祓い屋はじめました。

七海さくら/浅海咲也(同一人物)

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 やがて三学期が始まった日、瞳は担任の教師に呼び出された。
 理由は、何となく分かっていた。
 それでも、進路指導室に呼ばれたのは初めてだった。今までは、何となく職員室で済ませていたからだ。3年生も間近となると、やはり違うのだろうか、と。そのくらいにしか考えていなかった。


「失礼します」
「あー、呼び出して悪いな。そこに座ってくれ」
「はい」


 職員室とも教室とも違う雰囲気。狭い、二人きりの空間。三者面談にも使うのだろう、会議用の机をふたつ並べ、パイプ椅子が三脚配置されている。担任と向かい合う位置にあるふたつのうちのひとつに座った。


「さっそく本題だが、このままだと進級はできるが、卒業は危ないぞ」
「あ、やっぱりですか」
「二学期末の出席率がこれからも続くと、な。何があったんだ?」
「なにもありません。体調が悪くて」
「身体が弱いのは承知している。だが、来年は受験も控えてるし」
「進学はしませんが」
「それは本気なのか?」
「はい。就職します。知り合いの会社で、在宅でできる仕事をやらせてもらうつもりです」
「だが、卒業できなければ……」
「中退でもいいと言ってくれているので……」


 イヤな雲行きになってきた。雰囲気が、視線が、声色が。


(マズい……)


 これはアレだ。卒業をエサに何かしらを企んでいたのにアテが外れた男の雰囲気だ。
 本能が逃げろと叫ぶから、ジリ、と椅子を引き、ガタリと立ち上がるとドアへと手を伸ばすが、それを捕らえられた。相手の動きの方が早かった。
 ガタンと机の上に押し倒される。


「痛……」


 強く頭を打ち付けられてクラクラする。


「卒業できるように便宜をはかってやる。その代わり、吉田……おれと付き合おう……」
「ひ……」


 この体勢では蹴り上げられない、とか、どうする、とか、この状況で式神を呼ぶのはマズい、とか。そんなことを考える余裕もなく。
 ただただ、一人の人に助けて欲しくて悲鳴のように名前を呼んだ。


「円……っ!」


 その瞬間。
 ガラリ、と勢いよくドアが開けられ、声が耳に飛び込んでくる。


「呼ぶのが遅い」


 机の上に押し倒された状態では姿が見えない。けれど、声で分かる。
 誰よりも来て欲しくて、誰よりもこんなシーンを見せたくなかった人。その声は、怒りに満ちていた。


「佐々木センセイさぁ、生徒の弱味につけ込んで交際迫るとか、恥ずかしくないの?」
「西園寺……」
「あ……」


 ガタリ、と佐々木が瞳の上から退くから、瞳はゆっくりと起き上がる。円はスマホのカメラを佐々木に向けていた。


「全部撮ってあるんだよね、佐々木センセイが生徒を脅してるとこ。これ流したらどうなるかな?」
「そんなことをすれば吉田だって……!」
「ざーんねん。生徒の顔は見えないようにしてあるよ。あんたが言ってる名前なんて、いくらでも伏せられるんだよね」


 ガタガタと震えながら瞳が円に手を差し伸べれば、円は優しく抱きとめてくれる。


「だが、おれの気を引くために吉田は……」
「気安く名前を呼ぶな!」


 声が孕む怒気が鋭くなる。ビリビリと揺れる空気を感じるほどに円は怒っていた。


「それなら、誰のために変わったというんだ……」
「俺のために決まってる」
「え……」


 円は、抱きとめて胸の中にいる瞳の唇に、深いキスを送る。佐々木に、見せつけるように。
 逃れることも許されず、瞳はただその口付けを受け止める。


「ん……っ、ぅ……」


 瞳の恍惚とした表情と、円の挑むような顔を見比べ、佐々木は、そんな、と肩を落とした。
 スマホの録画を止め、円は瞳の肩を抱いたままくるりと踵を返した。瞳は足をもつれさせながらついて行くのがやっとだ。
 誰も居ないと思っていた教室には加藤がいた。


「吉田、大丈夫か? 何かされてない?」
「かとう……?」
「される直前でやっと俺の名前を呼んだ。遅いんだよ。それより、これ」


 そう言いながら、円は瞳の肩を離さずに加藤にポイとスマホを投げる。


「録画した分、お前のスマホに移し替えろ。データは加工して校長に送れ」
「そういうのは徹也が得意分野なんだよねー」
「じゃあそっちにやらせろ」
「はいはい」


 言いながら、加藤は二台のスマホをなにやら操作している。


「とりあえず、動画は僕のスマホに転送したけど。西園寺のスマホの動画はどうする?」
「消してくれ。見たくもない」
「やっぱりね。了解」


 人のスマホだというのに、加藤は慣れたような手つきでトントンと操作して、スッと円の方に差し出す。


「はい、終了」
「ありがとう」


 円はスマホを受け取ると、瞳の分と自分の分、二人分の荷物を持つ。


「帰るよ」
「あ……、え……?」


 瞳が戸惑いながら加藤を見れば、やれやれ、というような顔をしてひらひらと手を振っている。
 肩を抱かれたまま、まだ震えもおさまらずに円の腕にしがみつくように歩く瞳は、泣きたい気持ちになってくる。悲しいわけではない、情けないのだ。
 マンションに戻り、カードキーを差し込み解錠して玄関を入ったら、急にぎゅう、と抱きしめられた。


「まど……」
「瞳、ごめん!」
「……え?」


 呆れられると思っていた。怒っていると思っていたのに、円から出た言葉は瞳に対する謝罪だった。


「なん……」
「瞳が変装をやめてから、周囲の目が変わったのは知ってた。その中でも佐々木の目は異常だって、加藤に忠告されてたんだ。それなのに……すぐに助けに入ってやれないどころか、佐々木を潰す証拠のために瞳を危険にさらした」
「……でも、来てくれた」
「瞳があそこで呼んでくれなくても、もう殴り込むつもりだった……!」


 ぽろり、と涙がこぼれた。瞳は、円の背中に腕を回してしがみつく。いつの間にか震えは止まっていた。


「助けに来てくれて、ありがとう」


 瞳の言葉に、円は瞳の背がしなるほど抱きしめた。
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