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「……西園寺の家の近くですね」
美作がぽつりと言い、律は気のないふうに「そうね」と返した。
決して良い思い出ばかりではないのだろう。
「こちらです」
車が停車したのは『高科』の表札のある大きな洋館の門の前。
一人の男性が立っていて、田中はその男に車を頼む、と言った。
「みなさま、どうぞ」
門は自動で開いて、玄関までのアプローチには色とりどりの花が咲く。
それを見ながら、瞳は思う。
(妖精が……あまりにも少ない)
これだけ大きな家だ。ある意味では成功者だろうし、妖精たちがいてもおかしくない。
居ることはいる。だけれども、予想以上に少ない。
「どうぞ」
ドアを開けてもらい、促されるまま足を進める。
「お嬢様のお部屋は二階です」
田中を先頭に廊下を歩いて、ひとつのドアの前で立ち止まる。
コツコツとノックをして開ければ、そこには陰鬱な空気が立ち込めていた。
その奥、女性らしいデザインのベッドに眠るのは、中学生くらいの少女だろうか。そして、彼女を見た瞬間に、妖精たちが少ない理由が分かった。
(ああ……)
まだ幼さの残る少女を囲む黒いモヤ。それから護るように、妖精たちが彼女に必死にしがみついている。
「失礼します」
こつり、と足を進めた瞳は、少女の額に手を当てる。ふわ、と少し霊力を注いでやると、真っ白だった彼女の顔色にほんの少しだけ赤味が戻る。
『ヒトミー』
『ありがとうヒトミー』
ついでに弱いながらも結界を張ってやれば、妖精たちが喜んでヒトミの周りを飛び回る。
「田中さん」
「……はい」
「お話、聞かせていただけますね?」
部屋に充満する邪気は後回しだ。根本を絶たなければ同じことの繰り返しになる。
「かしこまりました」
話をするために部屋を移動することになる。
それにしても人の気配が少ない家だ。
そもそも娘がこんなことになっているのに、親はどうした。
「旦那様も奥様も……お忙しいのです」
田中はそう切り出した。
通された応接室。高そうな調度品に見守られ、出された紅茶に手もつけずに瞳は話を聞いている。
「お嬢様は幼少の頃より寂しい思いをされてきました。ご学友ができて、学校が楽しいとおっしゃっていたのですが、一ヶ月前に……」
「例の、ですね?」
何、とは言わなかった。けれど田中は頷く。
「お目覚めにならないお嬢様が心配で、ご学友のお家へ失礼を承知で連絡をしました。そうしたらあちらも同じ症状で眠っていると」
「それが、お嬢さんの他に三人いると」
「はい。そして昨日のことです。その中の一人が、眠っているのにも関わらず『あと一日』と言ったと連絡があったのです」
「あと一日……」
「深夜だったそうで、今朝早くに連絡がありました」
「具体的には何時頃か分かりますか?」
「日付けが変わる頃だそうです」
「タイムリミットは零時か……」
瞳が考え込むのを、円と律、美作は見守っている。
最終的には瞳の判断に任せるしかないし、これは簡単な仕事ではない。現に、『謎の祓い屋』宛に仕事の依頼が来ている。
「確認したいことがあるので、他の三人の名前を教えてもらえますか?」
「あ、ええと。藤宮しずくお嬢様、支倉かえでお嬢様と、一条さやかお嬢様、です」
田中が一人一人思い出すように言ったあと、瞳は心の中で式神に確認する。
『玄武』
『一致しました』
『ビンゴか……』
それからもうひとつ、と瞳は声をひそめる。
「『あと一日』と言ったのは、一条さやか嬢ですね?」
「そうですが、なぜ……」
「声のトーンが、違っていましたので」
そこまで答えてから、瞳は考える。
ここから先は、律を巻き込んではいけない領域になる。
チラリと律を見やれば、その視線に気付いた律が頷く。
「わかりました。私たちにできるのはここまでです」
律がキッパリと言うから田中は青ざめる。
「ここから先は、私たちよりも強い術者に依頼することになります」
「え……」
何を言われるのかわからず、ただ狼狽え戸惑う田中に、律は更に告げる。
「仲介はいたします。ですが、お嬢様がそうなるまで放っておかれたご両親にも咎はあること、お忘れなきよう。また、状態が状態ですので、報酬に関してもお覚悟くださいませ」
すごいな、と瞳は思う。
瞳だけだったらここまで強くは言えなかっただろう。玄武か青龍あたりに頼ってしまうか、あるいは格安で請け負ってしまったかもしれない。
とにかくここまでと区切りをつけ、タクシーを呼んでもらった。
田中は送ると言ったが、それでは相談会議もできやしないので、丁重にお断りする。
呼んでくれたタクシーはワゴンタイプで、そこは迷わずラッキーだと思う瞳である。
美作がぽつりと言い、律は気のないふうに「そうね」と返した。
決して良い思い出ばかりではないのだろう。
「こちらです」
車が停車したのは『高科』の表札のある大きな洋館の門の前。
一人の男性が立っていて、田中はその男に車を頼む、と言った。
「みなさま、どうぞ」
門は自動で開いて、玄関までのアプローチには色とりどりの花が咲く。
それを見ながら、瞳は思う。
(妖精が……あまりにも少ない)
これだけ大きな家だ。ある意味では成功者だろうし、妖精たちがいてもおかしくない。
居ることはいる。だけれども、予想以上に少ない。
「どうぞ」
ドアを開けてもらい、促されるまま足を進める。
「お嬢様のお部屋は二階です」
田中を先頭に廊下を歩いて、ひとつのドアの前で立ち止まる。
コツコツとノックをして開ければ、そこには陰鬱な空気が立ち込めていた。
その奥、女性らしいデザインのベッドに眠るのは、中学生くらいの少女だろうか。そして、彼女を見た瞬間に、妖精たちが少ない理由が分かった。
(ああ……)
まだ幼さの残る少女を囲む黒いモヤ。それから護るように、妖精たちが彼女に必死にしがみついている。
「失礼します」
こつり、と足を進めた瞳は、少女の額に手を当てる。ふわ、と少し霊力を注いでやると、真っ白だった彼女の顔色にほんの少しだけ赤味が戻る。
『ヒトミー』
『ありがとうヒトミー』
ついでに弱いながらも結界を張ってやれば、妖精たちが喜んでヒトミの周りを飛び回る。
「田中さん」
「……はい」
「お話、聞かせていただけますね?」
部屋に充満する邪気は後回しだ。根本を絶たなければ同じことの繰り返しになる。
「かしこまりました」
話をするために部屋を移動することになる。
それにしても人の気配が少ない家だ。
そもそも娘がこんなことになっているのに、親はどうした。
「旦那様も奥様も……お忙しいのです」
田中はそう切り出した。
通された応接室。高そうな調度品に見守られ、出された紅茶に手もつけずに瞳は話を聞いている。
「お嬢様は幼少の頃より寂しい思いをされてきました。ご学友ができて、学校が楽しいとおっしゃっていたのですが、一ヶ月前に……」
「例の、ですね?」
何、とは言わなかった。けれど田中は頷く。
「お目覚めにならないお嬢様が心配で、ご学友のお家へ失礼を承知で連絡をしました。そうしたらあちらも同じ症状で眠っていると」
「それが、お嬢さんの他に三人いると」
「はい。そして昨日のことです。その中の一人が、眠っているのにも関わらず『あと一日』と言ったと連絡があったのです」
「あと一日……」
「深夜だったそうで、今朝早くに連絡がありました」
「具体的には何時頃か分かりますか?」
「日付けが変わる頃だそうです」
「タイムリミットは零時か……」
瞳が考え込むのを、円と律、美作は見守っている。
最終的には瞳の判断に任せるしかないし、これは簡単な仕事ではない。現に、『謎の祓い屋』宛に仕事の依頼が来ている。
「確認したいことがあるので、他の三人の名前を教えてもらえますか?」
「あ、ええと。藤宮しずくお嬢様、支倉かえでお嬢様と、一条さやかお嬢様、です」
田中が一人一人思い出すように言ったあと、瞳は心の中で式神に確認する。
『玄武』
『一致しました』
『ビンゴか……』
それからもうひとつ、と瞳は声をひそめる。
「『あと一日』と言ったのは、一条さやか嬢ですね?」
「そうですが、なぜ……」
「声のトーンが、違っていましたので」
そこまで答えてから、瞳は考える。
ここから先は、律を巻き込んではいけない領域になる。
チラリと律を見やれば、その視線に気付いた律が頷く。
「わかりました。私たちにできるのはここまでです」
律がキッパリと言うから田中は青ざめる。
「ここから先は、私たちよりも強い術者に依頼することになります」
「え……」
何を言われるのかわからず、ただ狼狽え戸惑う田中に、律は更に告げる。
「仲介はいたします。ですが、お嬢様がそうなるまで放っておかれたご両親にも咎はあること、お忘れなきよう。また、状態が状態ですので、報酬に関してもお覚悟くださいませ」
すごいな、と瞳は思う。
瞳だけだったらここまで強くは言えなかっただろう。玄武か青龍あたりに頼ってしまうか、あるいは格安で請け負ってしまったかもしれない。
とにかくここまでと区切りをつけ、タクシーを呼んでもらった。
田中は送ると言ったが、それでは相談会議もできやしないので、丁重にお断りする。
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