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【閑話】美作透氏の懊悩
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以前から、円にしては随分と執着しているな、とは思っていたのだ。
思っていたのだが、まさかこう来るとは思っていなかった美作である。
目の前の光景を見つつ、それでも何となく予感はしていた気がする。
********
円からの突然の電話は、まさに寝耳に水だった。
瞳が怪我をしたというのだ。しかも、円の声音からして相当酷い。
とにかく朝を待って連絡があればすぐに駆けつける準備をした。まずは小田切に連絡をして翌朝の予定を聞いた。瞳の『仕事』であれば『闇医者』が必要になるかもしれない。幼なじみである彼は、美作の話を聞けば二つ返事で了承し、必要があればすぐに連絡してこいと言ってくれる。
律が起きる時間を見計らったように、予想通りに憔悴しきったような声で連絡があるから、いてもたってもいられずに、律を抱えるように抱き上げて瞳のマンションへ向かった。
そこで見た瞳の姿は予想以上だった。
円とは少し言葉を交わしただけで状態を把握出来る。すぐさま小田切に連絡を入れたが、そこからが予想外だった。
まさかの椿召喚と、椿による治療。円の疲れた様子も、もしかすると心労だけではないのかもしれない。
片時も瞳から離れようとしない円に、せめてとスープを作って食べさせて。
吉田家のキッチンは初めてではないからそれは苦ではなかった。
それから、円に水を持って来るようにと叫ぶように指示されて、その言葉のままにコップを水を汲んで部屋へ持っていった。
********
瞳の目が覚めたのは非常に喜ばしい。だが、その痛々しさには胸がつまる。
そんな彼に円が鎮痛剤を含ませて水を口移しにする現場を、美作は目の当たりにしてしまったのだった。
律が「あら」と呑気に言う声が聞こえるが、美作はどう反応したらいいのか分からない。
自分で薬を飲めない瞳に、円は躊躇うことなくそうした。
つまりは、そういうことなのだろう。
この見た目で、今まで浮いた噂のひとつもなかった円だ。今回のこれは、本気も本気。しかも相手はあの瞳である。なんだか複雑な気分だけれど、反対する気など毛頭ない。
そう思いながら気持ちの整理をつけて数日。
『晴天の霹靂』というのはこういうことを言うのだな、と思った。
瞳と出かけて律と円に誕生日プレゼントを用意して渡した日のことである。夜、円から着信があったのだ。
前日までの流れで、始めは瞳かと思ったが、彼は必ずメッセージを入れてから電話をしてくることを思い出す。
「はい。円さま、どうされましたか?」
『美作……ちょっと聞きたいんだけど』
「なんでしょう?」
声がかたい。何かあったのだろうかと身構える。
『瞳のこと、どう思ってる?』
「崇拝……いえ、敬愛しておりますが」
『……今、崇拝って言ったな?』
「いえ……、はい。どうか瞳さまにはご内密に……」
『……敬愛で間違いないないな?』
「……どうされました?」
『俺、恋愛感情で瞳のこと好きだから』
「…………はい」
存じ上げております、と言わなかったのは奇跡だろう。
『邪魔をするなら、たとえ美作だろうと容赦しないから』
「かしこまりました」
『それだけ。悪かった』
プツリと通話が切れてから思い至る。
今日は期せずして瞳と二人で出かけたことに。いや、そういう予定ではあったのだけれど、円は違う意味で捉えたのだろう。
これは、いわゆる牽制だ。
これが円の初恋なのだ。上手く成就すればいいと願わずにはいられない美作であった。
思っていたのだが、まさかこう来るとは思っていなかった美作である。
目の前の光景を見つつ、それでも何となく予感はしていた気がする。
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円からの突然の電話は、まさに寝耳に水だった。
瞳が怪我をしたというのだ。しかも、円の声音からして相当酷い。
とにかく朝を待って連絡があればすぐに駆けつける準備をした。まずは小田切に連絡をして翌朝の予定を聞いた。瞳の『仕事』であれば『闇医者』が必要になるかもしれない。幼なじみである彼は、美作の話を聞けば二つ返事で了承し、必要があればすぐに連絡してこいと言ってくれる。
律が起きる時間を見計らったように、予想通りに憔悴しきったような声で連絡があるから、いてもたってもいられずに、律を抱えるように抱き上げて瞳のマンションへ向かった。
そこで見た瞳の姿は予想以上だった。
円とは少し言葉を交わしただけで状態を把握出来る。すぐさま小田切に連絡を入れたが、そこからが予想外だった。
まさかの椿召喚と、椿による治療。円の疲れた様子も、もしかすると心労だけではないのかもしれない。
片時も瞳から離れようとしない円に、せめてとスープを作って食べさせて。
吉田家のキッチンは初めてではないからそれは苦ではなかった。
それから、円に水を持って来るようにと叫ぶように指示されて、その言葉のままにコップを水を汲んで部屋へ持っていった。
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瞳の目が覚めたのは非常に喜ばしい。だが、その痛々しさには胸がつまる。
そんな彼に円が鎮痛剤を含ませて水を口移しにする現場を、美作は目の当たりにしてしまったのだった。
律が「あら」と呑気に言う声が聞こえるが、美作はどう反応したらいいのか分からない。
自分で薬を飲めない瞳に、円は躊躇うことなくそうした。
つまりは、そういうことなのだろう。
この見た目で、今まで浮いた噂のひとつもなかった円だ。今回のこれは、本気も本気。しかも相手はあの瞳である。なんだか複雑な気分だけれど、反対する気など毛頭ない。
そう思いながら気持ちの整理をつけて数日。
『晴天の霹靂』というのはこういうことを言うのだな、と思った。
瞳と出かけて律と円に誕生日プレゼントを用意して渡した日のことである。夜、円から着信があったのだ。
前日までの流れで、始めは瞳かと思ったが、彼は必ずメッセージを入れてから電話をしてくることを思い出す。
「はい。円さま、どうされましたか?」
『美作……ちょっと聞きたいんだけど』
「なんでしょう?」
声がかたい。何かあったのだろうかと身構える。
『瞳のこと、どう思ってる?』
「崇拝……いえ、敬愛しておりますが」
『……今、崇拝って言ったな?』
「いえ……、はい。どうか瞳さまにはご内密に……」
『……敬愛で間違いないないな?』
「……どうされました?」
『俺、恋愛感情で瞳のこと好きだから』
「…………はい」
存じ上げております、と言わなかったのは奇跡だろう。
『邪魔をするなら、たとえ美作だろうと容赦しないから』
「かしこまりました」
『それだけ。悪かった』
プツリと通話が切れてから思い至る。
今日は期せずして瞳と二人で出かけたことに。いや、そういう予定ではあったのだけれど、円は違う意味で捉えたのだろう。
これは、いわゆる牽制だ。
これが円の初恋なのだ。上手く成就すればいいと願わずにはいられない美作であった。
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