祓い屋はじめました。

七海さくら/浅海咲也(同一人物)

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089.

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「で、円にはコレ。美作さんとオレ、二人から」
「……ありがとう」


 差し出すのは専用の手提げ袋ごと。円はなんだか神妙な顔で受け取った。


「開けてみろ」


 円の動きがぎこちない。瞳に促されて、そろりそろりと手提げ袋から箱を出してリボンを外すと、パカリと開けてみる。
 そこには、先ほど瞳が選んだ腕時計。


「これ……」
「これから必要になるものだからな」


 たしかに、小田切も腕時計をしているし、脈をとる時も時計を確認していた。今日の助手としての同行だけでも、いろいろと足りないものがたくさんあることがわかったところだ。
 その、物理的に足りなかったもののひとつが、今、手の中にある。


「時計は消耗品と考えろ。しまい込むな、使え。ダメになったら修理でも新しいのでも選べばいい」


 瞳からもらったなどと考えたら大切にしまい込んでしまいそうな円の考えを予測したかのような瞳の言葉に、円は苦笑した。


「わかった。二人とも、ありがとう」
「よし」


 美作がなんだか少し納得いかないような複雑な表情をしているが、見なかったことにする。
 そして、そんな美作から提案があった。


「円さまもお疲れでしょうし、今日は夕食はこちらで召し上がってください」
「え」
「おー、やった!」
「あら。せっかくの団欒だんらん。お邪魔でしょうし、わたしは戻りますね」


 気を利かせたつもりなのだろう、太陰がスウッと消えてしまう。律は少し残念そうだが、四人での食事は嬉しいようだ。すぐに表情が明るくなる。


「美作、今日のご飯はなぁに?」
「実は昨夜から仕込んでありまして。カレーにしましょう」
「さすが美作! 準備がいい!」
「これから土曜日は瞳さまもこちらで召し上がるようになさってください」
「え」
「円さまが小田切のところへ行くとすると、食事は一人分だと不経済ですからね」
「あ、じゃあ食費入れま……」
「ストップ!」


 最後まで言わせてもらえなかった。円のストップがかかる。


「西園寺からの俺の分の生活費から差し引いてもらうから! 瞳は出資しちゃダメ!」
「ええぇ……」


 もちろん瞳は不満をもらすが、円どころか、律や美作までにもお断りされてしまう。


「私たちはお金には替えられないものをたくさん瞳からもらったわ。それこそ換金しようものなら一生かかっても払いきれないくらいよ。だから、これくらいは甘えてちょうだい」


 瞳はいろいろと言い訳を考えてみたけれど、どれも絶対に律に論破されると思った。はぁ、とため息をつく。どうしたってこの三人がタッグを組んだらかなわない。


「お言葉に、甘えさせていただきます」


 そう、瞳が言えば。


「かしこまりました」


 美作がやっと晴れやかに笑いながら言った。


「うちはカレーといえばキーマカレーなんだけど、瞳は大丈夫かしら?」
「え、むしろキーマカレー初めてなんですけど」
「美味しいわよ!」
「律さま、ハードル上げないでください」


 ウキウキと律が言うのを、美作が制止した。
 けれど、それは既に遅かった。キーマカレー、というだけでも楽しみになってしまっている瞳である。それが美作が仕込んだのだと言うのだから尚更だ。
 そもそもが瞳はカレーにあまり縁がなかった。ひとり暮らしの時は、カレーを作っても余らせて食べきる前に悪くしてしまうことがあって以来、作らないようにしていたのだ。


「美作、温泉卵も乗せてね!」
「かしこまりました」
「俺も!」
「はい。瞳さまはどうなさいますか?」
「あ、お願いします」
「かしこまりました」


 そうしてテーブルに並べられた皿に盛られているのは、瞳が知っているカレーではなかった。


「ひき肉なのかぁ」
「そう。温泉卵とは相性バッチリだぞ!」


 どうやら温泉卵も美作が先ほど作ってくれたようで、黄身の半熟具合をどうするか聞かれたりもした。
 四人揃って席についたところで食事の挨拶をして、瞳はドキドキしながらスプーンで温泉卵の黄身をとろりと崩してカレーと一緒に口に運ぶ。


「美味しいです」


 三人が見守る中、もぐもぐと食べながら瞳は感想を述べた。
 スパイスが効いていて辛いのに辛くない。卵のまろやかさのおかげなのか、他にも隠し味があるのか。これはクセになる美味しさだ。円が言った通り、温泉卵との相性は良かった。


「西園寺家のカレーすごい……美味しい」
「美作の特製だもの」
「おそれいります」
「俺も食べよ」


 瞳の反応が気になって、自分の食事はそっちのけだった三人もやっと食べ始める。
 食事中は主に律や円が話し、瞳と美作は聞き役に回ることが多い。今日もそうだったけれど、買い物については少しだけ質問攻めにあった二人だ。もちろん異母弟のことだけを上手く伏せつつ話をしたのであった。
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