祓い屋はじめました。

七海さくら/浅海咲也(同一人物)

文字の大きさ
上 下
55 / 186

053.

しおりを挟む
 律に声をかけてから家を出て、ドアを閉める。
 エレベーターに向かいながら言葉を探した。
 運良くエレベーターの中は無人だった。
 1階へのボタンを押して、円は小田切に言う。


「あの、小田切さん」
「うん?」
「『闇医者』ってどうやったらなれますか?」


 ただそれだけを聞いて、小田切を真正面から見据える。目を逸らしたりしない。
 その様子を見て、小田切の方がため息をついた。


「医者になりたきゃ大学へ行け」
「それじゃ遅いんです」
「……だろうな」


 ふぅ、と吐息と共に吐き出された言葉に、円の方が驚く。


「だが分かってるのか? 完全に違法行為だ」
「俺は彼のために『闇医者』になりたい。それだけです」


 医師免許も持たずに医療行為を行えば、それは違法行為だと忠告する小田切を、それでも説得したいと思う円。
 全ては瞳のために、という言い訳のもとのエゴだ。


「……まずは美作と話し合ってからだ。あいつの得にならん事に付き合う筋合いはない」
「……仲良いんですね」
「ダテにあいつの幼なじみはやってないさ」


 ポーン、という電子音と共にエレベーターのドアが開く。
 足を進めて、エントランスで管理人に声をかけた。


「すみません、この人明日も来るので通してあげてください。小田切さんといいます」
「小田切さまですね、かしこまりました」


 多くの説明は必要とされなかった。
 小田切は、わしっと円の頭を掴むとぐりぐりと大きな手で撫でた。


「まずは話し合え。それから、明日まで気を抜くなよ」
「はい」


 ここまででいい。小田切はそう言って円に手を振った。
 円は小田切の背中が見えなくなるまで見送って、それからくるりと踵を返した。

 部屋に戻れば、律と美作がリビングにいた。
 美作は律に瞳の様子について話していたようだった。律は少し涙を浮かべているように見える。


「美作。話がある」


 立ったまま。いつになく真面目な顔をしているのだろう、という自覚があった。
 だが、円が次に口を開く前に。


「ダメです」


 美作がそう言って、それから、小さく微笑んでため息をついた。


「……と、言ったところで聞かないんですよね?」
「…………」


 奥歯を噛みしめて、円は頷く。


「小田切から連絡がありました。円さまが『闇医者』にはどうやればなれるのかと聞いてきた、と」
「え……」


 座ってください、と美作に促され、律の隣に座る。美作とは対面になる。


「条件があります」
「…………」


 切り出した美作に、円は無言で頷いた。


「医学部を、卒業してください」
「それじゃ遅いんだ……!」
「聞いてください」
「…………」
「小田切の弟子になるのもいいと思います。『闇医者』は瞳さまに必要となるでしょう。ですが、いずれ医師免許は不可欠になると思います。この際、順番には目をつぶります。医師免許だけは取得してください」
「……じゃあ」
「詳しくは、明日。小田切と相談しましょう」
「ありがとう……!」


 円は深く頭を下げた。泣きそうだ。


「つまり円の進路は決まったということね?」
「そうなりますね」
「じゃあ、瞳の進路も同じね?」


 けろりと律が言う。


「あー、いや。どうかな……」
「その件については、また話しましょうね。円さま、どうぞ瞳さまについていて差し上げてください。食材は使ってもよろしいですか?」
「ありがとう。頼む」


 遠回しな「食事は作りますよ」という意思表示をする美作に礼を言い、部屋へと急いだ。
 瞳は相変わらず眠っている。だが、少し呼吸がしやすくなっているのではないかと思った。
 そういえば、瞳の傷を半分持っていった太陰はどうしただろうと心配になった。
 昨日は切羽詰まった状態だった。今もできるかは分からないけれど、心の中で椿に呼びかける。


『……椿』
『マドカか』
『ごめん、太陰の様子を聞きたくて……』
『いや、構わない。それより、その太陰だが』
『! 酷いのか?』
『少し、苦しそうだ。すまない、霊力を使ってもいいだろうか』
『いいよ! 限界いっぱい使って!』
『すまない』


 ふぅ、と吐息したら、スゥーと一気に疲れていく感じがわかった。
 ああ、太陰に治癒が施されている、と少し安心する。限界いっぱいと伝えたから、ベッドに横になろうと瞳の隣に潜り込んだ。
 さっきより顔色が良くなってる気がする。気のせいかもしれないけれど。
 そぅっと、大切なものを扱うように瞳の頬に触れる。まだ、少し熱い。
 でも、昨夜みたいな不安はなくなった。なんだろう。瞳に生気が戻ってきている気がするのだ。
 早く目を開けてくれないかな、と思う。
 前にもこんな風に寝顔を見つめたことがあった。
 あの時も、瞳は精神的に弱っていた。今はとにかく、瞳に会いたい。話したいことが、たくさんある。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話

桜井正宗
青春
 ――結婚しています!  それは二人だけの秘密。  高校二年の遙と遥は結婚した。  近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。  キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。  ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。 *結婚要素あり *ヤンデレ要素あり

年越しチン玉蕎麦!!

ミクリ21
BL
チン玉……もちろん、ナニのことです。

処理中です...