祓い屋はじめました。

七海さくら/浅海咲也(同一人物)

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026.

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 訪れたのは、見るからに憔悴し切った男性だった。
 身なりは悪くない。むしろ仕立ての良いスーツを着ている。
 疲労の色さえなければそれなりに整った顔立ちをしているだろう。体つきもそこそこ鍛えてありそうで、どこかの家の使用人代表、といったところか。
 だが、対面するソファには幼女の姿である律と高校生の瞳。唯一の成人男性である美作は円と共にソファの後ろに控えるように立っている。その事実に不信を抱かない程度には疲れているらしい。
 瞳はメガネを外している。

 その様子に、律は隣に座る瞳にひそりと問う。


「ねぇ。この人、大丈夫かしら?」
「大丈夫です。『悪いモノ』ではありません」


 誰にも言っていないが、この部屋には結界が張ってある。
 初めてこの部屋を訪れた時の違和感はそれだ。おそらくは律と円の母親によるものだろう。少々の『悪いモノ』ならこの部屋へ入ることはできない。


「かなり疲れているようなので、簡潔にお話を聞いてください」


 ひそひそと交わされる会話に、男性は気づく様子すらない。


「お話をお聞きします」


 凛と告げたのは律だった。


「はい、あの……何からお話ししたら良いのか……」
「大丈夫です。まず、何がありましたか?」


 そわそわとする男性に、瞳がゆっくりと問いかける。
 男性はひとつ吐息をして、思い詰めたように言葉を絞り出した。


「……お嬢様が、目覚めないんです」
「目覚めない……」


 瞳は手を顎に当てて反芻はんすうするように呟いた。
 彼の意識を通して『視て』も、少し黒いモヤがかかる程度だ。


「失礼ですが、ご病気かなにかなのかしら?」
「いいえ。往診に来た医師は口を揃えたように、何も異常はない、と……」
「眠り続けているんですね? いつからですか」
「一ヶ月ほど前です」
「一ヶ月……」
「何か心当たりは? なんでも構いません。たとえば、一ヶ月前に何か言っていませんでしたか?」


 矢継ぎ早になった瞳の問いに、男性は記憶を手繰り寄せようとする。


「そういえば……」
「はい」
「帰宅された時に青い顔をされていて、『エンジェルさんを怒らせた』と……」


 ざわり、と肌が粟立った。


「瞳さま……っ」


 美作も同じだろう、呼ばれて、ただ頷く。
 律も円も、瞳と美作の様子に尋常ではない何かを感じたようだ。


「お嬢さんの周りに、同じ症状の方はいませんか?」
「……そういえば、お嬢様のご友人が3人、同じくらい学校を休まれていると」


(それだ……)


「すみません、眠っていてもいいので、お嬢さんに会えませんか?」
「確認してみます……」
「お願いします」


 そう頼んだ時に玄武からの『声』がした。


『ヒトミ』
『どうした』
『仕事です。三件同時ですが、同じ案件でしょう』
『やはりか……』


 声には出さずに玄武に応える。
 男性は電話を終えると瞳に言った。


「お嬢様に、お会いいただけますか」
「分かりました」
「ありがとうございます。今、車を用意いたします」
「お願いします」


 少しの希望を見たような男性の表情とは反対に、瞳の顔色は冴えない。


「瞳……?」


 心配そうに律が聞くから、事務的に端的に告げる。


「今から『お嬢さん』に会いに行くまではここの仕事ですが、そこから先は『オレ』の仕事です」
「え?」
「『依頼』が入りました」


 依頼もとんでもないが、やらかした少女たちもとんでもない。後でお灸を据えてやらねばなるまい。
 瞳や美作の表情につられたように、律も円も気を引きしめる。

 すぐに用意された車は、男性がここまで乗ってきた車のようだった。
 マンションの出入り口に横付けされ、助手席に瞳、後部座席に美作、律、円の順番で乗り込んだ。
 上座だの下座だの言っていられない。美作は不満だったようだが、一番事情が聞きやすい席に瞳が座ることになっただけだ。


「あー、ええと。お名前をお聞きしても?」
「申し遅れました。わたくし、高科家でお嬢様付きの世話係をしております、田中と申します」
「田中さん。お嬢さんは全く目覚めない状態で間違いありませんか?」
「はい。……最初は疲れて寝坊しているのだろうと思いました。しかし、揺さぶっても叩いても起きてくださらなくて……」
「そうですか」


 少しの沈黙が落ちる。
 瞳は言葉を探した。どう言えばいい。この人たちは悪くない。


「田中さん」
「……はい」
「なぜ、『今日』だったのですか?」


 それだけが分からない。
 なぜ、全員が同じタイミングで依頼してきた?


「それ、は……」


 明らかに動揺した田中の声に、瞳は言葉を遮った。


「いえ、いいです。まずはお嬢さんの様子を先に確認しましょう」


 車は、滑るように高級住宅街へと進んでいた。
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