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南條グループは、先々代が一代で築き上げた企業だ。独自ブランドのおもちゃや洋服で顧客を掴んで業績を伸ばし、今や各地に支店を構える大企業だ。
連絡は、その社長である南條の父親が倒れたという内容だった。
そして、その南條の帰宅に僕が同行する理由は、水沢家もまた、先々代から南條家の秘書兼執事を務める家系だからだ。
南條家跡取りである南條拓海は、僕の雇用主ということになる。
父だけでなく、母も南條の家で家政婦をしていた僕の家族は、南條家に住み込みだった。そんな環境にあれば、僕が南條と友達になるのは当然だった。
けれど、事情は変わる。
僕が主従関係を知らされたのは、小学校へ入学する前日の夜だった。
あの日の父の言葉は忘れない。
『これからは滋が拓海さまを護るんだ』
そう。何があっても。
拓海さまを傷付けるものは許さない。
そうやって、今まで生きてきた。そしてこれからも。
『学校では今まで通り友達として接して欲しい』
拓海さまがそう言うからそうしてきた。
たとえ彼に対する自分の恋心に気付いても、それを悟らせないように押し殺し、他の子を好きになったりもした。けれどやっぱり一番愛しいのは拓海さまであることは変えられない。
拓海さまに婚約者がいても。もう、好きであることをやめるつもりはなかった。それは2番目に好きになれたかもしれない古城真純に教えられた。
そしてこれは拓海さまには言ってはいないのだが、来年、僕はイギリスに留学することになっている。拓海さまに相応しい秘書兼執事になる勉強のためと、父が準備を進めてくれているのだ。
1年間。
拓海さまと離れるその間に、僕の中でもう少し気持ちの整理ができるかもしれない。
そう願って、僕は今も、いつも通りに拓海さまと接している。
今は何よりも、社長のご無事を願うだけだけれど。
迎えに来た車に二人で乗り込み、南條の屋敷に着いたのは陽も落ちた頃だった。
往診した主治医の話では暑さと過労による一時的な体力の低下だろうということらしく、とりあえずは安心した。
拓海さまが社長を見舞っている間に僕も久しぶりに父と顔を合わせ、留学の話が順調に進んでいることを報告される。
「滋、本当に良いのか?」
「何がです?」
父とはいえ、ここでは直属の上司。普段から敬語で話すのが常になっていた。
「拓海さまに、留学の件をご報告していないのだろう?」
「拓海さまは……私が1年間お側にお仕えしていなくても気になさらないと思います……」
少し寂しいけれど。
どちらかと言えば、僕の方が先に根をあげそうだ。
「留学の話を、お前以外から聞かされても、拓海さまは何とも思わないと思うか?」
「え……?」
ああ、そうか。その可能性もあるのか。
その時あの人は、なんて言うだろうか。
そんなことをぼんやりと考え始めた時だった。
バタバタと廊下を走る音が聞こえてきたと思ったら、部屋のドアがバンと荒々しく開かれた。
ここは執事や秘書の詰め所ともなっている休憩室。とてもじゃないけど相応しいとは言えない人物の登場に室内がザワついた。
「拓海さま! どうされましたか?」
慌てて近寄れば、手首を強い力掴まれる。
「執事長! 水沢滋に話がある。連れていっても構わないか?」
強く凛とした良く通る声が響く。
「もちろん構いません。どうぞお連れください」
僕の背後から父が応じるのが聞こえて。なんだか嫌な予感がした。
「すまない、ありがとう」
そう言うと、拓海さまはくるりと踵を返す。
「来い」
ボソリと告げ、僕の腕を痛いくらいに掴んだまま廊下を早足で歩き始める。
「ま、待ってください……! 拓海さま、どこへ?」
腕を掴まれたままで上手くバランスが取れず、無様な格好で拓海さまの後を必死で追いかける。
「俺の部屋だ。話がある」
表情は見えなかった。
けれど、告げられた声の低さと感情のこもっていない様子に、本能的にゾクリと寒気を覚えた。
連絡は、その社長である南條の父親が倒れたという内容だった。
そして、その南條の帰宅に僕が同行する理由は、水沢家もまた、先々代から南條家の秘書兼執事を務める家系だからだ。
南條家跡取りである南條拓海は、僕の雇用主ということになる。
父だけでなく、母も南條の家で家政婦をしていた僕の家族は、南條家に住み込みだった。そんな環境にあれば、僕が南條と友達になるのは当然だった。
けれど、事情は変わる。
僕が主従関係を知らされたのは、小学校へ入学する前日の夜だった。
あの日の父の言葉は忘れない。
『これからは滋が拓海さまを護るんだ』
そう。何があっても。
拓海さまを傷付けるものは許さない。
そうやって、今まで生きてきた。そしてこれからも。
『学校では今まで通り友達として接して欲しい』
拓海さまがそう言うからそうしてきた。
たとえ彼に対する自分の恋心に気付いても、それを悟らせないように押し殺し、他の子を好きになったりもした。けれどやっぱり一番愛しいのは拓海さまであることは変えられない。
拓海さまに婚約者がいても。もう、好きであることをやめるつもりはなかった。それは2番目に好きになれたかもしれない古城真純に教えられた。
そしてこれは拓海さまには言ってはいないのだが、来年、僕はイギリスに留学することになっている。拓海さまに相応しい秘書兼執事になる勉強のためと、父が準備を進めてくれているのだ。
1年間。
拓海さまと離れるその間に、僕の中でもう少し気持ちの整理ができるかもしれない。
そう願って、僕は今も、いつも通りに拓海さまと接している。
今は何よりも、社長のご無事を願うだけだけれど。
迎えに来た車に二人で乗り込み、南條の屋敷に着いたのは陽も落ちた頃だった。
往診した主治医の話では暑さと過労による一時的な体力の低下だろうということらしく、とりあえずは安心した。
拓海さまが社長を見舞っている間に僕も久しぶりに父と顔を合わせ、留学の話が順調に進んでいることを報告される。
「滋、本当に良いのか?」
「何がです?」
父とはいえ、ここでは直属の上司。普段から敬語で話すのが常になっていた。
「拓海さまに、留学の件をご報告していないのだろう?」
「拓海さまは……私が1年間お側にお仕えしていなくても気になさらないと思います……」
少し寂しいけれど。
どちらかと言えば、僕の方が先に根をあげそうだ。
「留学の話を、お前以外から聞かされても、拓海さまは何とも思わないと思うか?」
「え……?」
ああ、そうか。その可能性もあるのか。
その時あの人は、なんて言うだろうか。
そんなことをぼんやりと考え始めた時だった。
バタバタと廊下を走る音が聞こえてきたと思ったら、部屋のドアがバンと荒々しく開かれた。
ここは執事や秘書の詰め所ともなっている休憩室。とてもじゃないけど相応しいとは言えない人物の登場に室内がザワついた。
「拓海さま! どうされましたか?」
慌てて近寄れば、手首を強い力掴まれる。
「執事長! 水沢滋に話がある。連れていっても構わないか?」
強く凛とした良く通る声が響く。
「もちろん構いません。どうぞお連れください」
僕の背後から父が応じるのが聞こえて。なんだか嫌な予感がした。
「すまない、ありがとう」
そう言うと、拓海さまはくるりと踵を返す。
「来い」
ボソリと告げ、僕の腕を痛いくらいに掴んだまま廊下を早足で歩き始める。
「ま、待ってください……! 拓海さま、どこへ?」
腕を掴まれたままで上手くバランスが取れず、無様な格好で拓海さまの後を必死で追いかける。
「俺の部屋だ。話がある」
表情は見えなかった。
けれど、告げられた声の低さと感情のこもっていない様子に、本能的にゾクリと寒気を覚えた。
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