祓い屋はじめました。

七海さくら/浅海咲也(同一人物)

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 翌朝。
 ベッドには抱きしめてくる円の顔を見られずに両手で顔を覆う瞳の姿があった。


(やりすぎた……!)


 円には『何を』と問われそうであるが、瞳の答えは『ナニを』である。
 昨夜、円が直截でありながら控えめに求めるから、瞳の方からねだった。煽った自覚はある。ついでに言えば、記憶もある。


(アレはやりすぎた……!)


 いくら円が真に対する明らかな嫉妬を滲ませていたから宥めようと思ったとしても、あれは煽りすぎた。
 けれど、今さら後悔しても遅いのだ。
 最近は慣れてきたと思った行為の後の違和感も、今朝はめちゃくちゃに抱かれた時のように重くて痛みが酷い。
 そうしている間にも、円が目覚める気配がした。


「瞳ー?」
「…………ハイ」
「顔が見たいんだけど」
「むり」
「見たい」
「いやだ」
「昨夜はあんなに可愛かったのに。……っていうか、すごい既視感デジャヴなんだけど」
「え?」


 思いもよらなかった言葉に、瞳は思わず手を外して円を見る。
 円はにこりと笑うと、続けた。


「瞳が付き合おうって言ってくれた朝。こんなやり取りしたよね?」
「……っ! 知るかっ!」


 そうだ。あの朝も恥ずかしくて同じことをした。瞳も覚えてる。
 あの日は前日に『仕事』があって、『夢魔むま』に触れられたところを円に上書きしてもらった。
 それが円に対する気持ちを認める駄目押だめおしとなったのだ。忘れるはずがない。
 今も恥ずかしくて真っ赤になっているから、円には全てお見通しだろう。


「……お前、よくそんなことまで覚えてるな」
「瞳のことだからね」


 ふふふ、と嬉しそうに円は笑う。瞳も、なんだか意地を張るのがつまらない事のように思えてくるから不思議だ。


「おはよう、瞳」
「ん。おはよ、円」
「起きられる?」
「……悪い、無理」
「ごめん……」
「いや、円のせいじゃない」


 むしろこれは自業自得だ、と瞳は思う。


「お前は?」
「ん?」
「体調。大丈夫か?」
「悪そうに見える?」
「いや、全く」
「だよねー? だって問題ないもん」
「それならいい」
「うん。問題なくお世話できるよ」
「…………え?」
「ん?」


 嫌な予感にひくりと表情が引き攣る瞳だが、円は一切動じない。にこりと笑みのままで、むくりと起き上がると、あっという間に瞳を抱き上げる。


「じゃあ、まずお風呂入ろうか」
「嫌だ! 自分で……っ」
「無理だよね?」
「ぐ……」


 言葉に詰まる。自分でできるものなら、既に準備している。


「大丈夫。お風呂ではシないから」
「ああ……って、ちょっと待て? お風呂では?」
「はい、おとなしくしててね」
「いや、え? 不安しかないんだけど?」


 瞳の言い分はすっかり聞き流し、円は瞳を抱き上げて浴室へ向かう。
 それから円は宣言通り後処理だけをしてくれて、瞳はただ恥ずかしい時間を耐えた。おかげで今日はのぼせることなく風呂を出て、着替えたあとはリビングに連れていかれた。


「何か食べられそう?」
「……食べる」
「了解」


 そうして用意されたのはホットサンドだった。サラダとカフェオレまで準備して、円はリビングのテーブルに並べる。
 本当に円には体調までしっかり把握されているものだと、改めて感心しながら朝食を済ませた頃に玄武からの『呼びかけ』があった。


「……玄武」


 呼べば、呼応するように姿を現す。


「どうした?」
「すみません、ヒトミ。『依頼』です」
「内容は」
「術者の居ない隙に黒魔術を使って悪魔を呼び出した馬鹿者がいるようで。呼び出した悪魔の力が大きく、術者には祓いきれないと」
「……『本家』の黒魔術が関係してそうか?」
「おそらくは」
「わかった」
「あちらからは明日、という指定がありますが、大丈夫ですか?」
「明日?」
「ええ。なぜかは分かりませんが……」
「了解した」
「では、明日の正午に」
「わかった。あとは頼む」
「御意」


 スゥと消える玄武を確認して、瞳は大きく吐息しながらソファの背もたれに身体を預けた。


「大丈夫?」
「……ああ、悪い。大丈夫だ」


 言いながら、瞳はソファに座った自分の隣をぽんぽんと示す。円は請われるまま、立ち上がって瞳の隣へと移動する。寄り添う体温に、瞳はすり、と頬を擦り寄せて円の肩に頭を預けた。


「……忙しくなるの?」
「そうだな、たぶん」
「本当に年末年始とか関係ないんだね」
「仕方ないさ。言わば人間の定めたまつりごとに過ぎないんだ。こっちの都合なんか関係ないだろうからな」
「そっか……」
「悪いな。終わったらすぐに帰ってくるから」
「無理はしないで。無事でいてくれたらそれでいいから」


 円の真剣そのものな声に、瞳はなぜかくすりと笑ってしまう。


「大丈夫。まだ……死ねないからな」


 風の精霊との約束がある。
 いま瞳が死ねば、それは円の死に直結する。そんなことにはさせられない。


「瞳……」
「だから。今日はキス以上は禁止だ」
「え。キスはいいの?」
「……ヤブヘビだったか」
「ねえ、ほんとにいい?」


 繰り返される確認に、瞳はつい吐息した。


「キスだけだぞ。……って、……んっ!」


 言うなり、唇を塞がれる。


「ん、んぅ、は……、ぁ……ん」


 くちゅ、くちゅり、と音を立て、何度も角度を変えながら口内を貪るように吸われる。
 やがてとろりと蕩けた頭でなにも考えられなくなる頃、円は首筋へ口付け、更にシャツのボタンを外して下へと降りていく。


「あ、ちょっと待っ……、ん! キス、だけって……ふぅ……んっ」
「ん。俺は、、、キスしかしてないから」
「な……っ!」


 そう言い訳をする円に、瞳はハッとする。そうだ。『触るだけ』と言いながらキスでねぶり倒された日光での出来事を思い出す。


「や……、だめ、……んぁ!」


 ダメだと言いながらビクリと反応してしまっては説得力がない。
 だってもう、身体が円に反応するようになってしまったのだ。
 それを知っているから、円は瞳のはだけた胸にキスを繰り返す。


「ぁ……、もぅ……いいかげんに……っ!」


 押し寄せる快感の波に抗い、瞳が声を絞り出す。ちゅ、ちゅ、と落とされるキスにいちいち反応してしまう身体がこんなにも恨めしいと思ったことはなかった。


「やぁ……っ!」


 瞳から円に、『今日はキスも禁止』と言い渡されるまで、あと5分。
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