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護衛たちの心配
しおりを挟む「ランドルフ様、何やら機嫌がよろしいですね。あの人間の少年が随分と気に入られましたか?」
護衛の一人、牛の獣人ダレスの目の前には屋敷に戻って来てからも尻尾をずっと揺らすランドルフがいた。
書類を見ながら鼻歌まで歌っている。実に分かりやすい。分かりやすすぎて心配になるくらいである。
声を掛けられた本人のランドルフはニヤリと笑い、手に持っていた書類をポイと机に放った。
「ああ、バングルの店の子だろ。あの子は俺の番だ。」
「・・・・・・・・・何ですって?」
「だからつ・が・いだよ、番!お前も可愛い可愛い番のリリーさんがいるだろ。ったく、いいよなぁ。」
「・・・・・・・・・はああ?!」
「っ、うおっ、びっくりした。」
ダレスは声がでかい。物凄くでかい。
こんな密室でその声量。
五感の鋭い獣人にとって、大変迷惑な話。
だが今の反応は、ダレスからすれば当然の反応であった。
「な、なぜもっと早く言わないのですか!?番となれば、話は別です!今日にでも屋敷に連れ帰って旦那様にご報告をっ、」
「落ち着けって。まだきっと未成年だろ。これからゆっくり仲を深めることにするさ。」
「~~っ、隠し事が多いから、最近こうやって護衛まで付けられたのお忘れですか?!」
ダレスの突進して来そうな勢いにランドルフは「はいはいはい、わかってますよ」と頭を掻く。
全く分かってなさそうだ。
このランドルフという獅子の獣人、実は領主の息子。
ここ大都市サルマンにとてつもなく大きな屋敷を構えている。
そして実はこのナディルとの出会いには裏話がある。
全てはランドルフの父である領主ターリヤが持っていたバングルから始まった────
ターリヤが友人から貰った贈り物とやらを見る機会があった。
何やら大層嬉しそうな顔のターリヤに内心面倒臭くてたまらなかったランドルフだが、これは自慢を聞かないと収拾がつかない。
そしてランドルフは父の自慢話に付き合う過程で偶然目にしたバングルから香る僅かな匂いに、生まれて初めて"番"の存在を感じることになる。
居ても立ってもいられず何とかそのバングルの購入先を調べあげ、今日訪れたあのカリムにある露店の一つだということがわかった。
毎日のように時間を見つけてはその店に通い、店番のサーシャという人間の女性からようやく製作者について情報を得ることができたのはほんの数日前のこと。
「私の弟が作ったのよ。」
「・・・お、弟ぉ?!!」
「そうよ。しかもあの子、気付いてないだけで、めちゃめちゃモテるの・・・・・・男にね。」
だから私がこうして店番してんのよ、とため息をついたサーシャ。
なかなかナディルのことを教えたがらない理由が分かった気がした。
この手の軟派もさぞ多かろう。
約一ヶ月間、何度も何度も時間を見つけて足を運び、ようやくランドルフが本気で番を探していることが伝わった。
信用して話してくれたんだろうと解釈し、ランドルフは心が躍る。
『自分の番がこんなにも近くにいるなんて!』
声に出してはいないのに、体全体が喜びで溢れていたランドルフ。
そんな彼を一瞥し、サーシャは容赦なく言い放った。
「あの子、獣人にはかなり苦手意識あるから。」
「・・・え・・・っ」
「しかも私たち見た通り人間だしね。番なんて正直知ったこっちゃないわよ。」
サーシャの言葉に内心・・・いや、全面的に小躍りしていたランドルフは固まった。
番、というのは獣人にしかない独自の本能。
男、女、獣人、人間に関わらず、一生を添い遂げる存在、それが番である。
獣人同士であれば互いに番特有の香りに気付くことができるため話が早いのだが、人間にはその匂いが全く分からない。
獣人だけが分かる話。
人間であるサーシャにも実のところ番の重要度が理解できていない。
口がポカンと開き、鋭い牙が無防備に見えた。
サーシャはその光景を無表情で見ていたがあまりにも悲壮感漂うランドルフに半ば仕方なく助け舟を出すことにした。
「・・・私、実は来週デートなの。その日は弟に店番頼むつもりなん、」
「いいいいつだ?!お、教えてくれ!頼む!」
「・・・・・・食いつき凄いわね。さすが肉食。」
鋭い牙が急に近づてきて、流石のサーシャも驚き後退りした。
そんなことはお構いなしのランドルフの熱意に負け、自分がいない日を教えた。
しかし、いつものようにランドルフは一人で行くはずだったのだが、あまりにもカリムに通う様を不審に思われ、父から護衛という名の見張りを三人もつけられてしまった。
本来ならば名前だけでも聞きだしたかったが、見事失敗。
だが実際に目の前にしたまだ名前も知らない人間の少年が自分の番だとすぐ分かった。
これはランドルフにとって大きな収穫だった。
平然を装っていたが心臓はバクバクと早鐘を打ち、すぐにでも屋敷に連れて帰りたい、という衝動に駆られていた。
しかし、サーシャからも聞かされていた通り少年はかなり人見知り・・・いや、獣人見知り。
ランドルフを前にして、ただただおろおろしていた。
ここでランドルフが強行突破してしまえば、おそらくその苦手意識が強まるばかりか嫌われてしまう可能性だってある。
必死に堪え、何とか次に会う約束・・・という名の強引な手を使ったのである。
「早く会いたい。隠れた瞳は一体何色なんだろう。」
ランドルフはナディルのあの甘い匂いを思い出すだけで、胸の高鳴りが抑えられなかった。
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