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雨降らしは、没頭する。
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森の中の一軒家は外壁に鬱蒼と蔦が這い、開けられなくなった小窓もある。まあ、開かないところで別に困ることはない、とティエティは全く気にしていなかった。
その開けられなくなった小窓の前を通過して、とある小部屋の開けっ放しのドアを二回ノックする。
思った通り、反応はなかった。
「エリオットくん、今日も森に行くわよ~」
「・・・・・・・・・」
「おーい!ほっぺモチモチわたしの可愛いエリオットくーん?」
「・・・・・・・・・」
「・・・もう。すっかり自分の世界ね、この子ったら。」
今日の朝食はきのこのスープと、木の実のパン。
何か役割を与えてほしい、とのエリオットの願い出に、ティエティは仕方なく食事係を命じたがこれが大正解だった。
作り手の性格がわかるような優しい味に、ティエティはスープを三杯もおかわりした。
『細いのによく食べますね』と驚いた顔をする愛らしいエリオットに飛びつこうとして、見事に逃げられたのはほんの一時間前。
エリオットに貸し与えたテーブル一面、薬草や小瓶、乳鉢が広げられている。だが、決して散らかっているわけではない。
テーブルの上でちゃんと種類ごとに整理されていて、彼の几帳面さが窺えた。
ここ数日で分かったことだが、エリオットは一度自分の世界へ入ると、食事もせずにずっと作業をし続ける。
ティエティ自身も似たような部分はあるため、決して人のことは言えないが、今日はその行動パターンを見越して先に食事させて正解だった、とティエティは自分を褒めた。
突然ここへ連れてこられたことに、初日は戸惑う様子を見せた彼だったが、意外にも切り替えが早かった。
リュシアンの言うことに逆らうつもりはないようで、ここで世話になるなら自分に役割を、というのが先程の食事係までの流れである。
薬草一式が届けられてからは、その調合にせっせと勤しんでいて、今もその真っ最中だ。
ティエティに対しての警戒心も共に過ごすと薄れていったようで、自然に笑うことも増えた。
『厄災の大雨について、お前が知ってることを全て教えてくれ。』
意識のない人間の青年を抱え、背後には鼻息を荒くするあの黒竜。
『厄介ごとを持ち込むつもりね』と、思わず眉間に皺を寄せたティエティだったが、このリュシアンが自分に頼み事なんて、初めてのことだった。
面倒臭さと好奇心を天秤にかけ、すぐに彼らを家に招き入れた。
リュシアンからの頼み事は三つ。
エリオットの体を毎日診てほしい。
彼がここから逃げないように見守ってほしい。
そして、厄災の大雨を調べてほしい。
敢えて、"何故?"と問わなかった。
共に過ごしてみると、とても居心地がいい。
綺麗好きで勤勉、それに料理もうまい。
あの無愛想狐に変わり、自分が彼の面倒をこのままずっとみてもいい、くらいには思い始めている。
リュシアンは毎日のようにここまでやって来ては、彼に"マーキングをして"帰っていく。
エリオット本人は、"あれ"をただの挨拶程度にしか思っていないのだろう。
しかもウォーグでの移動は目立つから、とわざわざ馬に乗って、だ。
片道一時間はかかるだろうにご苦労なことだと、ティエティは心で忍び笑っている。
彼を預けておいて、自分を"男として"警戒するなんて、馬鹿な男だ。
騎士団の団医をしていた頃からの古い友人ではあるが、特定の者にここまで執着する姿は初めて見た。
そこまでするなら騎士団の寄宿舎まで連れて行けばいいものを、何か理由があるのだろう。
確かにあちらは人も段違いに多いし、ずっと旅をしていたと言うエリオットには少々息苦しいかもしれない、とティエティは考えたが、あの無愛想狐の考えることなんて誰もわかるわけがないと、途中で匙を投げた。
ティエティはそこまで思い出し、笑みを溢すと、目の前の小さな背中に近寄り、形のいい耳にフー・・・っと息を吹きかけた。
飛び上がる猫のような動きをするエリオットが、予想通りでまた可笑しくなった。
「?!うひっ!?」
「無視するなんて悪い子ね。いい加減にしないと、食べちゃうわよ・・・♡」
「ティッ、ティエティさん・・・っ!ふ、普通に、声をかけてくれれば、」
「何度もかけたわ。他に言うことはあるかしら?」
「ゔっ・・・、あ、ありません・・・」
「さ、行きましょう。支度してちょうだい。」
「あい・・・」
エリオットに獣の耳が無いのが惜しい。
もしあったなら、力無く垂れていただろうに、とティエティは想像して、彼の頭を撫でた。
不思議そうな顔で首を傾げる彼は、今日も可愛らしい。
その言葉を口に出さないのは、自分の命が惜しいからである。
最初に、森へ行きたいと言い出したのは、エリオットだった。
気分転換になるし、食材を確保できる。
ティエティはすぐ了承した。
勿論あの無愛想狐には、言っていない。青磁色の瞳が恐ろしい光を宿しそうだからだ。
「今日もお祈りをするのかしら?」
「・・・っ、き、気づいてたんですか・・・?」
「もちろんよ。わたしは優秀だと言ったでしょう?」
「・・・・・・・・・」
エリオットはいつも森で二手に分かれたがる。短時間でいいから、と。
視認出来ないが、彼の背には、あのリュシアンの大斧のように何か道具があるように思えた。
見えないのに、確信できる。
それはティエティにとっても不可解なことであったが、今日のこれで決まりだ。
「見せてほしいと言ったら、迷惑かしら?」
「・・・・・・・・・」
「嫌なら、いいのよ。諦めるわ。・・・あいつと違って、わたしはねちっこく無いのよ。」
「・・・なんで、リュシアンさんが出てくるんですか?」
「あら、やだ。"あいつ"が、何故リュシアンだと?」
「・・・・・・・・・もう。」
口をムッとさせたエリオットに『あいつは何も話してくれないのよ』とティエティは付け足す。
無愛想狐には色々借りがある。だから今回の一件も引き受けた。
自分とのやりとりで、リュシアンとエリオットとの間に変な亀裂が入ってはいけない。
「・・・ティエティさんなら・・・俺のこと、何か分かりますか・・・?」
「そうねぇ・・・、何のことを指しているのか分からないけど、見せてくれるなら、一緒に探してあげてもいいわ。わたしは、優秀なの♡」
「・・・・・・・・・ついてきてください。」
「ええ、もちろんよ。行きましょ。」
エリオットにあとに続いて歩くティエティの尻尾が、左右に大きく揺れる。
鼻歌混じりのティエティにエリオットは苦笑いを浮かべたが、この人はきっと力になってくれる。
そう信じて、背中に背負っていた杖をまた手に取った。
その開けられなくなった小窓の前を通過して、とある小部屋の開けっ放しのドアを二回ノックする。
思った通り、反応はなかった。
「エリオットくん、今日も森に行くわよ~」
「・・・・・・・・・」
「おーい!ほっぺモチモチわたしの可愛いエリオットくーん?」
「・・・・・・・・・」
「・・・もう。すっかり自分の世界ね、この子ったら。」
今日の朝食はきのこのスープと、木の実のパン。
何か役割を与えてほしい、とのエリオットの願い出に、ティエティは仕方なく食事係を命じたがこれが大正解だった。
作り手の性格がわかるような優しい味に、ティエティはスープを三杯もおかわりした。
『細いのによく食べますね』と驚いた顔をする愛らしいエリオットに飛びつこうとして、見事に逃げられたのはほんの一時間前。
エリオットに貸し与えたテーブル一面、薬草や小瓶、乳鉢が広げられている。だが、決して散らかっているわけではない。
テーブルの上でちゃんと種類ごとに整理されていて、彼の几帳面さが窺えた。
ここ数日で分かったことだが、エリオットは一度自分の世界へ入ると、食事もせずにずっと作業をし続ける。
ティエティ自身も似たような部分はあるため、決して人のことは言えないが、今日はその行動パターンを見越して先に食事させて正解だった、とティエティは自分を褒めた。
突然ここへ連れてこられたことに、初日は戸惑う様子を見せた彼だったが、意外にも切り替えが早かった。
リュシアンの言うことに逆らうつもりはないようで、ここで世話になるなら自分に役割を、というのが先程の食事係までの流れである。
薬草一式が届けられてからは、その調合にせっせと勤しんでいて、今もその真っ最中だ。
ティエティに対しての警戒心も共に過ごすと薄れていったようで、自然に笑うことも増えた。
『厄災の大雨について、お前が知ってることを全て教えてくれ。』
意識のない人間の青年を抱え、背後には鼻息を荒くするあの黒竜。
『厄介ごとを持ち込むつもりね』と、思わず眉間に皺を寄せたティエティだったが、このリュシアンが自分に頼み事なんて、初めてのことだった。
面倒臭さと好奇心を天秤にかけ、すぐに彼らを家に招き入れた。
リュシアンからの頼み事は三つ。
エリオットの体を毎日診てほしい。
彼がここから逃げないように見守ってほしい。
そして、厄災の大雨を調べてほしい。
敢えて、"何故?"と問わなかった。
共に過ごしてみると、とても居心地がいい。
綺麗好きで勤勉、それに料理もうまい。
あの無愛想狐に変わり、自分が彼の面倒をこのままずっとみてもいい、くらいには思い始めている。
リュシアンは毎日のようにここまでやって来ては、彼に"マーキングをして"帰っていく。
エリオット本人は、"あれ"をただの挨拶程度にしか思っていないのだろう。
しかもウォーグでの移動は目立つから、とわざわざ馬に乗って、だ。
片道一時間はかかるだろうにご苦労なことだと、ティエティは心で忍び笑っている。
彼を預けておいて、自分を"男として"警戒するなんて、馬鹿な男だ。
騎士団の団医をしていた頃からの古い友人ではあるが、特定の者にここまで執着する姿は初めて見た。
そこまでするなら騎士団の寄宿舎まで連れて行けばいいものを、何か理由があるのだろう。
確かにあちらは人も段違いに多いし、ずっと旅をしていたと言うエリオットには少々息苦しいかもしれない、とティエティは考えたが、あの無愛想狐の考えることなんて誰もわかるわけがないと、途中で匙を投げた。
ティエティはそこまで思い出し、笑みを溢すと、目の前の小さな背中に近寄り、形のいい耳にフー・・・っと息を吹きかけた。
飛び上がる猫のような動きをするエリオットが、予想通りでまた可笑しくなった。
「?!うひっ!?」
「無視するなんて悪い子ね。いい加減にしないと、食べちゃうわよ・・・♡」
「ティッ、ティエティさん・・・っ!ふ、普通に、声をかけてくれれば、」
「何度もかけたわ。他に言うことはあるかしら?」
「ゔっ・・・、あ、ありません・・・」
「さ、行きましょう。支度してちょうだい。」
「あい・・・」
エリオットに獣の耳が無いのが惜しい。
もしあったなら、力無く垂れていただろうに、とティエティは想像して、彼の頭を撫でた。
不思議そうな顔で首を傾げる彼は、今日も可愛らしい。
その言葉を口に出さないのは、自分の命が惜しいからである。
最初に、森へ行きたいと言い出したのは、エリオットだった。
気分転換になるし、食材を確保できる。
ティエティはすぐ了承した。
勿論あの無愛想狐には、言っていない。青磁色の瞳が恐ろしい光を宿しそうだからだ。
「今日もお祈りをするのかしら?」
「・・・っ、き、気づいてたんですか・・・?」
「もちろんよ。わたしは優秀だと言ったでしょう?」
「・・・・・・・・・」
エリオットはいつも森で二手に分かれたがる。短時間でいいから、と。
視認出来ないが、彼の背には、あのリュシアンの大斧のように何か道具があるように思えた。
見えないのに、確信できる。
それはティエティにとっても不可解なことであったが、今日のこれで決まりだ。
「見せてほしいと言ったら、迷惑かしら?」
「・・・・・・・・・」
「嫌なら、いいのよ。諦めるわ。・・・あいつと違って、わたしはねちっこく無いのよ。」
「・・・なんで、リュシアンさんが出てくるんですか?」
「あら、やだ。"あいつ"が、何故リュシアンだと?」
「・・・・・・・・・もう。」
口をムッとさせたエリオットに『あいつは何も話してくれないのよ』とティエティは付け足す。
無愛想狐には色々借りがある。だから今回の一件も引き受けた。
自分とのやりとりで、リュシアンとエリオットとの間に変な亀裂が入ってはいけない。
「・・・ティエティさんなら・・・俺のこと、何か分かりますか・・・?」
「そうねぇ・・・、何のことを指しているのか分からないけど、見せてくれるなら、一緒に探してあげてもいいわ。わたしは、優秀なの♡」
「・・・・・・・・・ついてきてください。」
「ええ、もちろんよ。行きましょ。」
エリオットにあとに続いて歩くティエティの尻尾が、左右に大きく揺れる。
鼻歌混じりのティエティにエリオットは苦笑いを浮かべたが、この人はきっと力になってくれる。
そう信じて、背中に背負っていた杖をまた手に取った。
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