祓い屋はじめました。

七海さくら/浅海咲也(同一人物)

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025.

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「あ。ホントにいた」
「は?」


 円がちょっと驚いたように言うから、本当に意味が分からないのは瞳の方だ。
 どういうことだ、と聞こうとしたら、円の方から話し始める。


「えーと、妖精たちに瞳がどこにいるか聞いたんだよ。そしたらこっちに誘導されてさ」


 よいしょ、と瞳の隣に座りながら言うから瞳はぽかんとしてしまう。


「聴こえるようになったのか?」
「いや、聞こえないよ。視えるだけ。それは妖精たちもわかってるみたい」


 ははは、と苦笑しながら円が言う。妖精たちの方が上手のようだった。


「お前、取り巻きはどうしたんだよ?」
「取り巻き?」
「いつも一緒にいるだろ」
「ああ。いてきた」
「は?」
「だって、アイツらいたら瞳と話せないし」


 それはそうだが。だからって撒くか?
 瞳がそんなことを考えている間に、円は持ってきた荷物というか、包みを開け始める。


「弁当持ってきたから。瞳も食べるだろ?」
「……そんなの作るひまがいつあったんだよ」
「え? 瞳が出てから。下拵えは終わってたし、そんな時間かかってないよ」


 差し出された弁当箱の中身は、いかにも料理ができる人物が作ったような、肉あり野菜あり、全体の栄養バランスが整った見た目にも美味しそうなものだった。
 円の料理の腕前は知っているから、素直に受け取る。


「……いただきます」
「はい、お箸」
「サンキュ……」


 もはや悪態をつく気分にもなれずに、瞳はおとなしく弁当を食べ始める。
 それを嬉しそうに眺めながら、円も自分の分の弁当に箸をつけながら、そういえばさぁ、などと話し始めた。


「朝、進路調査の紙もらったじゃん」
「ああ」
「瞳はどうすんの?」
「別に。進学はしない」
「えっ! 進学コースなのに?」
「進学しないと言ったはずなのに、勝手にこっちに振り分けられた」
「ああー……」


 何となく、なんとなくだが、教師の気持ちがわかる気がした円だ。成績優秀な瞳を、なんとか進学させたい学校側の意向なのだろう。


「進学しないって、卒業したらどうすんの?」
「……お前、オレの仕事知ってるだろ」
「ああ……」


 いわゆる『謎の祓い屋』である。
 あれを本業にする気なのか。マジか、大丈夫なのか?
 そう考えつつ、円はあっと思いついた。


「瞳さぁ、ウチの正社員になればいいんじゃね?」
「は?」


 まだそんなに依頼人も来ていない事務所だが。
 将来性も分からないが。
 でも出資金だけはある。律が稼いだ金だけど。
 そんなことをしどろもどろになって言えば、瞳はちょっと考えて、そして笑った。


「考えとく」
「まあでも、調査票には書けないなぁ」
「それはそうだな……」


 バイトは禁止されてるし。
 たとえ手伝いでも、身内の事務所ではない。


「白紙で出す」
「面談モノだな」
「仕方ないさ」


 ふふふ、と笑った瞳の弁当箱は、からっぽになっていた。

 そして放課後。
 瞳はいつの間にか教室から居なくなっていて、円は取り巻きたちに囲まれつつ「用事があるから」と急いで事務所への道を歩いた。それこそ瞳に「競歩か」とか言われそうな速度だった。
 途中で確認したスマホには、瞳から『先に行く』の新着メッセージ。
 本当になんでも先に行ってしまうよなぁ、と苦笑した。円の場合は気持ちだけが急いでしまう。
 いつもよりも長く感じられた事務所までの道。
 インターホンを押してドアを開け、声をかける。


「こんにちはー!」


 そのままいつものリビングに行ったら、律と美作が笑っている。瞳もいたけれど、彼も二人が笑っている理由に気付いていないようだ。


「え、なに?」
「円、あなた。ここへ来る時の挨拶が変わったわ」
「え?」
「先日まで『ただいま』と言っておいででしたのに、『こんにちは』と」
「すっかり『瞳の家の子』になっちゃって」


 くすくすと笑う律は楽しそうだが、円どころか瞳だっていたたまれない。
 美作が淹れてくれた紅茶を、一口含んだ。


「それで、今日は何をするの?」
「俺は宿題やる。プリントで出たからめんどくさい……って、瞳は?」


 心底めんどくさそうに言う円に、瞳はさらりと答える。


「授業中に終わらせた」
「はい?」


 手にはスマホを持ち、昨日よりもスイスイと入力の練習をしている。
 宿題のプリントが配られたのは、授業が終わる15分ほど前だ。


「15分もあれば終わるだろ」


 あっさりという瞳の様子に、円は察した。
 こいつ定期テストでは実力出してない。
 学年の成績は、円が10位以内、瞳は30位前後である。
 目立ちたくない、としきりに言う瞳は、成績でさえもコントロールしている。


「お前ほんと進学しろよ……」


 何か瞳が興味を持つ分野でもあれば進学するのだろうけれど。
 円を見て、ふ、と笑う瞳には、今のところはそんな気持ちはさらさら無いことは昼休みに聞いた。
 美作が用意してくれた円の分の紅茶をありがたくすすりながら、円は恨めしそうに瞳を見るが、瞳の方は素知らぬふりだ。

 事務所に来客があったのは、それから1時間ほど後だった。
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