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6 契

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部屋の扉を叩くけたたましい音で目が覚める。
知らない木の天井に、嗅ぎ覚えのある柑橘の香り。
僕の体に巻き付くように伸びた四肢は逞しく、筋肉も贅肉もつきにくい体質からすれば実に羨ましい限り。

どうして巻きつく必要があるのか、尋ねたいところではある。
横を向くと肘をついて添い寝する男が僕を凝視していた。




「・・・出なくていいんですか?」

「起きて一言目がそれ?」

「・・・は、初めまして・・・?」

「・・・く、ふはっ、初めまして。」



少しもおかしなことは言っていないのに喉を鳴らして笑う男。
笑うと一層細くなる目が、彼を少し幼く見せた。
周囲を見渡し自分の相棒メガネを手探りで探す。
笑いが止まらない男が相棒を僕に掛けてくれてようやく視界良好。

そして僕は彼の背後に、見慣れない部位を発見する。




「あの・・・あなたの背中のそれは・・・」

「あ?見ての通り翼だけど。」

「・・・翼・・・?」

「かっけぇだろ。」

「・・・・・・」

「・・・おい?」

「っんなっ!?ほ、ほ、本物?!」

「・・・っ、本当あんた声でけぇ・・・」





思わず出てしまった大声に顔を顰めた男は、僕の体を片腕で抱いて起き上がる。
「ほらよ」と言って体を反転させ見せてくれた背中の翼。
その勢いで翼がバサバサと顔にあたって「うぶぶ」とまた変な声が出てたけど、今気にするのはそこじゃない。

彼が着ている白シャツの肩甲骨あたりには大きな穴が開いたように生地がなく、翼が出せるようになっていた。
焦茶と黒が混じる大きな羽根が密集していて、付け根はちゃんと骨を感じる。
ペタペタと夢中で翼を触って堪能していると、また笑い声がして翼の主が僕の方を振り返った。
青灰色の瞳は雨が降る前の雲みたいな色で、僕の大事なあの薬草園のことを思い出した。





「満足したか。」

「あっ、は、はい!ありがとうございました!す、凄いですね!」

「別に凄くはねぇ・・・あー・・・でもまぁ人間からしたらそう思うんか・・・?」

「・・・人間からしたら?」

「あんた人間だろ。」

「そ、うですね。人間です、一応。」

「・・・・・・一応って。ふ、くはっ、」

「・・・笑いすぎです。」




この人、本当によく笑う。
僕の一挙一動に笑っていると言っても過言じゃない。
でもその顔がとても可愛らしくて、マシューが僕にそう言ったように、僕もこの人に対しては同じ感覚になっているのかもしれない。


そんなことを考えていると彼は扉の方を一瞥し、仕方なさそうにベッドから降りて突然着替え始めた。
露わになった上半身は僕と比較するのが失礼なくらい鍛え上げられていて、これは勝手に見てはいけない!と僕はゆっくりと俯いて視線を逸らす。






「そろそろヤバそうだから準備しろ。シャツは・・・これでいいだろ。」

「え、っ、うぷっ、」

「首にはこれ。」

「ぐぇっ」

「・・・ふ、悪い。締めすぎた。」

「悪いと思ってない顔してます。」




俯く顔は強引に上がり、着せ替え人形のように前開きのシャツを着せられ(僕、上半身裸だった)、首には何か着けられて、挙げ句の果てには笑われて。
とんでもなく我が道を行く人・・・、いや有翼人・・・?

こっちの世界にも人間が暮らしていると何の疑いもなく思って来たけど、さっきの口振りからするにもしかして違うのかも。

・・・マシューめ、絶対知ってたじゃん。
まずそういう情報こそ共有すべきじゃないのか。



「いいか、今から俺が言うことを復唱しろ。」

「むぐぅっ?!んもうっ!やめ・・・わっ・・・!」



明後日の方向を見ていると、実はモチモチで自慢の頬を両方向から指でぎゅうっと抑えられ、強制的に視線が合わさる。
抗議をしようと眉間に皺を寄せたのも束の間、すぐ元通り。

青灰色の瞳の奥で雲の中を走る雷みたいにパチパチとした物質が弾けている。
今まで見たことがないそれは、とても幻想的で面白く、興味深い。うっかり見惚れてしまった。



「まずあんた名前は?」

「・・・へ?な、名前は・・・シャオ、です・・・。シャオ・ロックウェル。」

「シャオ、俺はククル・ガルシアだ。ククルと呼んでくれ。」

「・・・?く・・・ククル・・・?」

「・・・いいな。あんた、本当いいよ。」

「はい・・・・・・??」

「次からは復唱な。」




鼻と鼻がくっつきそうな距離で、満足そうに弧を描いていく瞳。
・・・ふくしょう?復唱・・・?
ククルの言うことを繰り返せ・・・ってこと?

何故に?



『我、シャオ・ロックウェルは』

「・・・??」

『わ・れ・シャ・オ・』

「っ、わ、我、シャオ・ロックウェルは、」

『汝、ククル・ガルシアと』

「なんじ、ク、クル・ガルシアと・・・?」

『寮弟の契りを』

「りょ、うてい?のちぎりを・・・」

『ここに結ぶ』

「ここにむすぶ・・・ぅうう!?なっ、何これ!?」

「よし。」



全然『よし』の状況じゃない。
さっき首に巻かれのは革製?のチョーカー。
頸に垂れ下がっていた革の紐が勝手に編み上がっていき、チョーカー中央にぶら下がった雫形の石がピッカーッて、光り出したんですが!?

ど、ど、どういう仕組み?・・・いや、これは・・・魔法!!


慌てふためく僕を気にする様子なく、ククルは大層満足そうな顔でひょいっと僕を抱え上げる。
・・・もう何が何だか訳がわからない。
そんな時、扉の方から破壊音がして扉の破片があちらこちらに散らばった。



パキ、バキと破片を踏み鳴らし入って来たのは四人の男。もれなく全員体が大きい。
少しズレたメガネを戻してよく見ると四人とも頭上には獣の耳、背後には揺れる尻尾。
中でも橙褐色の髪を一纏めにして狐と思われる獣耳を生やした男は、額に青筋まで浮かんでいて相当怒っているのが分かる。
ククルは隠す気もないようで「げぇ」と嫌そうに舌を出し、天を仰いだ。




「ククル・ガルシア、一から説明なさい。」

「学科長と寮監の両者お出ましか。」

「・・・寮弟なんて、いらないって言ってたくせに。」

「りょ、寮弟!?ククル!お前はまた勝手なことを!」

「鼻血止まってよかったね、人間くん。他に痛いところは無い?」

「・・・・・・だ、い丈夫で、す・・・」




三者三様の反応でククルと僕とを視線が交互する。
ククルの言葉に狐の男は怒りが収まらない様子。
こちらに近づきククルの翼を掴み、地を這うような声で「逃しませんからね」と一言言い放ち、扉の方へ引っ張っていく。



そしてこの後僕とククルはここの責任者・・・つまり【ハバル魔法学校】の学校長室まで、彼らに連行されるのであった。










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