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しおりを挟む 翌日の火曜日。瞳は学校を休んだ。
理由は加藤の件で精神的に疲れた、ということだったけれど、本当の理由は本人ばかり知るところである。
ただ言えることは、瞳と円の様子はいつもと何ら変わりはなかったということだろうか。
瞳は昼間を寝て過ごし、円が帰宅するのに合わせて起き出した。それから二人揃って夕食の買い物に出かける。
夕食のメニューは、瞳のリクエストでシチューである。
カレーと同じ理由でひとり暮らしの時にはほとんど作らなかったからたまには食べたいという可愛らしいリクエスト理由で、円が了承しないはずがなかった。
「あ、そうだ。円、今度の日曜日って予定入ってるか?」
食事を終わらせていつものようにリビングで話している時に、瞳が唐突に聞いたから円はちょっと驚いた表情をしている。
「日曜日? 特にないけど、どうかした?」
「クリスマス前の最後の日曜日だろ? 買い物に行かないか?」
「えっ、デート!?」
「……まあ、そういうことになるか?」
「やった! 行く行く! って、足どうする?」
「まあ、普通にバスかタクシーでいいかなと……」
「美作に頼めばいいんじゃない?」
「えっ」
「えっ?」
「円は嫌がりそうかなと思ったんだけど……」
「いや、別に。現地で別行動なら平気。ちょっと聞いてみるから待って」
言いながら、円は既にスマホをタップしていた。
すぐに通話が始まるから、瞳はおとなしく待機だ。
「あ、美作? 円。あのさ、今度の日曜日って予定ある? ……うん、ちょっと買い物に行きたくて。……そう。……うん、その方が助かる。……うん、じゃあ頼んだ」
円の通話はごくごく簡素で、話の内容はだいたい読めた気がする瞳である。
プツリと通話を切ると、円は瞳に満面の笑みを向けてくる。
「おっけー! 律と待ってるって!」
「本当に良かったのか?」
「ん。もしかして、前に俺が妬いたの気にしてる?」
「あー、うん。まあ……」
「大丈夫。今はそんなの気にならないくらいに幸せだから」
「あー、そう……」
幸せならいいんだ、幸せなら。そう思いつつ、その幸せ要因のひとつが自分であることに気付いて、遅ればせながら赤面する瞳を、円は嬉しそうに見つめるのであった。
視線に気付けば、更に恥ずかしくなるわけで。
瞳はいたたまれなくなる。
円に淹れてもらったカフェオレを飲みつつ、問題はまだあったな、と思い出す。
「で、加藤の様子はどう?」
「うーん、俺には判断つかない感じ、かな」
「そうか……」
加藤の話題になると、円は一瞬苦い顔をした。それはそうだ、瞳を襲わせようとした張本人なのだから。この様子だと、協力者である徹也について聞くのは無理そうだな、と瞳は思った。危機感がない、と怒られそうだ。
「明日はオレも行けると思うし……。まあ、そこで確認だな」
「なぁ、その件なんだけど」
「ん?」
「俺、例の周りに集まってきてる奴らと縁切ろうかと思って」
「はい?」
「アイツら結局、俺の『西園寺』ブランド目当てだろ? 正式発表はまだだけど、西園寺の跡取りは真だ。それなら俺に関わってる意味無くないか?」
「まあ、それはそうなんだけど……。そんな簡単に縁って切れるものか?」
「跡取り候補から外れたことを匂わせれば、自然に離れていくかと思うんだけど」
「そういうものなの? やっぱり金持ちって分からない……」
「って、瞳も十分金持ちの部類だと思うけど?」
「ウチは成金だから」
「自分で言うか……」
「ふは。まあ、取り巻きの件は円の好きにしたらいいと思う」
「うん、ありがと」
「あと、問題は……」
そこまで言って、瞳はチラと周りに飛んでいる妖精たちを見る。
円も、その視線で察した。
「……なぁ、妖精たち。オレに会いたいって言ってるのは誰なんだ?」
『せいれいさまー』
『かぜのー』
「ああ、うん。やっぱりそうなのか……」
水の精霊に聞いたとはいえ、やはり気になっていたところだ。
「どんな人……いや、精霊なんだ?」
『おとこのひとー』
『つよいよー』
『みためはわかいよー』
「いろいろ出てくるな……」
妖精たちの言葉を聞きながらマグカップに口を付けようとした瞬間にとんでもない言葉が聞こえて、思わず噴き出すところだった。
ゲホゲホと咳をしながら、マジか、と呟いた。
「え。なに、どうしたの?」
「うん、えーと、だな。妖精たちの言葉を要約するぞ? まず、精霊だから強いのは当然なんだが……。中身はオヤジな見た目は若い男性。明るいともチャラいとも取れる性格でフレンドリー。かなり大雑把。で、若くて綺麗な男が好き、だそうだ」
「は?」
「……うん」
「はあぁ!?」
「気を付けてねって言われた……」
「それって肉欲的な意味で!?」
「さすがに妖精たちにそこまでは聞けないけど……」
それでも少なくとも『気を付けて』と言われる程度には危ないらしい。
「そうだ。こっちからオレ以外にも同席していいか聞いてもらえるか?」
『わかったー』
『まってねー』
二人が答えて、ふわりと姿を消した。どうやら精霊の元へ跳んだらしい。
「さて。これでどう出るかだな……」
「もしダメって言われても俺どこかに隠れて聞いてるから」
「こらこら。うーん……、でももし許可が出ても円もイケメンなんだよなぁ」
「俺は決して綺麗系ではない」
「そういう問題か?」
「そういう問題だろ!」
『マドカはねー』
「うん?」
『マドカはだいじょうぶー』
「なんで?」
『せいれいさまのしゅみじゃないー』
「さようで……」
「なんて?」
「円は趣味じゃないから大丈夫だそうだ」
疲れてぐったりとしてしまう。円は大丈夫で瞳には気を付けろとは。妖精たちの忠告をどうとるべきなのか。
そんなことを考えていると、精霊からの返事をもらった妖精が帰ってくる。
『ヒトミー』
「おかえり」
『あのねー、ヒトミのほかはねー』
『いてもいなくてもいいってー』
「そうか、ありがとう」
「どうだって?」
「居ても居なくてもいいってことは、同席しても構わないってことだと思う……。とりあえず、オレが絶対条件らしい……」
「ちょっと!!」
円が本気で焦る。水の精霊の時は声は聞こえたけれど、姿は妖精たちのようにほんのりとしか見えなかった。今度もそうなら、瞳を守ることが出来ない。
瞳は少し思案し、ちょっと待ってと言いおいて自室に戻り、ひとつのメガネを持ってきた。
「円、ちょっとこれかけてみて。度は入ってないから」
「あ、うん」
言われるまま、円はメガネをかけた。すると。
「あ、あれ?」
いつもはふんわりと光って見えるだけの妖精たちの姿が、しっかりと視える。
「妖精……こんな姿なんだ……」
「あ、視える? 良かった」
「瞳、これなに?」
「オレがいつもかけてるメガネの逆バージョン。オレの霊力込めてみた」
「マジか……」
「とりあえず、これで乗り切るしかないな……。頼りにしてるぞ、彼氏様」
「……プレッシャーやめて」
「明日、加藤の様子を見てから精霊と会う日程を決めよう」
「わかった……」
さすが師走というか、さすが瞳というか。バタバタと忙しい月になりそうだった。
理由は加藤の件で精神的に疲れた、ということだったけれど、本当の理由は本人ばかり知るところである。
ただ言えることは、瞳と円の様子はいつもと何ら変わりはなかったということだろうか。
瞳は昼間を寝て過ごし、円が帰宅するのに合わせて起き出した。それから二人揃って夕食の買い物に出かける。
夕食のメニューは、瞳のリクエストでシチューである。
カレーと同じ理由でひとり暮らしの時にはほとんど作らなかったからたまには食べたいという可愛らしいリクエスト理由で、円が了承しないはずがなかった。
「あ、そうだ。円、今度の日曜日って予定入ってるか?」
食事を終わらせていつものようにリビングで話している時に、瞳が唐突に聞いたから円はちょっと驚いた表情をしている。
「日曜日? 特にないけど、どうかした?」
「クリスマス前の最後の日曜日だろ? 買い物に行かないか?」
「えっ、デート!?」
「……まあ、そういうことになるか?」
「やった! 行く行く! って、足どうする?」
「まあ、普通にバスかタクシーでいいかなと……」
「美作に頼めばいいんじゃない?」
「えっ」
「えっ?」
「円は嫌がりそうかなと思ったんだけど……」
「いや、別に。現地で別行動なら平気。ちょっと聞いてみるから待って」
言いながら、円は既にスマホをタップしていた。
すぐに通話が始まるから、瞳はおとなしく待機だ。
「あ、美作? 円。あのさ、今度の日曜日って予定ある? ……うん、ちょっと買い物に行きたくて。……そう。……うん、その方が助かる。……うん、じゃあ頼んだ」
円の通話はごくごく簡素で、話の内容はだいたい読めた気がする瞳である。
プツリと通話を切ると、円は瞳に満面の笑みを向けてくる。
「おっけー! 律と待ってるって!」
「本当に良かったのか?」
「ん。もしかして、前に俺が妬いたの気にしてる?」
「あー、うん。まあ……」
「大丈夫。今はそんなの気にならないくらいに幸せだから」
「あー、そう……」
幸せならいいんだ、幸せなら。そう思いつつ、その幸せ要因のひとつが自分であることに気付いて、遅ればせながら赤面する瞳を、円は嬉しそうに見つめるのであった。
視線に気付けば、更に恥ずかしくなるわけで。
瞳はいたたまれなくなる。
円に淹れてもらったカフェオレを飲みつつ、問題はまだあったな、と思い出す。
「で、加藤の様子はどう?」
「うーん、俺には判断つかない感じ、かな」
「そうか……」
加藤の話題になると、円は一瞬苦い顔をした。それはそうだ、瞳を襲わせようとした張本人なのだから。この様子だと、協力者である徹也について聞くのは無理そうだな、と瞳は思った。危機感がない、と怒られそうだ。
「明日はオレも行けると思うし……。まあ、そこで確認だな」
「なぁ、その件なんだけど」
「ん?」
「俺、例の周りに集まってきてる奴らと縁切ろうかと思って」
「はい?」
「アイツら結局、俺の『西園寺』ブランド目当てだろ? 正式発表はまだだけど、西園寺の跡取りは真だ。それなら俺に関わってる意味無くないか?」
「まあ、それはそうなんだけど……。そんな簡単に縁って切れるものか?」
「跡取り候補から外れたことを匂わせれば、自然に離れていくかと思うんだけど」
「そういうものなの? やっぱり金持ちって分からない……」
「って、瞳も十分金持ちの部類だと思うけど?」
「ウチは成金だから」
「自分で言うか……」
「ふは。まあ、取り巻きの件は円の好きにしたらいいと思う」
「うん、ありがと」
「あと、問題は……」
そこまで言って、瞳はチラと周りに飛んでいる妖精たちを見る。
円も、その視線で察した。
「……なぁ、妖精たち。オレに会いたいって言ってるのは誰なんだ?」
『せいれいさまー』
『かぜのー』
「ああ、うん。やっぱりそうなのか……」
水の精霊に聞いたとはいえ、やはり気になっていたところだ。
「どんな人……いや、精霊なんだ?」
『おとこのひとー』
『つよいよー』
『みためはわかいよー』
「いろいろ出てくるな……」
妖精たちの言葉を聞きながらマグカップに口を付けようとした瞬間にとんでもない言葉が聞こえて、思わず噴き出すところだった。
ゲホゲホと咳をしながら、マジか、と呟いた。
「え。なに、どうしたの?」
「うん、えーと、だな。妖精たちの言葉を要約するぞ? まず、精霊だから強いのは当然なんだが……。中身はオヤジな見た目は若い男性。明るいともチャラいとも取れる性格でフレンドリー。かなり大雑把。で、若くて綺麗な男が好き、だそうだ」
「は?」
「……うん」
「はあぁ!?」
「気を付けてねって言われた……」
「それって肉欲的な意味で!?」
「さすがに妖精たちにそこまでは聞けないけど……」
それでも少なくとも『気を付けて』と言われる程度には危ないらしい。
「そうだ。こっちからオレ以外にも同席していいか聞いてもらえるか?」
『わかったー』
『まってねー』
二人が答えて、ふわりと姿を消した。どうやら精霊の元へ跳んだらしい。
「さて。これでどう出るかだな……」
「もしダメって言われても俺どこかに隠れて聞いてるから」
「こらこら。うーん……、でももし許可が出ても円もイケメンなんだよなぁ」
「俺は決して綺麗系ではない」
「そういう問題か?」
「そういう問題だろ!」
『マドカはねー』
「うん?」
『マドカはだいじょうぶー』
「なんで?」
『せいれいさまのしゅみじゃないー』
「さようで……」
「なんて?」
「円は趣味じゃないから大丈夫だそうだ」
疲れてぐったりとしてしまう。円は大丈夫で瞳には気を付けろとは。妖精たちの忠告をどうとるべきなのか。
そんなことを考えていると、精霊からの返事をもらった妖精が帰ってくる。
『ヒトミー』
「おかえり」
『あのねー、ヒトミのほかはねー』
『いてもいなくてもいいってー』
「そうか、ありがとう」
「どうだって?」
「居ても居なくてもいいってことは、同席しても構わないってことだと思う……。とりあえず、オレが絶対条件らしい……」
「ちょっと!!」
円が本気で焦る。水の精霊の時は声は聞こえたけれど、姿は妖精たちのようにほんのりとしか見えなかった。今度もそうなら、瞳を守ることが出来ない。
瞳は少し思案し、ちょっと待ってと言いおいて自室に戻り、ひとつのメガネを持ってきた。
「円、ちょっとこれかけてみて。度は入ってないから」
「あ、うん」
言われるまま、円はメガネをかけた。すると。
「あ、あれ?」
いつもはふんわりと光って見えるだけの妖精たちの姿が、しっかりと視える。
「妖精……こんな姿なんだ……」
「あ、視える? 良かった」
「瞳、これなに?」
「オレがいつもかけてるメガネの逆バージョン。オレの霊力込めてみた」
「マジか……」
「とりあえず、これで乗り切るしかないな……。頼りにしてるぞ、彼氏様」
「……プレッシャーやめて」
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