祓い屋はじめました。

七海さくら/浅海咲也(同一人物)

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028.

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 せっかくの広いワゴンタイプである。
 最後部に瞳と美作、真ん中の列には律と円が乗り込んだ。
 行き先を告げ、高科邸を離れてすぐに、律と円はガバリと後ろの席へと身を乗り出す。
 運転手に聞かれてなるものかと、小声で話す様は少し面白い。


「美作さん、免許証はお持ちですか?」
「車はお出しいたします」
「ナビは?」
「無用です」


 先程の会話で、目的の家のある場所は分かった。
 人差し指でこつりと自分の頭を指さす美作が頼もしい。
 そういえば西園寺の家の近くだと言っていたが、そのせいもあるのか。


「……頼みます」


 こんなに短時間で複数の現場を掛け持つのは瞳も初めてだ。これほどに心強い足はないだろう。
 美作に向かってニッと笑んだ後で、今度は律を見る。


「太陰を置いて行きます。律さんは太陰と家で待機していてください」
「私は大丈夫よ」


 こくり、と頷く律に瞳も頷き返す。


「俺は?」
「円も今回は家で待機だ」
「えぇ……」


 すごく不満そうである。円の気持ちはありがたい。
 でも。


「いいか。今回のは『破格の仕事』がまとめて四件だ。本当は美作さんに足を頼むのだって気が引けるんだよ。頼むから待機しててくれ」
「……ちゃんと帰ってこいよ」
「……わかった」


 頷いて、そうだ、と思い出す。


「美作さん、風音は使えますか?」
「まだちょっと難しいですね……」
「わかりました。では貴人を付けます」
「え?」
「あなたは術者だけど守護が弱い。保険をかけさせてください。それから、万が一の場合には命令を」
「……ありがとうございます」
「いえ……」


 むしろ危険をかえりみず自ら足になると言ってくれた美作には最大限の感謝だ。


「戻ったらオレは少し準備があるので……。整い次第そちらへ向かいます」
「わかりました」


 それからマンションに着くまで、長い沈黙が落ちた。

 タクシーで告げた住所は律と美作のマンションの方だ。
 テールランプが見えなくなるまで待っている余裕はなかった。
 それぞれにバタバタと自宅へ向かう。
 瞳はカードキーを差し込むことすらもどかしく、部屋に入った途端に式神を呼ぶ。


「玄武。着替え頼む!」
「御意」
「円、今何時?」
「7時半!」
「くっそ、間に合うか?」


 苛立たしげにガリガリと頭をかく瞳の姿は珍しい。


「円、悪い。食事はいいからコーヒー淹れて」
「ミルクは?」
「たっぷり!」
「おっけ!」


 言っている間に玄武が瞳の部屋からスーツらしきものを持ってくる。それを受け取って瞳は浴室へと消えた。


「えっと、アレは……」
「一応、みそぎ、というやつです」
「みそぎ」
「あまり気にしない方ですが、仕事の前には清める意味で」
「そうなんだ」


 円は、瞳に関して知らないことがまだまだたくさんある。そう感じて、ちょっと寂しい気持ちになる。


「というか、今回の。大丈夫なの」
「大丈夫ですよ。大元おおもとはひとつです。それが分散しているから少し手間はかかると思いますが」


 その手間が大変なのでは? と思ってしまう円はまだまだ修行が足りない。今回もお留守番だ。


「俺、強くなりたい。瞳を助けられるくらい」
「そうですね。期待していますよ」


 玄武の返しに、ちょっと驚いた。
 自分たちが居るから必要ないとか、そんなに強くなれるはずが無いとか、そんなふうに言われるかと思ったのだ。
 期待しているなんて。そんなこと言われたら、頑張るしかないじゃないか。
 そうこうしているうちに瞳に頼まれたカフェオレも仕上がり、どうしようかと思っているとガチャリと浴室のドアが開いて瞳が出てくる。

 その姿に、円はちょっと、いや結構おどろいた。

 仕立てが良さそうな黒のスーツに黒のネクタイ。腹筋が割れていると言っていたけれど、やはり少し細身に見える。スラリとした身体に、いつもは無造作に垂らしている少し長めの前髪をワックスでしっかりと後ろへ撫でつけ、オールバックにした髪型。メガネをしていないから綺麗な切れ長の目と整った顔立ちが隠されることなく出ていて、とても高校生には思えなかった。


「どうした?」


 ぽかんと見られていることに気付いた瞳が、円に声をかける。
 声はいつもの瞳である。
 ギャップってこういうことを言うんだなぁ、などと円が思いながらカフェオレを差し出す。


「なんでもない」
「ありがとう」


 差し出されたマグカップを受け取って、カフェオレを飲む瞳は、チラリと時計を見る。
 ここからあの辺りまで、30分はかかる。
 今日中に全部片付けなければならない。間に合うか。
 いや、違う。
 間に合わせなければダメだ。
 淹れてもらったカフェオレを飲み干し、カップをテーブルに置く。
 玄武の方へ手を出せば、心得たように黒い皮の手袋を渡される。
 ギュ、と手袋をはめて。


「……青龍」


 ちょっと考えながら名を呼んだ。


「円を頼む」
「御意」
「行くぞ、玄武」
「はい」


 歩き出した瞳は、既に戦闘態勢だった。
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