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喉の違和感で目が覚めた。
朝はやはり寒い。けほんと咳をすれば、声が掠れていそうな感じを受けた。
昨夜は一段と喘がされた気がする。
瞳が咳をしたことで、包み込むぬくもりが動いた。
「瞳? おはよう」
「ん、おはよ……」
返した声は、やはり掠れていて喉に絡みつく。けほんとまた咳をすれば、円が水を渡してくれる。
いつものことだが、情事の後のどろどろだったはずの身体は拭き清められており、円はどこまで瞳を甘やかすつもりなのだろうと不安さえ覚える。
渡された水を飲んで喉を潤せば、やっと喉が乾いていたという事実を思い出したようにごくごくと飲み始めた。
ペットボトルの半分程を一気に飲み干し、口を離す。
「瞳、起きられる?」
「あー、うん。大丈夫だ。円は今日は小田切さんのとこだろ?」
「あ、それ。先週行った時に小田切さんから今日は来るなって言われた」
「え」
「なんだろ。何かいつもと違うから邪魔になるって言われて」
「そう、なのか……?」
なんだろう。年末だし、接待的な何かだろうか? とは思うものの、正確なところは小田切にしか分からない。
とにかく分かることは。
「じゃあ。今日もオレが円を独占できるってことだな」
楽しそうに瞳が笑みを浮かべれば、円は瞳を抱きしめる。
「瞳を独占するのは俺だよ。俺は瞳のものだよ」
熱烈ともいえる愛の告白に、瞳は動揺しながらも円の背中に手を回す。規則正しい心臓の鼓動が、愛しさを募らせた。
「とりあえず、お風呂準備してくるから、入っておいでよ」
「お、おう」
「ちょっと心配だけど、ごめんね今日は一人で入って?」
「大丈夫だけど、どうした?」
「うん……。ちょっと自分をおさえる自信がないから。またのぼせさせちゃう」
「……っ、ばか」
円の言葉の意味するところを理解して、瞳は顔を真っ赤にする。
その間にも円はひらりとベッドからおりて、瞳が入浴する準備を始めていた。
それから円によって浴室に押し込まれ、瞳は事務的な入浴を済ませて用意された着替えに袖を通す。
浴室から出れば、キッチンの方から円の気配がしたので、そちらに足を向ける。ふらりとよろめき壁に手を添えて歩いていけば、ドアを開けたところで円に驚かれた。
「瞳!? 呼んでくれれば良かったのに!」
慌てて作業を中断して瞳に駆け寄るのが円らしくて、瞳は、ふ、と笑った。
「動けないわけじゃない。重病人扱いはするなよ」
「う。でも最近の瞳、少し痩せた気がするし。無理させてる自覚はあるからさ……」
「痩せた……か?」
「んー、何となく? しかも色っぽくなってるから心配……」
「ばかだな。そんなわけないだろ?」
「自覚ないのはいつものことだって知ってる」
「は?」
「なんでもない!」
会話を交わしながら、円は瞳に手を貸して瞳をダイニングの椅子に座らせる。
「あ、円。後で……」
「ドライヤーでしょ。任せて」
「ん、頼んだ」
「残り物だけど、シチューでいい? 一応味付け変えてコーンも入れてみたけど」
「ありがとう、十分だよ」
「ん。じゃあ準備するね」
パタパタと忙しなく動く円は本当に瞳の世話を焼くのが好きなのだ。
愛されている。付き合うようになってやっと実感している。そして、人を好きになる気持ちを知ったのは円のおかげだ。
瞳は今、幸せなのだと思う。
だからこそ。この幸せを根底から覆そうとしている『本家』を、絶対に止めてみせる。たとえ刺し違えたとしても、円だけは守る。人柱になど、絶対にさせない。
そう、瞳は決意を新たにしたのだった。
「そういえばさ」
「うん?」
「律さんにお礼。ちゃんと言えてないんだけど」
「ああ、昨日の?」
「そう」
「いいんじゃない?」
「おい……」
「律も美作も好きでやったことだし。そうだな、福利厚生だと思えばいいんじゃない?」
「……手厚すぎじゃないか?」
「ふは! まあ、二人とも瞳のこと好きだからだし、まあ、メッセージとか送ってやれば喜ぶと思うけど」
「……わかった」
朝食を終えてリビングで円に相談したけれど、なんとも納得のいかない結果に落ち着く。
そして早速、円に言われた通りにスマホを取り出すけれど、そういえば律に個人的にメッセージを送るのは初めてだな、などと考える。
文章を書いては消し書いては消してようやく書き上げ、律に送る。
「よし!」
「送ったの?」
「ああ、今送った。そうか、円に添削してもらえば良かったか……」
「やめてよ、そういうの苦手」
「ふは」
瞳が思わず笑うと、メッセージ受信を知らせる音。
「あ、律さんだ。えーと……」
スマホを操作してメッセージを読み、瞳はそのトークルームを円に見せる。
「円が言った通りの返信なんだけど、お前のとこの福利厚生どうなってんの……?」
「あはは!」
「笑い事じゃない! え? これからずっとそうなの?」
「まあ、律は瞳のこと気に入ってるからだろ」
「そういうものなのか?」
「瞳には個人的にもお世話になってるし」
「いや、逆だろ?」
「瞳は自覚がないだけ」
「ええぇ……」
理不尽だ、とは思うけれど、もう瞳の言い分は聞いてもらえそうにない。
西園寺側の人間としたら、長年の誤解を解いて和解に導き、交流まで再開させた瞳は恩人としか言いようがないのだが、それを瞳は自覚していないのだ。
「あ、もうひとつメッセージきた」
「ん?」
「事務所。月曜日を仕事納めにしたいって。円は大丈夫か?」
「俺は問題ないけど」
「ん。じゃあ了解です、っと」
瞳がトトッとスマホをタップしてメッセージを送信する。かなり慣れてきた様子で、使い始めの頃が懐かしい気さえする。
「瞳」
「うん?」
「お正月のおせちどうする?」
「……おせち」
「うん。あ、食べたことは……」
「……たぶん、あると思うけど。あんまり覚えてない」
「覚えてないってことは、特に好きでもなかった……?」
「たぶんな」
「んー、そっかー」
なにやら一人で納得した顔をする円に、瞳は少しだけ嫌な予感がしたけれど、敢えて何も言わずにいた。
朝はやはり寒い。けほんと咳をすれば、声が掠れていそうな感じを受けた。
昨夜は一段と喘がされた気がする。
瞳が咳をしたことで、包み込むぬくもりが動いた。
「瞳? おはよう」
「ん、おはよ……」
返した声は、やはり掠れていて喉に絡みつく。けほんとまた咳をすれば、円が水を渡してくれる。
いつものことだが、情事の後のどろどろだったはずの身体は拭き清められており、円はどこまで瞳を甘やかすつもりなのだろうと不安さえ覚える。
渡された水を飲んで喉を潤せば、やっと喉が乾いていたという事実を思い出したようにごくごくと飲み始めた。
ペットボトルの半分程を一気に飲み干し、口を離す。
「瞳、起きられる?」
「あー、うん。大丈夫だ。円は今日は小田切さんのとこだろ?」
「あ、それ。先週行った時に小田切さんから今日は来るなって言われた」
「え」
「なんだろ。何かいつもと違うから邪魔になるって言われて」
「そう、なのか……?」
なんだろう。年末だし、接待的な何かだろうか? とは思うものの、正確なところは小田切にしか分からない。
とにかく分かることは。
「じゃあ。今日もオレが円を独占できるってことだな」
楽しそうに瞳が笑みを浮かべれば、円は瞳を抱きしめる。
「瞳を独占するのは俺だよ。俺は瞳のものだよ」
熱烈ともいえる愛の告白に、瞳は動揺しながらも円の背中に手を回す。規則正しい心臓の鼓動が、愛しさを募らせた。
「とりあえず、お風呂準備してくるから、入っておいでよ」
「お、おう」
「ちょっと心配だけど、ごめんね今日は一人で入って?」
「大丈夫だけど、どうした?」
「うん……。ちょっと自分をおさえる自信がないから。またのぼせさせちゃう」
「……っ、ばか」
円の言葉の意味するところを理解して、瞳は顔を真っ赤にする。
その間にも円はひらりとベッドからおりて、瞳が入浴する準備を始めていた。
それから円によって浴室に押し込まれ、瞳は事務的な入浴を済ませて用意された着替えに袖を通す。
浴室から出れば、キッチンの方から円の気配がしたので、そちらに足を向ける。ふらりとよろめき壁に手を添えて歩いていけば、ドアを開けたところで円に驚かれた。
「瞳!? 呼んでくれれば良かったのに!」
慌てて作業を中断して瞳に駆け寄るのが円らしくて、瞳は、ふ、と笑った。
「動けないわけじゃない。重病人扱いはするなよ」
「う。でも最近の瞳、少し痩せた気がするし。無理させてる自覚はあるからさ……」
「痩せた……か?」
「んー、何となく? しかも色っぽくなってるから心配……」
「ばかだな。そんなわけないだろ?」
「自覚ないのはいつものことだって知ってる」
「は?」
「なんでもない!」
会話を交わしながら、円は瞳に手を貸して瞳をダイニングの椅子に座らせる。
「あ、円。後で……」
「ドライヤーでしょ。任せて」
「ん、頼んだ」
「残り物だけど、シチューでいい? 一応味付け変えてコーンも入れてみたけど」
「ありがとう、十分だよ」
「ん。じゃあ準備するね」
パタパタと忙しなく動く円は本当に瞳の世話を焼くのが好きなのだ。
愛されている。付き合うようになってやっと実感している。そして、人を好きになる気持ちを知ったのは円のおかげだ。
瞳は今、幸せなのだと思う。
だからこそ。この幸せを根底から覆そうとしている『本家』を、絶対に止めてみせる。たとえ刺し違えたとしても、円だけは守る。人柱になど、絶対にさせない。
そう、瞳は決意を新たにしたのだった。
「そういえばさ」
「うん?」
「律さんにお礼。ちゃんと言えてないんだけど」
「ああ、昨日の?」
「そう」
「いいんじゃない?」
「おい……」
「律も美作も好きでやったことだし。そうだな、福利厚生だと思えばいいんじゃない?」
「……手厚すぎじゃないか?」
「ふは! まあ、二人とも瞳のこと好きだからだし、まあ、メッセージとか送ってやれば喜ぶと思うけど」
「……わかった」
朝食を終えてリビングで円に相談したけれど、なんとも納得のいかない結果に落ち着く。
そして早速、円に言われた通りにスマホを取り出すけれど、そういえば律に個人的にメッセージを送るのは初めてだな、などと考える。
文章を書いては消し書いては消してようやく書き上げ、律に送る。
「よし!」
「送ったの?」
「ああ、今送った。そうか、円に添削してもらえば良かったか……」
「やめてよ、そういうの苦手」
「ふは」
瞳が思わず笑うと、メッセージ受信を知らせる音。
「あ、律さんだ。えーと……」
スマホを操作してメッセージを読み、瞳はそのトークルームを円に見せる。
「円が言った通りの返信なんだけど、お前のとこの福利厚生どうなってんの……?」
「あはは!」
「笑い事じゃない! え? これからずっとそうなの?」
「まあ、律は瞳のこと気に入ってるからだろ」
「そういうものなのか?」
「瞳には個人的にもお世話になってるし」
「いや、逆だろ?」
「瞳は自覚がないだけ」
「ええぇ……」
理不尽だ、とは思うけれど、もう瞳の言い分は聞いてもらえそうにない。
西園寺側の人間としたら、長年の誤解を解いて和解に導き、交流まで再開させた瞳は恩人としか言いようがないのだが、それを瞳は自覚していないのだ。
「あ、もうひとつメッセージきた」
「ん?」
「事務所。月曜日を仕事納めにしたいって。円は大丈夫か?」
「俺は問題ないけど」
「ん。じゃあ了解です、っと」
瞳がトトッとスマホをタップしてメッセージを送信する。かなり慣れてきた様子で、使い始めの頃が懐かしい気さえする。
「瞳」
「うん?」
「お正月のおせちどうする?」
「……おせち」
「うん。あ、食べたことは……」
「……たぶん、あると思うけど。あんまり覚えてない」
「覚えてないってことは、特に好きでもなかった……?」
「たぶんな」
「んー、そっかー」
なにやら一人で納得した顔をする円に、瞳は少しだけ嫌な予感がしたけれど、敢えて何も言わずにいた。
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