【完結】雨降らしは、腕の中。

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雨降らしは、緊張する。

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人間より高い位置にあるリュシアンの耳元に近づくと『ここが、いいです』とエリオットは、呟いた。
ぴくぴくと、小刻みに動く耳が偶然にも鼻を擦り、エリオットは小さなくしゃみをした。




エリオットの足で数時間かかる道のりも、"空のウォーグ便"なら、一時間もかからなかった。
乗り心地も、高さに慣れてしまえばきっと悪くない。(今回の飛行で、エリオットが慣れることはなかったが。)
そして、ウォーグの体の周りには風の膜が張られていて、背に乗った二人はちゃんと呼吸ができていた。


『ここが、いいです』と言われた場所をリュシアンが見渡しても、特段変わった点はない。真下を見下ろすと、農村地のように見えた。
本当にここか?、と尋ねるように、エリオットの顔を覗き込んだリュシアンだが、鼻をこするエリオットが、またあの真っ直ぐな目で見つめてくるものだから、渋々首に掛けていた小さな笛を吹いた。

笛はウォーグに指示を出す道具らしい。
エリオットに笛の音は聞こえなかったが、吹いた途端、ウォーグは旋回しながら降下していった。
降下する時の慣れない浮遊感にエリオットはまた失神しそうになりつつ、この後すぐ"自分の役割"が待っているのだ、と歯を食いしばり、何とか耐えた。



巨体のウォーグから降りるのも一苦労、降りたら降りたで、また大変だ。今にも飛びかかってきそうな、濃灰色の塊。
その赤い瞳は、エリオットに向けられていて、"きらきら"もしくは"わくわく"しているように見える。
ウォーグから『気に入られた』というのは、どうやら本当らしい。
試しに、へらり、とエリオットが笑いかけてみる(引き攣る)と、燃えるような赤はさらに輝きを増し、ばったん、どったん、と尾が大きく揺れる。
そしてウォーグはまたリュシアンから小言を言われていた。



「さあ、ウォーグが木を倒して遊び始める前に頼む。何を見せてくれるのか、楽しみだ。」

「・・・・・・・・・えっと・・・こんな風に見られるのは、初めてなので・・・・・・少し、離れたところから、で、どうぞ・・・」

「分かった。」



リュシアンがウォーグを誘導し、エリオットから少し距離を取る。
一人と一頭が離れたことを確認した彼はあの【杖】を強く握って、大きく息を吸った。
  



何度も、深く。
何度も、大きく肩を上下させて、繰り返す。




最後に一つ、特別大きな息を吐くと、エリオットはリュシアンの方を振り返った。
エリオットの姿に見惚れていたリュシアンは、突然自分の方を向いた黒い瞳に、小さく・・・それは小さく、肩を揺らしたが、彼には気づかれずに済んだようだった。



「どうしたんだ?」

「あ、あの・・・、いつもは、声に出さない・・・んだけど・・・」

「ああ。」

「隠すのも・・・おかしいし・・・疑われるのも困るから・・・えっと、あの、静かに、聞いててくださ・・い・・・?」

「・・・わかった。」

「・・・では。いきます。」


一体何のことを言っている?と、本当は口に出して問いたかった。そこをグッと我慢して、リュシアンは静かにエリオットを、見つめている。


その視線の先、【杖】を空に向けて真っ直ぐ突き出したエリオットは、一度目を閉じた。
長い睫毛が、濡れているのは見間違いではないだろう。


リュシアンは、思う。
彼は少し前から、一人で旅をしているのだと、言っていた。
その旅の間、よく一人で居られたものだ。
一体、どうやって自分を奮い立たせ、
そして一体、どうやって、自分を慰めていたのだろうか。







エリオットが目を開けた。
彼が口を尖らせ口笛を吹くと、突然吹いた風が彼の体を囲むように、舞う。


風と共に舞った草花が、天高く登って行くのを、リュシアンは何も言わずに眺めていた。











『空よ、雲よ、』



『大地を濡らし、草木を揺らす恵みの雨よ、』



『わたしの、言葉を聞いてほしい。』



『乾きは、ここより南に向かい、』



『恵みを、ここへ、降らせておくれ。』



『どうか、わたしの心を喰らい、』



『愚かな願いを、赦しておくれ。』
























また、雨の音がする。







「ーーーっ、ーーい、おい!!目を開けろ!!おい!」

「・・・・・・あ、」




目を開けると、青磁色の瞳が揺れていた。
黄金色の髪を伝い、雨粒が次から次へと落ちてくる。



まるで彼が泣いているように見えるのは、この大雨のせいだろう。



エリオットは、定まらない意識の中、そんなことを思った。






今日はいつもより手こずったらしい、とエリオットは判断した。
立ちくらみがする程度で終わる予定が、どうやら一瞬気を失って倒れたらしい。
それほど、ここの"乾き"が酷かったということなのか。
それとも"あの姿"を誰かに見られるのは師匠以外初めてだったから、緊張でもして、調整を誤ったのだろうか・・・いや、あれは確実に緊張していた。

どちらもエリオットが倒れた理由なのかもしれない。



彼とは昨日会ったばかりだが、こんな風に動揺する姿は、きっと珍しいのだと思う。少し"してやったり"、だなんて思ったエリオットは、後でどんなに怒られるのやら。



「ウォーグ!こちらへ来い!翼で雨から守れ!!」

『グル、グルルルルルルル・・・』

「・・・あの・・・だ、大丈、夫なの、」

「・・・・・・っ、"これが"!!大丈夫だなんて、二度と言うな!!!」




ほら。やはり怒られた。
それも物凄い剣幕で。
エリオットは一瞬呆気に取られたが、その大声で意識がハッキリとする。同時に、何だか少しおかしくなって、ふふ、と小さく笑みを浮かべた。
その顔を見るなり、益々鬼のような形相を浮かべるリュシアンに気がついて、『やってしまった』とすぐ後悔した。



「・・・・・・君には、聞きたいことが山程出来た。」

「・・・ええ・・・?おれ、ちゃんと、見せたの、に・・・?」

「その【杖】に関しては、もういい。入国を許可する。」

「もう・・・入っちゃって、ます・・・けどね・・・へへ・・・」

「・・・・・・・・・とにかく、移動しよう。」



リュシアンは眉間に皺を寄せたまま、何の躊躇いもせずエリオットを肩に担ぐと、ウォーグの背へと移動する。

『俺、丸太じゃん・・・』と文句をこぼしたエリオットを完全に無視したリュシアンの耳は、不機嫌そうに伏せたままだった。












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