162 / 186
136.
しおりを挟む 目を開けてもぼんやりとして意識が上手く浮上してこないのは、いったいどれくらいぶりだろう。
「瞳?」
目の前の王子さま顔が名前を呼ぶけれど、上手く反応ができない。
「あ……」
ぼんやりと返した声は掠れていて、ほんのりと色香をまとっていた。
昨日は、朝に引き続き夜にも円に抱かれて気を失ったのだ。
「……円?」
「うん。瞳、大丈夫?」
問われて、身体の状態を確かめる。
声は掠れているけれどそのうち治るとして、まあ良し。頭がぼんやりとするのもだいぶしっかりしてきたし、腰の違和感はいつものことなので、良しとする。
「ん。たぶん、大丈夫」
「良かった……」
ホッとしたような表情の円と、行為の最中の円の顔にギャップを覚えて瞳はくすくすと笑った。
「え、なに?」
「なんでもない」
こんなことは瞳だけが知っていればいい、と。円にさえ言うのが惜しくて黙っていることにした。
円も瞳に対して全く同じ思いなのだということには、全然気付いていないけれど。
この日の午前中、瞳は主に腰から下に力が入らず、結局は円に細々と世話を焼かれることになった。昼を過ぎたあたりからだいぶ歩けるようにはなったけれど、いつも通り、という訳にはいかなかった。
それから翌日の月曜日。
二人はゆったりと歩きながらスーパーに買い出しに出かけた。
その道すがらだった。
「円、ストップ」
「え?」
円に声をかけた瞳は、立ち止まり、周囲に警戒した視線を回して不審人物が居ないことを確かめた。
「不審物。不自然なダンボールが置いてある」
「マジ?」
対象物までは15mといったところか。今度はそのダンボールに目を凝らし、耳をすませる。爆発物でなければいい。警察に届けるか、そう思った時、異常に気付いた。
「生き物……? 小動物……、いや、猫か!」
呟き、瞳は今度はダンボールへと走り寄る。小さな、使い古しのダンボール。閉められたフタを開ければ、そこには生まれて1ヶ月くらいの仔猫が二匹折り重なるようにしてうずくまっていた。黒猫と三毛猫。寒さのせいか、弱りきっているように見える。申し訳程度に敷かれたペットシーツと、缶詰めのエサ。
「円! この辺りに動物病院はあるか!?」
「待って、調べる!」
瞳が自分で調べるより速い。そう判断して円に任せると、事務所の近くにあるらしい。
「今日は診察は……」
「してない……みたいだけど、電話してみる!」
円が言うから、瞳は仔猫を見た。そっと触れれば、あたたかく、生きていることだけは分かるけれどほとんど鳴きもしない。相当弱っているのだろう。
こんなの動物虐待ではないか、と瞳は舌打ちをしたくなる。
そうしているうちに、円の電話が繋がったようだった。状況を説明する円に、先方が来るように言ってくれたらしい。通話を切って、円が瞳を見る。
「休診日だけど、診てくれるって。個人のとこみたい」
「場所は? 分かるか?」
「うん。こっち」
下手に抱き上げてしまって病気を感染させてしまっては大変なので、瞳はダンボールごと抱え上げた。
「瞳、俺が持つ」
「大丈夫だから、道案内のほう頼む」
「……わかった」
円が地図を確認しながら事務所近くの動物病院まで行けば、出入り口には院長らしき男性が立って待っていてくれた。
瞳たちの姿を認めると、手を上げて合図をくれる。
仔猫たちがいるため走る訳にもいかず、瞳と円はゆっくりと男性のもとに歩み寄る。
「突然すみません」
「いや、ウチは動物病院が自宅を兼ねてるから、急患も受けてるんだ」
「だいぶ……元気がないんです」
「分かってる。診るから、中へどうぞ」
促され、病院の中に入った。あまり大きくやっている訳ではなさそうだが、清潔感のある病院だった。
「こっちの診察室に入って」
ふたつ並んだ診察室の片方に入るよう指示される。
「診察台に置いて。君たち、ペットは飼ってる?」
「いいえ」
「そうか、それなら良かった。こういった捨て猫の場合、寄生虫につかれてることも多いからね。危ないんだ」
そう言いながら、男性はまず体温を計り便を検査する。寄生虫が居ないことを確認すると、触診をして怪我がないか、体調はどうかなどを様子見している。
「まだ捨てられてそう時間は経ってなさそうだ。寒さに凍えてるだけで、風邪の心配もないよ。それにしても、両方オスとは驚いたな」
「え?」
「黒猫も三毛猫も、オスは珍しいんだ。黒猫の方はまだハッキリしないけど、たぶんオッドアイだな、これは」
「そうなんですか?」
「三毛猫のオスは、3万匹に1匹と言われてるよ」
「そんなに?」
「で、どうする? この子たち、飼うのか、里親を探すか」
「あ……」
とにかく仔猫たちを助けたくて、そればかり考えていたせいか、飼うかどうするかは決めていなかった。
少し考えて、瞳は円を見る。
「どうする?」
「え、俺?」
「この前、飼いたいって言ってたろ? これも運命なんじゃないか?」
「でもさ、いいの?」
「なにが」
「猫は爪とぎとかそういうので家をキズつけるだろ?」
「別に構わないだろ。お前がどうしたいんだ?」
「……飼いたい。ううん、一緒に生活したい」
「じゃあ、決まりだな」
瞳は円に頷き、診てくれた男性の方へと視線を戻す。
「うちで引き取ります。ただ、準備などもあるので、少しの間だけ預かってもらえませんか?」
「入院ではないから、別途ホテル代がかかるけど?」
「構いません」
「わかった、預かろう」
「お願いします」
瞳と円はぺこりと頭をさげた。
「ところで、その様子だと名前はまだだな?」
「……そうですね」
「じゃあ、引き取りに来る時までに決めておいて。その時に診察券を作ろう」
「はい」
それから、最低限準備しなければならないものを聞いて書き出し、診察代だけ支払って動物病院を後にする。
「とりあえず、病気とかないみたいで安心した!」
「そうだな。それにしても、アレは動物虐待だろ。酷いな、捨てるなんて」
「そうだよね。でも、俺たちと運命の出会いができたと思えばいいんじゃない?」
「お前、めちゃくちゃ可愛がりそうだよな……」
「ん? うん。瞳以上に可愛い子なんていないけどね」
「……ばか」
とりあえず、明日は美作に頼んで車を出してもらおうと、二人で話してスーパーに向かった。
「瞳?」
目の前の王子さま顔が名前を呼ぶけれど、上手く反応ができない。
「あ……」
ぼんやりと返した声は掠れていて、ほんのりと色香をまとっていた。
昨日は、朝に引き続き夜にも円に抱かれて気を失ったのだ。
「……円?」
「うん。瞳、大丈夫?」
問われて、身体の状態を確かめる。
声は掠れているけれどそのうち治るとして、まあ良し。頭がぼんやりとするのもだいぶしっかりしてきたし、腰の違和感はいつものことなので、良しとする。
「ん。たぶん、大丈夫」
「良かった……」
ホッとしたような表情の円と、行為の最中の円の顔にギャップを覚えて瞳はくすくすと笑った。
「え、なに?」
「なんでもない」
こんなことは瞳だけが知っていればいい、と。円にさえ言うのが惜しくて黙っていることにした。
円も瞳に対して全く同じ思いなのだということには、全然気付いていないけれど。
この日の午前中、瞳は主に腰から下に力が入らず、結局は円に細々と世話を焼かれることになった。昼を過ぎたあたりからだいぶ歩けるようにはなったけれど、いつも通り、という訳にはいかなかった。
それから翌日の月曜日。
二人はゆったりと歩きながらスーパーに買い出しに出かけた。
その道すがらだった。
「円、ストップ」
「え?」
円に声をかけた瞳は、立ち止まり、周囲に警戒した視線を回して不審人物が居ないことを確かめた。
「不審物。不自然なダンボールが置いてある」
「マジ?」
対象物までは15mといったところか。今度はそのダンボールに目を凝らし、耳をすませる。爆発物でなければいい。警察に届けるか、そう思った時、異常に気付いた。
「生き物……? 小動物……、いや、猫か!」
呟き、瞳は今度はダンボールへと走り寄る。小さな、使い古しのダンボール。閉められたフタを開ければ、そこには生まれて1ヶ月くらいの仔猫が二匹折り重なるようにしてうずくまっていた。黒猫と三毛猫。寒さのせいか、弱りきっているように見える。申し訳程度に敷かれたペットシーツと、缶詰めのエサ。
「円! この辺りに動物病院はあるか!?」
「待って、調べる!」
瞳が自分で調べるより速い。そう判断して円に任せると、事務所の近くにあるらしい。
「今日は診察は……」
「してない……みたいだけど、電話してみる!」
円が言うから、瞳は仔猫を見た。そっと触れれば、あたたかく、生きていることだけは分かるけれどほとんど鳴きもしない。相当弱っているのだろう。
こんなの動物虐待ではないか、と瞳は舌打ちをしたくなる。
そうしているうちに、円の電話が繋がったようだった。状況を説明する円に、先方が来るように言ってくれたらしい。通話を切って、円が瞳を見る。
「休診日だけど、診てくれるって。個人のとこみたい」
「場所は? 分かるか?」
「うん。こっち」
下手に抱き上げてしまって病気を感染させてしまっては大変なので、瞳はダンボールごと抱え上げた。
「瞳、俺が持つ」
「大丈夫だから、道案内のほう頼む」
「……わかった」
円が地図を確認しながら事務所近くの動物病院まで行けば、出入り口には院長らしき男性が立って待っていてくれた。
瞳たちの姿を認めると、手を上げて合図をくれる。
仔猫たちがいるため走る訳にもいかず、瞳と円はゆっくりと男性のもとに歩み寄る。
「突然すみません」
「いや、ウチは動物病院が自宅を兼ねてるから、急患も受けてるんだ」
「だいぶ……元気がないんです」
「分かってる。診るから、中へどうぞ」
促され、病院の中に入った。あまり大きくやっている訳ではなさそうだが、清潔感のある病院だった。
「こっちの診察室に入って」
ふたつ並んだ診察室の片方に入るよう指示される。
「診察台に置いて。君たち、ペットは飼ってる?」
「いいえ」
「そうか、それなら良かった。こういった捨て猫の場合、寄生虫につかれてることも多いからね。危ないんだ」
そう言いながら、男性はまず体温を計り便を検査する。寄生虫が居ないことを確認すると、触診をして怪我がないか、体調はどうかなどを様子見している。
「まだ捨てられてそう時間は経ってなさそうだ。寒さに凍えてるだけで、風邪の心配もないよ。それにしても、両方オスとは驚いたな」
「え?」
「黒猫も三毛猫も、オスは珍しいんだ。黒猫の方はまだハッキリしないけど、たぶんオッドアイだな、これは」
「そうなんですか?」
「三毛猫のオスは、3万匹に1匹と言われてるよ」
「そんなに?」
「で、どうする? この子たち、飼うのか、里親を探すか」
「あ……」
とにかく仔猫たちを助けたくて、そればかり考えていたせいか、飼うかどうするかは決めていなかった。
少し考えて、瞳は円を見る。
「どうする?」
「え、俺?」
「この前、飼いたいって言ってたろ? これも運命なんじゃないか?」
「でもさ、いいの?」
「なにが」
「猫は爪とぎとかそういうので家をキズつけるだろ?」
「別に構わないだろ。お前がどうしたいんだ?」
「……飼いたい。ううん、一緒に生活したい」
「じゃあ、決まりだな」
瞳は円に頷き、診てくれた男性の方へと視線を戻す。
「うちで引き取ります。ただ、準備などもあるので、少しの間だけ預かってもらえませんか?」
「入院ではないから、別途ホテル代がかかるけど?」
「構いません」
「わかった、預かろう」
「お願いします」
瞳と円はぺこりと頭をさげた。
「ところで、その様子だと名前はまだだな?」
「……そうですね」
「じゃあ、引き取りに来る時までに決めておいて。その時に診察券を作ろう」
「はい」
それから、最低限準備しなければならないものを聞いて書き出し、診察代だけ支払って動物病院を後にする。
「とりあえず、病気とかないみたいで安心した!」
「そうだな。それにしても、アレは動物虐待だろ。酷いな、捨てるなんて」
「そうだよね。でも、俺たちと運命の出会いができたと思えばいいんじゃない?」
「お前、めちゃくちゃ可愛がりそうだよな……」
「ん? うん。瞳以上に可愛い子なんていないけどね」
「……ばか」
とりあえず、明日は美作に頼んで車を出してもらおうと、二人で話してスーパーに向かった。
0
お気に入りに追加
56
あなたにおすすめの小説


百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話
桜井正宗
青春
――結婚しています!
それは二人だけの秘密。
高校二年の遙と遥は結婚した。
近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。
キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。
ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。
*結婚要素あり
*ヤンデレ要素あり

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる