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140. 《円視点あり》
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連休明け、瞳は学校を休んだ。
正確に言えば、円によって欠席を余儀なくされた。
佐々木に襲われたのは金曜日である。その時の動画が、加藤やその恋人によって校長のパソコンに送られているはずだった。必要であれば警察にも届ける予定だ。
その事実を鑑みると、佐々木がどう出るか分からないのだ。だからこそ行くと言い張った瞳を円が説得して休ませた。
「オレのことより、円の方が心配なんだよ。なぁ?」
猫部屋で、ネロとピノと遊びながら、そんなことを言ってみる。ネロもピノも、可愛らしくニャアンと鳴くだけだった。
**********
【side : M】
瞳を何とか説得して休ませることに成功し、円は教室に向かっていた。
「おはよう、西園寺」
「加藤か、おはよう。首尾は?」
「金曜日の夜のうちに送っておいたよ。見たかどうかは分からない」
「そうか、ありがとう」
「それは徹也に言ってやって」
加藤の言葉に、円は酷く複雑な表情をする。
「……一発殴らせてくれるなら」
「それ本当に一発で済むの?」
「分からない」
歩きながら話せば、すぐに教室だった。円は瞳に宣言した通り、学校で御曹司を演じるのは辞めている。ドアを開けて加藤と並んで入っても、取り巻きたちが騒ぎ出すこともなかった。
それでも、元来の王子さま顔のおかげでそれなりの地位は保っていた。
クラスメイトたちと挨拶を交わしながら席につくと、加藤が話をしにやってくる。
「それより。吉田に名前で呼ばれてるんだね」
ひそり、と告げられた言葉に、まあコイツならいいか、とも思うので隠さなかった。瞳も気にしている人物だし、なにより既に恋人がいる男だ。瞳の『悪い虫』にはもうならないだろう。
「学校の外では、な」
「あ、認めちゃうんだ?」
「どうせ動画に入ってたんだろ?」
「そう。ちょっとびっくりした。で? 西園寺も名前で呼んでるの?」
「まあな」
「まあ、あんな熱烈なの聞かされたらこっちが当てられちゃう。ていうか、佐々木、今日休みみたいだよ」
「本当か?」
「さっき隣の席の女子が話してた」
「そうか……」
校長が既に動画を見たのか。それとも、事態が明るみになることを恐れた佐々木が勝手に休んでいるだけか。判断がつきにくい。
「職員室行ってみる?」
「場合によっては校長室だな」
円は立ち上がると加藤と二人、職員室へ急いだ。
職員室のドアの前で既に異変に気付いた。何やら中がザワついているようだった。
特にテスト期間でもない。二人は堂々と職員室のドアをノックしてガラリと開ける。
ザワザワしていた空気がピタリとおさまった。
「おはようございます。進路について佐々木先生と話がしたかったんですが」
「あ、ああ、佐々木先生ね。お休みなのよ」
「風邪でもひいたんですか?」
「いえ、ええ、そうね」
「どうかされましたか?」
「なんでもないのよ。進路についてはそうね……」
「わたしが聞こう」
女性教師が視線をさまよわせると、落ち着いた男性の声が遮った。
(まさかの校長が登場かよ……)
円は内心で呟いた。吉と出るか凶と出るかは賭けである。
促され、円と加藤は校長室へと足を踏み入れる。
スッキリとした部屋で、校長用の机の他に応接セットがあって、棚には各部活動などのトロフィーが飾ってあった。
円も加藤も応接セットのソファに座るよう指示されて従う。
校長はゆったりとした足取りで円たちの対面に座り、膝に肘をついて指先を組んだ。
「それで。君たちの本当の用件は進路についてではないのだろう?」
「……察しがいいですね」
「伊達に教職を30年以上もやってないさ」
「そうですか」
「どちらが密告者かな?」
「動画を送ったのは彼ですが、録画したのは俺です」
「ほう……?」
「襲われた彼は、俺の大切な友人です。泣き寝入りなんか出来ません。必要があれば警察に持ち込みます」
「必要ない」
「どういう意味ですか?」
「警察には既に届けた。佐々木は拘留されているが、やがて逮捕されるだろう」
「それは信じてもいいんですか?」
「教師が生徒に手を出すなど、言語道断だ。懲戒免職ものだろう。それよりも、彼には法の裁きを受けてもらおう」
「ありがとう、ございます」
「君の大切な人は元気か?」
「ええ、まぁ……」
「留年のことについては心配しなくていい。レポートを提出してもらえれば単位が取得出来るように手配しよう」
「……誰であるか、把握済みということですね?」
「話の内容から察しはついたよ」
「そうですか」
円は内心で舌打ちをする。それなら警察とて瞳にたどり着くのは簡単だ。面倒なことにならなければいいが。
「……校長先生は、随分と生徒の情報に詳しいですね?」
「……加藤?」
「あの動画はかなり加工してある。『彼』にたどり着くのは簡単ではないはずです」
「…………」
「あんた、何者だ?」
「なんの事だろう?」
「今、『裏』の世界は真っ二つに割れてる。『篁』に与するものと、『あの方』を守ろうとするものに」
『篁』の名が出た瞬間に、校長のまとう空気がひりついた。
「お前こそ何者なんだい?」
「……徹也っ!」
加藤が叫べば、廊下で待機していたらしい男が飛び込んで来る。忘れもしない、瞳を組み敷いたあの男だ。けれど、今はそんなことを言っている場合ではない。
「『篁』に入ることを拒んだ、バカな死に損ないをどうしようと、『篁』の問題だ。君たちのような無力なガキがどうこうできる問題じゃない」
「アンタ、『篁』の人間か……?」
「いいや。『篁』には恩がある。死にかけた所を救ってもらった。わたしはただの人間だ、術者ではないよ」
円は逡巡する。この話が本当だとして、このまま放置するのはマズい。瞳が『吉田瞳』だと知られている。『本家』に情報が届くのは時間の問題だ。どうする。
「なるほど、『篁』の間者はあなたですか」
ピリピリとした場にそぐわない、凛とした綺麗な声が響いた。
「あなたが術者ではないなら、この部屋に張られた結界はなんなのでしょうね?」
全身に黒をまとい、髪をオールバックに上げてメガネも外した、『謎の祓い屋』の姿が、そこにあった。
**********
「ヒトミ、『依頼』です」
「内容は?」
「ヒトミも無関係ではありません。ある高校に『篁』の間者が潜んでいるようです。見当はついているのですが、しっぽを出さないらしいです」
「最後の仕上げ、ってとこか?」
「そうですね」
「それで、その高校とは?」
「……清陵高校です」
「なんだって!?」
清陵高校とは、正真正銘、瞳たちが通う高校だ。
今日は円が登校していて、佐々木の件について最終仕上げをすると言っていた。
嫌な予感がする。
「すぐに支度する。玄武、準備を」
「かしこまりました」
「大裳、青龍。仔猫たちを頼む!」
「御意」
玄武が準備したスーツを持って浴室に走る。禊をして、着替えて髪を整え、手袋をすれば準備完了だ。
「玄武、跳べ!」
「御意」
跳んだのは、校長室前だった。
見た事のある男がいた。以前に組み敷かれたことがある。加藤の恋人。たしか、術者だったか。
「『依頼人』はあなたですか?」
「…………っ!」
「間者はこの中に?」
「……結界が張られていて、中に入ることができません。声は、聞こえるのですが……」
そう、言った時だった。
『……徹也っ!』
「…………っ!」
加藤の声に、息を飲んだ。おそらく、間違いなく円もここにいる。
瞳は躊躇いなく結界をバチリと破壊し、ドアを開ける。先に飛び込んだのは徹也だった。
声が、何か喋っている声が聞こえる。それよりも、円の無事な気配に安堵した。
こつり、と足を進め、部屋に入って強固な結界を張り直す。外に音や声がもれるのはマズい。
「なるほど、『篁』の間者はあなたですか」
円が、そこに無事な姿でいる。それを確認してホッとした。
「あなたが術者ではないなら、この部屋に張られた結界はなんなのでしょうね?」
あくまでも冷徹なまでにそう言えば、校長は何もかもを認めるようなことを言う。
「壊しておいて何を言う……」
「気付きましたか。ええ、でもそれよりも強い結界を張りましたからどんなに騒いでも大丈夫ですよ?」
「お前さえ、『篁』に入れば。全ては丸くおさまるんだ」
「身内を殺した仇の家に入るなどごめんですよ。白虎、朱雀」
現れた式神たちに、校長は取り押さえられて身体の自由を奪われる。
白虎に押さえつけられた校長と視線を合わせるため、瞳は片膝をつく。
「さて。何をどこまで調べた?」
「なにも……分からなかった」
「ほう?」
「本当だ! 報告できるようなものはなにも無かった!」
「天空」
円が二回目に聞いたその名前の持ち主は、白い式神だった。長い髪も、肌も。黒いスーツをまといながら、印象は『白』。なにより、その目が閉じられていて、それでもなんの不自由もなさそうなのが不思議だった。
「記憶を視てやれ」
「かしこまりました」
「……っ!?」
取り押さえられ朱雀の剣で脅され、身動きが取れない校長の頭に手を置いた天空が、しばし黙り込む。
「……主。どうやら『本家』では使い捨ての駒の扱いのようです。『本家』の情報はろくなものがありません。『探し人』に関しても、大した情報は掴んでいないようです。情報も『本家』には上げていません」
「そうか」
「消しますか?」
「突然校長が使い物にならなくなるのも困るだろう。そうだな、『篁』と『探し人』に関する全ての記憶を消してやれ」
「御意」
「玄武。……オレは今のこの状況を何とかしたいんだが」
明らかに疑惑の眼差しが向けられている瞳が肩をすくめる。
「……吉田?」
伊達に何度も動画を見た訳ではない加藤が、まず最初に口を開いた。
「その声、吉田だろ?」
「声か……そうか」
どこでバレたのだろうと考えていた瞳が納得の声を発した。
チラリと校長の方を見れば、急激に記憶を削除されたからだろう、気を失った彼を仕事用の椅子に座らせているところだった。
「ここではマズいな。……三人とも、屋上に向かってくれるか? オレも行く」
瞳がそう言えば、円が二人を促して部屋を出る。
「玄武、話しても大丈夫だろうか?」
「主の思うように」
「……そうか」
瞳はぐるりと室内を見渡し、争ったような形跡が無いことを確認する。
「玄武、あとを頼む」
そう言って、瞳は屋上への空間を開いた。
屋上へ続く階段にはまだ三人は到着しておらず、瞳は妖精たちに頼んでカギを開けてもらう。外に出れば風はなく、日差しがある分暖かく感じられた。
さて、と瞳は思案する。
どこからどこまでを、どんなふうに話せば良いか。
加藤には、瞳と円の関係は知られている。今更そこは隠す必要もないが、『謎の祓い屋』に関しては難しいものがある。
そう長く『謎の祓い屋』を名乗るつもりもないが、今はまだ早いのだ。
ふぅ、と吐息したところで、人の気配がした。
ガチャリ、とドアが開けば、予想通りの三人が姿を現す。
「……お疲れ様」
なんと声をかけていいのかわからず、そんな言葉しか出てこなかった。
「その格好……『仕事』か」
「……うん。今回の『依頼人』は、彼だ」
「そうなのか……」
「でも、今回のは完全にとばっちりをくわせた感じだからな。ボランティアだ」
「はっ!?」
声を上げたのは、なぜか加藤だった。
よく分からなくて、瞳は首を傾げる。
「アンタが『篁』とどういう関係なのか知らないけど、こっちはこっちで『篁』が邪魔で動いてたんだよ! ボランティアとか言うな!」
「『篁』が邪魔か」
「そうだよ! 『篁』のおかげで術者が減ってる。あいつらの無茶な術のせいで、どれだけこっちが迷惑してるか!」
「術者が……減ってる……?」
「ここ数年の話だけど、『篁』が妙な術で悪魔を呼び出しやすくしてる。悪魔は術者を食うんだ。その『能力』を取り込むために」
「な、に……?」
「もちろん、そんなことするのは知能の高い悪魔だ。下級はそんなこと考えつかない。でも、実際食われて行方不明扱いになってる術者がいるんだ。悪魔は、『食糧』と決めた術者に烙印を押す。徹也の弟も、烙印を押されてる」
「弟……」
加藤からもたらされた情報に息を飲んだ。まさかそんなことになっているとは。
本当に頭痛がして、手でそっと額をおさえる。
「なぁ、これ……」
「分かってる。悠長なこと言ってられなくなった。早急に手を打つ」
数年なんて言っていられない。『本家』のせいで死人が出ているなら、これ以上被害は増やせない。数ヶ月……せめて、半年。
「なあ。吉田なんだろ?」
加藤の再びの問いに、瞳の肩がぴくりと揺れた。
「他言はしない。誓うよ」
「……そうだよ」
「なんで、こんな危ないことを……」
「オレも『篁』とは無関係じゃないってこと」
「そうか……」
それきり、加藤は黙ってしまう。
そんな時、不意に名前を呼ばれた。
「瞳」
「円?」
振り向けば、腰を抱かれて引き寄せられ、獰猛なキスで唇を奪われた。
「ん! んっ!? んぅ! ん~~~~っ!」
人前で、という羞恥心が瞳を支配し、円の背中をバシバシと叩いて抵抗する。けれどそれも長くは続かず、いつもの甘く貪るようなキスに翻弄され、とろりと思考がとろける。
「ん……、んぅ……ん、ふ……ぅ、ぁ……」
瞳の足に力が入らなくなり、腰が抜けてがくりと足もとから崩れるのを円が抱きとめる。
「おっと。……やりすぎたか?」
瞳のとろけきった顔は、できれば誰にも見せたくない。それでも、今はこうするより他に瞳を止める術がなかった。
「誰か、いるんだろう?」
「はい」
「玄武。瞳を連れ帰ってくれ」
抱き上げた瞳の身体を、玄武に預ける。
「よろしいのですか?」
「このまま話を聞いてたら、また無茶するに決まってるからな」
「かしこまりました」
頷いて、玄武は瞳を抱き上げたまま、自宅へと跳んだ。
正確に言えば、円によって欠席を余儀なくされた。
佐々木に襲われたのは金曜日である。その時の動画が、加藤やその恋人によって校長のパソコンに送られているはずだった。必要であれば警察にも届ける予定だ。
その事実を鑑みると、佐々木がどう出るか分からないのだ。だからこそ行くと言い張った瞳を円が説得して休ませた。
「オレのことより、円の方が心配なんだよ。なぁ?」
猫部屋で、ネロとピノと遊びながら、そんなことを言ってみる。ネロもピノも、可愛らしくニャアンと鳴くだけだった。
**********
【side : M】
瞳を何とか説得して休ませることに成功し、円は教室に向かっていた。
「おはよう、西園寺」
「加藤か、おはよう。首尾は?」
「金曜日の夜のうちに送っておいたよ。見たかどうかは分からない」
「そうか、ありがとう」
「それは徹也に言ってやって」
加藤の言葉に、円は酷く複雑な表情をする。
「……一発殴らせてくれるなら」
「それ本当に一発で済むの?」
「分からない」
歩きながら話せば、すぐに教室だった。円は瞳に宣言した通り、学校で御曹司を演じるのは辞めている。ドアを開けて加藤と並んで入っても、取り巻きたちが騒ぎ出すこともなかった。
それでも、元来の王子さま顔のおかげでそれなりの地位は保っていた。
クラスメイトたちと挨拶を交わしながら席につくと、加藤が話をしにやってくる。
「それより。吉田に名前で呼ばれてるんだね」
ひそり、と告げられた言葉に、まあコイツならいいか、とも思うので隠さなかった。瞳も気にしている人物だし、なにより既に恋人がいる男だ。瞳の『悪い虫』にはもうならないだろう。
「学校の外では、な」
「あ、認めちゃうんだ?」
「どうせ動画に入ってたんだろ?」
「そう。ちょっとびっくりした。で? 西園寺も名前で呼んでるの?」
「まあな」
「まあ、あんな熱烈なの聞かされたらこっちが当てられちゃう。ていうか、佐々木、今日休みみたいだよ」
「本当か?」
「さっき隣の席の女子が話してた」
「そうか……」
校長が既に動画を見たのか。それとも、事態が明るみになることを恐れた佐々木が勝手に休んでいるだけか。判断がつきにくい。
「職員室行ってみる?」
「場合によっては校長室だな」
円は立ち上がると加藤と二人、職員室へ急いだ。
職員室のドアの前で既に異変に気付いた。何やら中がザワついているようだった。
特にテスト期間でもない。二人は堂々と職員室のドアをノックしてガラリと開ける。
ザワザワしていた空気がピタリとおさまった。
「おはようございます。進路について佐々木先生と話がしたかったんですが」
「あ、ああ、佐々木先生ね。お休みなのよ」
「風邪でもひいたんですか?」
「いえ、ええ、そうね」
「どうかされましたか?」
「なんでもないのよ。進路についてはそうね……」
「わたしが聞こう」
女性教師が視線をさまよわせると、落ち着いた男性の声が遮った。
(まさかの校長が登場かよ……)
円は内心で呟いた。吉と出るか凶と出るかは賭けである。
促され、円と加藤は校長室へと足を踏み入れる。
スッキリとした部屋で、校長用の机の他に応接セットがあって、棚には各部活動などのトロフィーが飾ってあった。
円も加藤も応接セットのソファに座るよう指示されて従う。
校長はゆったりとした足取りで円たちの対面に座り、膝に肘をついて指先を組んだ。
「それで。君たちの本当の用件は進路についてではないのだろう?」
「……察しがいいですね」
「伊達に教職を30年以上もやってないさ」
「そうですか」
「どちらが密告者かな?」
「動画を送ったのは彼ですが、録画したのは俺です」
「ほう……?」
「襲われた彼は、俺の大切な友人です。泣き寝入りなんか出来ません。必要があれば警察に持ち込みます」
「必要ない」
「どういう意味ですか?」
「警察には既に届けた。佐々木は拘留されているが、やがて逮捕されるだろう」
「それは信じてもいいんですか?」
「教師が生徒に手を出すなど、言語道断だ。懲戒免職ものだろう。それよりも、彼には法の裁きを受けてもらおう」
「ありがとう、ございます」
「君の大切な人は元気か?」
「ええ、まぁ……」
「留年のことについては心配しなくていい。レポートを提出してもらえれば単位が取得出来るように手配しよう」
「……誰であるか、把握済みということですね?」
「話の内容から察しはついたよ」
「そうですか」
円は内心で舌打ちをする。それなら警察とて瞳にたどり着くのは簡単だ。面倒なことにならなければいいが。
「……校長先生は、随分と生徒の情報に詳しいですね?」
「……加藤?」
「あの動画はかなり加工してある。『彼』にたどり着くのは簡単ではないはずです」
「…………」
「あんた、何者だ?」
「なんの事だろう?」
「今、『裏』の世界は真っ二つに割れてる。『篁』に与するものと、『あの方』を守ろうとするものに」
『篁』の名が出た瞬間に、校長のまとう空気がひりついた。
「お前こそ何者なんだい?」
「……徹也っ!」
加藤が叫べば、廊下で待機していたらしい男が飛び込んで来る。忘れもしない、瞳を組み敷いたあの男だ。けれど、今はそんなことを言っている場合ではない。
「『篁』に入ることを拒んだ、バカな死に損ないをどうしようと、『篁』の問題だ。君たちのような無力なガキがどうこうできる問題じゃない」
「アンタ、『篁』の人間か……?」
「いいや。『篁』には恩がある。死にかけた所を救ってもらった。わたしはただの人間だ、術者ではないよ」
円は逡巡する。この話が本当だとして、このまま放置するのはマズい。瞳が『吉田瞳』だと知られている。『本家』に情報が届くのは時間の問題だ。どうする。
「なるほど、『篁』の間者はあなたですか」
ピリピリとした場にそぐわない、凛とした綺麗な声が響いた。
「あなたが術者ではないなら、この部屋に張られた結界はなんなのでしょうね?」
全身に黒をまとい、髪をオールバックに上げてメガネも外した、『謎の祓い屋』の姿が、そこにあった。
**********
「ヒトミ、『依頼』です」
「内容は?」
「ヒトミも無関係ではありません。ある高校に『篁』の間者が潜んでいるようです。見当はついているのですが、しっぽを出さないらしいです」
「最後の仕上げ、ってとこか?」
「そうですね」
「それで、その高校とは?」
「……清陵高校です」
「なんだって!?」
清陵高校とは、正真正銘、瞳たちが通う高校だ。
今日は円が登校していて、佐々木の件について最終仕上げをすると言っていた。
嫌な予感がする。
「すぐに支度する。玄武、準備を」
「かしこまりました」
「大裳、青龍。仔猫たちを頼む!」
「御意」
玄武が準備したスーツを持って浴室に走る。禊をして、着替えて髪を整え、手袋をすれば準備完了だ。
「玄武、跳べ!」
「御意」
跳んだのは、校長室前だった。
見た事のある男がいた。以前に組み敷かれたことがある。加藤の恋人。たしか、術者だったか。
「『依頼人』はあなたですか?」
「…………っ!」
「間者はこの中に?」
「……結界が張られていて、中に入ることができません。声は、聞こえるのですが……」
そう、言った時だった。
『……徹也っ!』
「…………っ!」
加藤の声に、息を飲んだ。おそらく、間違いなく円もここにいる。
瞳は躊躇いなく結界をバチリと破壊し、ドアを開ける。先に飛び込んだのは徹也だった。
声が、何か喋っている声が聞こえる。それよりも、円の無事な気配に安堵した。
こつり、と足を進め、部屋に入って強固な結界を張り直す。外に音や声がもれるのはマズい。
「なるほど、『篁』の間者はあなたですか」
円が、そこに無事な姿でいる。それを確認してホッとした。
「あなたが術者ではないなら、この部屋に張られた結界はなんなのでしょうね?」
あくまでも冷徹なまでにそう言えば、校長は何もかもを認めるようなことを言う。
「壊しておいて何を言う……」
「気付きましたか。ええ、でもそれよりも強い結界を張りましたからどんなに騒いでも大丈夫ですよ?」
「お前さえ、『篁』に入れば。全ては丸くおさまるんだ」
「身内を殺した仇の家に入るなどごめんですよ。白虎、朱雀」
現れた式神たちに、校長は取り押さえられて身体の自由を奪われる。
白虎に押さえつけられた校長と視線を合わせるため、瞳は片膝をつく。
「さて。何をどこまで調べた?」
「なにも……分からなかった」
「ほう?」
「本当だ! 報告できるようなものはなにも無かった!」
「天空」
円が二回目に聞いたその名前の持ち主は、白い式神だった。長い髪も、肌も。黒いスーツをまといながら、印象は『白』。なにより、その目が閉じられていて、それでもなんの不自由もなさそうなのが不思議だった。
「記憶を視てやれ」
「かしこまりました」
「……っ!?」
取り押さえられ朱雀の剣で脅され、身動きが取れない校長の頭に手を置いた天空が、しばし黙り込む。
「……主。どうやら『本家』では使い捨ての駒の扱いのようです。『本家』の情報はろくなものがありません。『探し人』に関しても、大した情報は掴んでいないようです。情報も『本家』には上げていません」
「そうか」
「消しますか?」
「突然校長が使い物にならなくなるのも困るだろう。そうだな、『篁』と『探し人』に関する全ての記憶を消してやれ」
「御意」
「玄武。……オレは今のこの状況を何とかしたいんだが」
明らかに疑惑の眼差しが向けられている瞳が肩をすくめる。
「……吉田?」
伊達に何度も動画を見た訳ではない加藤が、まず最初に口を開いた。
「その声、吉田だろ?」
「声か……そうか」
どこでバレたのだろうと考えていた瞳が納得の声を発した。
チラリと校長の方を見れば、急激に記憶を削除されたからだろう、気を失った彼を仕事用の椅子に座らせているところだった。
「ここではマズいな。……三人とも、屋上に向かってくれるか? オレも行く」
瞳がそう言えば、円が二人を促して部屋を出る。
「玄武、話しても大丈夫だろうか?」
「主の思うように」
「……そうか」
瞳はぐるりと室内を見渡し、争ったような形跡が無いことを確認する。
「玄武、あとを頼む」
そう言って、瞳は屋上への空間を開いた。
屋上へ続く階段にはまだ三人は到着しておらず、瞳は妖精たちに頼んでカギを開けてもらう。外に出れば風はなく、日差しがある分暖かく感じられた。
さて、と瞳は思案する。
どこからどこまでを、どんなふうに話せば良いか。
加藤には、瞳と円の関係は知られている。今更そこは隠す必要もないが、『謎の祓い屋』に関しては難しいものがある。
そう長く『謎の祓い屋』を名乗るつもりもないが、今はまだ早いのだ。
ふぅ、と吐息したところで、人の気配がした。
ガチャリ、とドアが開けば、予想通りの三人が姿を現す。
「……お疲れ様」
なんと声をかけていいのかわからず、そんな言葉しか出てこなかった。
「その格好……『仕事』か」
「……うん。今回の『依頼人』は、彼だ」
「そうなのか……」
「でも、今回のは完全にとばっちりをくわせた感じだからな。ボランティアだ」
「はっ!?」
声を上げたのは、なぜか加藤だった。
よく分からなくて、瞳は首を傾げる。
「アンタが『篁』とどういう関係なのか知らないけど、こっちはこっちで『篁』が邪魔で動いてたんだよ! ボランティアとか言うな!」
「『篁』が邪魔か」
「そうだよ! 『篁』のおかげで術者が減ってる。あいつらの無茶な術のせいで、どれだけこっちが迷惑してるか!」
「術者が……減ってる……?」
「ここ数年の話だけど、『篁』が妙な術で悪魔を呼び出しやすくしてる。悪魔は術者を食うんだ。その『能力』を取り込むために」
「な、に……?」
「もちろん、そんなことするのは知能の高い悪魔だ。下級はそんなこと考えつかない。でも、実際食われて行方不明扱いになってる術者がいるんだ。悪魔は、『食糧』と決めた術者に烙印を押す。徹也の弟も、烙印を押されてる」
「弟……」
加藤からもたらされた情報に息を飲んだ。まさかそんなことになっているとは。
本当に頭痛がして、手でそっと額をおさえる。
「なぁ、これ……」
「分かってる。悠長なこと言ってられなくなった。早急に手を打つ」
数年なんて言っていられない。『本家』のせいで死人が出ているなら、これ以上被害は増やせない。数ヶ月……せめて、半年。
「なあ。吉田なんだろ?」
加藤の再びの問いに、瞳の肩がぴくりと揺れた。
「他言はしない。誓うよ」
「……そうだよ」
「なんで、こんな危ないことを……」
「オレも『篁』とは無関係じゃないってこと」
「そうか……」
それきり、加藤は黙ってしまう。
そんな時、不意に名前を呼ばれた。
「瞳」
「円?」
振り向けば、腰を抱かれて引き寄せられ、獰猛なキスで唇を奪われた。
「ん! んっ!? んぅ! ん~~~~っ!」
人前で、という羞恥心が瞳を支配し、円の背中をバシバシと叩いて抵抗する。けれどそれも長くは続かず、いつもの甘く貪るようなキスに翻弄され、とろりと思考がとろける。
「ん……、んぅ……ん、ふ……ぅ、ぁ……」
瞳の足に力が入らなくなり、腰が抜けてがくりと足もとから崩れるのを円が抱きとめる。
「おっと。……やりすぎたか?」
瞳のとろけきった顔は、できれば誰にも見せたくない。それでも、今はこうするより他に瞳を止める術がなかった。
「誰か、いるんだろう?」
「はい」
「玄武。瞳を連れ帰ってくれ」
抱き上げた瞳の身体を、玄武に預ける。
「よろしいのですか?」
「このまま話を聞いてたら、また無茶するに決まってるからな」
「かしこまりました」
頷いて、玄武は瞳を抱き上げたまま、自宅へと跳んだ。
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「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話
桜井正宗
青春
――結婚しています!
それは二人だけの秘密。
高校二年の遙と遥は結婚した。
近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。
キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。
ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。
*結婚要素あり
*ヤンデレ要素あり
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
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