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いわゆる避暑地でも知られる地域にあるアウトレットモールは、観光シーズン前のせいかそれほど混雑はしていなかった。
車から降りると、涼しい風が頬をなでていった。その心地よさに、瞳は思わず目を閉じる。初めて出会うこの土地の妖精たちが、興味津々な様子でこちらをうかがっているのが分かる。家から着いてきてしまった妖精たちと会話している者もいるようだ。
そんな様子を微笑ましく思うと、口元に笑みが浮かんだ。
「思ったより時間かかっちゃったね。……ん、何かあった?」
「ちょっとね。後で話す。円、運転ありがとう」
「いいえ、どういたしまして。さて、行こうか」
「うん」
車にロックをかけてから円がいつものように手を差し出すから、瞳は慣れた仕草で握り返してそっと笑う。
駐車場内を円に手を引かれながらゆっくりと歩けば、そういえばこんなふうに出かけるのも久しぶりだなと、改めて思って瞳は円を見る。その視線に気付いているのかいないのか。いや、気付いているのに知らないフリをしているのだろう。円は上機嫌で歩きつつ、グイと腕を引いて瞳の身体を引き寄せる。
「うわ!」
突然のことにバランスを崩した瞳は、繋いだ手をあっという間に離した円によって肩を抱かれて支えられていた。
「おい、円……」
「ふふ、大丈夫。見られてないよ」
「…………」
そういう問題だろうかと軽く頭を悩ませるが、円が嬉しそなので良しとするか。そう思うくらいには瞳もちょっとズレている。
『リゾート型ショッピングモール』を謳うだけあって、ショップの内容は幅広いらしい。インフォメーションで入手したマップを、2人で額を合わせるようにして眺めながら思案中である。
「瞳、どこか見たいショップある?」
「円は?」
「俺に任せていいの?」
「いや待て。いやな予感がする。決めるから待って」
なにか企んでいそうな表情の円を慌てて制すると、瞳はマップとにらめっこを始めた。ふむ、と考え込んで、すぐに「あ」と声を上げる。
「シューズ見たいかも」
「革靴じゃなくて?」
「うん、スニーカーの方」
「りょーかい」
瞳の仕事柄でいえば革靴の方が使用頻度は高いが、玄武が用意してくるものが多数ある上に、瞳が自分で気まぐれに用意するものよりも遥かに履き心地が良いのだ。
そんな裏事情も含めた上で頷いた円は、マップを頭に叩き込んでからポケットにねじ込んで、瞳の肩を抱きながら目的のショップへと足を向けた。
「こら、円」
「今日はいいでしょ。貴人の術もあるし」
肩に置かれた手を窘める意味で瞳が名を呼ぶけれど、円はそれをサラリと流してしまう。モールの中は、さっきまでの駐車場とは明らかに人の多さが違う。瞳はため息をつくけれど、ここでこれ以上言い合っても仕方がないのは分かっている。
(まあ、今回は円への感謝という意味合いが強いしなぁ)
これくらいで円が喜んでくれるなら、という気持ちも瞳にはある。
円が瞳に甘いのは昔からだけれど、瞳だってそれは同じなのだ。お互いに甘やかしている。
「……今日だけだぞ」
少し困ったように微笑みながら告げるのは、今までに何度言ったか分からないセリフだった。
「瞳だいすき」
「うるさい、黙ってろ」
「照れてるの可愛い」
「ああ、もう。言うな恥ずかしい!」
照れて赤くなる顔を両手で覆うようにして隠すけれど、そんな瞳の様子さえもニコニコと笑顔で見守る円は楽しそうだ。
円に肩を抱かれながらグイグイと押されるようにショップに入ると、様々なシューズが所狭しと並んでいて瞳は目移りしてしまう。
特にこれといったデザインを決めていなかったせいで、そわそわと心が弾んでくる。
そんな瞳の様子を円が見逃すはずがなかった。ショップスタッフが入り込む隙など与えないほどにあれこれと瞳に提案しては試し履きをさせて、実にイキイキとしている。
散々試して瞳はそのうちの2足を購入した。円にもお礼として片方の色違いのシューズを選び、こっそりと会計を済ませてサラリと渡してしまう。円は驚いて、でも嬉しそうに笑ってくれる。
それから、少し歩きながら気になったショップを覗いてみたりしながらドリンクを買って車に戻った時には正午を少し回っていた。
「ちょっと待ってね」
「うん?」
荷物をまとめて積み込むなり、円はクーラーボックスを取り出してきて助手席のシートを限界まで後ろへスライドさせる。かと思えば、助手席側のドアは開けたままでレジャーシートなど準備するものだから、さすがの瞳もなんとなく気付いた。
「なあ、円。それの中身ってもしかして……」
「うん。サンドイッチとか作ってみた! お昼にしよ!」
「やっぱり……」
予想通りの円の答えに、瞳は頭を抱えた。
「円。お前、休暇の意味わかってる? ちゃんと休んで、寝ろ? そもそもお前、最近寝てるか?」
「寝てるよ? ちゃんと癒しも貰ってるし大丈夫だよ」
「はー。ネロとピノだけじゃ足りなくないか? いっそ増やすか?」
「ん? 俺の最大の癒しは瞳だけど」
「…………」
にこにこと機嫌良さそうに言う円に、瞳は閉口するしかない。
そうこうしているうちに瞳は車のシートに座るように示され、おとなしく従う。なんとなく靴も脱いで足をシートの上に引き上げた。
円もレジャーシートに座って、瞳の方へサンドイッチやら飲み物やらを差し出してくる。場所がイマイチ決まらないけれど、まるでピクニックだ。
瞳は、円の休日に対する認識についての尋問を計画しつつ、ひとまずはランチタイムを楽しむことにした。
あれこれ言っていても、やはり円が作るものは美味しいのだ。
ひと通り食べ終わり、瞳がシートにもたれて目を閉じてぼんやりと風を感じていると、不意に円が開かれたドアから車に乗り込んでくる。
「え? ちょ……」
あっという間にバタンとドアを閉めてしまうから、身動きが出来なくなる。
瞳が困惑する暇もなく、今度はシートをガクンと後ろに倒された。
「うわ!」
バランスを崩してそのまま倒れ込んだ瞳の身体に、円が体重をのせてくるから本当に動けない。
「……円?」
「ごめん、限界」
「え?」
「我慢してたんだけど。ね、キスだけ……」
耳元で囁かれて、瞳は狼狽えた。
貴人の術があるし車の中とはいえ、すぐそばに人が来たらバレるかもしれない。
「瞳、お願い……」
重ねて請われ、瞳は吐息する。
「お前、ずるい」
瞳が円の『お願い』に弱いのを知っていてこう言うのだ、この男は。
困ったように微笑んで、瞳はクイと円を引き寄せる。それを待っていたように、円は瞳の唇にキスを落とした。
車から降りると、涼しい風が頬をなでていった。その心地よさに、瞳は思わず目を閉じる。初めて出会うこの土地の妖精たちが、興味津々な様子でこちらをうかがっているのが分かる。家から着いてきてしまった妖精たちと会話している者もいるようだ。
そんな様子を微笑ましく思うと、口元に笑みが浮かんだ。
「思ったより時間かかっちゃったね。……ん、何かあった?」
「ちょっとね。後で話す。円、運転ありがとう」
「いいえ、どういたしまして。さて、行こうか」
「うん」
車にロックをかけてから円がいつものように手を差し出すから、瞳は慣れた仕草で握り返してそっと笑う。
駐車場内を円に手を引かれながらゆっくりと歩けば、そういえばこんなふうに出かけるのも久しぶりだなと、改めて思って瞳は円を見る。その視線に気付いているのかいないのか。いや、気付いているのに知らないフリをしているのだろう。円は上機嫌で歩きつつ、グイと腕を引いて瞳の身体を引き寄せる。
「うわ!」
突然のことにバランスを崩した瞳は、繋いだ手をあっという間に離した円によって肩を抱かれて支えられていた。
「おい、円……」
「ふふ、大丈夫。見られてないよ」
「…………」
そういう問題だろうかと軽く頭を悩ませるが、円が嬉しそなので良しとするか。そう思うくらいには瞳もちょっとズレている。
『リゾート型ショッピングモール』を謳うだけあって、ショップの内容は幅広いらしい。インフォメーションで入手したマップを、2人で額を合わせるようにして眺めながら思案中である。
「瞳、どこか見たいショップある?」
「円は?」
「俺に任せていいの?」
「いや待て。いやな予感がする。決めるから待って」
なにか企んでいそうな表情の円を慌てて制すると、瞳はマップとにらめっこを始めた。ふむ、と考え込んで、すぐに「あ」と声を上げる。
「シューズ見たいかも」
「革靴じゃなくて?」
「うん、スニーカーの方」
「りょーかい」
瞳の仕事柄でいえば革靴の方が使用頻度は高いが、玄武が用意してくるものが多数ある上に、瞳が自分で気まぐれに用意するものよりも遥かに履き心地が良いのだ。
そんな裏事情も含めた上で頷いた円は、マップを頭に叩き込んでからポケットにねじ込んで、瞳の肩を抱きながら目的のショップへと足を向けた。
「こら、円」
「今日はいいでしょ。貴人の術もあるし」
肩に置かれた手を窘める意味で瞳が名を呼ぶけれど、円はそれをサラリと流してしまう。モールの中は、さっきまでの駐車場とは明らかに人の多さが違う。瞳はため息をつくけれど、ここでこれ以上言い合っても仕方がないのは分かっている。
(まあ、今回は円への感謝という意味合いが強いしなぁ)
これくらいで円が喜んでくれるなら、という気持ちも瞳にはある。
円が瞳に甘いのは昔からだけれど、瞳だってそれは同じなのだ。お互いに甘やかしている。
「……今日だけだぞ」
少し困ったように微笑みながら告げるのは、今までに何度言ったか分からないセリフだった。
「瞳だいすき」
「うるさい、黙ってろ」
「照れてるの可愛い」
「ああ、もう。言うな恥ずかしい!」
照れて赤くなる顔を両手で覆うようにして隠すけれど、そんな瞳の様子さえもニコニコと笑顔で見守る円は楽しそうだ。
円に肩を抱かれながらグイグイと押されるようにショップに入ると、様々なシューズが所狭しと並んでいて瞳は目移りしてしまう。
特にこれといったデザインを決めていなかったせいで、そわそわと心が弾んでくる。
そんな瞳の様子を円が見逃すはずがなかった。ショップスタッフが入り込む隙など与えないほどにあれこれと瞳に提案しては試し履きをさせて、実にイキイキとしている。
散々試して瞳はそのうちの2足を購入した。円にもお礼として片方の色違いのシューズを選び、こっそりと会計を済ませてサラリと渡してしまう。円は驚いて、でも嬉しそうに笑ってくれる。
それから、少し歩きながら気になったショップを覗いてみたりしながらドリンクを買って車に戻った時には正午を少し回っていた。
「ちょっと待ってね」
「うん?」
荷物をまとめて積み込むなり、円はクーラーボックスを取り出してきて助手席のシートを限界まで後ろへスライドさせる。かと思えば、助手席側のドアは開けたままでレジャーシートなど準備するものだから、さすがの瞳もなんとなく気付いた。
「なあ、円。それの中身ってもしかして……」
「うん。サンドイッチとか作ってみた! お昼にしよ!」
「やっぱり……」
予想通りの円の答えに、瞳は頭を抱えた。
「円。お前、休暇の意味わかってる? ちゃんと休んで、寝ろ? そもそもお前、最近寝てるか?」
「寝てるよ? ちゃんと癒しも貰ってるし大丈夫だよ」
「はー。ネロとピノだけじゃ足りなくないか? いっそ増やすか?」
「ん? 俺の最大の癒しは瞳だけど」
「…………」
にこにこと機嫌良さそうに言う円に、瞳は閉口するしかない。
そうこうしているうちに瞳は車のシートに座るように示され、おとなしく従う。なんとなく靴も脱いで足をシートの上に引き上げた。
円もレジャーシートに座って、瞳の方へサンドイッチやら飲み物やらを差し出してくる。場所がイマイチ決まらないけれど、まるでピクニックだ。
瞳は、円の休日に対する認識についての尋問を計画しつつ、ひとまずはランチタイムを楽しむことにした。
あれこれ言っていても、やはり円が作るものは美味しいのだ。
ひと通り食べ終わり、瞳がシートにもたれて目を閉じてぼんやりと風を感じていると、不意に円が開かれたドアから車に乗り込んでくる。
「え? ちょ……」
あっという間にバタンとドアを閉めてしまうから、身動きが出来なくなる。
瞳が困惑する暇もなく、今度はシートをガクンと後ろに倒された。
「うわ!」
バランスを崩してそのまま倒れ込んだ瞳の身体に、円が体重をのせてくるから本当に動けない。
「……円?」
「ごめん、限界」
「え?」
「我慢してたんだけど。ね、キスだけ……」
耳元で囁かれて、瞳は狼狽えた。
貴人の術があるし車の中とはいえ、すぐそばに人が来たらバレるかもしれない。
「瞳、お願い……」
重ねて請われ、瞳は吐息する。
「お前、ずるい」
瞳が円の『お願い』に弱いのを知っていてこう言うのだ、この男は。
困ったように微笑んで、瞳はクイと円を引き寄せる。それを待っていたように、円は瞳の唇にキスを落とした。
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