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僕に読み書きを教えてくれたのは父だった。
学校という場所があることは知っていたけど、そこは裕福な家庭の子どもが通うところであって、自分には縁のない場所だったし、何より父以上に薬草の知識を持った人がいるとは思えなかった。

だけど学ぶ対象が"魔法"となれば、話が違う。
何もかも未知のもの。
大人になって"知らない"ことが減った今、それはとても新鮮な感覚であり、実は内心ドキドキしていたわけで・・・・・・?



「いきなり実践とは思いませんでした。」



到着地は原っぱ。
時折吹く風が物凄く冷たい。うん、寒い。

これから始まる授業は、一年生の魔法基礎学。
三~四十人ほどの生徒が訓練着に着替え僕と同じように震えていて、授業の開始を今か今かと待ちわびていた。



「座学は年度当初に殆ど済ませてしまうんです。実際に魔法を使わないと感覚も鈍るし加減を見誤りますからね。」

「なるほど・・・?」

「まあ最初ですし、気楽にやりましょう。あ、テストは後々受けていただきますよ。」

「はい・・・」



僕は特定の学年には所属せず、様々な分野の授業を学年を横断する形で学ぶらしい。
これまでの流れだとてっきりククルとセットにされて五年生の授業に連れて行かれるかと思いきや、今朝食堂まで迎えにきてくれたのは昨日も会った猿の獣人、シンシア先生。
各寮に二人、寮監督として先生がつくそうでククルが監督生を務める【星寮スターレ】はシンシア先生がその寮監督の一人というわけだ。

シンシア先生は片眼鏡を掛けていて、獣人の中では小柄な体格。
僕と並んで立つとほぼ背丈が同じで親しみやすい印象だったんだけど、シンシア先生の後をついていく僕を引き止めようとするククルの巨体をなんと力技で投げ飛ばすあたり、怒らせると相当怖いタイプと見た。





「あちらで魔法は?」

「・・・魔力を体内に巡らせる・・・練習を少々・・・」

「あちらは魔素が無いに等しいと聞きます。それも難しかったでしょう。」

「そ、うですね・・・よく分かりませんでした。」

「今日は授業担当者とは別に補助として私がシャオさんにつきます。まずは魔法で風を起こすところからですね。」

「・・・よろしくお願いします・・・」




シンシア先生の属性は風。
属性とは相性が良い、と同義なんだそう。
僕の属性はまだ分からないけど、正直属性が判別できるほど魔力があるのかさえ怪しい。
マシューより遥かに多いと言っても所詮は別世界の、しかも人間。
生まれる前から魔力を感じていたこちらの方達と比べることすら烏滸がましいと言うか────・・・





「皆さんいいですか?魔素は魔力の源。風や水、土に火、そして私たちの体にも常に巡っています。」

「魔素は体内で魔力に変化します。それを操る"イメージ"が何よりも大切です。」

「一人一人の魔力保有量によって発揮できる魔法の威力が異なります。あなた方は一年生、生活魔法をこれまで使ってきたとは言え攻撃魔法に関してはまだまだひよっこ同然です。」

「風だけで大木を倒せす生徒もいますから、皆さん精進しましょう!」

「・・・・・・」



教師の激励に「ハイ!」と言えない自分が情けない。
目の前の一年生────つまり十三、十四歳────はあんなに元気一杯返事をしているのに、魔法という存在をまだ十分に咀嚼できない頭の固い二十代男がここに居る。
隣に立つシンシア先生(恐らく四十代)は呆然と学生の背を見つめる僕の肩にそっと手を置いて、ゆっくり頷き曖昧な笑いをこぼして励ましてくれた。


・・・とりあえず言われた通り、やるしかない。



風のイメージなら、ここは浮かびやすい。
今はすっかり止んだけどさっきまで強い風(冷)が吹いていて、周りの木々を大きく揺らしていたからだ。

生徒は教師の指示の後互いに距離を取り、各々風を操るイメージを始めたようで、課題として渡された小さな旗がひらひらと揺れる。

今日はこの旗を倒せばいい。



僕は周りの生徒と旗をぼんやり眺めながら、マシューと毎晩日課にしていた"魔力を巡らせる"練習を思い出していた。




《 体の中心にポカポカする場所があるでしょう 》

────ありませんけど。

《 そのポカポカを手に集めるんです 》

────集まらない時はどうしたら良いですか。

《 何度もそれを繰り返しなさい 》

────・・・ええ・・・?




《 大丈夫。あなたなら、絶対できますから 》







「────ん、シャオさん!!!大丈夫っ、ですか?!」

「っ、あ、」




シンシア先生の叫び声で目を開けた瞬間、地面にギュッと差し込んだはずの小さな赤旗が一気に空高く舞い上がるのが見えた。
風は僕の体を囲むように渦を巻き、僕の意思とは関係なく瞬く間にその侵食範囲を拡大していく。



「────っ、────い、」



最早シンシア先生の声どころか、風切音しか聞こえなくなっていた。
風の壁の隙間から教師が生徒を避難させているのが見えて、ホッとしたのも束の間、一体これからどうすれば────・・・?!




「教師二人がかりでやっと、ですか。これはこれは・・・御見逸れしました。」

「ううう・・・!ご迷惑をおかけしましたぁ・・・!」



半泣き状態の僕の風を消してくれたのは、シンシア先生と授業担当のキーラ先生。
ハアハアと肩で息をする二人の姿にとても申し訳なく思ったけど、何より誰も怪我をせずに済んだことに僕はホッとしてその場で腰を抜かした。

暴走に近い危険行為だと言うのに、離れたところに隠れていた一年生たちは怖がるどころか「凄い!」「凄い!」と興奮気味に飛び跳ねていて、僕を見下ろす目の前の教師二人も何故か目を輝かせている。



「これは・・・っ、磨けば光り輝く原石!鍛え甲斐がありますね!」

「学校長に報告してきます!その前にもう一度!さあ!シャオさん!見せていただいていいですか?!」

「・・・っ、嫌!です!!」



力の抜けた足を踏ん張り、必死に逃げ回る僕を追いかけるのは猿と兎の獣人コンビ。
それをキャッキャッ笑って眺める一年生たちは相当クレイジーだと思うのは、間違っていないと信じたい。
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