祓い屋はじめました。

七海さくら/浅海咲也(同一人物)

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 どこも何ともないし『仕事』でもないのに早退するのは気が引ける、と言ったのは瞳だけれど。
 円に支えられふらふらと歩く姿は誰がどう見ても病人だった。
 クラスメイトたちには心配されたが、加藤だけは、ごめん、と謝るようにしていたのはなぜだろう。
 結局、円と二人で早退して帰宅した瞳だったが、彼が家でおとなしくしているはずもなかった。
 円に頼んで早めの昼食を済ませると、妖精たちに『お願い』をする。


「ちょっと、瞳! 本気!?」
「つか、仕方ないだろ……」


 円はご立腹だ。なにしろ瞳が『風の精霊と会う』などと言い出したのだから。
 前情報がヤバすぎて、円としては瞳を会わせたくない。


「まあ、そのために円用にメガネも準備したし。頼りにしてるからな」


 いつ唐突に来られても大丈夫なように、円は例の、、メガネをかけている。水の精霊の時は本当に唐突の訪問だったので、念には念を入れて、だ。


「もちろん全力で守るけど!」


 円は叫ぶように言うけれど、やはり不安は残る。なにせ相手は精霊さまだ。一筋縄でいくとは思えない。
 とりあえずはコーヒーを淹れてリビングのソファにいるが、今日は瞳と円は隣に座っている。単にイチャイチャしたいだけが理由ではない。
 先日の水の精霊のように突然現れた場合、瞳と円が対面にいたら瞳の隣を取られる可能性が高いからだ。
 だけど、どうしても。好きな人がそばにいたら触れたくなるというのが男というものである。ましてや思春期の男子高校生。付き合い始めたばかりの恋人が、可愛くないはずがない。
 円は瞳の肩を抱き、髪にそっと唇を寄せる。


「……おい」
「んー?」
「分かってるんだろうな?」
「ん。大丈夫。これ以上はしない」


 瞳の肩を抱いたまま。円はコツリと頭を合わせてくる。


「というか、メガネって意外と邪魔だね」
「まあな……。今日だけ我慢してくれ」
「ん。それは構わないよ」


 円のぬくもりが心地好くて。瞳がホッと息をついた。
 その瞬間だった。
 ふわ、と空気が動くのが分かった。
 ピクリと瞳の身体が反応し、円も警戒する。
 そんな中で、水の精霊の時のように唐突に顕現したのは事前情報の通り、男性の姿だった。
 足を組んでソファに座り、瞳と円を観察するように見るのは、風の精霊。ゆるく笑みを浮かべて楽しそうな表情を浮かべる顔は、確かに整っていて。女性であれば誰もが虜になるだろう、金色の髪と蜂蜜色の目。外見の年齢は美作と同じくらい。だが、落ち着きとはかけ離れた軽薄とも言える空気をまとっている。


《セレスの言った通り、綺麗な子だね》


 声に乗せられたその感情に、瞳はゾッとした。
 表情は穏やかだ。だが、その声に宿るのは『夢魔』のそれに近い。明らかな肉欲。恋情や愛情など欠片も無い、ただの好奇心であるそれ、、に、瞳は声を出せない。
 顔色を無くす瞳の肩を、ぐ、と円が強く抱きしめるから、瞳はハッとする。


「……貴方が、風の精霊ですね。オレが吉田瞳です」
《うん、声もいいね》


 す、と風の精霊が瞳の方へ腕を伸ばそうとするから、円が瞳を抱きしめるようにして庇い、肩越しに振り返ると睨み付ける。


「俺は西園寺円です。瞳のパートナーです」
《うーん、手強てごわ騎士ナイトがいたもんだなぁ》


 残念そうに、でも明るく。軽く両手を上げると『何もしない』と示す。それを見て、円は体勢を戻した。


「それで、ご用件は」
《うん。最近、悪魔たちが活性化していてね。キミも気付いているんじゃないかな?》
「……『夢魔』には遭遇しましたが」
《他にもね、そろそろ被害が出始めるよ。キミを手に入れようと躍起やっきになっている一族が、とうとう動き出した》
「なん……っ!?」


 瞳は耳を疑った。ごく遠回しな言い方ではあるが、これは『本家』が動き出したと捉えてきっと間違いない。


《さすがに、おれたちは悪魔とは相性が悪くてね。そこでキミにお願いがあるんだ》
「……悪魔たちの鎮静化、ですか?」
《話が早くて助かる》


 にこり、と風の精霊は笑うけれど、蜂蜜色の目は笑っていなかった。


《根源を断つのがいちばんなんだけど、それはおれたちの管轄ではなくてね》
「……そうでしょうね」
《たぶん、時間はかかるだろうね。数年……。それで解決できれば僥倖ぎょうこうだ》
「それは、数年待ってもらえる、という意味ですか?」
《そのくらいならね》


 風の精霊は肩をすくめる。
 精霊たちの時間の感じ方と、人間のそれとは感覚が違う。そもそもの寿命が違うからだ。
 瞳たちには長いと思われる数年も、精霊にとってはあっという間だろう。


《特に期限は設けないよ。その間、キミにも一切触れないと約束しよう。その代わり》


 つ、と風の精霊の視線が円を捕らえる。


《もしキミが失敗したら。彼の魂をもらおうか》
「な……っ!?」


 なんという条件だ。それでは円は体のいい人質ではないか。


《『キミが失敗』した時は、『キミが殺された』時だ。彼の魂を使って悪魔たちを鎮静化するよ。なに、彼の魂も輪廻の枠から外れて消えるだけだよ》
「…………っ! それ、は……っ!」
「瞳。俺はそれでいい」
「円っ!」


 瞳が悲鳴のような声を上げる。それはそうだ。これでは瞳の呪いと同じではないか。


「瞳には指一本、髪の一筋すら触れない。それは守ってもらえますね?」
《もちろん。とても惜しくはあるけどね。魂の件は『失敗したら』だ。普通の生活に支障はないよ。今まで通りだ》
「それなら俺は構いません」
「円!!」
「瞳、言ったろ? 俺は瞳が消えたら心が死ぬ。それならいっそ、瞳と同じく消える方が本望だ」
「でも……っ!」
「それに、瞳が失敗するなんて、俺は思ってない」
「……っ!」


 円の、この信頼に。瞳は応えなければならないのではないか。
 瞳は、自分の両手に視線を落とす。手を開いて、手のひらを上に向けて。この手が、円の運命を握るなんて。
 ぐ、と力を込めて拳を握る。目を閉じ、それから、決意を込めて目を開けた。


「わかりました。受けます」


 いつか『本家』とは決着をつけねばならない。それが早いか遅いかだ。
 それに、なりふり構っていない『本家』を、これ以上放ってはおけないだろう。


《ありがとう》
「いえ……。オレの問題でもありますから。その代わり、本当に、最終的な決着がつくまで円には手を出さないでください」
《キミたちは心配性だなぁ。まあ、そうだね。大事な人質だ、加護は付けさせてもらうよ》
「…………え?」
《それだけだ。キミたちにこれ以上の干渉はしない。報酬は考えておいてくれ。全てが終わったらおれの名前を呼べばいい。おれはアレクシスだ》
「…………っ!」


 名前を告げ、呼べと言う。瞳が失敗するとは思っていない口ぶりだ。
 そしてやはり彼は唐突に姿を消していた。
 それにしても、水の精霊といい風の精霊といい、簡単に名前を教えすぎではないか、と瞳は頭を抱えてしまう。
 いや、そんなことより。と瞳は円を振り返る。


「円、お前……っ!」


 詰め寄ろうとした瞬間、瞳は円に抱きしめられる。あまりに腕の力が強いものだから、一瞬息が詰まった。瞳はそろりと腕を持ち上げて、円の背中に回した。


「……円?」
「瞳、ごめん」
「え……?」
「瞳が失敗なんてするはずないと思ってるのは本当だよ。でも、もし瞳が消えたら、俺も同じく消えたいと思ったのも嘘じゃないんだ」
「……だから、条件をのんだのか?」
「…………」


 瞳の言葉に、円は無言で小さく頷いた。瞳は、ふ、と吐息する。円の背中を、ぽんぽんとたたいて宥めた。


「ばかだなぁ……」
「うん」


 ばかでいいよ、と言う円は、瞳を抱きしめる腕を少しだけゆるめる。瞳は身体を少しだけ離して、円と自分の額をコツリと合わせた。


「あんな約束されたんじゃ、そうそう死ねないじゃないか」
「だって、簡単に消えるつもりはないんだろ?」
「ふふ、そうだけど」


 本当に。だから円は想像の斜め上を行くというのだ。瞳も自分の常識外れを自覚し始めたところだが、円だって負けていないと思う。


「……好きだよ」


 吐息が触れる距離で囁いて、円の唇にキスを落とせば。ぐ、と押さえ込まれてキスを深くされる。


「んんぅ、ん、ふ……ぁ、まっ……」


 そのまま押し倒されそうになるから、待って、と全身で訴える。くちゅり、と深いキスの余韻を残しながら解放されるから、瞳は恥ずかしくなりながら囁いた。


「ここじゃ……やだ……」


 瞳の消え入りそうな声に、円は至福を感じながら例のメガネを外してテーブルに置き、瞳の身体をすくうように抱き上げた。


「仰せのままに」


 顔を真っ赤に染めてぎゅうっと抱きつく瞳を連れて、円は自室へと消えた。
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