祓い屋はじめました。

七海さくら/浅海咲也(同一人物)

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 腹ごなしに少し歩こう、ということになってふらふらと散策していると二荒山神社ふたらさんじんじゃの方まで来てしまった。
 縁結びとしても有名であると告げれば、円はくるりと回れ右をした。


「え、なに。どうした?」
「いや……。なんか縁結びって……」
「縁結びったって、パートナーだけじゃなくて仕事とか友人とかいろいろあるんだぞ?」
「ご縁は自分で結びたいデス……」
「ふは。まあ、円がそう言うなら今回は、」


 不自然に、瞳の言葉が途切れる。
 何か不穏な空気。清浄なこの土地にそぐわない、誰かの『想い』に触れた。
 ピリ、と瞳の気配が引き締まるのを感じた円が、視線を巡らせる。何やら感じ取ったようだ。


「……疲れた? ちょっと端の方に移動しよう?」


 そう言って円は、立ち止まっていても人波の邪魔にならない所まで瞳を誘導してくれる。そしてひそりと呟いた。


「……何かいた?」
「場違い感ハンパないめんどくさそうなのが……」
「うわぁ……」


 瞳の辛辣な答えに、円は眉をひそめる。


「ちょっと待て、円、そのまま」
「うん?」
「オレを介抱するフリ」
「ああ、はいよ」


 円に庇われながら人混みに酔ったフリでメガネを外し、周りを『視る』。
 家族連れ、カップル、グループ旅行、たくさんの人たちの中、女性というよりは少女の二人連れ。その一人が、異様な雰囲気を醸し出している。
 日曜日の昼下がり、世界遺産である。それなりの人出ではあるし、そういうパターンもないことはないと瞳は少し覚悟もしていた。これに首を突っ込めば、完全に玄武辺りには渋い顔をされるだろう。何しろ『依頼』ではなくただの『お節介』なのだから。
 だけれども、『視て』しまったものをなかったことには出来ないのが瞳の悪い癖である。
 しかも、『該当者』はなぜかこちらに近付いてくる。


「大丈夫ですか?」


 そう、声をかけられて。
 瞳の顔色が悪くなったのは言うまでもない。
 『場違い感ハンパないめんどくさい』事案が、向こうから声をかけてきたら逃げられないではないか。


「ああ、ちょっと人に酔ったみたいで。しばらく休めば大丈夫です」


 円もさすがに察したらしい。やんわりと彼女らを牽制けんせいする。
 年齢は瞳たちと同じくらいだろうか。だからこそなのか、円の見た目にほうっと息をついて、それから瞳を見て更に値踏みするような視線を投げかけてくる。
 今の瞳は外出用の『イケメン仕様』である。加えて王子さま顔な円と二人でいるとなれば、いろいろな意味で格好の餌食えじきである。


「私たち、この近くにホテル取ってあるんですけど、部屋で休みますか?」


 この言葉は単なる親切心か、それとも新手の逆ナンか。
 後者だとしたら相当に『はしたない』お嬢さんだ。
 瞳も円も心中穏やかではないが、致し方ない。
 瞳は円に小さく頷いて見せる。その微かな動きは、彼女たちには分からないくらいだっただろう。


「部屋までお邪魔するのは悪いから、ラウンジを使わせてもらえないかな」


 少し困ったような笑顔で円が言えば、少女たちは瞳を気遣うようにしながらもチラチラと瞳と円の顔を見ながら案内してくれる。
 近く、と言った言葉は本当で、案内されたのは神橋しんきょうのすぐ近くに佇む老舗のホテルだった。かつては当時の皇族が宿泊したこともあるとして有名なホテルだ。
 フロントで事情を話せば、快く休ませてくれた。少女たちはその間にチェックインを済ませてしまうらしい。


「……どうする?」
「空室があればおさえてきてもらえるか? この際、どんな部屋でもいい」
「おっけ」


 ヒソヒソと話し合い、円は二つ返事で立ち上がってフロントへと向かう。瞳はため息をつきながら様子を見ていたが、何やら手続きを始めたようなので運良く空室があったようである。
 手早く手続きを終わらせた円と、どこかぎこちない様子の少女たちは、三人で一緒に瞳の方へと歩いてくる。
 瞳はソファに深く座ってそんな様子を見ている。顔色は良くない。それはそうだ、こんな悪い『気』にあてられているのだから。円は大丈夫だろうかと心配になる。


「大丈夫か?」


 戻ってきて開口一番にそう言う円に、瞳はどう返したらいいものか少し悩んで。


「悪い、平気ではないな」
「無理すんなよ。お前身体弱いんだから、、、、、、、、、、
「ああ。悪かった」


 なるほど、そういう設定か。


「部屋は?」
「超ラッキー。一泊二食付きの予約で当日キャンセルがあったらしいから滑り込んだ」
「運がいいな」
「お嬢さんたちにも迷惑かけちゃったな。ごめんな」
「いいえ、私たちは……」
「高校生?」
「あ、はい」
「明日月曜日だけど、学校は大丈夫?」
「創立記念日で休みなんです」


 特に二人の関係に不自然な感じは見当たらない。
 それならなぜ、あんなドス黒い感情が生まれたのだろうか。


「高校生でこんな高級なとこ泊まるなんてすごいね」
「お年玉貯めてたんです。それに、これからはこんな風に二人で出かける事も少なくなっちゃうので……」
「そんなことないのに……」
「だって、先輩と一緒に出かけるでしょう?」


 少女の声音こわねで、察した。
 ああ、なるほど。オトコ絡みか。
 本当にめんどくさい案件だ。一番関わりたくないやつ。
 とりあえず、彼女らの円への興味は絶っておくべきか。


「なぁ。チェックイン済んだんだろ?」
「ああ、終わったけど」
「オレ早く横になりたい。連れてって」


 甘え声全開で、円に言うから。円のみならず少女たちも赤面する。そうでなくては困るのだけれど。


「……仕方ないな」


 吐息に言葉を乗せ、円はかろうじて理性を保ちつつ瞳を甘やかす。
 円にとっては瞳が最優先事項であって、この少女たちのことなど心底どうでもいいのである。瞳が気にするから心を砕いているフリをしているだけだ。
 そう。だからこそ、瞳の目論見は成功する。
 瞳だけに向けられる甘やかな視線と態度が、少女たちはお呼びではない事を言外に告げるから。
 少女たちの関心は、円から瞳へと移るのである。
 少女を二人置き去りにしてロビーから今夜の部屋へ移動すれば、そこはかなりの豪華さを有していた。


「さすがというか、すごい部屋だな」


 クラシックでありながらモダンさも取り入れる。不思議な空間だ。デラックスツインとはよくいったものである。


「とりあえず、こっちのベッド使っていいか?」
「好きな方でいいよ」


 ひと言、断りを入れてから瞳はごろりとベッドに身体を投げ出した。
 あの手の感情は苦手だ。自分とは無縁の感情だからこそ理解が出来なくて疲れるしめんどくさい。
 知らず、盛大にため息をつく。


「瞳、大丈夫か?」


 きしり、と音を立てて瞳が転がるベッドの端に円が座る。


「……あんまり大丈夫じゃない」
「だよなぁ……」
「あんな感情、理解に苦しむ」
「うん」


 そう、円が頷くから。瞳は円の方へと視線を移す。


「気付いた?」
「まあ、あれだけすごかったらね。さすがにね……」


 円にはまだ複雑な所はまでは読み解けないけれど。
 あれが『嫉妬』であることは分かった。


「大方、友達同士で恋のライバルってやつだったんだろうな。で、片方が相手の心を射止めた。友達同士ってんで祝福はしたいが、純粋に祝いきれないし嫉妬もある。本人は意図した感情の増幅ではないだろうな」
「じゃあ、どうするの」
「もともと嫉妬なんてものは説得した所で無くなるような感情じゃないんだろ」
「まあ、そうなんだろうね」
「無意識なら、知らない間に事を進めればいい。そもそも、今回はただの『お節介』だ」
「タダ働きってこと?」
「そういうこと」


 神将たちに怒られる案件である。
 だが、このまま放っておけば彼女は心が壊れてしまう。そんな状態を視てしまっては、知らぬフリも出来ない。
 神将たちの言葉を借りれば『これだから甘いというのだ』といったところだろうか。


「決行は夜、だな。円も少し仮眠しとけ」
「えっ。俺も何か手伝えることあるの?」
「もちろん。というか、椿は扱えるようになったんだろう?」
「いちおう……」


 それは『人型』として召喚する他にも『刀』としての扱いは大丈夫か、という意味だ。それくらいは円にも分かる。


「一人で立ち回るには根が深そうな感じだったからな。幸いこの部屋は広いし、『斬る』べきものはココに呼び込むから。オレはそっちで手一杯になる。頼めるか?」
「俺が瞳の頼みを断ったことあった?」
「ふは。ないな」


 別に、円とて瞳を甘やかしている訳ではないが、如何いかんせん瞳の『お願い』はワガママなどとは程遠い、ごくごく可愛らしいものなのだ。
 瞳が望むことなら、できる限りで叶えたい。それが円の本音だ。もっとも、それは瞳の幸せや無事が絶対条件であって、それがおびやかされる『お願い』なら話は別だけれど。


「仮眠はいいけど、夕飯のことも忘れないでよね」
「へ?」
「一泊二食付きって言ったろ? ついでに瞳が体調悪いからって理由で特別に部屋に用意してもらえることになってる」
「待て。それってチップが必要なやつでは?」
「さあ? どっちでも大丈夫じゃない?」


 なんでもないことのように円は笑うけれど、瞳はため息をつくしかなかった。
 そんな瞳にはお構いなしで、円は立ち上がるともうひとつのベッドの掛け布団を剥がしてからそこへ座ると、両手を広げて瞳に「おいで」とばかりに視線を送る。
 ちなみに言えば、瞳が使っている方はベッドメイキングされたままである。
 う、と言葉に詰まり、瞳は逡巡する。すぐに却下しないのは、つまり嫌ではないということで。
 円はくすくす笑うとベッドから降りて瞳を抱き上げてしまう。


「え、ちょ……」
「暴れるなよー」


 言うが早いか、円はあっという間に自分が使うベッドへと瞳を移動させてしまう。


「おい……」
「仮眠するんだろ?」
「そうだけど……」
「まだ顔色悪いし、俺がこうしたいだけ」


 言いながら円もベッドに入って、瞳をゆるく抱きしめた。
 人肌と円の鼓動に、なんとなくホッとする。瞳のことを好きだと言う男にこれは失礼かもしれないが、円と一緒だと居心地がいいのだ。
 目を閉じて無意識のうちにスリ、と頭をすり寄せれば、優しく撫でてくれる大きな手が心地よくて。瞳はつかの間の眠りに落ちた。
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