祓い屋はじめました。

七海さくら/浅海咲也(同一人物)

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 そうして順調に迎えた日曜日。
 無事に復活した朝のトレーニングを終わらせて戻り、今日は律宅での朝食を辞退して自宅に戻った。瞳がシャワーを浴びて出かける支度を整えれば円は唐突に言うのだ。


「日光に行こう!」
「……は?」


 ちょっとそこまで、くらいの軽さで言われた地名に瞳は驚いた。
 行き先は任せると、確かに言ったけれど。高校生が日光なんて、ちょっとした小旅行のようなものではないか。
 幸いにして、瞳たちが住む地域からは直通の電車がある。行けないことはない。


「電車の本数あんまりないからさ、早めに出よう」


 円の中では完全に決定事項だ。
 別に異論はないけれど、もう少し心の準備をさせて欲しかった。
 瞳はひとつ吐息して、わかった、と答える。

 マンションから駅までバスで出て、そこからは電車に揺られることになる。
 日光線の電車はレトロな塗装になっていて、ちょっと気分が上がった。いよいよ旅行気分というやつであるが、瞳にはそんな自覚なんか出来るはずもない。なにしろ、旅行自体に行ったことがないのだから。


「で? 日光で何がしたいって?」
「東照宮に行こう! 眠り猫ねむりねこが見たいんだよね」
「あぁー」


 日光東照宮では有名な彫刻である。
 左甚五郎ひだりじんごろうの作と言われている、国宝にも指定されているアレだ。瞳も俄然興味が湧いてきた。なにしろ、どこへ行っても観光など縁のない生活をしてきた瞳だ。そういったものに触れる機会はほぼ皆無だった。


「聞いたことはある」
「見たことないだろ? 先延ばしになった奈良の代わりにはならないけどさ。近場で観光もいいもんだよ」
「そうだな」


 円の方はかなり楽しそうにしていて、瞳にもそれが伝染するようだ。
 電車の中では、普段しないような話もしたし、学校の話もした。話題には困らなかった。
 やがて降り立った日光駅は、いい意味でレトロな駅だった。
 観光案内で聞けば、東照宮までは少し歩くようだ。バスも出ているようだが、道路が混雑するので徒歩推奨だとか。
 駅前こそ土産物屋が多かったが、歩いていく道筋は普通の一般道路である。商店や一般の家、銀行などもあって、なにやら面白かった。
 15分ほどで目的地に到達する手前に、川があった。渡された橋と並行するように、朱塗りの橋が見える。


「あー、あれ神橋しんきょうだ! おおー! 川の水もキレイ! めっちゃ深そうなのに底が見える!」
「あんまり乗り出すと落ちるぞ。助けてやらないからな」


 流れる川は大谷川だいやがわだ。利根川水系の鬼怒川きぬがわの支流で、中禅寺湖ちゅうぜんじこを起点としている。日本三大名瀑として有名な華厳の滝けごんのたきとして流れ落ち、この大谷川となるのである。


「なぁ、神橋って渡れるのかな?」
「んー、渡れるみたいだぞ」
「えっ! じゃあ渡ってみよう!」


 橋の袂近くに人影を見つけた瞳が答えると、円は瞳の手を引いてサクサクと歩き出す。まるで知っている場所かのように、迷いなく。
 瞳があれこれいう間もなく神橋の上に立てば、なにやら不思議な感じがした。古くはこの橋を渡って二荒山神社ふたらさんじんじゃへ参拝したのだという。もっとも、橋は当時のままではなく、改修されてはいるけれど。
 神橋の上からまた川を見下ろしてみたり、写真を撮ってみたりして円が満足した頃に、本命の東照宮へと移動する。
 兎にも角にも拝観受付である。
 神橋でもそうだったが、こちらでも二人分の拝観料をササッと円が支払ってしまうから、瞳はちょっと困惑気味だ。
 どうやら渡してある生活費が余っているらしく、今日はそこから支払いを済ませるという円の主張なのだ。加えて、今日の目的地は円が選んで瞳には付き合ってもらう状態だからと言われてしまって困り果てる。
 そもそも、今日の外出を提案したのは瞳の方である。それがすっかりエスコートされる立場だ。
 さすが御曹司、とひっそり思ったのは内緒だ。
 まず表門から入って左手に、神厩舎しんきゅうしゃがある。神馬を繋ぐうまやである。昔は猿が馬を守るとされていたようで、猿の彫刻があるのだ。中でも有名なのが三猿さんざるである。


「見ざる、言わざる、聞かざる、だったか?」
「そうそう。それがアレ」


 厩舎の彫刻の中からそれを円が教えてくれる。意外と小さい、というのが瞳の感想だ。


「へぇ……。というか、円詳しいな?」
「だって俺、遠足で来たことあるもん」
「はぁ? なのになんで?」
「瞳と来たかったんだって」


 聞けば、地元小学校では定番の遠足コースらしい。陽明門ようめいもんの前で記念撮影をするのだとか。
 それでもやはり遠足という縛りがあるので、ゆっくりは見られなかったらしく、少し心残りではあったという。
 遠足というのはそういうものなのか、と。参加すらしたことのない瞳は考えてしまう。
 修学旅行の件といい、どうやら行程は強行軍のようだ。それなら律が前に言っていたことも頷ける。
 せめて記念にと、瞳も円にならって三猿をスマホで写真に収め、次の順路へと足を進める。
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