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052.
しおりを挟む 浅い眠りと、ふっと目覚めては瞳の様子を確認することを繰り返して朝を迎えた。
瞳の熱は高いままで、目覚める様子はなかった。
6時を回り律が起きた頃を見計らって、円は美作に電話をする。
「美作」
『円さま、おはようございます。瞳さまの様子はどうですか?』
待ち構えていたようなタイミングの美作の様子に、円は少しだけ弱音をはいた。
「……熱が下がらない」
『今から伺います。律さまもご一緒になりますが』
「頼む……」
プツリ、と通話が切れた途端にまた不安になる。
律と美作を迎えに出ないと。でも瞳を一人にしたくない。
どうしようかと迷っていれば、インターホンが鳴る。
ハッして確認すれば、律を抱き上げた美作がいた。急いでドアを開けて二人を迎え入れる。
「美作! 律!」
「……管理人の方が覚えてくださっていて通れました。瞳さまは?」
「こっち。律は、ここにいて」
あまり、見せたい姿ではない。瞳も本意ではないはずだ。
律は頷いてリビングに留まってくれた。
瞳の状態を見た美作は眉をひそめた。
「医者には……」
「……銃で撃たれた」
「そうでしたか……」
美作は円の一言で察したらしい。
「では、わたしの知り合いの医者を呼びます」
ス、とスマホを取り出した美作の手を円が制した。
「でも……っ」
「大丈夫です。普段は町医者をしていますが、『闇医者』としての顔も持つ男です」
「闇医者……」
「腕は確かです。呼びます」
「わかった。頼む」
病院はダメだ。
普通の病院は。
『闇医者』という言葉を円は初めて聞いた。電話で誰かと話している美作を、どこかぼんやりと見ていた。
やがて通話を終わらせた美作が円に向き直る。
「20分ほどで到着するはずです。わたしが迎えに出ますが大丈夫ですか?」
円は無言で頷いた。
美作はそんな円の様子に頷き返し、部屋を出た。
残された円は、そっと瞳の顔を覗き込む。
なぜ自分はこんなにも無力なんだろう。苦しむ瞳に、なにもしてやれない。
泣きそうになるけれど、泣いていいのは円じゃない。ぐっと堪える。
痛い、と。
せめて瞳が痛いと言ってくれたなら抱きしめるのに。
苦しそうな呼吸を繰り返す瞳に触れることもできず、円はぎゅっと拳を握りしめた。
インターホンが鳴ってハッとしたら、律が動く気配がした。
バタバタと二人分の足音が聞こえる。
「円さま、失礼します」
ノックもなくドアが開けられて、美作の後ろから見知らぬ男が入ってくる。
一瞬警戒したけれど、美作に宥められた。
「大丈夫です。先程お話した男です。……瞳さまを診させてください」
「…………」
円は、そろり、と瞳から離れる。
「失礼」
男は落ち着いた様子でベッドのそばに膝をつき、まずは持ってきていたらしい大きなカバンを開ける。
中は医療用具と思われるものでいっぱいだった。
まずは脈を取りながら瞳の額に触れた。それから血圧をみる。
「だいぶ出血したようだな……。熱も高い」
「……はい」
「傷口の具合を診るぞ」
言いながら、男は椿が施した包帯などをほどいていく。
「……撃たれてどれくらい経った?」
「……撃たれたのは昨夜です」
「昨夜? その割に……いや。それを聞かないのがおれの仕事だな」
男がそう言うから、円は美作を見る。説明しても大丈夫だろうか?
小さく美作が頷くのを見て、円は口を開いた。
瞳の身元は一切もらさず、けれど昨夜見たことをできるだけ客観的に告げる。
話し終われば、男も、そして美作ですら驚いたように円と瞳を見比べている。
「さすがは美作の紹介だな。あんたも術者か。理解した」
「あの、このことは……」
「もちろん一切口外はしない。それがおれの仕事だと言ったろ?」
「ありがとうございます……」
「とりあえず傷口の処置をして鎮静剤も打っておく。あとは点滴だな。そうだな……そのカーテンレールにでもパックをかけられるようにしてもらえるか?」
円は言われた通りに、即席で点滴のパックを吊るせるようにとワイヤーのハンガーの形を工夫してみる。
なんとか形になったそれを見て、男がニヤリと笑う。
「上出来」
傷口は生理食塩水で洗ったらしく、血の着いたガーゼが山積していた。
瞳が苦しそうにしているから、相当痛むのだろう。
男は手早く処置を済ませて、アンプルから注射器に液体を移してそのまま瞳の腕へと注射した。
「鎮静剤だ。少しは楽になるだろう」
それから、点滴は手首の近くに針を入れた。
ここの方が何かと都合がいいらしい。
「おれが今日できるのはここまでだ。鎮痛剤も置いていくから、つらそうなら飲ませてやってくれ。明日また来る」
「はい。ありがとうございます」
「すまないな」
「お前の紹介を断れるはずがないだろ」
美作がくだけた調子で話すのを初めて見た円は、ちょっと驚く。
「わたしの幼なじみで、小田切といいます」
「はじめまして、小田切圭と申します」
「あ、西園寺円です。はじめまして」
ぺこり、と慌てて頭を下げる。
そういえば瞳のことで頭がいっぱいで、自己紹介すらしていなかった。
「西園寺の坊ちゃんが術者とは、初めて聞いたな」
「伏せてるからな。お前も他言無用だぞ」
「心得てる」
「円さま。ではわたしは小田切を下まで送ってきます」
「あ、俺が行く!」
唐突な円の立候補に、美作も小田切も驚いたけれど、「ではお願いします」と美作が言ったことで円は小田切と一緒に部屋を出た。
瞳の熱は高いままで、目覚める様子はなかった。
6時を回り律が起きた頃を見計らって、円は美作に電話をする。
「美作」
『円さま、おはようございます。瞳さまの様子はどうですか?』
待ち構えていたようなタイミングの美作の様子に、円は少しだけ弱音をはいた。
「……熱が下がらない」
『今から伺います。律さまもご一緒になりますが』
「頼む……」
プツリ、と通話が切れた途端にまた不安になる。
律と美作を迎えに出ないと。でも瞳を一人にしたくない。
どうしようかと迷っていれば、インターホンが鳴る。
ハッして確認すれば、律を抱き上げた美作がいた。急いでドアを開けて二人を迎え入れる。
「美作! 律!」
「……管理人の方が覚えてくださっていて通れました。瞳さまは?」
「こっち。律は、ここにいて」
あまり、見せたい姿ではない。瞳も本意ではないはずだ。
律は頷いてリビングに留まってくれた。
瞳の状態を見た美作は眉をひそめた。
「医者には……」
「……銃で撃たれた」
「そうでしたか……」
美作は円の一言で察したらしい。
「では、わたしの知り合いの医者を呼びます」
ス、とスマホを取り出した美作の手を円が制した。
「でも……っ」
「大丈夫です。普段は町医者をしていますが、『闇医者』としての顔も持つ男です」
「闇医者……」
「腕は確かです。呼びます」
「わかった。頼む」
病院はダメだ。
普通の病院は。
『闇医者』という言葉を円は初めて聞いた。電話で誰かと話している美作を、どこかぼんやりと見ていた。
やがて通話を終わらせた美作が円に向き直る。
「20分ほどで到着するはずです。わたしが迎えに出ますが大丈夫ですか?」
円は無言で頷いた。
美作はそんな円の様子に頷き返し、部屋を出た。
残された円は、そっと瞳の顔を覗き込む。
なぜ自分はこんなにも無力なんだろう。苦しむ瞳に、なにもしてやれない。
泣きそうになるけれど、泣いていいのは円じゃない。ぐっと堪える。
痛い、と。
せめて瞳が痛いと言ってくれたなら抱きしめるのに。
苦しそうな呼吸を繰り返す瞳に触れることもできず、円はぎゅっと拳を握りしめた。
インターホンが鳴ってハッとしたら、律が動く気配がした。
バタバタと二人分の足音が聞こえる。
「円さま、失礼します」
ノックもなくドアが開けられて、美作の後ろから見知らぬ男が入ってくる。
一瞬警戒したけれど、美作に宥められた。
「大丈夫です。先程お話した男です。……瞳さまを診させてください」
「…………」
円は、そろり、と瞳から離れる。
「失礼」
男は落ち着いた様子でベッドのそばに膝をつき、まずは持ってきていたらしい大きなカバンを開ける。
中は医療用具と思われるものでいっぱいだった。
まずは脈を取りながら瞳の額に触れた。それから血圧をみる。
「だいぶ出血したようだな……。熱も高い」
「……はい」
「傷口の具合を診るぞ」
言いながら、男は椿が施した包帯などをほどいていく。
「……撃たれてどれくらい経った?」
「……撃たれたのは昨夜です」
「昨夜? その割に……いや。それを聞かないのがおれの仕事だな」
男がそう言うから、円は美作を見る。説明しても大丈夫だろうか?
小さく美作が頷くのを見て、円は口を開いた。
瞳の身元は一切もらさず、けれど昨夜見たことをできるだけ客観的に告げる。
話し終われば、男も、そして美作ですら驚いたように円と瞳を見比べている。
「さすがは美作の紹介だな。あんたも術者か。理解した」
「あの、このことは……」
「もちろん一切口外はしない。それがおれの仕事だと言ったろ?」
「ありがとうございます……」
「とりあえず傷口の処置をして鎮静剤も打っておく。あとは点滴だな。そうだな……そのカーテンレールにでもパックをかけられるようにしてもらえるか?」
円は言われた通りに、即席で点滴のパックを吊るせるようにとワイヤーのハンガーの形を工夫してみる。
なんとか形になったそれを見て、男がニヤリと笑う。
「上出来」
傷口は生理食塩水で洗ったらしく、血の着いたガーゼが山積していた。
瞳が苦しそうにしているから、相当痛むのだろう。
男は手早く処置を済ませて、アンプルから注射器に液体を移してそのまま瞳の腕へと注射した。
「鎮静剤だ。少しは楽になるだろう」
それから、点滴は手首の近くに針を入れた。
ここの方が何かと都合がいいらしい。
「おれが今日できるのはここまでだ。鎮痛剤も置いていくから、つらそうなら飲ませてやってくれ。明日また来る」
「はい。ありがとうございます」
「すまないな」
「お前の紹介を断れるはずがないだろ」
美作がくだけた調子で話すのを初めて見た円は、ちょっと驚く。
「わたしの幼なじみで、小田切といいます」
「はじめまして、小田切圭と申します」
「あ、西園寺円です。はじめまして」
ぺこり、と慌てて頭を下げる。
そういえば瞳のことで頭がいっぱいで、自己紹介すらしていなかった。
「西園寺の坊ちゃんが術者とは、初めて聞いたな」
「伏せてるからな。お前も他言無用だぞ」
「心得てる」
「円さま。ではわたしは小田切を下まで送ってきます」
「あ、俺が行く!」
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