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寮は基本二人部屋。
シンメトリーに配置されたベッドに机、そしてワードローブ。
各フロアーにシャワー室が完備されているのには驚いたけど、何より驚いたのが談話室。
重厚なソファーに暖炉、本棚には本がびっしり並べてあって、頭上には浮かぶランプの数々。
日が暮れて星が輝くように一人でに灯る優しい明かりが何とも幻想的で、「行くぞ」と腕を引っ張るククルの声も耳に入ってこず、しばらく天井を眺めていた。


そんな中、一つ分かったことがある。
"意外なことに"ククルは生徒達の憧憬の的。
ククルを見るなり背筋を伸ばす者や緊張した面持ちで挨拶する者、頬を赤らめる者まで。
それに対しククルは特段気にする様子もなく、挨拶には挨拶で返し(愛想はない)、礼には手を挙げて答えていて、これがいつも通りの風景なのだろうと感じた。


・・・ただ、その一方で・・・僕を見た寮生の反応と言えば・・・



「一生分の二度見をされました。」

「まあ、そうなるわな。」



ククルが談話室にいることが珍しいらしく、まず彼に視線が集中。
そして隣に座る(腰に腕を回されて離れられない)見慣れない僕に視線が向けられて、礼をする、前を向く、頭を下げる・・・、何らかの一動作の後に全員もれなく視線が僕に戻ってくる。
勢いのいい二度見に最初は笑っていたんだけど、全員だとさすがに・・・ね。



「でも皆さん僕に近づくどころか話しかけにも来ません。」

「いいじゃねぇか、それで。」

「こちらの方は強引だって言ったじゃないですか。」

「ハッ、隣に居んのに俺のモンに手ぇ出してくる奴がいるかよ。」

「あなたのモノになった覚えはないですけど。」

「・・・・・・黙って飯食え。」

「ごはん、美味しいですね。」

「・・・そりゃ何より。」




校舎と寮、それぞれと通路で繋がった中央の建物の一階、大食堂で毎食いただくのがここの決まり。
研究所の職員寮もなかなかの大所帯だったけど、こちらはその比じゃない。入り口で思わず後退りする程の広さだ。

しかも魔法で調理するわけではなく、厨房には専門の人員が配置されていた。
魔法で何でもできるって言っても、出来ないことや、やはり人の手を介してした方がうまくいくことも多いんだろう。
その証拠に夕食は大変美味しくて、食後に紅茶までいただいている。




「シャオさんじゃーん。それ全部一人食べたの?凄いねぇ。」

「さっきはどうも・・・ええっと・・・」



トレーを持って席を探す二本角の男。
僕らの隣席が空いていることに気づくと、すぐさまにこにこ顔で連れの生徒を手招いて着席。
夕食の時間はかなり余裕を持って設定されていて、二人はこれから食事をとるようだ。

話しかけてきた相手を改めてよく見ると肩のあたりまで伸びた髪がふわふわと緩く波打ち、片方だけ耳に掛けていてどこか色気がある。
彼は今日の学校長室連行から、解散、再集合(ククル説教)という一連の流れを共にした竜人という種族。




「んも~!僕はヨスカ。角がチャームポイントだって教えたのにぃ。」

「す、みません。さっきは少し混乱してて・・・」

「ヨスカ先輩、この方がもしかして・・・?」

「そうそう、ランスにも紹介するね!こちら昨日マルケドに渡って来たばかりの人間で、なんと!ククルの寮弟になったシャオさ、」

「ククル先輩のりょっ、りょ、寮弟ですって!?下手したら死んじゃいますよ!?大丈夫ですか?!」

「・・・死ぬ?」



「あ、」と口を手で覆う動作がシンクロする二人。
ヨスカくんはククルと同じ監督生。
全く雰囲気の違う監督生だけど、きっと優秀な生徒なんだろう。
そして多分リス耳のランスと呼ばれた彼がヨスカくんの寮弟という立場。
だって首に巻かれたチョーカーの中央の石がヨスカくんの瞳の色である薄紫色だし、間違いない。


・・・何やら正面から不穏な空気が漂ってくるのを察知。
僕を挟むようにして座った二人を睨みつけ、すっかり温くなった紅茶を一気に飲み干すとカンッと乱暴にカップを置く。



「お前らさっきからうっせぇんだよ、散れ。」

「僕はシャオさんとお喋りしたいんですぅ。ククルに用事はありませぇん。」

「初めまして、ランスです!寮弟同士仲良くしましょう!」

「寮弟の件は置いといて、普通に仲良くしましょう。」

「やったぁ!!」

「・・・・・・シャオ・・・ッ」

「怒られる筋合いありませんから。食堂が混んできたようなので今日は失礼します。お二人ともごゆっくり。」

「いただきまぁす。」「良い夢を!」




トレーを持って席を立つ僕に続いてククルも席を立ったものの、このまま黙って退席は出来ないらしい。
背後でギャーギャー騒ぐ声を耳にしながらすれ違った生徒にトレーの返却口を聞いて、無事片付けを済ませ食堂を出る。

道を覚えるのは得意だ。
自分なりの目印を決めてそれを辿っていけばいい。
監督生の部屋は一階の一番奥。
途中三手に分かれているところさえ間違えなければ意外とすぐに着いた。


僕が部屋に戻った直後、扉の向こうからバタバタと走ってこちらへ向かってくる大きな足音が廊下に響く。
取り替えたばかりの扉を力任せに壊されては堪らないと、僕は仕方なく扉を開いて足音の主を出迎えることにした。




「廊下は走らないでください。」

「シャオっ、一人で帰んな!危ねぇだろ!?」

「心配無用、この通り迷子にもならず無事です。」

「だからっ・・・ああ、もう!クソッ!」

「わっ、もうっ、何ですか!ちょっと!?」



正面から抱え上げられ、肩に担ぐようにして部屋の奥へ。
メガネを慌てて指で押さえ、落下を防ぐ。
予備のメガネなんて持ってきていない。
壊れたらどうしてくれるんだ、ともう少しこの有翼人が落ち着いてから抗議しよう。

ククルは自分が使用する部屋の左側へ向かい、ベッドへ腰掛けた。
何故か僕を下ろさず担いで動かないククルに異を唱えるため、背中をニ、三度叩く。
すると大きなため息と共に僕は肩から膝の上へ移動して、横抱きの僕とそれを見下ろすククルという謎の構図が誕生した。




「あんたちっとも思い通りになんねぇな。」

「他人を自分の思い通りにしようなんて発想がまず腐ってます。」

「・・・・・・ふ、くはっ、本当・・・最高。おもしれぇ。」

「僕は全然面白くないです。」

「へぇ~・・・じゃあ明日から毎日面白くしてやるよ。」

「結構で、んひゃっ、?!」

「は~・・・いい匂い。」

「~~・・・っ?!」



いきなり近づいてきたククルに体が揺れて、メガネがカチャっと小さな音を立てた。
首筋の匂いを嗅がれたのだと気づいた時にはもうククルの顔は元の位置に戻っていて、人差し指でチョーカーの石を弄びながら青灰色が満足気に弧を描いていった。




「そういえばあんた相当優秀らしいな。学科長が喜んでたぞ。」

「・・・っ、他に・・・言うべきことが・・・あるでしょう・・・?!」

「・・・シャオはかわいいな?」

「ちっがう!!驚かせてごめんなさいっ、だ!」

「さっ、混む前にシャワー室行くぞ。」

「・・・このっ・・・ガキ・・・っ」

「おい、大人。顔真っ赤だぜ?」

「~~っ、うるっさい!!!」




振りかぶった拳はあっけなく空振りに終わったが、僕の怒鳴り声は廊下に響き渡っていたらしく「あの人間、凶暴なんじゃ・・・?」という不名誉な噂がしばらく流れていたことを後に知ることになる。




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