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「オレが『吉田瞳』のままで除霊します」
食事が終わって、先ほどの議題に戻った時に放たれた瞳のセリフは、その場を凍り付かせた。
いちばん早く言葉を取り戻したのは円だった。
「瞳、それどういう意味か分かってる?」
「いや、だから。『謎の祓い屋』は一条からの依頼は受けないって式神に伝えたから! そんで、その上でアイツの手に負えないようならココに連絡しろって言ってある」
「……アイツって」
「一条のお抱え術者だよ。名前知らないから」
「しかし、『謎の祓い屋』が依頼を受けないとなると、裏の世界では相当な打撃になるのではないですか?」
「『オレ』は大したことありませんが、拒絶された側は相当らしいですね。頼みの綱だったはずの『綱』自体が無くなるわけですし、よくは知りませんが信用問題にも関わってくるとかなんとか……」
瞳は、祓い屋として活動を始めて五年目である。その間に培ってきたものは大きい。もともとの能力が大きいから殊更に影響力も甚大だ。
彼にとって、特に楽しい思い出などなかった四年間だが、つらいばかりでもなかった。
神将たちがいたから。
そして今は、円や律、美作がいることがどれだけ瞳の救いとなっているか。
本人も気付いていないかもしれないけれど、彼らの存在は大きい。
だからこそ、彼らを守りたいと思うのだ。
「こっちに『依頼』が来るとは限りませんが、もし、来たら。その時はオレが行きます」
「…………でもさぁ」
「一条の嬢に付きまとわれる可能性が一番高いのお前なんだぞ? オレは『仕事』モードじゃなきゃ大丈夫だろ」
「どっちもすっぴんだろ……」
じとり、と瞳を見てくる円は、どうしても気に入らないらしい。
どうしたものかな、と瞳が思案していると。
美作が持つ、事務所用の端末が着信を知らせる。彼がチラリと律に視線を走らせれば。
「美作、出なさい。その代わり、スピーカーで」
「かしこまりました」
美作は黙っているようにと仕草で示し、通話を開始すると同時に音声をスピーカーに切り替えた。
「はい、もしもし」
『ああ、すみません。そちら霊障関係の探偵事務所だと聞いたのですが』
「はい、そうですが」
『依頼をお願いします』
「……失礼ですが、お名前を」
『……一条です』
「一条さまですね」
誰もが来た、と思った瞬間だった。
予想はしていたけれど、それにしても早すぎる。この術者がよほど無能なのか、それとも悪霊が強いのか。
通話の回線を通して、瞳は一条邸の様子を探る。美作に通話を引き延ばしてくれるように合図した。
「どのような案件か、詳しくお話しいただけますか?」
『……そんなものはこちらに来て直接視ればいい』
さすがの瞳もびっくりする言い草だったし、円は怒鳴ろうとするのを必死で堪えているし、律はぽかんとして声も出ない。何より美作がカチンときたようで、声色が変わった。
「そうは行きませんね。こちらの術者も命をかけて仕事をしています。どのような案件かも話せないようならば依頼はお受けいたしかねます」
『こっちは客だぞ!』
「契約は成立して始めて効力を発します。今はただの通話相手です。依頼人でもお客様でもありませんが、何か?」
美作のセリフに返す言葉がないらしい。ぐ、と詰まった様子がわかる。
短い沈黙の途中、瞳が通話を切ってもいいと仕草で示すから、美作は心底ホッとする。
「お話しすることもないようですので、これで失礼いたします」
『待っ……』
たぶん、待ってくれ、とでも言おうとしたのだろうが、美作は構わずブツリと通話を切った。瞳はよくやった、とばかりに大きく頷いている。
「大丈夫なんですか?」
「いや、これはですね。うん。ある意味ヤバいです」
美作が端末をしまいながら瞳に聞いてくるから、率直な感想を告げた。たしかにヤバかった。
「どういうことなの?」
分からない、いったように再び律が聞いてくる。
空狐は『悪霊かもしれない』と言った。確かに見える。パッと見はそう見えるけれど。
「アレは、一条さやかの思念です」
「え?」
つまり、こういうことだ。
一ヶ月前の事件で救われた『祓い屋』に一方的な憧れを抱き、運命を感じたが、周りに反対され会うことも叶わずに想いばかりが蓄積していった。おそらく、今まで思い通りにならなかったことなど無いのだろう。そこへ、数日前の衝撃画像だ。可愛さ余って憎さ百倍とはよく言ったもので、自分に会おうとしない、他の女にうつつを抜かす『祓い屋』にショックを受けて憎らしく感じたらしい。そんな時に高科みどりが『霊障関係専門の探偵事務所』に出入りしたと聞いて勘違いをし、嫉妬の対象となったようだ。
「千里眼で視て『悪霊』のように感じるのは当然ですね。オレも最初はそう感じました。ですが、よく視れば視るほどに、アレは『一条さやかの怨念』以外の何ものでもないんです。近くで視ているのにそんな区別もつかない術者も相当です……」
一条家の未来を思うと、逆にあわれになってしまうのであった。
食事が終わって、先ほどの議題に戻った時に放たれた瞳のセリフは、その場を凍り付かせた。
いちばん早く言葉を取り戻したのは円だった。
「瞳、それどういう意味か分かってる?」
「いや、だから。『謎の祓い屋』は一条からの依頼は受けないって式神に伝えたから! そんで、その上でアイツの手に負えないようならココに連絡しろって言ってある」
「……アイツって」
「一条のお抱え術者だよ。名前知らないから」
「しかし、『謎の祓い屋』が依頼を受けないとなると、裏の世界では相当な打撃になるのではないですか?」
「『オレ』は大したことありませんが、拒絶された側は相当らしいですね。頼みの綱だったはずの『綱』自体が無くなるわけですし、よくは知りませんが信用問題にも関わってくるとかなんとか……」
瞳は、祓い屋として活動を始めて五年目である。その間に培ってきたものは大きい。もともとの能力が大きいから殊更に影響力も甚大だ。
彼にとって、特に楽しい思い出などなかった四年間だが、つらいばかりでもなかった。
神将たちがいたから。
そして今は、円や律、美作がいることがどれだけ瞳の救いとなっているか。
本人も気付いていないかもしれないけれど、彼らの存在は大きい。
だからこそ、彼らを守りたいと思うのだ。
「こっちに『依頼』が来るとは限りませんが、もし、来たら。その時はオレが行きます」
「…………でもさぁ」
「一条の嬢に付きまとわれる可能性が一番高いのお前なんだぞ? オレは『仕事』モードじゃなきゃ大丈夫だろ」
「どっちもすっぴんだろ……」
じとり、と瞳を見てくる円は、どうしても気に入らないらしい。
どうしたものかな、と瞳が思案していると。
美作が持つ、事務所用の端末が着信を知らせる。彼がチラリと律に視線を走らせれば。
「美作、出なさい。その代わり、スピーカーで」
「かしこまりました」
美作は黙っているようにと仕草で示し、通話を開始すると同時に音声をスピーカーに切り替えた。
「はい、もしもし」
『ああ、すみません。そちら霊障関係の探偵事務所だと聞いたのですが』
「はい、そうですが」
『依頼をお願いします』
「……失礼ですが、お名前を」
『……一条です』
「一条さまですね」
誰もが来た、と思った瞬間だった。
予想はしていたけれど、それにしても早すぎる。この術者がよほど無能なのか、それとも悪霊が強いのか。
通話の回線を通して、瞳は一条邸の様子を探る。美作に通話を引き延ばしてくれるように合図した。
「どのような案件か、詳しくお話しいただけますか?」
『……そんなものはこちらに来て直接視ればいい』
さすがの瞳もびっくりする言い草だったし、円は怒鳴ろうとするのを必死で堪えているし、律はぽかんとして声も出ない。何より美作がカチンときたようで、声色が変わった。
「そうは行きませんね。こちらの術者も命をかけて仕事をしています。どのような案件かも話せないようならば依頼はお受けいたしかねます」
『こっちは客だぞ!』
「契約は成立して始めて効力を発します。今はただの通話相手です。依頼人でもお客様でもありませんが、何か?」
美作のセリフに返す言葉がないらしい。ぐ、と詰まった様子がわかる。
短い沈黙の途中、瞳が通話を切ってもいいと仕草で示すから、美作は心底ホッとする。
「お話しすることもないようですので、これで失礼いたします」
『待っ……』
たぶん、待ってくれ、とでも言おうとしたのだろうが、美作は構わずブツリと通話を切った。瞳はよくやった、とばかりに大きく頷いている。
「大丈夫なんですか?」
「いや、これはですね。うん。ある意味ヤバいです」
美作が端末をしまいながら瞳に聞いてくるから、率直な感想を告げた。たしかにヤバかった。
「どういうことなの?」
分からない、いったように再び律が聞いてくる。
空狐は『悪霊かもしれない』と言った。確かに見える。パッと見はそう見えるけれど。
「アレは、一条さやかの思念です」
「え?」
つまり、こういうことだ。
一ヶ月前の事件で救われた『祓い屋』に一方的な憧れを抱き、運命を感じたが、周りに反対され会うことも叶わずに想いばかりが蓄積していった。おそらく、今まで思い通りにならなかったことなど無いのだろう。そこへ、数日前の衝撃画像だ。可愛さ余って憎さ百倍とはよく言ったもので、自分に会おうとしない、他の女にうつつを抜かす『祓い屋』にショックを受けて憎らしく感じたらしい。そんな時に高科みどりが『霊障関係専門の探偵事務所』に出入りしたと聞いて勘違いをし、嫉妬の対象となったようだ。
「千里眼で視て『悪霊』のように感じるのは当然ですね。オレも最初はそう感じました。ですが、よく視れば視るほどに、アレは『一条さやかの怨念』以外の何ものでもないんです。近くで視ているのにそんな区別もつかない術者も相当です……」
一条家の未来を思うと、逆にあわれになってしまうのであった。
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