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「あ。ホントにいた」
「は?」
円がちょっと驚いたように言うから、本当に意味が分からないのは瞳の方だ。
どういうことだ、と聞こうとしたら、円の方から話し始める。
「えーと、妖精たちに瞳がどこにいるか聞いたんだよ。そしたらこっちに誘導されてさ」
よいしょ、と瞳の隣に座りながら言うから瞳はぽかんとしてしまう。
「聴こえるようになったのか?」
「いや、聞こえないよ。視えるだけ。それは妖精たちもわかってるみたい」
ははは、と苦笑しながら円が言う。妖精たちの方が上手のようだった。
「お前、取り巻きはどうしたんだよ?」
「取り巻き?」
「いつも一緒にいるだろ」
「ああ。撒いてきた」
「は?」
「だって、アイツらいたら瞳と話せないし」
それはそうだが。だからって撒くか?
瞳がそんなことを考えている間に、円は持ってきた荷物というか、包みを開け始める。
「弁当持ってきたから。瞳も食べるだろ?」
「……そんなの作るひまがいつあったんだよ」
「え? 瞳が出てから。下拵えは終わってたし、そんな時間かかってないよ」
差し出された弁当箱の中身は、いかにも料理ができる人物が作ったような、肉あり野菜あり、全体の栄養バランスが整った見た目にも美味しそうなものだった。
円の料理の腕前は知っているから、素直に受け取る。
「……いただきます」
「はい、お箸」
「サンキュ……」
もはや悪態をつく気分にもなれずに、瞳はおとなしく弁当を食べ始める。
それを嬉しそうに眺めながら、円も自分の分の弁当に箸をつけながら、そういえばさぁ、などと話し始めた。
「朝、進路調査の紙もらったじゃん」
「ああ」
「瞳はどうすんの?」
「別に。進学はしない」
「えっ! 進学コースなのに?」
「進学しないと言ったはずなのに、勝手にこっちに振り分けられた」
「ああー……」
何となく、なんとなくだが、教師の気持ちがわかる気がした円だ。成績優秀な瞳を、なんとか進学させたい学校側の意向なのだろう。
「進学しないって、卒業したらどうすんの?」
「……お前、オレの仕事知ってるだろ」
「ああ……」
いわゆる『謎の祓い屋』である。
あれを本業にする気なのか。マジか、大丈夫なのか?
そう考えつつ、円はあっと思いついた。
「瞳さぁ、ウチの正社員になればいいんじゃね?」
「は?」
まだそんなに依頼人も来ていない事務所だが。
将来性も分からないが。
でも出資金だけはある。律が稼いだ金だけど。
そんなことをしどろもどろになって言えば、瞳はちょっと考えて、そして笑った。
「考えとく」
「まあでも、調査票には書けないなぁ」
「それはそうだな……」
バイトは禁止されてるし。
たとえ手伝いでも、身内の事務所ではない。
「白紙で出す」
「面談モノだな」
「仕方ないさ」
ふふふ、と笑った瞳の弁当箱は、からっぽになっていた。
そして放課後。
瞳はいつの間にか教室から居なくなっていて、円は取り巻きたちに囲まれつつ「用事があるから」と急いで事務所への道を歩いた。それこそ瞳に「競歩か」とか言われそうな速度だった。
途中で確認したスマホには、瞳から『先に行く』の新着メッセージ。
本当になんでも先に行ってしまうよなぁ、と苦笑した。円の場合は気持ちだけが急いでしまう。
いつもよりも長く感じられた事務所までの道。
インターホンを押してドアを開け、声をかける。
「こんにちはー!」
そのままいつものリビングに行ったら、律と美作が笑っている。瞳もいたけれど、彼も二人が笑っている理由に気付いていないようだ。
「え、なに?」
「円、あなた。ここへ来る時の挨拶が変わったわ」
「え?」
「先日まで『ただいま』と言っておいででしたのに、『こんにちは』と」
「すっかり『瞳の家の子』になっちゃって」
くすくすと笑う律は楽しそうだが、円どころか瞳だっていたたまれない。
美作が淹れてくれた紅茶を、一口含んだ。
「それで、今日は何をするの?」
「俺は宿題やる。プリントで出たからめんどくさい……って、瞳は?」
心底めんどくさそうに言う円に、瞳はさらりと答える。
「授業中に終わらせた」
「はい?」
手にはスマホを持ち、昨日よりもスイスイと入力の練習をしている。
宿題のプリントが配られたのは、授業が終わる15分ほど前だ。
「15分もあれば終わるだろ」
あっさりという瞳の様子に、円は察した。
こいつ定期テストでは実力出してない。
学年の成績は、円が10位以内、瞳は30位前後である。
目立ちたくない、としきりに言う瞳は、成績でさえもコントロールしている。
「お前ほんと進学しろよ……」
何か瞳が興味を持つ分野でもあれば進学するのだろうけれど。
円を見て、ふ、と笑う瞳には、今のところはそんな気持ちはさらさら無いことは昼休みに聞いた。
美作が用意してくれた円の分の紅茶をありがたくすすりながら、円は恨めしそうに瞳を見るが、瞳の方は素知らぬふりだ。
事務所に来客があったのは、それから1時間ほど後だった。
「は?」
円がちょっと驚いたように言うから、本当に意味が分からないのは瞳の方だ。
どういうことだ、と聞こうとしたら、円の方から話し始める。
「えーと、妖精たちに瞳がどこにいるか聞いたんだよ。そしたらこっちに誘導されてさ」
よいしょ、と瞳の隣に座りながら言うから瞳はぽかんとしてしまう。
「聴こえるようになったのか?」
「いや、聞こえないよ。視えるだけ。それは妖精たちもわかってるみたい」
ははは、と苦笑しながら円が言う。妖精たちの方が上手のようだった。
「お前、取り巻きはどうしたんだよ?」
「取り巻き?」
「いつも一緒にいるだろ」
「ああ。撒いてきた」
「は?」
「だって、アイツらいたら瞳と話せないし」
それはそうだが。だからって撒くか?
瞳がそんなことを考えている間に、円は持ってきた荷物というか、包みを開け始める。
「弁当持ってきたから。瞳も食べるだろ?」
「……そんなの作るひまがいつあったんだよ」
「え? 瞳が出てから。下拵えは終わってたし、そんな時間かかってないよ」
差し出された弁当箱の中身は、いかにも料理ができる人物が作ったような、肉あり野菜あり、全体の栄養バランスが整った見た目にも美味しそうなものだった。
円の料理の腕前は知っているから、素直に受け取る。
「……いただきます」
「はい、お箸」
「サンキュ……」
もはや悪態をつく気分にもなれずに、瞳はおとなしく弁当を食べ始める。
それを嬉しそうに眺めながら、円も自分の分の弁当に箸をつけながら、そういえばさぁ、などと話し始めた。
「朝、進路調査の紙もらったじゃん」
「ああ」
「瞳はどうすんの?」
「別に。進学はしない」
「えっ! 進学コースなのに?」
「進学しないと言ったはずなのに、勝手にこっちに振り分けられた」
「ああー……」
何となく、なんとなくだが、教師の気持ちがわかる気がした円だ。成績優秀な瞳を、なんとか進学させたい学校側の意向なのだろう。
「進学しないって、卒業したらどうすんの?」
「……お前、オレの仕事知ってるだろ」
「ああ……」
いわゆる『謎の祓い屋』である。
あれを本業にする気なのか。マジか、大丈夫なのか?
そう考えつつ、円はあっと思いついた。
「瞳さぁ、ウチの正社員になればいいんじゃね?」
「は?」
まだそんなに依頼人も来ていない事務所だが。
将来性も分からないが。
でも出資金だけはある。律が稼いだ金だけど。
そんなことをしどろもどろになって言えば、瞳はちょっと考えて、そして笑った。
「考えとく」
「まあでも、調査票には書けないなぁ」
「それはそうだな……」
バイトは禁止されてるし。
たとえ手伝いでも、身内の事務所ではない。
「白紙で出す」
「面談モノだな」
「仕方ないさ」
ふふふ、と笑った瞳の弁当箱は、からっぽになっていた。
そして放課後。
瞳はいつの間にか教室から居なくなっていて、円は取り巻きたちに囲まれつつ「用事があるから」と急いで事務所への道を歩いた。それこそ瞳に「競歩か」とか言われそうな速度だった。
途中で確認したスマホには、瞳から『先に行く』の新着メッセージ。
本当になんでも先に行ってしまうよなぁ、と苦笑した。円の場合は気持ちだけが急いでしまう。
いつもよりも長く感じられた事務所までの道。
インターホンを押してドアを開け、声をかける。
「こんにちはー!」
そのままいつものリビングに行ったら、律と美作が笑っている。瞳もいたけれど、彼も二人が笑っている理由に気付いていないようだ。
「え、なに?」
「円、あなた。ここへ来る時の挨拶が変わったわ」
「え?」
「先日まで『ただいま』と言っておいででしたのに、『こんにちは』と」
「すっかり『瞳の家の子』になっちゃって」
くすくすと笑う律は楽しそうだが、円どころか瞳だっていたたまれない。
美作が淹れてくれた紅茶を、一口含んだ。
「それで、今日は何をするの?」
「俺は宿題やる。プリントで出たからめんどくさい……って、瞳は?」
心底めんどくさそうに言う円に、瞳はさらりと答える。
「授業中に終わらせた」
「はい?」
手にはスマホを持ち、昨日よりもスイスイと入力の練習をしている。
宿題のプリントが配られたのは、授業が終わる15分ほど前だ。
「15分もあれば終わるだろ」
あっさりという瞳の様子に、円は察した。
こいつ定期テストでは実力出してない。
学年の成績は、円が10位以内、瞳は30位前後である。
目立ちたくない、としきりに言う瞳は、成績でさえもコントロールしている。
「お前ほんと進学しろよ……」
何か瞳が興味を持つ分野でもあれば進学するのだろうけれど。
円を見て、ふ、と笑う瞳には、今のところはそんな気持ちはさらさら無いことは昼休みに聞いた。
美作が用意してくれた円の分の紅茶をありがたくすすりながら、円は恨めしそうに瞳を見るが、瞳の方は素知らぬふりだ。
事務所に来客があったのは、それから1時間ほど後だった。
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