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翌朝。
瞳は円が起き出す前にシャワーを浴びて着替えを済ませ、『仕事』モードでも『学校』モードでもない、ただのイケメン風な髪型にセットしてメガネをする。昨日、真に会った時と同じ姿だ。
ボディバッグを持って、それからメモを書き置いて。まずは式神の世界へと行った。
待ち構えていたのはやはり玄武と青龍で、少しあきれ顔だった。
「……悪いと思ってる」
「まあ、それがヒトミですからね」
「先方は?」
「既に待機しているようです」
「では、目を閉じるように指示を」
「はい」
昨日の術者の気配を探って、その場所へと道を開く。いつもの反則技だ。
辿って開いた先は、西園寺の家の敷地内。なるべく人目につかないところ。
目を閉じたまま立っているのは、真の護衛を任されているという術者。美作の同僚である。
「おはようございます。もう、目を開けて大丈夫ですよ」
「おはようございます。昨日は、ご挨拶もせずに申し訳ありません」
「いえ。朝早くからすみません。案内をお願いします」
「かしこまりました」
真の友達として接しているのか、それとも『謎の祓い屋』として見ているのか。彼の緊張が伝わってくる気がしたから、おそらくは後者か。
「あまり……気を張らないでください」
「しかし……」
「今日は『仕事』としてではなく、真くんの友人として来たつもりですので。できればそのように」
「……かしこまりました」
そう言った彼から少しだけ力みが抜けた気がする。
「こちらです」
通された部屋には、真とよく似た黒い髪の美しい女性が待っていた。女性は瞳を見ると、ぺこりと頭を下げる。
「ようこそいらっしゃいました」
「いえ、こちらこそ朝からお時間をいただき申し訳ありません」
部屋は簡素な応接室のような感じだった。急な来客用だろうか。誘導され、瞳はソファへと腰を落ち着ける。舞も対面で座って、それから、ここまで案内してきてくれた術者に告げる。
「……人払いを」
「かしこまりました」
術者が出たタイミングで、瞳はいつも自室に施している防音の結界を張った。
「……昨日のことです。ある公園で、真くんと知り合いました。その時に番号を渡した。それが、オレと真くんのきっかけです」
「はい」
「それから、オレはゆえあって円くんとも友人です。円サイドから見たこの家の事情はある程度把握しています」
「円さんと……。では、律さんとも?」
「ええ」
「二人は元気ですか?」
「まあ、元気は元気ですね。あり余ってる」
「ふふっ、それなら良かった」
本当に、心から良かったと思っているのだろう。
笑う彼女に裏は見えない。この人も、身体はあまり強くなさそうだ。
「何から、お話ししたら良いのでしょうか」
「どうぞ、話せる範囲で全てを」
「わかりました……」
話し始めた舞の話は、本当に昔話のようだった。
愛の母親と舞の母親は、共にある男に囲われる愛人だったという。娘がほぼ同じ月齢だったこともあり、母親同士が仲良くなり、二人は幼なじみとして育ったそうだ。お互いが異母姉妹というのは物心ついた頃には知っていたらしい。きっかけは覚えていないという。
そうして、対外的には『親友』のような立ち位置で過ごしていた二人だったが、まず愛が西園寺の跡取りに見初められたことが全ての発端だったらしい。
もともと身体は強い方ではなかった二人だ。愛の方は霊力が強い方ではあったが、身体は舞よりも弱かった。
とてもじゃないが、二人もの出産に耐えられる身体ではなかったはずだ。
だが、夫は男子を、跡取りを求めて愛に出産させた。結果、愛は命を落とすこととなった。
その時に愛が言い遺した言葉が、「子供たちの母親代わりに舞を」というものだったという。
けれど、西園寺の態度で勘違いをした律と円には嫌われてしまい、挙げ句西園寺のお手付きとなって身ごもった。
舞にとっては地獄の苦しみだっただろう。
誰より大切だった愛を失い、その子供たちには嫌われ、家を出ていかれてしまった。
生まれてくる命に罪はない。分かっているからこそつらかった。
舞が産んだのは男子で、西園寺はこれで跡取りが出来たと喜んだらしいが、舞はゾッとしたという。
道具にされる、そう直感したと。
だからこそ西園寺には内緒で家庭教師をつけて勉強をさせ、西園寺流ではない正統派の帝王学も学ばせた。術者を護衛につけたのも、真の身を案じてのことだった。
だが、先日過労で倒れた西園寺が「真はまだ後を継がせるには早い」そう言ったことで、今までの均衡が破られた。
西園寺の家の中はピリピリとしたムードになってしまったのに、当の本人は何故か寝込んだままだという。
「寝込んでいるのですか?」
「はい。医者が言うには過労はもう良くなっているということなのですけれど、どうにも身体が重くて動けないと……」
「……少し、視ることは出来ますか?」
「いえ……。私たちでさえもあまり近寄ることを許されません」
「では、近付いた時の様子を思い浮かべてください」
舞は目を閉じて言われた通りに思い浮かべる。たしか、どんよりと重い空気だった。
そんな舞の額に手をかざし、瞳は様子を読み取る。
「……これは。非常に良くない。このままの状態を継続してしまえば、最悪、死に至ります」
「えっ!?」
舞が瞳の言葉に驚いた声を上げた時、コンコンとノックの音が響いた。
その瞬間に、瞳は結界を解除する。
「奥様、昼食のお時間ですがお客様の分もお運びしてよろしいでしょうか?」
ドアを開けて入って来たのは初めて見る顔。胡散臭いものを見るように瞳に視線を投げる。まぁ、仕方がない。
「舞さん、真くんの食事はどうなってます?」
「あの子も一人なんです……」
「では、三人でいただきませんか? オレは本来、真くんの友達ですし」
「そうですね。真も呼んでちょうだい。三人でこちらで食べるわ」
「かしこまりました」
男が去って少しすると、パタパタと足音が聞こえてくる。ドアがノックされて返事をすれば、嬉しそうな真が入ってくる。
「吉田さん!」
「真くん。昨夜は眠れた?」
通話を、途中で切ってしまったので心配だったのだ。
「はい。でも、吉田さんが来ると聞いたので楽しみで早くに目が覚めてしまいました」
「ごめんね、あまり話せなくて。もう少しお母さんと話したいんだ」
「はい。でもお昼を一緒に食べられると聞いて、嬉しくて」
それで走ってきたのだという。やはりこんな所は年相応だな、と思う。
真の後方を見れば、護衛の術者が今朝よりも少しだけリラックスした様子で控えていた。
瞳は円が起き出す前にシャワーを浴びて着替えを済ませ、『仕事』モードでも『学校』モードでもない、ただのイケメン風な髪型にセットしてメガネをする。昨日、真に会った時と同じ姿だ。
ボディバッグを持って、それからメモを書き置いて。まずは式神の世界へと行った。
待ち構えていたのはやはり玄武と青龍で、少しあきれ顔だった。
「……悪いと思ってる」
「まあ、それがヒトミですからね」
「先方は?」
「既に待機しているようです」
「では、目を閉じるように指示を」
「はい」
昨日の術者の気配を探って、その場所へと道を開く。いつもの反則技だ。
辿って開いた先は、西園寺の家の敷地内。なるべく人目につかないところ。
目を閉じたまま立っているのは、真の護衛を任されているという術者。美作の同僚である。
「おはようございます。もう、目を開けて大丈夫ですよ」
「おはようございます。昨日は、ご挨拶もせずに申し訳ありません」
「いえ。朝早くからすみません。案内をお願いします」
「かしこまりました」
真の友達として接しているのか、それとも『謎の祓い屋』として見ているのか。彼の緊張が伝わってくる気がしたから、おそらくは後者か。
「あまり……気を張らないでください」
「しかし……」
「今日は『仕事』としてではなく、真くんの友人として来たつもりですので。できればそのように」
「……かしこまりました」
そう言った彼から少しだけ力みが抜けた気がする。
「こちらです」
通された部屋には、真とよく似た黒い髪の美しい女性が待っていた。女性は瞳を見ると、ぺこりと頭を下げる。
「ようこそいらっしゃいました」
「いえ、こちらこそ朝からお時間をいただき申し訳ありません」
部屋は簡素な応接室のような感じだった。急な来客用だろうか。誘導され、瞳はソファへと腰を落ち着ける。舞も対面で座って、それから、ここまで案内してきてくれた術者に告げる。
「……人払いを」
「かしこまりました」
術者が出たタイミングで、瞳はいつも自室に施している防音の結界を張った。
「……昨日のことです。ある公園で、真くんと知り合いました。その時に番号を渡した。それが、オレと真くんのきっかけです」
「はい」
「それから、オレはゆえあって円くんとも友人です。円サイドから見たこの家の事情はある程度把握しています」
「円さんと……。では、律さんとも?」
「ええ」
「二人は元気ですか?」
「まあ、元気は元気ですね。あり余ってる」
「ふふっ、それなら良かった」
本当に、心から良かったと思っているのだろう。
笑う彼女に裏は見えない。この人も、身体はあまり強くなさそうだ。
「何から、お話ししたら良いのでしょうか」
「どうぞ、話せる範囲で全てを」
「わかりました……」
話し始めた舞の話は、本当に昔話のようだった。
愛の母親と舞の母親は、共にある男に囲われる愛人だったという。娘がほぼ同じ月齢だったこともあり、母親同士が仲良くなり、二人は幼なじみとして育ったそうだ。お互いが異母姉妹というのは物心ついた頃には知っていたらしい。きっかけは覚えていないという。
そうして、対外的には『親友』のような立ち位置で過ごしていた二人だったが、まず愛が西園寺の跡取りに見初められたことが全ての発端だったらしい。
もともと身体は強い方ではなかった二人だ。愛の方は霊力が強い方ではあったが、身体は舞よりも弱かった。
とてもじゃないが、二人もの出産に耐えられる身体ではなかったはずだ。
だが、夫は男子を、跡取りを求めて愛に出産させた。結果、愛は命を落とすこととなった。
その時に愛が言い遺した言葉が、「子供たちの母親代わりに舞を」というものだったという。
けれど、西園寺の態度で勘違いをした律と円には嫌われてしまい、挙げ句西園寺のお手付きとなって身ごもった。
舞にとっては地獄の苦しみだっただろう。
誰より大切だった愛を失い、その子供たちには嫌われ、家を出ていかれてしまった。
生まれてくる命に罪はない。分かっているからこそつらかった。
舞が産んだのは男子で、西園寺はこれで跡取りが出来たと喜んだらしいが、舞はゾッとしたという。
道具にされる、そう直感したと。
だからこそ西園寺には内緒で家庭教師をつけて勉強をさせ、西園寺流ではない正統派の帝王学も学ばせた。術者を護衛につけたのも、真の身を案じてのことだった。
だが、先日過労で倒れた西園寺が「真はまだ後を継がせるには早い」そう言ったことで、今までの均衡が破られた。
西園寺の家の中はピリピリとしたムードになってしまったのに、当の本人は何故か寝込んだままだという。
「寝込んでいるのですか?」
「はい。医者が言うには過労はもう良くなっているということなのですけれど、どうにも身体が重くて動けないと……」
「……少し、視ることは出来ますか?」
「いえ……。私たちでさえもあまり近寄ることを許されません」
「では、近付いた時の様子を思い浮かべてください」
舞は目を閉じて言われた通りに思い浮かべる。たしか、どんよりと重い空気だった。
そんな舞の額に手をかざし、瞳は様子を読み取る。
「……これは。非常に良くない。このままの状態を継続してしまえば、最悪、死に至ります」
「えっ!?」
舞が瞳の言葉に驚いた声を上げた時、コンコンとノックの音が響いた。
その瞬間に、瞳は結界を解除する。
「奥様、昼食のお時間ですがお客様の分もお運びしてよろしいでしょうか?」
ドアを開けて入って来たのは初めて見る顔。胡散臭いものを見るように瞳に視線を投げる。まぁ、仕方がない。
「舞さん、真くんの食事はどうなってます?」
「あの子も一人なんです……」
「では、三人でいただきませんか? オレは本来、真くんの友達ですし」
「そうですね。真も呼んでちょうだい。三人でこちらで食べるわ」
「かしこまりました」
男が去って少しすると、パタパタと足音が聞こえてくる。ドアがノックされて返事をすれば、嬉しそうな真が入ってくる。
「吉田さん!」
「真くん。昨夜は眠れた?」
通話を、途中で切ってしまったので心配だったのだ。
「はい。でも、吉田さんが来ると聞いたので楽しみで早くに目が覚めてしまいました」
「ごめんね、あまり話せなくて。もう少しお母さんと話したいんだ」
「はい。でもお昼を一緒に食べられると聞いて、嬉しくて」
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