祓い屋はじめました。

七海さくら/浅海咲也(同一人物)

文字の大きさ
上 下
45 / 186

043.

しおりを挟む
「トール! お嬢に気に入られたみたいだぜ!」
「お嬢じゃないわ、律よ!」
「名前で呼んでもいいのか?」
「いいわ」
「律さま!」


 美作は、風音が律に対して失礼なことをしないか言わないかハラハラしているのだろう。


「美作さんも大変だな……」
「椿はあんなに気安くないし、気に入ってもらえるかな……」
「椿と風音だと、ギャップがなぁ……」


 まるでコントのような三人のやり取りをぼんやりと眺めながら、円の式神のことを思う。
 そんな瞳だって、全ての式神を引き合わせたわけではない。今は主に太陰が律の相手をしている。


「まあ、なんとかなるだろ」


 なんとも瞳らしい結論である。
 なるようになる。いつもそれでなんとかしてしまうのが吉田瞳という人物だった。


「椿にはまず、円と親睦を深めてもらわないと困る」
「う……、がんばります」
「あれはあれで円を気に入っているようだから、心配はしてないよ。……っと、美作さん、風音! 10分!」


「「「あっ」」」


 時間制限のことをすっかり忘れていたのだろう。しまった、という顔をして固まった三人のうち一人は、スっとその場から消えてしまう。
 美作に渡した光球も、なくなっていた。
 光球を持っていた手のひら。今は何もない手のひらを見つめ、それから美作は瞳を見る。


「瞳さま、ありがとうございました。なんとなく、感覚が掴めた気がします」
「実践するのが一番ですからね」
「瞳、俺も!」
「円はまだダメ!」
「えぇー」
「言ったろ。まずは椿と親睦を深めて、それからチカラも付けろ!」
「ちぇ。はーい」
「それでだ」
「うん」
「明日も早いから寝た方がいいんだが」


 瞳の言葉に時計を見れば、もう深夜の域である。


「この時間に律さんを外に出したくないんですよ」
「すぐそこよ?」
「それでもです」


 いつ何があるか分からない。
 それは瞳自身がいちばん良く知っている。


「ですが。この家には、円の部屋とオレの部屋にそれぞれベッドがある以外は、ダブルベッドしかありません」


 大問題です、と瞳は言う。
 美作も頷いた。


「そこで。オレと一緒にダブルベッドでも良いという人は手を挙げてください」


 かなり深刻な問題だと、瞳は思ったのだが。
 結果は予想外だった。
 三人が迷わずにサッと手を挙げたのだ。


「………………あれ?」
「ん?」
「瞳と一緒ならいいわよ」
「わたしも大丈夫ですけど」


 三人揃って「何か問題でも?」と言いたげな顔で、むしろ瞳と寝るのは自分だと権利の奪い合いというか、一人でベッドに寝られる権利を押し付け合っている。


「いや待って! 律さんは本当に待ってお願いですからオレのベッド使ってください!」


 律に関しては瞳の方が悲鳴をあげた。
 勘弁してほしい。いくら見た目が10歳でも、中身は妙齢みょうれいの女性である。


「じゃあ、俺か美作だ!」


 何やら腕相撲とかめんどくさい勝負でも始めそうな勢いだったので、慌てて瞳が止める。


「ジャンケンで勝った方でお願いします……」


 普通は負けた方である。
 何かが違う。そう思わずにはいられない。

 結局、権利を勝ち取ったのは円だった。
 居候までしているくせにずるいわ、というのは律のセリフである。律には少し危機感というものを教えてあげてほしい。
 美作に至っては、今回は譲りますが次は負けませんなどと言っていた。次……次があるのか、と頭を抱えた瞳を誰が責められるだろうか。


「……起きてるか?」
「寝てる」
「なんだそれ」


 円は天井を見上げながらふはっと笑った。
 瞳は円に背を向けるようにして身体を丸めている。


「瞳さぁ」
「うん?」
「美作と何か話あった?」
「いや。なんで?」


 円のいつもと違う様子に、瞳はゴロリと寝返りをうった。円の横顔を眺めながら、彼の言葉を待つ。


「美作に話があるから泊めようとしたのかなって思って」
「……美作さんとは今日仕事でずっと一緒だったし、話があるならその時に話してるよ」
「そっか……」


 それならいいんだ、と円は呟いた。


「敢えていうなら」
「え?」
「誰かに、そばにいてほしかったのかも」


 続けた瞳の言葉は、それこそいつもの瞳らしくなかった。
 円が瞳の方へ顔を向けるから、瞳はもぞもぞと仰向けになる。


「両親の話を誰かにしたのは初めてだ」
「うん……」
「ちょっと……やっぱり。まだしんどいよ」
「頑張ったな」


 そう円が言うから、瞳はまた円に背中を向ける。


「おやすみ!」


 ちょっとだけぐす、と鼻をすするような音が聞こえて、円は胸が痛んだ。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話

桜井正宗
青春
 ――結婚しています!  それは二人だけの秘密。  高校二年の遙と遥は結婚した。  近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。  キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。  ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。 *結婚要素あり *ヤンデレ要素あり

年越しチン玉蕎麦!!

ミクリ21
BL
チン玉……もちろん、ナニのことです。

処理中です...