祓い屋はじめました。

七海さくら/浅海咲也(同一人物)

文字の大きさ
上 下
109 / 186

106.

しおりを挟む
 案内されたのが普通のテーブル席だったことに心底ホッとした瞳である。個室などではなくて良かった。
 けれど、次の問題が控えていた。瞳と円、メニューを見ながら頭を抱える。
 決められない。
 決めかねているのは、オムレツライスとビーフシチューの壺焼き。ニルバーナの名前を持つチーズケーキは外せない。


「さすがにメインをふたつとか食べ切れる気がしないんだけど……」
「いや、行けるんじゃない? コースにするとそれなりにサラダとかスープとか付いてるし」
「マジか……」
「あ、ほら。セットにするとライスかパンが付いてる」
「おお……」
「それに今めっちゃお腹空いてるし!」
「……行ける気がしてきた」


 円に丸め込まれる瞳は、だがそれに気付いていない。今のうちに、と円はウェイターを呼び、オーダーを済ませる。


「あと、チーズケーキふたつと、コーヒー。瞳は?」
「あ、オレもコーヒー」
「以上でお願いします」


 ぱたりとメニューを閉じて二人分のメニュー表をウェイターに渡す。
 あとは料理が来るのを待つだけである。


「そういえば、律さんたちのお土産何にする?」
「あ、美作からリクエストもらってるから、この後少し移動するけど」
「そうなのか。了解」
「日光といえば湯波ゆばらしい」
「なるほど。日光ゆばだな」
「そう。なんかせんべいの工場兼直売所の近くの店が気に入ってるらしくて」
「へぇー」
「そっちも寄ってきたら楽しいと思うって言われた」
「楽しい……?」


 瞳がキョトンと聞き返す。
 工場で直売所で、楽しいとは?


「工場なんだろ?」
「そうらしいよ」
「ふぅん?」
「まあ、行ってみようよ」
「そうだな。で、どこにあるって?」
「んーと。調べたんだけど、ここからだと徒歩はちょい時間かかる。タクった方がいいかも」
「マジか……」
「マジで。でもめっちゃ気になるんだよね。瞳さえ良ければ」
「まあ、オレも気になるし、円に任せるよ」
「了解ー」


 そんな話やら東照宮で見てきたものの話やらをしていると、お待ちかねの料理が運ばれてくる。
 テーブルに並べられた料理に思うのは、意外とボリュームがある、の一言ではあるが、そこは食べ盛りの高校生である。しかも、朝のトレーニングの後に朝食抜き。
 目の前にあるのは、チキンライスにオムレツを乗せて更にデミグラスソースをかけたオムレツライスと、壺型の器にビーフシチューを盛ってパイ生地で蓋をして焼いたビーフシチューの壺焼き。
 しかも老舗の洋食店ときたら、美味しくないはずがなかった。
 空腹は最大の調味料とも言うけれど、それを抜きしても文句なしに美味しそうである。


「食べようぜ。瞳は猫舌なんだから注意しろよ?」
「言われなくても」
「よし。いただきまーす」
「いただきます」


 ぱくりとひとくち。食べた後の瞳と円の語彙力はどこかへ行った。


「うっま!」
「何コレめちゃ美味しい」
「オムレツにエビ入ってる」
「マジだ、ぷりっぷり!」
「デミソース濃い!」
「パイ生地さくさく」
「肉ごろごろ入ってる!」
「シチューも美味しい」
「うっま!」


 とにかく美味いを繰り返しながら食べる高校生二人組は、店員たちからあたたかいまなざしで見られていることに気付かない。
 余計な会話を挟まず、美味しい食事を堪能する瞳と円は微笑ましい。素直な賞賛の声は嬉しいものなのである。
 最初の不安なんてどこへやら、瞳も円もしっかり食べ切ると、絶妙なタイミングで皿を下げられ、今度はチーズケーキとコーヒーが運ばれてくる。


「これがウワサのチーズケーキ……」
「レアチーズケーキ、かな?」
「……っぽいな」


 ケーキフォークでさくりとひとくち分だけ切り分けて口へ運ぶと、なんとも濃厚な味に驚いた。またしても語彙力が飛んでいく。


「うまぁ!」
「……『美味しい』以外の言葉が見つからない」


 オムレツライスとビーフシチューでそこそこ満腹になったはずだが、『デザートは別腹』という言葉を実感した瞳と円である。
 そんな二人に、ウェイターの一人が微笑みながら声をかけてくる。


「ありがとうございます。当店のチーズケーキはニルバーナという名前ですが、これは仏教用語で『最も優れたもの』という意味でもあるんですよ」
「へぇー!」
「そうなんですか。仏教用語か……」
輪王寺りんのうじのお坊様がつけてくださったそうです」
「あー、なるほど!」
「うん、めっちゃ美味しいです」


 言葉を交わす間も二人の手は止まらない。瞳は『ニルバーナ』の名前にふさわしいケーキだなぁ、などと思っていた。


「突然のお声かけ失礼しました。どうぞ、ごゆっくりお過ごしください」
「いえ、とんでもないです。ありがとうございます」


 おかげで面白い雑学を入手したのである。失礼だなんてとんでもないというのは心からの言葉だ。
 そんなこんなでチーズケーキを綺麗に食べきり、コーヒーを飲んでひと息ついた。


「はー。美味しい物を食べるって幸せだな」
「円の料理も美味しいけどな」
「マジで!」
「最初にそう言っただろ?」
「言われたけど!」


 やめて今の仕様で言わないで照れる、などと言われてしまって理不尽な感が否めない瞳である。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話

桜井正宗
青春
 ――結婚しています!  それは二人だけの秘密。  高校二年の遙と遥は結婚した。  近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。  キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。  ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。 *結婚要素あり *ヤンデレ要素あり

年越しチン玉蕎麦!!

ミクリ21
BL
チン玉……もちろん、ナニのことです。

処理中です...