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122.
しおりを挟む 冬の夜明けは遅い。
夜明けまで寝ていたら朝のトレーニングに間に合わないのだけれど、瞳が目覚めた時にはもう明るくなり始めていた。
「……あ……?」
思わず声が出たけれど、とても掠れていて、喉に違和感がある。瞳は軽くケホケホと咳き込んだ。
二人とも裸のまま、瞳を抱きしめるようにして眠っていた男が気付いて、ペットボトルの水を渡してくれる。
「大丈夫?」
「ん、ありがと」
起き上がり、パキリとフタを開けて水を飲めば、喉がかわいていたことに気付く。ごくごくと一気に半分ほど飲んで、ぷは、と口を離した。円はそれを受け取ると、自分も少し水を飲んでサイドテーブルの上に置く。
「瞳、昨日のこと覚えてる?」
「昨日……」
「風の精霊が帰ってから」
「…………」
「瞳?」
「とちゅう、まで……」
嘘だ。瞳はほぼ全部覚えていた。
風の精霊が帰ってから、瞳は円を誘うようにキスをした。それからずっと、それこそ夕食を食べる時間も惜しんで愛し合った。眠りについたのは深夜だ。
なぜそんなことになったかと言えば、瞳が、円と離れたくなかったからだ。円はただ、瞳のワガママを受け止めてくれた。
恥ずかしくて、瞳は顔が赤くなるのを止められない。
俯くと、円に頬を撫でられる。
「もう。そんな顔されたらキスしたくなるでしょ」
言うが早いか、円に唇を塞がれる。
「ん……ふぅ……」
口腔を侵されはしたけれど、優しいキスだった。とさりと押し倒されて、口内を撫でられ、そっと唇が離れていってからもキスの余韻を楽しんだ。
「……瞳」
「ん」
「みんなには精霊の話は?」
「まだしてないけど……、話さないとな」
「うん……」
「律さんと美作さんには怒鳴られそうだな……」
「なんで?」
「だって、円を巻き込むどころか人質だぞ?」
「瞳は止めようとしてくれたんだから問題ないでしょ。俺のワガママだよ」
そんなふうに円が言ってくれることに、甘えるばかりでもいられない。
「まあ、とりあえず。お風呂入ってごはん食べよ?」
「……うん」
朝のトレーニングは何らかの手配がされていて休みのようだった。それに、どうにも腰が重だるい。それは仕方ないと思うしかないが、まさか立てないとは思わず、朝から円の手を煩わせることになったのは申し訳なくて。瞳はただ、円にお世話される一日となるのだった。
もちろん、こんな状態で学校に行けるはずもなく。瞳も円も病欠となったのだった。
「はい、カフェオレ」
「ありがと……」
朝食を済ませてリビングに移動するのすら、円にお姫様抱っこされてという事態だった。
手間も増えて大変だろうに、円はいつにも増してご機嫌でにこにこと笑っている。
「……ご機嫌だな」
「うん、そりゃ瞳がいるからね」
「そうかよ……」
瞳は、なんとも複雑な気持ちでカフェオレを口に含んだ。
リビングをぐるりと見渡し、ぽつりと呟く。
「全員入るかな……」
「そこそこ広いし、なんとかなるでしょ」
「うん、ちょっと……狭いかもしれないけど我慢してもらうしかないな。律さんと美作さんには……」
「あー、俺が連絡する。こっちに来てもらえればいいよね?」
「頼む」
瞳がそう言えば、円はスマホを取り出して高速タップを繰り返す。
何度かやり取りを繰り返して話はまとまったらしく、スマホをしまった。
「準備してすぐ来るって」
円の言葉に、瞳は頷いた。
さて何からどこまでを話したらいいか整理しておかねば、と頭をフル回転させる。話すなら早い方がいいとは思ったけど、予想以上の展開だ。
やがてインターホンが鳴って、二人が到着したことを知らせるから、瞳はドキリとする。すぐに円が迎えに出るけれど、本来であれば瞳も出たいところだ。
とたとたと足音がして、律と美作が姿を見せる。その後ろから円が戻ってきてキッチンに向かった。
「おはよう、瞳。体調が悪いの? 大丈夫?」
「おはようございます。すみません、大丈夫です」
「でも顔色があまり良くないわ」
「ええ……。お話の内容が内容ですので、緊張しています」
「そう……」
「おはようございます、瞳さま。ご無理はなさらないでくださいね」
「おはようございます。あはは、円にもよく言われてます」
それぞれに挨拶を交わし、ソファに座ってくれるよう促した。
円は、律には紅茶、美作にはコーヒーと、別の飲み物を用意した。
「それで? 今日はどうしたの?」
紅茶をこくりとひと口飲み、律が促す。
「お話をする前に。式神たちが同席することをお許しいただけますか?」
「もちろんよ」
「ありがとうございます」
礼を言って、瞳は一度だけ深呼吸をする。
「……玄武。青龍。朱雀。白虎」
大切な大切な家族同然の式神たちだ。
「騰蛇。貴人。太陰。六合。勾陳。天空」
名を呼ばれ、次々に顕現する式神たち。一様に真剣な表情だった。
「天后。大裳。大倶利伽羅。天狐。空狐」
「……椿」
瞳に続いて、円が椿を召喚する。そして、瞳の視線を受けて、美作もその式神の名を呼んだ。
「風音」
瞳の式神が15人。椿と風音を含めると17人が揃えば、いっそ壮観だった。
ただ事ではない。それは全員に伝わっているから、律も表情を引き締めている。
そんな中で、おもむろに瞳が言葉を紡ぐ。
「……昨日、この部屋に風の精霊が来ました。悪魔たちが活性化している、と。元々、精霊と悪魔とは正反対で相容れない存在です。精霊には悪魔に対抗する手段がほとんどない。……そして、悪魔たちの活性化を誘ったのは、篁の『本家』だそうです」
誰も言葉を発さないけれど、空気だけは一斉に揺れたのがわかる。
悪魔に『本家』。言葉だけならなんてことはないけれど、それがどんなに重い意味を持つのか、彼らは知っている。
「『本家』が、オレを引き入れるために。もう手段を選んではくれないようです。今度こそ、禁断の手を使ってきました」
十二神将たちが、ぐ、と押し黙る空気だけが伝わる。『本家』が『禁忌』の力を使うのは今回が初めてではない。それを知っているからだ。
「……どうなるの?」
「今すぐにどうこうというわけではありません。ですが、悪魔たちを鎮静化させて術を破る必要があります。数年はかかるだろう、というのが風の精霊の見立てです」
「そんなに……?」
「……オレは、お二人に謝らなければならないことがあります」
「え?」
「今回の件で、円を巻き込みました」
「違うんだ」
「……円」
黙ってろ、と言外に告げて瞳が円を見る。
「……どういうことなの?」
感情を表に出すこともなく、律は静かに問う。
「この件を、オレは受けるしかなかった。悪魔の鎮静化に失敗することは、すなわち死を意味します。もしオレが『本家』の暴走を阻止することが出来ずに命を落とすことがあったら。その時は、円の魂を貰い受ける、と。いわゆる人柱です。円の魂は消える。……つまり人質です」
「違う、俺がそう決めたんだ。瞳のせいじゃない」
「円!」
「だってそうだろ? あの時、瞳は最後まで渋ってた。受け入れたのは俺だ」
「それでも。オレが円を差し出した事実は変わらない」
「それで瞳の安全が保証されるならいいと思ったんだよ! 恋人に手を出されるのを黙って見てられるほど俺は寛容じゃない!」
「……待ってください。円さま、それはどういう意味ですか?」
円の意味深発言に反応したこの場の全員を代表して言葉を発したのは、美作だった。
「保険をかけただけだ」
「保険……とは?」
「風の精霊は、若い綺麗な男が好きなんだそうだ。妖精情報だ、間違いない。それに実際、瞳に手を出そうとした」
「……円!」
「オレが人質になれば、その間は、瞳には髪の一筋にさえ触れない。そういう約束だ」
ざわり、と式神たちや美作の空気が剣呑なものになる。それはそうだ。愛する瞳が、たとえ精霊とはいえ毒牙にかけられそうになったとなれば黙ってはいない。
そんな空気を収めたのは、律だった。
「わかったわ。円も納得済みなら私たちは何も言わない。瞳も気に病むのはやめなさい」
「律さん……」
「いい? いつも通りに生活しなさい。数年かかるというのなら尚更よ。私たちに罪悪感なんて持つ必要はないわ。だって円が決めたのでしょう?」
「でも……」
「瞳は、ちゃんと生きることを考えて。あなたが生きることが、円を生かすのよ。そうでしょう? それとも、この先なにか制約でもあるの?」
「……いえ、制約は特には……」
「それならやっぱりそういうことよ。それとも、まだ何か隠してることでもあるのかしら?」
「隠していること……」
もう最近はいろいろとあったので、何を話し、どれを話していないのかすら分からない。けれど、意図して隠していることはないはずだ。
「たぶん、無いと……」
「ヒトミ、これを」
「ん?」
頭の中の情報を整理しながら言葉を紡いだ瞳に、玄武がある物を差し出す。
手のひらにコロリと渡されたそれは、勾玉の形をしていた。
「ありがとう」
「いえ」
「美作さん、これを」
「え、わたしですか?」
玄武に渡されたそれを、そのまま美作の手へと渡す。
勾玉は透明なような、それでいて虹色に煌めくような、不思議な色をしていた。見る角度で輝きが変わるのだ。
「これは……?」
「式神の世界への通行証のようなものです」
「通行証」
「本来のゲートを通ってしまうと思念体になるので、トレーニングの意味がありません。ですので、またしても反則技です。オレの霊力で作った勾玉に、神将たちの波動を入れてもらいました。これで実体を持ったままあちらの世界へ行けます」
「え……」
「使い方は、風音に手伝ってもらうことになりますが。まずは風音を召喚して、その勾玉を持って一緒にあちらの世界へ渡ってください。帰りは逆に、勾玉を持ったまま風音に送ってもらう形です。オレの都合で朝の予定が狂うことが多かったと思うので、これからはそれを使って自由に行き来してください」
「ええっ」
「神将たちからは許可済みですので、気兼ねなくどうぞ」
ふわりと笑う瞳に、美作は声も出なかった。
どこまで規格外なのだこの人は、と思ってしまうのは仕方のないことだろう。
「私も欲しいわ……」
ぽつり、と律が言うから。瞳はええと、と考えた。
チラリと玄武を見れば頷くから、ホッとする。
「そうですね……。これの準備を始めたのは『本家』の件が発覚する前だったので……。現状、律さんを一人にするのは危険ですし、もうひとつ作りますね」
「いいのっ!?」
「大丈夫ですよ。ただ、今日はオレの霊力が安定していないので、あと数日お待ちくださいね」
「そのくらい待つわ!」
この方法なら太陰を召喚する必要もなく、効率的かもしれない。二人ならむやみやたらに使うこともないだろうし、安心できると思うのだ。
夜明けまで寝ていたら朝のトレーニングに間に合わないのだけれど、瞳が目覚めた時にはもう明るくなり始めていた。
「……あ……?」
思わず声が出たけれど、とても掠れていて、喉に違和感がある。瞳は軽くケホケホと咳き込んだ。
二人とも裸のまま、瞳を抱きしめるようにして眠っていた男が気付いて、ペットボトルの水を渡してくれる。
「大丈夫?」
「ん、ありがと」
起き上がり、パキリとフタを開けて水を飲めば、喉がかわいていたことに気付く。ごくごくと一気に半分ほど飲んで、ぷは、と口を離した。円はそれを受け取ると、自分も少し水を飲んでサイドテーブルの上に置く。
「瞳、昨日のこと覚えてる?」
「昨日……」
「風の精霊が帰ってから」
「…………」
「瞳?」
「とちゅう、まで……」
嘘だ。瞳はほぼ全部覚えていた。
風の精霊が帰ってから、瞳は円を誘うようにキスをした。それからずっと、それこそ夕食を食べる時間も惜しんで愛し合った。眠りについたのは深夜だ。
なぜそんなことになったかと言えば、瞳が、円と離れたくなかったからだ。円はただ、瞳のワガママを受け止めてくれた。
恥ずかしくて、瞳は顔が赤くなるのを止められない。
俯くと、円に頬を撫でられる。
「もう。そんな顔されたらキスしたくなるでしょ」
言うが早いか、円に唇を塞がれる。
「ん……ふぅ……」
口腔を侵されはしたけれど、優しいキスだった。とさりと押し倒されて、口内を撫でられ、そっと唇が離れていってからもキスの余韻を楽しんだ。
「……瞳」
「ん」
「みんなには精霊の話は?」
「まだしてないけど……、話さないとな」
「うん……」
「律さんと美作さんには怒鳴られそうだな……」
「なんで?」
「だって、円を巻き込むどころか人質だぞ?」
「瞳は止めようとしてくれたんだから問題ないでしょ。俺のワガママだよ」
そんなふうに円が言ってくれることに、甘えるばかりでもいられない。
「まあ、とりあえず。お風呂入ってごはん食べよ?」
「……うん」
朝のトレーニングは何らかの手配がされていて休みのようだった。それに、どうにも腰が重だるい。それは仕方ないと思うしかないが、まさか立てないとは思わず、朝から円の手を煩わせることになったのは申し訳なくて。瞳はただ、円にお世話される一日となるのだった。
もちろん、こんな状態で学校に行けるはずもなく。瞳も円も病欠となったのだった。
「はい、カフェオレ」
「ありがと……」
朝食を済ませてリビングに移動するのすら、円にお姫様抱っこされてという事態だった。
手間も増えて大変だろうに、円はいつにも増してご機嫌でにこにこと笑っている。
「……ご機嫌だな」
「うん、そりゃ瞳がいるからね」
「そうかよ……」
瞳は、なんとも複雑な気持ちでカフェオレを口に含んだ。
リビングをぐるりと見渡し、ぽつりと呟く。
「全員入るかな……」
「そこそこ広いし、なんとかなるでしょ」
「うん、ちょっと……狭いかもしれないけど我慢してもらうしかないな。律さんと美作さんには……」
「あー、俺が連絡する。こっちに来てもらえればいいよね?」
「頼む」
瞳がそう言えば、円はスマホを取り出して高速タップを繰り返す。
何度かやり取りを繰り返して話はまとまったらしく、スマホをしまった。
「準備してすぐ来るって」
円の言葉に、瞳は頷いた。
さて何からどこまでを話したらいいか整理しておかねば、と頭をフル回転させる。話すなら早い方がいいとは思ったけど、予想以上の展開だ。
やがてインターホンが鳴って、二人が到着したことを知らせるから、瞳はドキリとする。すぐに円が迎えに出るけれど、本来であれば瞳も出たいところだ。
とたとたと足音がして、律と美作が姿を見せる。その後ろから円が戻ってきてキッチンに向かった。
「おはよう、瞳。体調が悪いの? 大丈夫?」
「おはようございます。すみません、大丈夫です」
「でも顔色があまり良くないわ」
「ええ……。お話の内容が内容ですので、緊張しています」
「そう……」
「おはようございます、瞳さま。ご無理はなさらないでくださいね」
「おはようございます。あはは、円にもよく言われてます」
それぞれに挨拶を交わし、ソファに座ってくれるよう促した。
円は、律には紅茶、美作にはコーヒーと、別の飲み物を用意した。
「それで? 今日はどうしたの?」
紅茶をこくりとひと口飲み、律が促す。
「お話をする前に。式神たちが同席することをお許しいただけますか?」
「もちろんよ」
「ありがとうございます」
礼を言って、瞳は一度だけ深呼吸をする。
「……玄武。青龍。朱雀。白虎」
大切な大切な家族同然の式神たちだ。
「騰蛇。貴人。太陰。六合。勾陳。天空」
名を呼ばれ、次々に顕現する式神たち。一様に真剣な表情だった。
「天后。大裳。大倶利伽羅。天狐。空狐」
「……椿」
瞳に続いて、円が椿を召喚する。そして、瞳の視線を受けて、美作もその式神の名を呼んだ。
「風音」
瞳の式神が15人。椿と風音を含めると17人が揃えば、いっそ壮観だった。
ただ事ではない。それは全員に伝わっているから、律も表情を引き締めている。
そんな中で、おもむろに瞳が言葉を紡ぐ。
「……昨日、この部屋に風の精霊が来ました。悪魔たちが活性化している、と。元々、精霊と悪魔とは正反対で相容れない存在です。精霊には悪魔に対抗する手段がほとんどない。……そして、悪魔たちの活性化を誘ったのは、篁の『本家』だそうです」
誰も言葉を発さないけれど、空気だけは一斉に揺れたのがわかる。
悪魔に『本家』。言葉だけならなんてことはないけれど、それがどんなに重い意味を持つのか、彼らは知っている。
「『本家』が、オレを引き入れるために。もう手段を選んではくれないようです。今度こそ、禁断の手を使ってきました」
十二神将たちが、ぐ、と押し黙る空気だけが伝わる。『本家』が『禁忌』の力を使うのは今回が初めてではない。それを知っているからだ。
「……どうなるの?」
「今すぐにどうこうというわけではありません。ですが、悪魔たちを鎮静化させて術を破る必要があります。数年はかかるだろう、というのが風の精霊の見立てです」
「そんなに……?」
「……オレは、お二人に謝らなければならないことがあります」
「え?」
「今回の件で、円を巻き込みました」
「違うんだ」
「……円」
黙ってろ、と言外に告げて瞳が円を見る。
「……どういうことなの?」
感情を表に出すこともなく、律は静かに問う。
「この件を、オレは受けるしかなかった。悪魔の鎮静化に失敗することは、すなわち死を意味します。もしオレが『本家』の暴走を阻止することが出来ずに命を落とすことがあったら。その時は、円の魂を貰い受ける、と。いわゆる人柱です。円の魂は消える。……つまり人質です」
「違う、俺がそう決めたんだ。瞳のせいじゃない」
「円!」
「だってそうだろ? あの時、瞳は最後まで渋ってた。受け入れたのは俺だ」
「それでも。オレが円を差し出した事実は変わらない」
「それで瞳の安全が保証されるならいいと思ったんだよ! 恋人に手を出されるのを黙って見てられるほど俺は寛容じゃない!」
「……待ってください。円さま、それはどういう意味ですか?」
円の意味深発言に反応したこの場の全員を代表して言葉を発したのは、美作だった。
「保険をかけただけだ」
「保険……とは?」
「風の精霊は、若い綺麗な男が好きなんだそうだ。妖精情報だ、間違いない。それに実際、瞳に手を出そうとした」
「……円!」
「オレが人質になれば、その間は、瞳には髪の一筋にさえ触れない。そういう約束だ」
ざわり、と式神たちや美作の空気が剣呑なものになる。それはそうだ。愛する瞳が、たとえ精霊とはいえ毒牙にかけられそうになったとなれば黙ってはいない。
そんな空気を収めたのは、律だった。
「わかったわ。円も納得済みなら私たちは何も言わない。瞳も気に病むのはやめなさい」
「律さん……」
「いい? いつも通りに生活しなさい。数年かかるというのなら尚更よ。私たちに罪悪感なんて持つ必要はないわ。だって円が決めたのでしょう?」
「でも……」
「瞳は、ちゃんと生きることを考えて。あなたが生きることが、円を生かすのよ。そうでしょう? それとも、この先なにか制約でもあるの?」
「……いえ、制約は特には……」
「それならやっぱりそういうことよ。それとも、まだ何か隠してることでもあるのかしら?」
「隠していること……」
もう最近はいろいろとあったので、何を話し、どれを話していないのかすら分からない。けれど、意図して隠していることはないはずだ。
「たぶん、無いと……」
「ヒトミ、これを」
「ん?」
頭の中の情報を整理しながら言葉を紡いだ瞳に、玄武がある物を差し出す。
手のひらにコロリと渡されたそれは、勾玉の形をしていた。
「ありがとう」
「いえ」
「美作さん、これを」
「え、わたしですか?」
玄武に渡されたそれを、そのまま美作の手へと渡す。
勾玉は透明なような、それでいて虹色に煌めくような、不思議な色をしていた。見る角度で輝きが変わるのだ。
「これは……?」
「式神の世界への通行証のようなものです」
「通行証」
「本来のゲートを通ってしまうと思念体になるので、トレーニングの意味がありません。ですので、またしても反則技です。オレの霊力で作った勾玉に、神将たちの波動を入れてもらいました。これで実体を持ったままあちらの世界へ行けます」
「え……」
「使い方は、風音に手伝ってもらうことになりますが。まずは風音を召喚して、その勾玉を持って一緒にあちらの世界へ渡ってください。帰りは逆に、勾玉を持ったまま風音に送ってもらう形です。オレの都合で朝の予定が狂うことが多かったと思うので、これからはそれを使って自由に行き来してください」
「ええっ」
「神将たちからは許可済みですので、気兼ねなくどうぞ」
ふわりと笑う瞳に、美作は声も出なかった。
どこまで規格外なのだこの人は、と思ってしまうのは仕方のないことだろう。
「私も欲しいわ……」
ぽつり、と律が言うから。瞳はええと、と考えた。
チラリと玄武を見れば頷くから、ホッとする。
「そうですね……。これの準備を始めたのは『本家』の件が発覚する前だったので……。現状、律さんを一人にするのは危険ですし、もうひとつ作りますね」
「いいのっ!?」
「大丈夫ですよ。ただ、今日はオレの霊力が安定していないので、あと数日お待ちくださいね」
「そのくらい待つわ!」
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