祓い屋はじめました。

七海さくら/浅海咲也(同一人物)

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 朝から『姫はじめ』と称して円に抱かれ、瞳はベッドの上でぐったりとしていた。
 『姫はじめ』は、まあいいとしよう。寝込みを襲わず瞳の目が覚めるまで待ったことも良しとする。
 だが、しかし。


(朝から2回ってなにごとだよ……!)


 もはや瞳の回数はカウントしないことにする。
 これが夜であれば眠って回復もできるのだが、今日は、これから起きて活動しなければならない。
 円は既に起きて朝食の準備をしているはずだ。アレでいろいろとセーブしながら瞳を抱いているらしいので、タガが外れた時が怖いとさえ思う。
 瞳はふらりと立ち上がり、服を準備して浴室に向かう。ザアッとシャワーを浴びて汚れを落とし、手早く身支度を整える。ドライヤーで髪を乾かして、ダイニングに足を向けようとして、ズクリと腰の奥が疼いた。


「ん……っ」


 ふらりとよろけて、壁に肩が当たる。その衝撃が伝わり、瞳は思わずその場にへたりこんだ。


「あ……」


 抱かれてすぐに動くのは初めてだった。いつも気を失うように眠ってしまうからだ。けれど、今日は違う。ただでさえ過敏になっている状態で、この家には円のにおいが溢れている。


「くそ……、しっかりしろ」


 ふるふると震える身体を叱咤する。落ち着いてゆっくりと立ち上がって深呼吸を繰り返す。
 そうすることで震えは少しおさまってきた。


「うん、……よし」


 大丈夫そうだと判断し、手を壁に触れさせてよろけないようにしながらダイニングへのドアの前まで到着する。
 カチャリと開ければ、ふわりとあたたかい香りがした。


「あ! いま迎えに行こうと思ってたのに!」
「なんでだよ、普通に呼べばいいだろ」
「歩ける?」
「大丈夫だ」


 大丈夫だけれど、いつも通りとはいかない。円が引いてくれた椅子にゆっくりと座って、円が席につくのを待った。


「瞳……」
「なに? どうした?」
「いや、……なんでもない」
「うん。じゃあ、いただきます」
「はーい。いただきます」


 本当は円の言いたいことなんて分かってる。どうせ、ごめんとか言うに決まっているのだ。
 謝る必要なんかないから、謝らせてなんてやらない。
 瞳は、そう決めた。
 二人の間にあるのは合意の行為だけだと思っているから。だから。


(だから、謝ってくれるな)


 心の中で、円に告げて。いつも通りに笑った。
 朝食はいつも通り美味しくて、ぺろりと食べてしまった瞳に、円も少し安心したようだった。
 いつも通りにリビングに移動して、やはりというか、円が瞳に用意したのはカフェオレで。


「あれ? 甘い……」
「うん。ちょっとだけ砂糖入れた」
「あー、うん。ありがと」


 本当に瞳の体調把握は完璧だな、と思う。


「そういえば。少し考えたんだけど」
「うん?」
「オレ、高校中退するかも」
「えっ!?」
「もしくは休学」
「それは決定なの……?」
「いや? まだ何となく考えてるだけ」
「できれば……それは考えるだけにとどめておいてほしい……です」
「どっちにしろギリギリまでは粘るけどな。出席日数が、とかいう問題になったら辞めるしかないと思う」
「成績は、問題ないのに……」
「まあ、最悪の時にはな。そうなるかもしれないってこと。辞めなくてもいいように頑張るけど、そういう可能性もあるってこと、覚えておいてくれ」
「……わかった、けど」
「ん?」
「本当に、最後の手段にしてよね。できれば一緒に卒業したい……」
「ん。努力はするよ」


 瞳が、ふ、と苦笑しながら言えば、円は少し赤くなって言葉に詰まる。


「どうした?」
「いや……。ほんと瞳って俺を悩殺してくるよね」
「……よく分からん」
「分からなくていいよ。ね、抱きしめたい。そっち行っていい?」
「……ん」


 甘いカフェオレを飲みながら、瞳はぽんぽんと隣を叩いて示す。円はパッと笑顔になって、瞳の隣に移動してその身体を抱きしめた。


「ふは。円は本当、犬みたいだよな」


 自分を抱きしめてくる円の背中をぽんぽんと叩きながら、瞳が笑う。


「そう?」


 瞳の髪にすり、と頬をすり寄せながら円が聞く。


「うん。人懐こい大型犬って感じ」
「それなら瞳は猫だね。ミステリアスな黒猫のイメージかな」
「黒猫?」
「うん。黒猫。猫かぁ……。可愛いよね」
「可愛いけど。……なに、もしかして飼いたい?」
「え? うーん。居たら可愛いかなと思うけど」
「ここ、一応ペット飼えるけど?」
「えっ!」
「オレはこんな性格だから考えたことなかったけど、円が飼いたいならいいよ」
「え、でも……」
「もうひとつ空いてる部屋があるだろ。そこを猫専用にすればいい」
「……決断早くない?」


 瞳はふむ、と考えて、ひとつだけ条件を出す。


「その代わり、保護猫を引き取ること」
「保護猫……」
「今、捨て猫とか問題になってるだろ? だから、そういう子を引き取るならっていう条件。のめるか?」
「……うん!」


 おそらく、春になれば子猫の里親募集がそこそこ出るだろう。それを狙ったつもりだった。
 瞳も円も、それがすぐに現実のものになるとは、この時は考えてもいなかった。
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