祓い屋はじめました。

七海さくら/浅海咲也(同一人物)

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112.

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 文化祭の次の行事は修学旅行だ。行き先は京都。
 いよいよ出発を翌日に控えた夕食後、リビングでいつも通りに円と雑談をしながら。既に円には行かない旨を言ってあるが、理由はまた風邪でもいいだろうか、と考えていた時である。
 不意に玄武からの声かけがあるからそのまま呼んだ。


「玄武」
「ヒトミ……」
「どうした?」
「『依頼』ですが……」


 そう言いながら、玄武はチラリと円に視線をやる。
 円は席を外そうとしたけれど、視線を寄越した玄武によってそのままでいて欲しいと止められた。


「……内容は?」
「『悪夢を祓ってほしい』とのことですが、おそらく『夢魔むま』が絡んでいます」


 『夢魔』という言葉に、瞳がビクリと震えた。
 玄武も察している。瞳がいちばん、、、、関わりたくない、、、、、、、部類の依頼であることを。


「断りましょうか?」


 最大限の譲歩であることは伺い知れる。ここで断れば、依頼主の対象である所の人物の生命は保証出来ないのだろう。ただの悪夢であれば、それこそ術者が何とかできる。『夢魔』が絡んでいる可能性があるからこそ、術者には手に負えないのだ。


「……いや。いや、大丈夫だ」
「わかりました」


 ふぅ、と玄武が吐息したのは安堵ではない。そんな玄武が再び円にチラリと視線を向け、すぐに瞳へと戻す。


「では、明日の夜の警護にて祓いをお願いします」
「……わかった」


 かたい表情で瞳は頷き、玄武が姿を消すと大きく吐息した。


「……なあ瞳」
「んー?」
「『夢魔』ってなに」
「…………」


 聞かれると思った。
 正直、あのやり取りで円がこれ、、を気にしないはずがなかったのである。


「……『夢魔』っていうのは、ある種、、、の悪夢を見せる悪魔のことだよ」


 できる限りでさらりと答えたつもりだった。
 けれど。


ある種、、、って?」
「…………」
「瞳?」


 ごまかしたところで、円は調べるかもしれない。それならいっそ弱音を吐いてもいいだろうか。


「……淫夢いんむだよ」
「え……」
「悪夢そのものを『夢魔』っていうこともあるんだけど、今回のはそれじゃない。玄武があんなふうに言うってことは、『淫夢を見せる悪魔』の方だ」
「それって……、瞳に危険はないの?」
「それは……大丈夫だと思うけど」


 でも関わりたくない。できることなら断りたかった。震えだしそうな身体をおさえるのがやっとだ。


「けど?」
「……っ、こわい」


 絞り出すような瞳の声。初めて吐いた弱音に、円は思わず立ち上がって瞳のそばへ来て抱きしめる。


「今まで……どんな『依頼』だってこんなふうに思ったことなかった……。だって、でも『夢魔』は……、こわい。もし淫夢につかまったら……オレどうなるの……?」


 今までそういった、、、、、こととは無縁で、自慰すらしたことのない瞳だ。突然『夢魔』と対峙しなければならない不安は大きすぎる。
 抱きしめてくれる円に縋りついてしまいたいけれど、できない。そうしてしまえば依存しきってしまうのは目に見えていた。
 だからこそ。


「俺……一緒に行こうか?」


 そう言ってくれた円の申し出を、ふるふると首を振って断るしかないのだ。


「ありがと……。でも、大丈夫」
「瞳……!」
「平気じゃないけど、大丈夫にする。なんとかする。……でも、もし」
「うん」
「もし、円が帰ってきた時にオレの様子がおかしかったら……甘やかしてくれるか?」
「言われなくても。だから、無事に帰ってきて」


 そう言った円は瞳の拘束を緩めて手をとると、その手のひらへと口付けた。ひとつの決意を秘めて。


 そうして翌朝。
 いつもより早く家を出る円を見送ってから、瞳はみそぎをすませる。
 信じているから、と。そう言って出かけて行った円の笑みに勇気づけられて、今夜の『仕事』をこなすために支度をすませる。
 今回の『仕事』は内容が内容のため、事前に『対象者』との打ち合わせが必要だった。待ち合わせをする関係で、公共交通機関で移動することになる。少し遠方なので、そろそろ出ないと間に合わない。
 よりにもよって、『現場』が京都だなんて、何の嫌がらせだと考えてしまうのは仕方がないことだと思う。
 移動時間は仮眠に充てた。『夢魔』が相手ならば立ち回るのは夜だろう。徹夜にも慣れてはいるが、体力は温存したい。
 途中に乗り換えを挟みつつ京都駅まで浅い眠りを繰り返しながら到着する。
 待ち合わせは14時。改札口を出てすぐのコーヒーショップ。何とも中途半端な時間だが、ランチタイムを外した方が待ち人を見つけやすいのだ。


(たしか目印は、シロフクロウ、、、、、、の守護霊、、、、……)


 狭い店内をぐるりと見渡せば、シロフクロウ、、、、、、肩に乗せた女性、、、、、、、が居た。年齢は20代半ばくらいだろうか。


(女性か……)


 女性の術者というのは少ない。単純になりたがる女性が少ないだけなのだが、修行が厳しいせいもあるだろう。
 だが、その割に女性は華奢に見える、、、、、、、、、。瞳と同じように着痩せするタイプなのだろうか。
 コツリ、とそちらに足を向ければ、女性は気配に気付いたらしく顔を上げた。視線が合う。


(合い言葉はたしか……)


 玄武に教えられた、合い言葉。
 思い出しながら、女性が座る席の前でピタリと止まる。


「……こんにちは。『シロフクロウは元気ですか?』」
「こんにちは。『おかげさまで元気です』」
「……相席しても?」
「どうぞ」


 女性はニコリと笑った。
 とりあえず、ただのナンパにはならないようにしてもらって良かったと心から思う。女性のオススメだという本日のコーヒーBをハンドドリップでオーダーし、飲み始めたところで自分たち二人の周りにゆるく防音の結界を張った。
 周りの音が小さくなって女性が「おや?」という表情になるから苦笑して見せる。


「ゆるめにですが防音の結界を張りました。これで、我々の会話は『聞こう』と思った者にしか聞こえないはずです」
「そうでしたか。改めて本日はありがとうございます。私はフリーで仕事をしています。さっそく本題に入らせていただいてよろしいでしょうか?」
「よろしくお願いします」


 彼女の話によれば、『依頼主』から連絡があったのは一週間前だったそうだ。
 聞けば1ヶ月ほど悪夢を見るそうなのだが、内容を覚えていないらしい。だがとにかく体力を消耗していて仕事にならないという。病院へ行っても原因不明。藁にもすがる思いで彼女に連絡したという話だった。


「先方の都合に合わせて、昨日、本人と顔合わせをしました。おそらく『夢魔』にかれていると思います。根が深すぎて、私では力不足です……」
「なるほど」
「今日の夕方からだったら時間があるということだったので、急なお話で申し訳ありません」
「いえ。わたしの場合は緊急なものが多いですからね。今回はまだ準備時間があった方です」
「そうでしたか……」
「『依頼主』とはこの後に打ち合わせですよね?」
「はい。車で移動した方がいいかと思います。時間も……そろそろですね」


 思いのほか、時間がかかってしまったようだ。けれどだいたいの事情は飲み込めた。あとは本人からの話と、本人を『視て』みないことには始まらない。
 結界を解き、立ち上がる。
 女性と二人、急いで駅から出てタクシーを拾う。渋滞にハマらなければ15分ほどで到着するとのことだった。多少の余裕はあるけれど、待ち合わせ時間に遅れるのは避けたい。
 着いた先は、御所ごしょ近くにある重厚な造りの有名ホテルだった。


(……どうしてこうなった)


 『依頼主』はどこぞの会社の社長令息という話だった。年齢は30歳。
 嫌な予感はした。本当に嫌な予感というものは当たるものだな、とつくづく思う。
 有名ホテルの個室で懐石料理など食べている場合ではないと思うのだがどうだろう。


(美味しいけど……円が作った料理が食べたい)


 本当にこういうのは食べた気がしないのだ。ある意味もったいない。本気で円の料理が恋しい。
 しかもこの依頼主、人が良さそうに見えてその実、裏では何をやっているのか分からないタイプである。


「そちらの彼は、食事が口に合わなかったかな?」


 今まで仲介の女性術者と話していたというのに、唐突に話を振られて驚いた。顔には出さなかった自分を褒めてやりたい。


「いえ、美味しいですよ」
「それならいいけれど。そうそう。さすがに女性には頼めないけど、キミは大丈夫なんだよね? 悪夢を祓ってもらうのに部屋を取っておいたんだ」
「……は?」


 わざわざ部屋を取る意味が分からない。
 しかも、食事を終えて連れていかれた部屋は、ラグジュアリースイートだった。もちろん、女性術者が一緒だったのは食事までだ。
 本当に意味が分からない。夢魔を祓うために、男二人でスイートに泊まる意味とは。


(それに……)


 この男、なんとなく気配がイヤな感じがする。
 人間の気配と同時に『夢魔』の気配。憑かれているのだろうとは思ったが、単純にそれでは片付けられないような気がして、瞳の中の何かが警鐘けいしょうを鳴らしている。


「お風呂の中の警護はしてくれないの?」


 肩を抱かれ、比喩ではなくゾワリと鳥肌が立った。
 なるべく平静を装いながら、ぱしりと手を叩き落とす。


「おたわむれは大概たいがいになさってください」
「つれないなぁ」


 そこそこ見た目に自信があるのだろう。これだから厄介なのだ。金も地位もあるプライドばかり高い男は。
 無理矢理シャワールームに押し込んでドアを閉めれば、瞳は嫌な汗をかいていた。
 これで本当に『夢魔』を祓えるのだろうか。
 ざっと『視た』感じは女性が言っていたようにかなり根深く憑かれていて、簡単には祓えそうにはない。誰か式神を呼ぶべきか。思案しつつ、それは坊ちゃんが寝てからでも遅くはないだろうと結論付けた。
 無駄に広い部屋の中、ぼんやりと思うのは円のことだった。
 何をしているだろうか。旅行は楽しんでいるだろうか。同じ京都にいるはずなのに、なぜだか妙に遠い気がした。
 やがて風呂からバスタオルで髪を拭きながら『依頼主』が出てくる。


「せめてパジャマを着てください」
「あれー、反応薄いね」
「興味ありませんから」


 裸のままで立つ彼に、残念なんだか楽しんでいるのだか分からない口調で言われるから、バッサリと切り捨てる。


「本当に面白いよね、キミ」


 ツイ、と指で顎を持ち上げられて蹴り飛ばしたくなる。


「触らないでください。事と次第によっては報酬に上乗せしますのでそのおつもりで」


 サッと手を払い除け、睨み付けながら言う。おどしではない。これは『仕事』の範疇はんちゅうではない。


「こわいねぇ」
「さっさと寝てください。『仕事』ができない」
「キミはどうするの?」
「は? 『仕事』が終わればそのまま帰りますが何か?」


 何か不都合でも? そんなものありませんよねぇ。と気配に滲ませ、瞳は一蹴する。
 『依頼主』はやれやれといったように肩を竦めて、諦めたようにパジャマを着て薬を飲むと大人しくベッドに入った。
 薬はおそらく睡眠導入剤だろう。
 まだ22時。だが、瞳にとってはもう、、22時だ。
 瞳は立ったままで『依頼主』を見守る体勢。非常に不本意ではあるが。
 やがて呼吸音が少しゆっくりになり、おそらく睡眠に入ったのだろうと思われた頃。
 眠ったのか、『夢魔』による夢はどんな具合か、いろいろ確認するために手を伸ばした。それ、、がいけなかった。


「…………っ!?」


 腕を掴まれたと思ったら、世界がぐるりと回転した。
 両肩をベッドに押さえつけられ、上から覗き込んでくるのは『依頼主』ではあったが、鳶色とびいろだったはずの瞳の色が金色に変わっていた。
 ニヤリとわらう男は、もはや『依頼主』ではない。
 服の上から胸を撫でられ首に吸い付かれて、ゾッとした。
 違和感の原因はこれだ。まさか『取り憑かれ』ているのではなく『同化、、』しているなんて。
 首筋にチリッとした痛みを感じて全身が粟立つ。
 嫌だ。気持ちが悪い。


騰蛇とうだっ!」


 咄嗟とっさに、いちばん血の気が多い闘神とうしんの名を呼ぶくらいには、瞳は錯乱さくらんしていた。
 刹那、ドカッという音と共に瞳の上からゾワリとしていた重みが消える。
 瞳の着衣は既に乱されていて、それが騰蛇の怒りを更に煽る。
 騰蛇により蹴り飛ばされたのであろう『依頼主』は床にうつ伏せに押さえつけられられていた。騰蛇は背中に膝を乗せながら肺を圧迫し、腕を捻りあげている。


「殺すな!」


 瞳が叫ばなければ、騰蛇は躊躇ちゅうちょなく命を奪っていただろう。それほどの怒りが見える。


「止めるな!」
「ダメだ、やめろ!」


 重ねて命じられ、騰蛇はようやく手を緩める。腕の一本でも折ってやらないと気が済まない、そんな顔だ。
 ふらり、と立ち上がると、瞳は『依頼主』のそばへ膝をつく。


「ヒトミ!」
「……大丈夫だ」


 騰蛇による攻撃で、『夢魔』と同化した『依頼主』は気を失っている。
 ひたり、と背中に手をあてて、気配を探る。
 同化したとは言っても元は別々のモノだ。悪夢を見始めてから1ヶ月であれば、まだどこかに境い目があるはず。探せ。


「……あった。騰蛇」
「御意」


 騰蛇は瞳の真意を汲み取り、短刀を鞘から抜く。
 ざわり、と空気が揺れた。『依頼主』の背中から黒い大きな塊が浮き出してくる。騰蛇はしっかりと見極めてザクリと斬った。
 黒い塊は人間の子供くらいの大きさだった。ザワザワと動いて元の姿を取り戻そうとする。触手のようなものが伸びて瞳を捕らえようとするから、ぱしりと手で払う。下級悪魔である所の『夢魔』は、瞳のそのひと払いの霊力だけでグズグズと形を失っていく。
 最後のひと欠片まで消えるのを見届けてから、かくりと瞳が崩れ落ちる。


「ヒトミ!」
「……大丈夫。その人を、ベッドに運んでやってくれるか」
「…………」


 何か言いたげに、でも何も言わずに。騰蛇は瞳が望むまま、『依頼主』を乱暴にではあったがベッドに放り込み布団をかけた。
 瞳は床にへたり込んだままだ。俯いて、騰蛇からは表情が見えない。
 騰蛇は瞳の前に膝をつく。


「ヒトミ、命令を」


 そう言われて、瞳はするりと騰蛇の身体に腕を回す。


「……悪い。家まで『跳んで』くれ」
「御意」


 次の瞬間には、二人の姿はその部屋から自宅のリビングへと移動していた。
 シンと静まり返った部屋。円が居ないのは当然分かっていた。けれど、円の気配が少しでも残る部屋に、早く戻りたかった。


「ヒトミ……」
「すまない、一人にしてくれ」
「わかった」


 騰蛇にしては聞き分けがいい。ふ、と笑んだ瞳の表情を、騰蛇が見ることはなかった。
 カタリ、と立てた音がいやに大きく聞こえた。ゆるゆると立ち上がり、着替えを準備して浴室に入る。
 アレ、、に触れられた場所がとにかく気持ち悪くて、ゴシゴシと赤くなるまで擦って洗った。
 シャンプーした髪もドライヤーどころかタオルドライもする気になれず、ぽたぽたと雫を落としながらリビングに戻る。スウェットにシャツを羽織っただけ。円には風邪をひくと怒られそうである。
 そうして、居ないと分かっているのに、円の部屋のドアに手をあて、そっと囁きかける。


「……まどか」


 いらえのあるはずのなかった呼びかけに。


「瞳……?」
「…………っ!?」


 あまりの驚きに息をのみ、動けずにいる瞳の目の前でドアが開いて円がその顔を見せる。


「瞳、どうした?」


 ドアにあてていたはずの手を捕まれ、円が瞳の顔を覗き込んでくる。


「……ゆめ?」


 円は今、修学旅行中のはずだ。京都にいるはず。
 ここにいるはずがない。
 これは瞳の願望が見せる夢だろうか。


「違うよ、ちゃんと本物」


 捕まれた手を、円の頬にあてられる。あたたかい。
 安心した瞳の目から、ほろりと涙が零れた。


「……たすけて」
「瞳?」


 こんなこと、円に頼める義理はない。けれど。


アイツ、、、にさわられたところ全部……ぜんぶ気持ち悪い……っ」


 ぼろぼろと涙が溢れては落ちる。おさえていたはずなのに、身体がカタカタと震えだして止まらない。


「……おいで」


 腰に手を回され、部屋に招き入れられる。
 部屋の中は、ベッドサイドのライトだけがほんのりと光っていた。それでも、お互いの顔は分かる。
 ベッドに座らせられて、円がすぐ隣に座った。
 肩を抱き寄せられて、宥めるようにトントンと叩かれるのが気持ちよかった。
 震えが少しおさまった頃、瞳がゆっくりと口を開いた。


「アイツ……『夢魔』と同化、、してて」
「……うん」
「『夢魔』は、淫夢を操る悪魔で……」
「うん。言わなくていいよ。調べたから」
「……円」
「触られたって言ったよね? 上書きしていい?」
「で、も……」


 上書き。
 できることならそうして欲しい。けれど、円の迷惑になりはしないだろうか。


「言ったろ? 甘やかすって。甘やかしたいんだ。ね、どんなふうに触られた?」
「………………肩、を」
「うん」
「ベッドに、押さえつけられられて……」
「んー」


 円はちょっと考えて瞳を抱き上げるとベッドに押し倒す。右手で肩をぐ、と押さえつける。


「こう?」
「……両肩」
「ん」


 円は瞳に言われるままに両肩を押さえつけるけれど、これって多少なりとも体重がかかって痛いのでは、と考えたが。瞳が少しホッとした表情になるから、これはこれで良しとする。
 瞳の羽織っただけのシャツがはだけて、身体に何度も擦ったような、じんわりと赤くなっている場所が複数あるのを、円が見逃すはずがなかった。


「赤くなってる……」


 するり、と円の手がそこへ触れるから、瞳はビクリと震える。


「あ……っ!」


 瞳は思わず声を上げた。
 赤くなるほど洗ったし、円が直接肌に触れてくる分、敏感になっているのが自分でも分かる。
 そして、どこよりも目を引くだろう、首筋のキスマーク。それも円に見られているのだと思うと、付けた男に対する嫌悪感とか罪悪感とか羞恥心がごちゃごちゃになってわけが分からない。
 あの男に触れられた場所も、そうじゃない場所も、くまなく円に触れられた。それは優しく、壊れ物を扱うように。時折、それが焦れったく感じる時もあったほどで、瞳は自分がこわくなる。


「も、まどか……っ!」
「うん」


 顔を背けたら、首筋にキツくぢゅ、と吸い付かれる。


「ぅあ……っ」
「うん、キレイに上書きできた」


 それが何を意味するのか、分からない瞳ではなかった。かあっと赤くなってまともに円の顔を見られない気分だというのに、円は瞳の顎を指でつかんでクイッと視線を合わせるように方向を変えさせる。
 ちょん、と指で唇に触れられて。


「ここは?」


 そう、聞かれるから。瞳は赤面したままで答える。


「ない……。そこは、円だけ」


 恥ずかしすぎて視線だけ逸らしていると、円がはぁと吐息する。


「あんまり煽らないでってば」


 煽っているつもりなど毛頭ない瞳にはなんのことか分からない。


「ま……、んぅ」


 よく分からなくて円の名前を呼ぼうとしたら深いキスに飲み込まれた。


「ん……、ふ、ぁ……」


 舌を絡め取られて、慣れないキスに呼吸もままならない。
 それでも優しいキスだった。優しすぎて、泣きたくなる。


「ま……、ぁ……」


 ぽろり、と瞳の目から涙が零れるから、円はそれを口ですくいとり、まぶたにキスを落とす。


「ごめんね。嫌だった?」
「やじゃない……、円なら……」
「……もうホント、瞳かわいすぎ」


 まだしっとりと濡れている髪を撫でながら円が言うから、瞳はぽろぽろと涙を零しながら円にすがりつく。
 こんな弱い自分は知らない。けど、さらけ出すのが円ならいいと思えてしまう。
 もうこんなの、認めるしかないではないか。
 夜の闇の中、ベッドサイドのライトだけが二人を照らしていた。
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