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12 熊
しおりを挟む「素晴らしい・・・!これこそ僕の夢です・・・!」
「あ、あの・・・、」
待ちに待った薬草学の授業を週明けに控え、待ちきれなくなった僕がやってきたのは校舎から少し離れた場所にあるドーム型の建物。
薬草学の教師であるミカエル先生とはこれまで何度かお話をさせてもらっていて、ここ一週間ほど授業の合間を縫って薬草園に毎日入り浸っている。
ちなみにククルと同じ授業は全体の三分の一ほど。
校舎も離れていることが多く、日中はそれほど顔を合わせることがない。
ククルはそれが心底、心底!不満らしく、コミド先生に直接抗議までしていたけど「寮弟だからといって一学生であるあなたが何を言っても無駄です」と見事一刀両断されていた。
コミド先生が分別のあるちゃんとした大人でよかったと、僕は静かに両手を合わせた。
そして僕は今、とある生徒に案内されてドーム型の建物の中へ。
ミカエル先生に薬草への熱意が伝わった僕は特別に《とっておきの場所》への立ち入りを許可された。
猫背気味の大きな背中について行った先にあったのは、色とりどり、大小様々な植物の、楽園。
これが全て薬草だなんてとても信じられない。
感極まってしばらく出入り口で固まる僕を見て、猫背をさらに丸めて心配そうに覗き込む学生が一人。
頭の上には丸みを帯びた可愛らしい獣耳がついていて、耳も髪も雪のように真っ白だ。
「あなた、本当に毎日管理を手伝っているんですか?!」
「ひっ!そそそそそうです!」
「これだけの種類を管理しているなんて・・・っ、本当に!素晴らしいの一言に尽きます!」
「・・・あ、ありが、とう・・・ござい、ます・・・っ」
思わず握った学生らしからぬ少し皮の分厚い手には、ところどころ土がついていた。
僕の熱意(相当しつこい)に負けたミカエル先生が呼んでくれたこの生徒は登場からすでに作業着でわざわざ走って駆けつけてくれた。
魔法で室温管理しているとは言え、これだけの種類の薬草を管理するのは僕でも骨が折れる。
その上、学生となれば授業はもちろん課題だってあるはずで、相当な薬草もしくは薬に興味がないとできない偉業だ。
「す、すみませ、ん・・・手、き、汚くて・・・」
「何を言うんです?懇切丁寧に世話をしている証拠でしょう。自信を持ちなさい。」
「・・・・・・」
「っ、あ!す、すみません、偉そうに・・・!そもそも僕が勝手に手を、」
「い、いえ・・・驚いた、だけで、手はその・・・う、うれし・・・ゴニョゴニョ」
「・・・?」
ククルと同じくらいの背丈だろうか。
彼よりも肉厚で、尚逞しい。
学生と前もって聞かなければ、僕は間違いなく剣術や武術の教師だと答えていた。
学生感を感じる部分といえば、その猫背と口調。
どこか自信がなさそうに見えるのは彷徨う視線のせいだろうか。
「外の薬草園よりもこちらの方が沢山知らない品種がありますね・・・!」
「あ、えっと・・・とても、デリケートな、薬草が多くて・・・」
「夜間も管理を?」
「は、はい。毎日ではありませんが、週に一、二度は様子を見に・・・」
「では僕もご一緒していいですか?!」
「・・・は、い?」
「次はいつでしょう?」
「へ、あ、ええ、っと・・・」
躙り寄る僕と後退りする白熊の彼。
身長差は顔一つ分は優にあるだろう。
下から覗き込むように近づくとようやくハッキリと目があった。
右は黄金、左は翡翠。
宝石のような瞳は前髪に隠れても尚美しかったが、こうやって間近に見ると用件を忘れ、目惚れてしまうほどだった。
「きっ、今日!今日の夜!です!」
「・・・・・・なるほど。ちょうどいいですね。」
「ちょ、うど、いい・・・?」
「あ、気にしないでください。」
「?は、はい。で、でも、夜はかなり冷えますし、一人じゃ危ないと、お、思うんですけど・・・」
「では、そちらの寮まで伺います。」
「・・・へ?」
頰が赤らむ彼の口は「へ」の形に固まったまま僕に向き、困惑具合がよくわかる。
でも僕もこれは譲れない。
何たって今日はククルが寮監督であるシンシア先生の部屋に行き、月一度行うと言うミーティングと見回りがある日!
その日は自分の部屋ではなく、寮監督の部屋とつながった部屋で寝なければならず、朝方まで僕の部屋には帰ってこれない!
と言うことは────・・・!
好きなだけ、夜の薬草を観察できる大チャンス到来!
「あの、失礼ですがあなたのお名前は?」
「あ、お、俺は、ディノ・・・です、シャオさん。」
「ディノくんですね。寮はどちらですか?」
「え、あ、お、俺は、」
「そいつは月寮の監督生。お前も今日ミーティングじゃねぇのかよ、なあ、ディノ。」
「!??ク、ク、クク、ク、ぐえぇえっ」
「野生の鳥みてぇに鳴くな、馬鹿シャオ。」
背後から突然首元に回った腕に締め上げられた僕は、その驚きと力強さに奇声を上げた。
どうしてここに?!
今日は放課後も何か用事があるから、先に帰れって言ってたはずじゃ────!
「・・・ククル、離してあげて。シャオさん苦しそう。」
「お前が三寮会に来ねぇから探しに来たんだろ。んで、来てみれば・・・これだ。」
「?!ディノくん、ご、ごめんなさい!もしかして僕が我儘言ったばかりに仕方なくっ、て、ぐえぇええ・・・っ」
「ディノが欲に負けたんだろ。言っとくが、こいつは俺のだかんな。」
「・・・・・・」
静かに前髪を掻き上げて、ククルの方を見つめるディノくんの目が何と、冷たいこと。
そんな顔もするんだ・・・!と呆気に取られていた僕は、息の苦しさからそれどころではなくなって、思いっきりククルのつま先を踏んづけた。
ようやく解放されたものの、両者の睨み合いはそのあともしばらく続き、薬草室の外から聞こえてきたヨスカくんの叫び声で時が再び動き出した。
「とりあえずディノ。いつもの資料室。」
「・・・わかった。」
「え、ちょっ、抱えて歩かないでください!」
「あんたは寮に帰れ。外がもう暗くなる。」
「子ども扱いしないでくださいよ!大体ですね、僕今夜はディノくんと────」
「シャオ、少し、黙れ。」
「んぎゃっ!?」
噛みつかれたのは、耳。
一度噛んで離れた後、再び近寄ってきたククルは噛んだ場所をぺろりと舐めた。
「月寮も今日は見回り。夜遊びなら今度俺がいる時にしろ。」
「~~っ、僕はゆっくり観察したいんです!夜遊びでもありません!」
「あんたが見る間は何もしねぇし、待っといてやるから。」
「・・・ほ、んとうですか・・・?嘘ついたら怒りますよ・・・?」
「嘘じゃねぇって。」
「・・・わかりました。」
上手く丸め込まれた・・・気がする。(正解)
でもなんか顔が必死だし、体に回る腕の力強いし。
薬草が見られる機会が失われたわけじゃないならよしとしよう。
ククルの背後に立ったディノくんに、挨拶しようと目を向けた。
俯いた前髪の隙間から、色の違う二つの鋭い光がこちらに向いている。
僕の視線に気づくと慌てたように顔を上げ、不器用な笑みを浮かべ手を振ってくれた。
「・・・ディノくんって・・・」
「あいつが一番怖ぇ。何考えてるか全くわからん。」
「そ、そうなんですね・・・」
「よりによって何であいつが薬草学トップなんだよ・・・」
「・・・ええええ?!何ですって!!それは!情報交換をしないとっ、」
「シャオ、噛むぞ。」
「っ、暴力断固反対です!」
何だそれ、と笑いをこぼすククルは僕の髪にキスを落とし、外へ出ると翼を広げ飛び立った。
歩いて帰るとばかり思っていた僕は急な浮遊感に包まれて、ヒィ、と悲鳴を上げるしかできず、あっという間に寮の前。
大勢の生徒が見つめる中、再び僕の髪にキスをしてから居なくなった彼の背を眺め、周囲からの何だかほわほわした笑みに耐えられなくなったは僕は平然を装って自分の部屋に戻り、一人発狂する。
「~~っ、あの、キス魔めぇ・・・っ!」
しばらくベッドで悶えてから正気に戻り、僕は今日もいい匂いのする食堂へ一人向かった。
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