理性が弾けた。
ビクン、と全身が硬直したのが自分で分かった。
押し寄せた快感の波に、オレは高見の口の中に白濁を迸らせていた。
オレが放ったモノを高見が飲み込む音が、どこか遠くに聞こえる。
頭の中が、真っ白になっていた。
目の前で何かがスパークしたようだった。
オレの中で、何かが弾けた。
ほんの一瞬だけ、意識が飛んでしまったのかもしれない。
身体の奥から、指がズルリと抜けて行くのが分かる。
胸元を喘がせながら、オレは涙が零れる目元を腕で隠した。
「う……そ………」
かすれてしまった声で、小さく呟いた。
「ごめん……」
顔のすぐ近くで、本当に申し訳なさそうな声が謝罪の言葉を告げてくる。
「うそ、つき……」
腕で視界を覆ったまま、今度は聞かせてやるつもりで言った。
「古城……?」
怪訝そうな声が、オレの名前を呼ぶ。
「何が、友達だよ……。誰が、いつ……そんな呼び方したって……? 嘘つき……嘘ばっか……」
「お前、まさか……?」
「キライだよ……翔吾なんか、大っキライ……!」
絞りだすように、悲鳴みたいな声で言った次の瞬間、オレの両腕はすごい力でベッドに押さえ付けられていた。
「……真純?」
オレの名前を呼ぶ声は震えていた。
涙を零しながら睨み上げるオレの顔を、信じられないモノでも見るかのように瞠目したまま、動揺を隠そうともしないで見下ろす綺麗な顔。
「なんでだよ……」
「ごめん……」
動揺しながらも謝罪してくるその瞳は、たぶんオレの変化に気付いてる。
その証拠に、翔吾はオレを名前で呼んだ。
「なに謝ってんの……? 何に謝ってんだよ? どうして何も言わなかった……?」
だから、わざと言ってやる。
「なんで言ってくれなかったんだよ……。オレ、お前のこと大切だって言ったじゃん。好きだって、言ったよな……? そんなの、記憶なくしたからって変わるものでもないだろ? そんなに、オレの事、信じられない……?」
毅然と言ってやれればカッコイイんだろうけど、オレは情けなくもボロボロ泣きながら訴えた。
どうして忘れていられたんだろう。
今はオレの中に、抜け落ちた時間はない。パズルのピースがぴったりはまったみたいだった。
きっかけは、暴挙とも言える翔吾の行為。
思い出したって言うよりも、引きずり出されたって言う方が近い。
今なら分かる、和巳ちゃんの言葉や翔吾の表情がある。
オレは翔吾が好きだった。それは今でも変わらない。
最初は自覚なんかしてなかった。
自分が誰かを好きになるなんて、思ってもみなかった。
自分の気持ちに気付いたのは、翔吾が想いをぶつけてきた時だった。
母さんの四十九日だった。沈んでしまっていたオレを、翔吾は優しく包んでくれた。慰められながら、告白された。
拒めなかった。
最初はもちろん驚いたけど、翔吾の、狂おしいまでの想いが伝わってきたんだ。激情に流されるようにして、抱かれた。
でもイヤじゃなかった。
それまでのオレの経験から考えたら、どんなに気が弱ってたとしても抵抗するに決まってる。
冷静になって考えて、オレも翔吾が好きなんだと気が付いた。
好きでもなければ、男になんか抱かれたりしない。
オレを強姦したと思い込み、自分を責める翔吾にそう告げてやった。
告白して、それからの関係はオレの意志だったのに。それを信じてもらえてなかったんだろうか。
それとも。
「それとも、オレのことなんか、もう必要なくなった……?」
泣きながら聞くのは卑怯だって分かってたけど、聞かずにはいられなかった。
けれど。
「違うっ!」
悲鳴みたいな叫びと共に、オレの身体は翔吾に抱きすくめられていた。両腕は解放されたけど、今度は全身で翔吾を受け止めることになる。全裸に近い格好でベッドに押し倒されたような状態で、身動きがとれない。
「……翔吾?」
らしくない行動に、名前を呼んだ。
「……どうして、思い出したりしたんだよ……」
耳元で、押し殺した声が言った。
その言葉の内容に、胸が痛んだ。
「なに、それ……」
止まりそうだった涙がまた溢れてくる。
なんで?
「なんだよそれ……っ」
抗議しようとした声は、情けなく震えていた。
思い出してほしくなかったって事は、やっぱりオレなんかいらないって事じゃないか。あんなに悩んだのに、バカみたいだ、オレ。
ヘタな慰めなんかいらないから、必要ないならハッキリそう言ってくれた方がいい。
優しさが、人を傷つけることだってあるんだ。
いっそ、思いきり突き放してほしい。
そう、言おうとした瞬間。
オレを抱きしめる腕に力が込められ、思わず言葉を飲み込んだ。
「せっかく……俺から離れる、最後のチャンスだったのに……」
「なに、言って……」
言われた意味が分からない。
翔吾から離れる? オレが?
最後のチャンスって、どういうこと?
「人に対しても物に対しても、こんなに執着したのは初めてだから……俺はきっと、真純を一生離してなんかやれないと思ってた。でも、真純が忘れたがってるなら……あのまま思い出さなければ、俺は……真純を諦めるつもりだった……。想いが叶わなくても、それを真純が望むなら……それが真純の幸せにつながるなら、俺は諦めようって……そう、決めてたんだ……」
淡々と告げてくる押し殺した声は、微かに震えていた。
「翔吾……」
視線を動かしても、翔吾の表情なんか見えるはずもない。
だけど、こんなに思い詰めたような翔吾は初めてだった。驚きのあまり、涙さえも止まってしまう。
ほとんど無意識に腕を持ち上げ、翔吾の背中をポンポンと叩いてやる。
「翔吾……なぁ、翔吾。オレ、後悔なんかしてないよ……?」
「…………」
「戸惑いや躊躇いが無かった訳じゃない。男同士ということに負い目が無いと言ったら、それは嘘になる。だけど……オレは翔吾を好きになったこと、後悔したことは無いんだよ……」
翔吾が黙って聞いてるのをいいことに、オレはできるだけ優しく言った。
「……でも、俺の夏休みの帰省に同行してほしいって言ったら、断ったよな?」
(……そう来たか……)
なにやら、いつになく弱気になってる翔吾に、オレは小さくため息をついた。
「……言ったろ? 負い目が無い訳じゃ……ないんだ……。身寄りの無いオレと違って、翔吾には家族がある。オレなんか連れて行ったら、絶対ヘンに思われるだろ。普通、友達同行で帰省なんかしないぞ? だいたい……こんなアルビノ崩れなんか、歓迎されないだろうし……」
「真純……」
少し自虐的に呟いたオレを、翔吾は身体を起こして覗き込んできた。綺麗な眉をひそめて。少し、怒ってる?
「ただの友達なんかじゃない」
「そうだけど……」
「だから……」
「翔吾」
次に来るだろう言葉が分かってしまって、思わずストップをかけた。
「もうケンカはヤだよ、オレ……」
例のケンカの原因というのが、これだったんだ。
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それがいけなかったのか、結局、口論になって話はまとまらず、オレは和巳ちゃんの部屋に逃げ込んだんだ。
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問題なのは……。
「ちゃんと紹介したいんだよ……両親に」
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「バカ……」
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無数のキスを贈られるごとに、理性が溶けてゆく。時折混じる痛みさえ、甘やかな刺激となってオレを狂わせる。
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「あ……」
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息が弾む。
狂っていく。
身体の奥が溶けてゆく。
「真純、愛してるよ」
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思考力を奪われる。
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熱い吐息が肌に触れる。
何を言われているのか理解できない。
「ん……っ」
絶えることのない愛撫に追い詰められ、何も考えられないまま曖昧に頷いてしまう。
翔吾が、くすりと笑った。
後から考えれば、翔吾の確信犯的な犯行なのだと理解できるのだけれど。
思考力を奪われて。
煽られて狂わされて、抵抗する力さえ奪われて。
今回も結局は、翔吾の望む結果になってしまうのだと。
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それでもきっと、もう、翔吾を拒むことはないのだろうということも。
頭じゃなくて、心で感じていた。
翔吾って、そういう人だ。
オレにとっての翔吾って、そういう存在なんだと、改めて感じさせられる。
今まで、これほどにオレの心の中を占める人物はいなかった。
誰かが、心の中にいる。
中学時代までは、そんな存在が現われるとは思っていなかった。いらないとさえ思ってた。
高校で出会った翔吾が、オレを変えた。
だけど、不快じゃない。
それどころか、意外と人間性のあった自分を発見できたことに、自分自身で驚いてる。
翔吾に感謝してる。
絶対に、本人には言わないけど。
「ねえ。俺が一途なの、分かってくれた?」
「え……?」
身体中にキスを落とした翔吾が、オレの顔を覗き込むように覆い被さってくる。
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「瀬名のこと」
「せ……な……? あ……」
そうだった。
記憶が戻る前。オレは、彼が翔吾の大切な人なのだと思っていたんだ。
大切に違いはないのだろうけど。
瀬名……秀俊。
翔吾が言うように。和巳ちゃんが言うように。
瀬名は翔吾のイトコで。翔吾が名前で呼び合うのは、思い返してみると、オレだけなのだ。
オレと翔吾の関係を、瀬名は知ってる。
だから、だ。
あの時の、不思議そうにオレを見た瀬名の表情。
瀬名にも翔吾にも、イヤな思いをさせた?
「ごめ……」
謝罪の言葉は、翔吾の唇に吸い取られた。
「怒ってないよ。それより、真純。もしかして、少しは妬いてくれた?」
そう言いながら、翔吾の身体がオレの両足を割り広げる。
「わかんな……、あ……っ!」
指を受け入れさせられて、のけぞった。
さっきみたいな痛みはない。
明確な意図を持って動く指にほぐされ、2本目が入ってくる。
「あ……やっ……! しょ……ご……っ」
たまらなくなって、翔吾の背中に腕を回してすがりついた。
「真純、力抜いて」
「ん……っ」
艶を帯びた翔吾の声に、身体が反射的に従う。
抜かれた指の代わりに、熱い塊が押し当てられた。
「真純……」
名前を呼んでキスをくれながら、翔吾がゆっくりと押し入ってくる。
ひどく久しぶりのような気がする感覚に、身体の奥が痺れた。
記憶を失っていた3日間は、実際の時間以上に、オレに時間を感じさせる。
「しょう……ご……」
深く沈められた、翔吾の身体。圧迫感の奥から、違う感覚が呼び起こされる。
「ん……あ……っ……」
深く、浅く。始めは緩やかに、徐々に激しく抽挿を繰り返されて。オレの弱いところを知り尽くした翔吾の動きに煽られ、たまらずに喘ぎを洩らした。
自分の身体なのに、自分の思うようにならない。追い上げられるまま、貪欲に快楽を求めてしまう自分の身体が、恥ずかしい。
1度イッたはずなのに、また熱くなってるだなんて。
「真純……」
「……あ……ぁ……」
翔吾の艶を帯びてかすれた声に。
「愛してる」
言葉に。熱さに煽られて。
「やぁ……、も……っ」
喘ぎに混ぜて、訴えた。
ホントに、も、限界。
「いいよ……俺も」
許しの言葉と一緒に。
「あ……っ、ああぁっ!」
最奥に一際強く叩きつけられた熱い塊。
綺麗な顔が、切なく歪む。
注ぎ込まれる欲望を受け止めながら、同時にオレも絶頂を迎えて。
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一応、有馬くんが攻めのつもりで書きましたが、お好きなように解釈していただいて大丈夫です。
作中の表現ではわかりづらいですが、有馬くんはけっこう見目が良いです。でもガチで桜田くんしか眼中にないので自分が目立っている自覚はまったくありません。
もしよろしければ感想などいただけましたら大変励みになります✿
感想(匿名)➡ https://odaibako.net/u/toki_doki_
Twitter➡ https://twitter.com/toki_doki109
素敵な表紙お借りしました!(https://www.pixiv.net/artworks/110931919)

山奥のとある全寮制の学園にて
モコ
BL
山奥にある全寮制の学園に、珍しい季節に転校してきた1人の生徒がいた。
彼によって学園内に嵐が巻き起こされる。
これは甘やかされて育った彼やそれを取り巻く人々が学園での出来事を経て成長する物語である。
王道学園の設定を少し変更して書いています。
初めて小説を書くため至らないところがあるかと思いますがよろしくお願いいたします。
他サイトでも投稿しております。

初恋はおしまい
佐治尚実
BL
高校生の朝好にとって卒業までの二年間は奇跡に満ちていた。クラスで目立たず、一人の時間を大事にする日々。そんな朝好に、クラスの頂点に君臨する修司の視線が絡んでくるのが不思議でならなかった。人気者の彼の一方的で執拗な気配に朝好の気持ちは高ぶり、ついには卒業式の日に修司を呼び止める所までいく。それも修司に無神経な言葉をぶつけられてショックを受ける。彼への思いを知った朝好は成人式で修司との再会を望んだ。
高校時代の初恋をこじらせた二人が、成人式で再会する話です。珍しく攻めがツンツンしています。
※以前投稿した『初恋はおしまい』を大幅に加筆修正して再投稿しました。現在非公開の『初恋はおしまい』にお気に入りや♡をくださりありがとうございました!こちらを読んでいただけると幸いです。
今作は個人サイト、各投稿サイトにて掲載しています。

親衛隊総隊長殿は今日も大忙しっ!
慎
BL
人は山の奥深くに存在する閉鎖的な彼の学園を――‥
『‡Arcanalia‡-ア ル カ ナ リ ア-』と呼ぶ。
人里からも離れ、街からも遠く離れた閉鎖的全寮制の男子校。その一部のノーマルを除いたほとんどの者が教師も生徒も関係なく、同性愛者。バイなどが多い。
そんな学園だが、幼等部から大学部まであるこの学園を卒業すれば安定した未来が約束されている――。そう、この学園は大企業の御曹司や金持ちの坊ちゃんを教育する学園である。しかし、それが仇となり‥
権力を振りかざす者もまた多い。生徒や教師から崇拝されている美形集団、生徒会。しかし、今回の主人公は――‥
彼らの親衛隊である親衛隊総隊長、小柳 千春(コヤナギ チハル)。彼の話である。
――…さてさて、本題はここからである。‡Arcanalia‡学園には他校にはない珍しい校則がいくつかある。その中でも重要な三大原則の一つが、
『耳鳴りすれば来た道引き返せ』

目覚ましに先輩の声を使ってたらバレた話
ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
サッカー部の先輩・ハヤトの声が密かに大好きなミノル。
彼を誘い家に泊まってもらった翌朝、目覚ましが鳴った。
……あ。
音声アラームを先輩の声にしているのがバレた。
しかもボイスレコーダーでこっそり録音していたことも白状することに。
やばい、どうしよう。
十七歳の心模様
須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない…
ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん
柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、
葵は初めての恋に溺れていた。
付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。
告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、
その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。
※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。
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