89 / 186
087.
しおりを挟む
「つまり、この公園で偶然出会うように仕向ける、という訳ですね?」
「はい。ここまで誘導させます」
「……上手くいくでしょうか」
「大丈夫だと思いますよ。今日の瞳さまはいつもより柔らかい雰囲気ですし」
「そう、ですか?」
出かける直前にいじってきた前髪が功を奏しているのだろうか。そうであれば嬉しい。
前髪は少しだけ分けるようにして、相手から目が見えるようにしてきた。メガネも銀縁のメガネなので、黒縁のものほど圧迫感は無いはずだ。
ただ、それが人目を引くことに瞳自身が気付いていないことが、円を始めとした三人の悩みでもあった。
瞳は、自身に向けられる好意に疎すぎるのだ。そのいちばんの被害者は円であるのだけれども。
「わたしは少し離れた場所で待機しますので、よろしくお願いいたします」
「……やってみます」
瞳が頷くと、予定時間が近いため美作はすぐに移動する。
少しだけ考えて、瞳は妖精たちに協力を頼むことにした。
「なあ、みんな」
『どうしたのー?』
「オレ、少しだけ寝るかもしれないから。小学生くらいの男の子が来たら起こしてくれないか?」
『ねたふりー?』
「ふは。本当に寝ちゃうかもしれないから」
『わかったー』
『ヒトミおつかれー』
『ねていいよー』
「ありがとう」
真夏とはいえ、雨が近いのか雲が出てきたせいもあるだろう。少しだけ涼しくなってきた気がする。
(これは本気で寝るかもな……)
瞳はベンチに少しだけ浅く座り直して緩く足を組み、腕組みをしてうつむき加減で目を閉じる。
風で木の葉が揺れる音さえ心地いい。
本当にウトウトしかけた頃に、人の気配がした。
二人。そのうち一人は子ども。何やら話し声が聞こえて、大人の方の気配が去った。残された子どもから感じる視線。
『ヒトミー』
『いるよいるよー』
『おとこのこー』
『おきてー』
ありがとう、と誰にも聞かれないように小さく呟いて、ふ、と目を開ける。視線を上げれば、こちらを見て驚いたような少年の姿。小学5年生と聞いている。律や円とは見た目は似ていないけれど、雰囲気で兄弟だと知れる。
瞳は、きょろ、と辺りを見回して他に人影が見えないことを確認してから少年に、にこ、と笑いかける。
「変なところ見られちゃったかな?」
「……熱中症になりますよ」
はぁ、とため息をついて大人びたことを言う少年。
「でも、ひと雨来そうだよ?」
「そうですね……」
知らない人から話しかけられているのに、警戒する様子もなく。逃げる様子もない。
「ひとりなの?」
「いえ、ここで少し待つように言われて……」
ああ、そういうことか。
瞳は、じゃあ、とベンチの空いている部分をポンポンと叩いて。
「そこだと暑いでしょ。こっち座りなよ」
少年は、少しだけためらいを見せて、それでも瞳が示した場所にストンと座る。
「お兄さんは、ここで何してるんですか?」
「んー、考えごと、かな?」
「考えごと……」
「お兄さんは高校生なんです」
「はい」
「そろそろ周りでは進路を決めるやつとかチラホラ居てさ。でもお兄さんはどうしようかぐるぐる悩んでいるんだ」
「進路……」
瞳の言葉に興味を持ったらしい少年が反芻するように呟く。
「僕も、同じなんです」
「ん?」
「僕の父は、会社を経営しているんですけど……」
「へぇ」
「最近、体調を崩して。跡継ぎとして、僕が相応しいかどうかが問題になっているみたいなんです」
「キミの歳で? 早くない?」
「家を出てしまっていて僕は会ったことがないのですが。母親が違う姉と兄がいるんです」
「うーん?」
「彼らの方が相応しいという意見があって……僕はどうしたらいいのか……」
「そうか」
「はい……」
「キミは、どうしたいの?」
「え?」
少年は、きょとん、と瞳を見上げる。
今までこんな風に彼に意見を求める者などいなかったのだろう。
「お姉さんやお兄さんは関係ない。お父さんやお母さん、周りの意見は関係ないんだ。キミ自身は、どうしたい?」
「僕は……」
「うん」
「父を、助けたいです」
「助ける」
「跡を継ぎたいとか、そういうことではなくて。父を、支えたいです」
しっかりとした考えを持っているようで、瞳は安心する。
くしゃり、と少年の頭を撫でてやった。にこ、と笑う。
「もう答えは出てるじゃん」
「あ……」
「それ、ちゃんとお父さんに言ったか?」
「言ってません……」
「ふは。言ってみろよ。何か変わるかもしれないぞ?」
「でも」
「ん?」
「自信がないです……本当に支えられるか」
「うーん、要は気持ちじゃないか?」
「気持ち?」
「そう。お父さんって入院とかしてるのか?」
「いえ、命に関わるような病気ではなかったので……」
必要なところでは言葉を濁しつつ、真実を伝えようとしてくる。初対面の相手にそれもどうかと思ったけれど、なかなかしっかりしている部分もあるようだ。小学生でこれなら上出来だ。
それに、この感じ。
「そっか。それなら尚更だ。しっかり話してみろよ。周りも変わるかもしれないぞ?」
「はい。あの……」
「ん?」
「また、こちらにいらっしゃいますか?」
「へ?」
「できたら、また相談に……」
「ああ。うーん、ここへはあまり来ないから……そうだな」
ちょっと待って、と瞳はボディバッグを探った。
何かメモを書けるもの、と探したけれど、ちょうど良い紙が見当たらない。ペンはあるのに。じゃあ、と最終手段だ。入れてあった文庫本を取り出して、奥付のページを開く。
少しだけ躊躇われたけれど、そこへ自分の携帯番号をサラサラと書き込んだ。
「褒められた教え方じゃないけど、これ。オレの携帯。出られるとは限らないけど、いつでもかけてくれていいから」
「ありがとうございます!」
少年が嬉しそうに文庫本を受け取った時、美作の同僚であろう術者が「お待たせしました」と言いながら現れた。
「あの、すみません。また……」
「ああ。またね」
ひらりと手を振ってやれば、少年も術者も頭を下げて去っていく。見えなくなるまで見送ると、違う方向から美作が歩いてくるのが見えた。
「はい。ここまで誘導させます」
「……上手くいくでしょうか」
「大丈夫だと思いますよ。今日の瞳さまはいつもより柔らかい雰囲気ですし」
「そう、ですか?」
出かける直前にいじってきた前髪が功を奏しているのだろうか。そうであれば嬉しい。
前髪は少しだけ分けるようにして、相手から目が見えるようにしてきた。メガネも銀縁のメガネなので、黒縁のものほど圧迫感は無いはずだ。
ただ、それが人目を引くことに瞳自身が気付いていないことが、円を始めとした三人の悩みでもあった。
瞳は、自身に向けられる好意に疎すぎるのだ。そのいちばんの被害者は円であるのだけれども。
「わたしは少し離れた場所で待機しますので、よろしくお願いいたします」
「……やってみます」
瞳が頷くと、予定時間が近いため美作はすぐに移動する。
少しだけ考えて、瞳は妖精たちに協力を頼むことにした。
「なあ、みんな」
『どうしたのー?』
「オレ、少しだけ寝るかもしれないから。小学生くらいの男の子が来たら起こしてくれないか?」
『ねたふりー?』
「ふは。本当に寝ちゃうかもしれないから」
『わかったー』
『ヒトミおつかれー』
『ねていいよー』
「ありがとう」
真夏とはいえ、雨が近いのか雲が出てきたせいもあるだろう。少しだけ涼しくなってきた気がする。
(これは本気で寝るかもな……)
瞳はベンチに少しだけ浅く座り直して緩く足を組み、腕組みをしてうつむき加減で目を閉じる。
風で木の葉が揺れる音さえ心地いい。
本当にウトウトしかけた頃に、人の気配がした。
二人。そのうち一人は子ども。何やら話し声が聞こえて、大人の方の気配が去った。残された子どもから感じる視線。
『ヒトミー』
『いるよいるよー』
『おとこのこー』
『おきてー』
ありがとう、と誰にも聞かれないように小さく呟いて、ふ、と目を開ける。視線を上げれば、こちらを見て驚いたような少年の姿。小学5年生と聞いている。律や円とは見た目は似ていないけれど、雰囲気で兄弟だと知れる。
瞳は、きょろ、と辺りを見回して他に人影が見えないことを確認してから少年に、にこ、と笑いかける。
「変なところ見られちゃったかな?」
「……熱中症になりますよ」
はぁ、とため息をついて大人びたことを言う少年。
「でも、ひと雨来そうだよ?」
「そうですね……」
知らない人から話しかけられているのに、警戒する様子もなく。逃げる様子もない。
「ひとりなの?」
「いえ、ここで少し待つように言われて……」
ああ、そういうことか。
瞳は、じゃあ、とベンチの空いている部分をポンポンと叩いて。
「そこだと暑いでしょ。こっち座りなよ」
少年は、少しだけためらいを見せて、それでも瞳が示した場所にストンと座る。
「お兄さんは、ここで何してるんですか?」
「んー、考えごと、かな?」
「考えごと……」
「お兄さんは高校生なんです」
「はい」
「そろそろ周りでは進路を決めるやつとかチラホラ居てさ。でもお兄さんはどうしようかぐるぐる悩んでいるんだ」
「進路……」
瞳の言葉に興味を持ったらしい少年が反芻するように呟く。
「僕も、同じなんです」
「ん?」
「僕の父は、会社を経営しているんですけど……」
「へぇ」
「最近、体調を崩して。跡継ぎとして、僕が相応しいかどうかが問題になっているみたいなんです」
「キミの歳で? 早くない?」
「家を出てしまっていて僕は会ったことがないのですが。母親が違う姉と兄がいるんです」
「うーん?」
「彼らの方が相応しいという意見があって……僕はどうしたらいいのか……」
「そうか」
「はい……」
「キミは、どうしたいの?」
「え?」
少年は、きょとん、と瞳を見上げる。
今までこんな風に彼に意見を求める者などいなかったのだろう。
「お姉さんやお兄さんは関係ない。お父さんやお母さん、周りの意見は関係ないんだ。キミ自身は、どうしたい?」
「僕は……」
「うん」
「父を、助けたいです」
「助ける」
「跡を継ぎたいとか、そういうことではなくて。父を、支えたいです」
しっかりとした考えを持っているようで、瞳は安心する。
くしゃり、と少年の頭を撫でてやった。にこ、と笑う。
「もう答えは出てるじゃん」
「あ……」
「それ、ちゃんとお父さんに言ったか?」
「言ってません……」
「ふは。言ってみろよ。何か変わるかもしれないぞ?」
「でも」
「ん?」
「自信がないです……本当に支えられるか」
「うーん、要は気持ちじゃないか?」
「気持ち?」
「そう。お父さんって入院とかしてるのか?」
「いえ、命に関わるような病気ではなかったので……」
必要なところでは言葉を濁しつつ、真実を伝えようとしてくる。初対面の相手にそれもどうかと思ったけれど、なかなかしっかりしている部分もあるようだ。小学生でこれなら上出来だ。
それに、この感じ。
「そっか。それなら尚更だ。しっかり話してみろよ。周りも変わるかもしれないぞ?」
「はい。あの……」
「ん?」
「また、こちらにいらっしゃいますか?」
「へ?」
「できたら、また相談に……」
「ああ。うーん、ここへはあまり来ないから……そうだな」
ちょっと待って、と瞳はボディバッグを探った。
何かメモを書けるもの、と探したけれど、ちょうど良い紙が見当たらない。ペンはあるのに。じゃあ、と最終手段だ。入れてあった文庫本を取り出して、奥付のページを開く。
少しだけ躊躇われたけれど、そこへ自分の携帯番号をサラサラと書き込んだ。
「褒められた教え方じゃないけど、これ。オレの携帯。出られるとは限らないけど、いつでもかけてくれていいから」
「ありがとうございます!」
少年が嬉しそうに文庫本を受け取った時、美作の同僚であろう術者が「お待たせしました」と言いながら現れた。
「あの、すみません。また……」
「ああ。またね」
ひらりと手を振ってやれば、少年も術者も頭を下げて去っていく。見えなくなるまで見送ると、違う方向から美作が歩いてくるのが見えた。
0
お気に入りに追加
56
あなたにおすすめの小説


百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話
桜井正宗
青春
――結婚しています!
それは二人だけの秘密。
高校二年の遙と遥は結婚した。
近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。
キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。
ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。
*結婚要素あり
*ヤンデレ要素あり

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる