祓い屋はじめました。

七海さくら/浅海咲也(同一人物)

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「つまり、この公園で偶然出会うように仕向ける、という訳ですね?」
「はい。ここまで誘導させます」
「……上手くいくでしょうか」
「大丈夫だと思いますよ。今日の瞳さまはいつもより柔らかい雰囲気ですし」
「そう、ですか?」


 出かける直前にいじってきた前髪が功を奏しているのだろうか。そうであれば嬉しい。
 前髪は少しだけ分けるようにして、相手から目が見えるようにしてきた。メガネも銀縁のメガネなので、黒縁のものほど圧迫感は無いはずだ。
 ただ、それが人目を引くことに瞳自身が気付いていないことが、円を始めとした三人の悩みでもあった。
 瞳は、自身に向けられる好意に疎すぎるのだ。そのいちばんの被害者は円であるのだけれども。


「わたしは少し離れた場所で待機しますので、よろしくお願いいたします」
「……やってみます」


 瞳が頷くと、予定時間が近いため美作はすぐに移動する。
 少しだけ考えて、瞳は妖精たちに協力を頼むことにした。


「なあ、みんな」
『どうしたのー?』
「オレ、少しだけ寝るかもしれないから。小学生くらいの男の子が来たら起こしてくれないか?」
『ねたふりー?』
「ふは。本当に寝ちゃうかもしれないから」
『わかったー』
『ヒトミおつかれー』
『ねていいよー』
「ありがとう」


 真夏とはいえ、雨が近いのか雲が出てきたせいもあるだろう。少しだけ涼しくなってきた気がする。


(これは本気で寝るかもな……)


 瞳はベンチに少しだけ浅く座り直して緩く足を組み、腕組みをしてうつむき加減で目を閉じる。
 風で木の葉が揺れる音さえ心地いい。
 本当にウトウトしかけた頃に、人の気配がした。
 二人。そのうち一人は子ども。何やら話し声が聞こえて、大人の方の気配が去った。残された子どもから感じる視線。


『ヒトミー』
『いるよいるよー』
『おとこのこー』
『おきてー』


 ありがとう、と誰にも聞かれないように小さく呟いて、ふ、と目を開ける。視線を上げれば、こちらを見て驚いたような少年の姿。小学5年生と聞いている。律や円とは見た目は似ていないけれど、雰囲気で兄弟だと知れる。
 瞳は、きょろ、と辺りを見回して他に人影が見えないことを確認してから少年に、にこ、と笑いかける。


「変なところ見られちゃったかな?」
「……熱中症になりますよ」


 はぁ、とため息をついて大人びたことを言う少年。


「でも、ひと雨来そうだよ?」
「そうですね……」


 知らない人から話しかけられているのに、警戒する様子もなく。逃げる様子もない。


「ひとりなの?」
「いえ、ここで少し待つように言われて……」


 ああ、そういうことか。
 瞳は、じゃあ、とベンチの空いている部分をポンポンと叩いて。


「そこだと暑いでしょ。こっち座りなよ」


 少年は、少しだけためらいを見せて、それでも瞳が示した場所にストンと座る。


「お兄さんは、ここで何してるんですか?」
「んー、考えごと、かな?」
「考えごと……」
「お兄さんは高校生なんです」
「はい」
「そろそろ周りでは進路を決めるやつとかチラホラ居てさ。でもお兄さんはどうしようかぐるぐる悩んでいるんだ」
「進路……」


 瞳の言葉に興味を持ったらしい少年が反芻するように呟く。


「僕も、同じなんです」
「ん?」
「僕の父は、会社を経営しているんですけど……」
「へぇ」
「最近、体調を崩して。跡継ぎとして、僕が相応しいかどうかが問題になっているみたいなんです」
「キミの歳で? 早くない?」
「家を出てしまっていて僕は会ったことがないのですが。母親が違う姉と兄がいるんです」
「うーん?」
「彼らの方が相応しいという意見があって……僕はどうしたらいいのか……」
「そうか」
「はい……」
「キミは、どうしたいの?」
「え?」


 少年は、きょとん、と瞳を見上げる。
 今までこんな風に彼に意見を求める者などいなかったのだろう。


「お姉さんやお兄さんは関係ない。お父さんやお母さん、周りの意見は関係ないんだ。キミ自身は、どうしたい?」
「僕は……」
「うん」
「父を、助けたいです」
「助ける」
「跡を継ぎたいとか、そういうことではなくて。父を、支えたいです」


 しっかりとした考えを持っているようで、瞳は安心する。
 くしゃり、と少年の頭を撫でてやった。にこ、と笑う。


「もう答えは出てるじゃん」
「あ……」
「それ、ちゃんとお父さんに言ったか?」
「言ってません……」
「ふは。言ってみろよ。何か変わるかもしれないぞ?」
「でも」
「ん?」
「自信がないです……本当に支えられるか」
「うーん、要は気持ちじゃないか?」
「気持ち?」
「そう。お父さんって入院とかしてるのか?」
「いえ、命に関わるような病気ではなかったので……」


 必要なところでは言葉を濁しつつ、真実を伝えようとしてくる。初対面の相手にそれもどうかと思ったけれど、なかなかしっかりしている部分もあるようだ。小学生でこれなら上出来だ。
 それに、この感じ。


「そっか。それなら尚更だ。しっかり話してみろよ。周りも変わるかもしれないぞ?」
「はい。あの……」
「ん?」
「また、こちらにいらっしゃいますか?」
「へ?」
「できたら、また相談に……」
「ああ。うーん、ここへはあまり来ないから……そうだな」


 ちょっと待って、と瞳はボディバッグを探った。
 何かメモを書けるもの、と探したけれど、ちょうど良い紙が見当たらない。ペンはあるのに。じゃあ、と最終手段だ。入れてあった文庫本を取り出して、奥付のページを開く。
 少しだけ躊躇われたけれど、そこへ自分の携帯番号をサラサラと書き込んだ。


「褒められた教え方じゃないけど、これ。オレの携帯。出られるとは限らないけど、いつでもかけてくれていいから」
「ありがとうございます!」


 少年が嬉しそうに文庫本を受け取った時、美作の同僚であろう術者が「お待たせしました」と言いながら現れた。


「あの、すみません。また……」
「ああ。またね」


 ひらりと手を振ってやれば、少年も術者も頭を下げて去っていく。見えなくなるまで見送ると、違う方向から美作が歩いてくるのが見えた。
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