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043.
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「トール! お嬢に気に入られたみたいだぜ!」
「お嬢じゃないわ、律よ!」
「名前で呼んでもいいのか?」
「いいわ」
「律さま!」
美作は、風音が律に対して失礼なことをしないか言わないかハラハラしているのだろう。
「美作さんも大変だな……」
「椿はあんなに気安くないし、気に入ってもらえるかな……」
「椿と風音だと、ギャップがなぁ……」
まるでコントのような三人のやり取りをぼんやりと眺めながら、円の式神のことを思う。
そんな瞳だって、全ての式神を引き合わせたわけではない。今は主に太陰が律の相手をしている。
「まあ、なんとかなるだろ」
なんとも瞳らしい結論である。
なるようになる。いつもそれでなんとかしてしまうのが吉田瞳という人物だった。
「椿にはまず、円と親睦を深めてもらわないと困る」
「う……、がんばります」
「あれはあれで円を気に入っているようだから、心配はしてないよ。……っと、美作さん、風音! 10分!」
「「「あっ」」」
時間制限のことをすっかり忘れていたのだろう。しまった、という顔をして固まった三人のうち一人は、スっとその場から消えてしまう。
美作に渡した光球も、なくなっていた。
光球を持っていた手のひら。今は何もない手のひらを見つめ、それから美作は瞳を見る。
「瞳さま、ありがとうございました。なんとなく、感覚が掴めた気がします」
「実践するのが一番ですからね」
「瞳、俺も!」
「円はまだダメ!」
「えぇー」
「言ったろ。まずは椿と親睦を深めて、それからチカラも付けろ!」
「ちぇ。はーい」
「それでだ」
「うん」
「明日も早いから寝た方がいいんだが」
瞳の言葉に時計を見れば、もう深夜の域である。
「この時間に律さんを外に出したくないんですよ」
「すぐそこよ?」
「それでもです」
いつ何があるか分からない。
それは瞳自身がいちばん良く知っている。
「ですが。この家には、円の部屋とオレの部屋にそれぞれベッドがある以外は、ダブルベッドしかありません」
大問題です、と瞳は言う。
美作も頷いた。
「そこで。オレと一緒にダブルベッドでも良いという人は手を挙げてください」
かなり深刻な問題だと、瞳は思ったのだが。
結果は予想外だった。
三人が迷わずにサッと手を挙げたのだ。
「………………あれ?」
「ん?」
「瞳と一緒ならいいわよ」
「わたしも大丈夫ですけど」
三人揃って「何か問題でも?」と言いたげな顔で、むしろ瞳と寝るのは自分だと権利の奪い合いというか、一人でベッドに寝られる権利を押し付け合っている。
「いや待って! 律さんは本当に待ってお願いですからオレのベッド使ってください!」
律に関しては瞳の方が悲鳴をあげた。
勘弁してほしい。いくら見た目が10歳でも、中身は妙齢の女性である。
「じゃあ、俺か美作だ!」
何やら腕相撲とかめんどくさい勝負でも始めそうな勢いだったので、慌てて瞳が止める。
「ジャンケンで勝った方でお願いします……」
普通は負けた方である。
何かが違う。そう思わずにはいられない。
結局、権利を勝ち取ったのは円だった。
居候までしているくせにずるいわ、というのは律のセリフである。律には少し危機感というものを教えてあげてほしい。
美作に至っては、今回は譲りますが次は負けませんなどと言っていた。次……次があるのか、と頭を抱えた瞳を誰が責められるだろうか。
「……起きてるか?」
「寝てる」
「なんだそれ」
円は天井を見上げながらふはっと笑った。
瞳は円に背を向けるようにして身体を丸めている。
「瞳さぁ」
「うん?」
「美作と何か話あった?」
「いや。なんで?」
円のいつもと違う様子に、瞳はゴロリと寝返りをうった。円の横顔を眺めながら、彼の言葉を待つ。
「美作に話があるから泊めようとしたのかなって思って」
「……美作さんとは今日仕事でずっと一緒だったし、話があるならその時に話してるよ」
「そっか……」
それならいいんだ、と円は呟いた。
「敢えていうなら」
「え?」
「誰かに、そばにいてほしかったのかも」
続けた瞳の言葉は、それこそいつもの瞳らしくなかった。
円が瞳の方へ顔を向けるから、瞳はもぞもぞと仰向けになる。
「両親の話を誰かにしたのは初めてだ」
「うん……」
「ちょっと……やっぱり。まだしんどいよ」
「頑張ったな」
そう円が言うから、瞳はまた円に背中を向ける。
「おやすみ!」
ちょっとだけぐす、と鼻をすするような音が聞こえて、円は胸が痛んだ。
「お嬢じゃないわ、律よ!」
「名前で呼んでもいいのか?」
「いいわ」
「律さま!」
美作は、風音が律に対して失礼なことをしないか言わないかハラハラしているのだろう。
「美作さんも大変だな……」
「椿はあんなに気安くないし、気に入ってもらえるかな……」
「椿と風音だと、ギャップがなぁ……」
まるでコントのような三人のやり取りをぼんやりと眺めながら、円の式神のことを思う。
そんな瞳だって、全ての式神を引き合わせたわけではない。今は主に太陰が律の相手をしている。
「まあ、なんとかなるだろ」
なんとも瞳らしい結論である。
なるようになる。いつもそれでなんとかしてしまうのが吉田瞳という人物だった。
「椿にはまず、円と親睦を深めてもらわないと困る」
「う……、がんばります」
「あれはあれで円を気に入っているようだから、心配はしてないよ。……っと、美作さん、風音! 10分!」
「「「あっ」」」
時間制限のことをすっかり忘れていたのだろう。しまった、という顔をして固まった三人のうち一人は、スっとその場から消えてしまう。
美作に渡した光球も、なくなっていた。
光球を持っていた手のひら。今は何もない手のひらを見つめ、それから美作は瞳を見る。
「瞳さま、ありがとうございました。なんとなく、感覚が掴めた気がします」
「実践するのが一番ですからね」
「瞳、俺も!」
「円はまだダメ!」
「えぇー」
「言ったろ。まずは椿と親睦を深めて、それからチカラも付けろ!」
「ちぇ。はーい」
「それでだ」
「うん」
「明日も早いから寝た方がいいんだが」
瞳の言葉に時計を見れば、もう深夜の域である。
「この時間に律さんを外に出したくないんですよ」
「すぐそこよ?」
「それでもです」
いつ何があるか分からない。
それは瞳自身がいちばん良く知っている。
「ですが。この家には、円の部屋とオレの部屋にそれぞれベッドがある以外は、ダブルベッドしかありません」
大問題です、と瞳は言う。
美作も頷いた。
「そこで。オレと一緒にダブルベッドでも良いという人は手を挙げてください」
かなり深刻な問題だと、瞳は思ったのだが。
結果は予想外だった。
三人が迷わずにサッと手を挙げたのだ。
「………………あれ?」
「ん?」
「瞳と一緒ならいいわよ」
「わたしも大丈夫ですけど」
三人揃って「何か問題でも?」と言いたげな顔で、むしろ瞳と寝るのは自分だと権利の奪い合いというか、一人でベッドに寝られる権利を押し付け合っている。
「いや待って! 律さんは本当に待ってお願いですからオレのベッド使ってください!」
律に関しては瞳の方が悲鳴をあげた。
勘弁してほしい。いくら見た目が10歳でも、中身は妙齢の女性である。
「じゃあ、俺か美作だ!」
何やら腕相撲とかめんどくさい勝負でも始めそうな勢いだったので、慌てて瞳が止める。
「ジャンケンで勝った方でお願いします……」
普通は負けた方である。
何かが違う。そう思わずにはいられない。
結局、権利を勝ち取ったのは円だった。
居候までしているくせにずるいわ、というのは律のセリフである。律には少し危機感というものを教えてあげてほしい。
美作に至っては、今回は譲りますが次は負けませんなどと言っていた。次……次があるのか、と頭を抱えた瞳を誰が責められるだろうか。
「……起きてるか?」
「寝てる」
「なんだそれ」
円は天井を見上げながらふはっと笑った。
瞳は円に背を向けるようにして身体を丸めている。
「瞳さぁ」
「うん?」
「美作と何か話あった?」
「いや。なんで?」
円のいつもと違う様子に、瞳はゴロリと寝返りをうった。円の横顔を眺めながら、彼の言葉を待つ。
「美作に話があるから泊めようとしたのかなって思って」
「……美作さんとは今日仕事でずっと一緒だったし、話があるならその時に話してるよ」
「そっか……」
それならいいんだ、と円は呟いた。
「敢えていうなら」
「え?」
「誰かに、そばにいてほしかったのかも」
続けた瞳の言葉は、それこそいつもの瞳らしくなかった。
円が瞳の方へ顔を向けるから、瞳はもぞもぞと仰向けになる。
「両親の話を誰かにしたのは初めてだ」
「うん……」
「ちょっと……やっぱり。まだしんどいよ」
「頑張ったな」
そう円が言うから、瞳はまた円に背中を向ける。
「おやすみ!」
ちょっとだけぐす、と鼻をすするような音が聞こえて、円は胸が痛んだ。
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