祓い屋はじめました。

七海さくら/浅海咲也(同一人物)

文字の大きさ
上 下
73 / 186

071.

しおりを挟む
「オレが『吉田瞳』のままで除霊します」


 食事が終わって、先ほどの議題に戻った時に放たれた瞳のセリフは、その場を凍り付かせた。
 いちばん早く言葉を取り戻したのは円だった。


「瞳、それどういう意味か分かってる?」
「いや、だから。『謎の祓い屋』は一条からの依頼は受けないって式神に伝えたから! そんで、その上でアイツの手に負えないようならココに連絡しろって言ってある」
「……アイツって」
「一条のお抱え術者だよ。名前知らないから」
「しかし、『謎の祓い屋』が依頼を受けないとなると、裏の世界では相当な打撃になるのではないですか?」
「『オレ』は大したことありませんが、拒絶された側は相当らしいですね。頼みの綱だったはずの『綱』自体が無くなるわけですし、よくは知りませんが信用問題にも関わってくるとかなんとか……」


 瞳は、祓い屋として活動を始めて五年目である。その間につちかってきたものは大きい。もともとの能力が大きいから殊更ことさらに影響力も甚大だ。
 彼にとって、特に楽しい思い出などなかった四年間だが、つらいばかりでもなかった。
 神将たちがいたから。
 そして今は、円や律、美作がいることがどれだけ瞳の救いとなっているか。
 本人も気付いていないかもしれないけれど、彼らの存在は大きい。
 だからこそ、彼らを守りたいと思うのだ。


「こっちに『依頼』が来るとは限りませんが、もし、来たら。その時はオレが行きます」
「…………でもさぁ」
「一条の嬢に付きまとわれる可能性が一番高いのお前なんだぞ? オレは『仕事』モードじゃなきゃ大丈夫だろ」
「どっちもすっぴんだろ……」


 じとり、と瞳を見てくる円は、どうしても気に入らないらしい。
 どうしたものかな、と瞳が思案していると。
 美作が持つ、事務所用の端末が着信を知らせる。彼がチラリと律に視線を走らせれば。


「美作、出なさい。その代わり、スピーカーで」
「かしこまりました」


 美作は黙っているようにと仕草で示し、通話を開始すると同時に音声をスピーカーに切り替えた。


「はい、もしもし」
『ああ、すみません。そちら霊障関係の探偵事務所だと聞いたのですが』
「はい、そうですが」
『依頼をお願いします』
「……失礼ですが、お名前を」
『……一条です』
「一条さまですね」


 誰もが来た、と思った瞬間だった。
 予想はしていたけれど、それにしても早すぎる。この術者がよほど無能なのか、それとも悪霊が強いのか。
 通話の回線を通して、瞳は一条邸の様子を探る。美作に通話を引き延ばしてくれるように合図した。


「どのような案件か、詳しくお話しいただけますか?」
『……そんなものはこちらに来て直接視ればいい』


 さすがの瞳もびっくりする言い草だったし、円は怒鳴ろうとするのを必死で堪えているし、律はぽかんとして声も出ない。何より美作がカチンときたようで、声色が変わった。


「そうは行きませんね。こちらの術者も命をかけて仕事をしています。どのような案件かも話せないようならば依頼はお受けいたしかねます」
『こっちは客だぞ!』
「契約は成立して始めて効力を発します。今はただの通話相手です。依頼人でもお客様でもありませんが、何か?」


 美作のセリフに返す言葉がないらしい。ぐ、と詰まった様子がわかる。
 短い沈黙の途中、瞳が通話を切ってもいいと仕草で示すから、美作は心底ホッとする。


「お話しすることもないようですので、これで失礼いたします」
『待っ……』


 たぶん、待ってくれ、とでも言おうとしたのだろうが、美作は構わずブツリと通話を切った。瞳はよくやった、とばかりに大きく頷いている。


「大丈夫なんですか?」
「いや、これはですね。うん。ある意味ヤバいです」


 美作が端末をしまいながら瞳に聞いてくるから、率直な感想を告げた。たしかにヤバかった。


「どういうことなの?」


 分からない、いったように再び律が聞いてくる。
 空狐は『悪霊かもしれない』と言った。確かに見える。パッと見はそう見えるけれど。


「アレは、一条さやかの思念です」
「え?」


 つまり、こういうことだ。
 一ヶ月前の事件で救われた『祓い屋』に一方的な憧れを抱き、運命を感じたが、周りに反対され会うことも叶わずに想いばかりが蓄積していった。おそらく、今まで思い通りにならなかったことなど無いのだろう。そこへ、数日前の衝撃画像だ。可愛さ余って憎さ百倍とはよく言ったもので、自分に会おうとしない、他の女にうつつを抜かす『祓い屋』にショックを受けて憎らしく感じたらしい。そんな時に高科みどりが『霊障関係専門の探偵事務所』に出入りしたと聞いて勘違いをし、嫉妬の対象となったようだ。


「千里眼で視て『悪霊』のように感じるのは当然ですね。オレも最初はそう感じました。ですが、よく視れば視るほどに、アレは『一条さやかの怨念』以外の何ものでもないんです。近くで視ているのにそんな区別もつかない術者も相当です……」


 一条家の未来を思うと、逆にあわれになってしまうのであった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話

桜井正宗
青春
 ――結婚しています!  それは二人だけの秘密。  高校二年の遙と遥は結婚した。  近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。  キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。  ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。 *結婚要素あり *ヤンデレ要素あり

年越しチン玉蕎麦!!

ミクリ21
BL
チン玉……もちろん、ナニのことです。

処理中です...