6 / 14
6 契
しおりを挟む
部屋の扉を叩くけたたましい音で目が覚める。
知らない木の天井に、嗅ぎ覚えのある柑橘の香り。
僕の体に巻き付くように伸びた四肢は逞しく、筋肉も贅肉もつきにくい体質からすれば実に羨ましい限り。
どうして巻きつく必要があるのか、尋ねたいところではある。
横を向くと肘をついて添い寝する男が僕を凝視していた。
「・・・出なくていいんですか?」
「起きて一言目がそれ?」
「・・・は、初めまして・・・?」
「・・・く、ふはっ、初めまして。」
少しもおかしなことは言っていないのに喉を鳴らして笑う男。
笑うと一層細くなる目が、彼を少し幼く見せた。
周囲を見渡し自分の相棒を手探りで探す。
笑いが止まらない男が相棒を僕に掛けてくれてようやく視界良好。
そして僕は彼の背後に、見慣れない部位を発見する。
「あの・・・あなたの背中のそれは・・・」
「あ?見ての通り翼だけど。」
「・・・翼・・・?」
「かっけぇだろ。」
「・・・・・・」
「・・・おい?」
「っんなっ!?ほ、ほ、本物?!」
「・・・っ、本当あんた声でけぇ・・・」
思わず出てしまった大声に顔を顰めた男は、僕の体を片腕で抱いて起き上がる。
「ほらよ」と言って体を反転させ見せてくれた背中の翼。
その勢いで翼がバサバサと顔にあたって「うぶぶ」とまた変な声が出てたけど、今気にするのはそこじゃない。
彼が着ている白シャツの肩甲骨あたりには大きな穴が開いたように生地がなく、翼が出せるようになっていた。
焦茶と黒が混じる大きな羽根が密集していて、付け根はちゃんと骨を感じる。
ペタペタと夢中で翼を触って堪能していると、また笑い声がして翼の主が僕の方を振り返った。
青灰色の瞳は雨が降る前の雲みたいな色で、僕の大事なあの薬草園のことを思い出した。
「満足したか。」
「あっ、は、はい!ありがとうございました!す、凄いですね!」
「別に凄くはねぇ・・・あー・・・でもまぁ人間からしたらそう思うんか・・・?」
「・・・人間からしたら?」
「あんた人間だろ。」
「そ、うですね。人間です、一応。」
「・・・・・・一応って。ふ、くはっ、」
「・・・笑いすぎです。」
この人、本当によく笑う。
僕の一挙一動に笑っていると言っても過言じゃない。
でもその顔がとても可愛らしくて、マシューが僕にそう言ったように、僕もこの人に対しては同じ感覚になっているのかもしれない。
そんなことを考えていると彼は扉の方を一瞥し、仕方なさそうにベッドから降りて突然着替え始めた。
露わになった上半身は僕と比較するのが失礼なくらい鍛え上げられていて、これは勝手に見てはいけない!と僕はゆっくりと俯いて視線を逸らす。
「そろそろヤバそうだから準備しろ。シャツは・・・これでいいだろ。」
「え、っ、うぷっ、」
「首にはこれ。」
「ぐぇっ」
「・・・ふ、悪い。締めすぎた。」
「悪いと思ってない顔してます。」
俯く顔は強引に上がり、着せ替え人形のように前開きのシャツを着せられ(僕、上半身裸だった)、首には何か着けられて、挙げ句の果てには笑われて。
とんでもなく我が道を行く人・・・、いや有翼人・・・?
こっちの世界にも人間が暮らしていると何の疑いもなく思って来たけど、さっきの口振りからするにもしかして違うのかも。
・・・マシューめ、絶対知ってたじゃん。
まずそういう情報こそ共有すべきじゃないのか。
「いいか、今から俺が言うことを復唱しろ。」
「むぐぅっ?!んもうっ!やめ・・・わっ・・・!」
明後日の方向を見ていると、実はモチモチで自慢の頬を両方向から指でぎゅうっと抑えられ、強制的に視線が合わさる。
抗議をしようと眉間に皺を寄せたのも束の間、すぐ元通り。
青灰色の瞳の奥で雲の中を走る雷みたいにパチパチとした物質が弾けている。
今まで見たことがないそれは、とても幻想的で面白く、興味深い。うっかり見惚れてしまった。
「まずあんた名前は?」
「・・・へ?な、名前は・・・シャオ、です・・・。シャオ・ロックウェル。」
「シャオ、俺はククル・ガルシアだ。ククルと呼んでくれ。」
「・・・?く・・・ククル・・・?」
「・・・いいな。あんた、本当いいよ。」
「はい・・・・・・??」
「次からは復唱な。」
鼻と鼻がくっつきそうな距離で、満足そうに弧を描いていく瞳。
・・・ふくしょう?復唱・・・?
ククルの言うことを繰り返せ・・・ってこと?
何故に?
『我、シャオ・ロックウェルは』
「・・・??」
『わ・れ・シャ・オ・』
「っ、わ、我、シャオ・ロックウェルは、」
『汝、ククル・ガルシアと』
「なんじ、ク、クル・ガルシアと・・・?」
『寮弟の契りを』
「りょ、うてい?のちぎりを・・・」
『ここに結ぶ』
「ここにむすぶ・・・ぅうう!?なっ、何これ!?」
「よし。」
全然『よし』の状況じゃない。
さっき首に巻かれのは革製?のチョーカー。
頸に垂れ下がっていた革の紐が勝手に編み上がっていき、チョーカー中央にぶら下がった雫形の石がピッカーッて、光り出したんですが!?
ど、ど、どういう仕組み?・・・いや、これは・・・魔法!!
慌てふためく僕を気にする様子なく、ククルは大層満足そうな顔でひょいっと僕を抱え上げる。
・・・もう何が何だか訳がわからない。
そんな時、扉の方から破壊音がして扉の破片があちらこちらに散らばった。
パキ、バキと破片を踏み鳴らし入って来たのは四人の男。もれなく全員体が大きい。
少しズレたメガネを戻してよく見ると四人とも頭上には獣の耳、背後には揺れる尻尾。
中でも橙褐色の髪を一纏めにして狐と思われる獣耳を生やした男は、額に青筋まで浮かんでいて相当怒っているのが分かる。
ククルは隠す気もないようで「げぇ」と嫌そうに舌を出し、天を仰いだ。
「ククル・ガルシア、一から説明なさい。」
「学科長と寮監の両者お出ましか。」
「・・・寮弟なんて、いらないって言ってたくせに。」
「りょ、寮弟!?ククル!お前はまた勝手なことを!」
「鼻血止まってよかったね、人間くん。他に痛いところは無い?」
「・・・・・・だ、い丈夫で、す・・・」
三者三様の反応でククルと僕とを視線が交互する。
ククルの言葉に狐の男は怒りが収まらない様子。
こちらに近づきククルの翼を掴み、地を這うような声で「逃しませんからね」と一言言い放ち、扉の方へ引っ張っていく。
そしてこの後僕とククルはここの責任者・・・つまり【ハバル魔法学校】の学校長室まで、彼らに連行されるのであった。
知らない木の天井に、嗅ぎ覚えのある柑橘の香り。
僕の体に巻き付くように伸びた四肢は逞しく、筋肉も贅肉もつきにくい体質からすれば実に羨ましい限り。
どうして巻きつく必要があるのか、尋ねたいところではある。
横を向くと肘をついて添い寝する男が僕を凝視していた。
「・・・出なくていいんですか?」
「起きて一言目がそれ?」
「・・・は、初めまして・・・?」
「・・・く、ふはっ、初めまして。」
少しもおかしなことは言っていないのに喉を鳴らして笑う男。
笑うと一層細くなる目が、彼を少し幼く見せた。
周囲を見渡し自分の相棒を手探りで探す。
笑いが止まらない男が相棒を僕に掛けてくれてようやく視界良好。
そして僕は彼の背後に、見慣れない部位を発見する。
「あの・・・あなたの背中のそれは・・・」
「あ?見ての通り翼だけど。」
「・・・翼・・・?」
「かっけぇだろ。」
「・・・・・・」
「・・・おい?」
「っんなっ!?ほ、ほ、本物?!」
「・・・っ、本当あんた声でけぇ・・・」
思わず出てしまった大声に顔を顰めた男は、僕の体を片腕で抱いて起き上がる。
「ほらよ」と言って体を反転させ見せてくれた背中の翼。
その勢いで翼がバサバサと顔にあたって「うぶぶ」とまた変な声が出てたけど、今気にするのはそこじゃない。
彼が着ている白シャツの肩甲骨あたりには大きな穴が開いたように生地がなく、翼が出せるようになっていた。
焦茶と黒が混じる大きな羽根が密集していて、付け根はちゃんと骨を感じる。
ペタペタと夢中で翼を触って堪能していると、また笑い声がして翼の主が僕の方を振り返った。
青灰色の瞳は雨が降る前の雲みたいな色で、僕の大事なあの薬草園のことを思い出した。
「満足したか。」
「あっ、は、はい!ありがとうございました!す、凄いですね!」
「別に凄くはねぇ・・・あー・・・でもまぁ人間からしたらそう思うんか・・・?」
「・・・人間からしたら?」
「あんた人間だろ。」
「そ、うですね。人間です、一応。」
「・・・・・・一応って。ふ、くはっ、」
「・・・笑いすぎです。」
この人、本当によく笑う。
僕の一挙一動に笑っていると言っても過言じゃない。
でもその顔がとても可愛らしくて、マシューが僕にそう言ったように、僕もこの人に対しては同じ感覚になっているのかもしれない。
そんなことを考えていると彼は扉の方を一瞥し、仕方なさそうにベッドから降りて突然着替え始めた。
露わになった上半身は僕と比較するのが失礼なくらい鍛え上げられていて、これは勝手に見てはいけない!と僕はゆっくりと俯いて視線を逸らす。
「そろそろヤバそうだから準備しろ。シャツは・・・これでいいだろ。」
「え、っ、うぷっ、」
「首にはこれ。」
「ぐぇっ」
「・・・ふ、悪い。締めすぎた。」
「悪いと思ってない顔してます。」
俯く顔は強引に上がり、着せ替え人形のように前開きのシャツを着せられ(僕、上半身裸だった)、首には何か着けられて、挙げ句の果てには笑われて。
とんでもなく我が道を行く人・・・、いや有翼人・・・?
こっちの世界にも人間が暮らしていると何の疑いもなく思って来たけど、さっきの口振りからするにもしかして違うのかも。
・・・マシューめ、絶対知ってたじゃん。
まずそういう情報こそ共有すべきじゃないのか。
「いいか、今から俺が言うことを復唱しろ。」
「むぐぅっ?!んもうっ!やめ・・・わっ・・・!」
明後日の方向を見ていると、実はモチモチで自慢の頬を両方向から指でぎゅうっと抑えられ、強制的に視線が合わさる。
抗議をしようと眉間に皺を寄せたのも束の間、すぐ元通り。
青灰色の瞳の奥で雲の中を走る雷みたいにパチパチとした物質が弾けている。
今まで見たことがないそれは、とても幻想的で面白く、興味深い。うっかり見惚れてしまった。
「まずあんた名前は?」
「・・・へ?な、名前は・・・シャオ、です・・・。シャオ・ロックウェル。」
「シャオ、俺はククル・ガルシアだ。ククルと呼んでくれ。」
「・・・?く・・・ククル・・・?」
「・・・いいな。あんた、本当いいよ。」
「はい・・・・・・??」
「次からは復唱な。」
鼻と鼻がくっつきそうな距離で、満足そうに弧を描いていく瞳。
・・・ふくしょう?復唱・・・?
ククルの言うことを繰り返せ・・・ってこと?
何故に?
『我、シャオ・ロックウェルは』
「・・・??」
『わ・れ・シャ・オ・』
「っ、わ、我、シャオ・ロックウェルは、」
『汝、ククル・ガルシアと』
「なんじ、ク、クル・ガルシアと・・・?」
『寮弟の契りを』
「りょ、うてい?のちぎりを・・・」
『ここに結ぶ』
「ここにむすぶ・・・ぅうう!?なっ、何これ!?」
「よし。」
全然『よし』の状況じゃない。
さっき首に巻かれのは革製?のチョーカー。
頸に垂れ下がっていた革の紐が勝手に編み上がっていき、チョーカー中央にぶら下がった雫形の石がピッカーッて、光り出したんですが!?
ど、ど、どういう仕組み?・・・いや、これは・・・魔法!!
慌てふためく僕を気にする様子なく、ククルは大層満足そうな顔でひょいっと僕を抱え上げる。
・・・もう何が何だか訳がわからない。
そんな時、扉の方から破壊音がして扉の破片があちらこちらに散らばった。
パキ、バキと破片を踏み鳴らし入って来たのは四人の男。もれなく全員体が大きい。
少しズレたメガネを戻してよく見ると四人とも頭上には獣の耳、背後には揺れる尻尾。
中でも橙褐色の髪を一纏めにして狐と思われる獣耳を生やした男は、額に青筋まで浮かんでいて相当怒っているのが分かる。
ククルは隠す気もないようで「げぇ」と嫌そうに舌を出し、天を仰いだ。
「ククル・ガルシア、一から説明なさい。」
「学科長と寮監の両者お出ましか。」
「・・・寮弟なんて、いらないって言ってたくせに。」
「りょ、寮弟!?ククル!お前はまた勝手なことを!」
「鼻血止まってよかったね、人間くん。他に痛いところは無い?」
「・・・・・・だ、い丈夫で、す・・・」
三者三様の反応でククルと僕とを視線が交互する。
ククルの言葉に狐の男は怒りが収まらない様子。
こちらに近づきククルの翼を掴み、地を這うような声で「逃しませんからね」と一言言い放ち、扉の方へ引っ張っていく。
そしてこの後僕とククルはここの責任者・・・つまり【ハバル魔法学校】の学校長室まで、彼らに連行されるのであった。
78
お気に入りに追加
60
あなたにおすすめの小説
魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました
タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。
クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。
死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。
「ここは天国ではなく魔界です」
天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。
「至上様、私に接吻を」
「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」
何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です!
小説家になろうでも10位獲得しました!
そして、カクヨムでもランクイン中です!
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。
いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。
欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・
●●●●●●●●●●●●●●●
小説家になろうで執筆中の作品です。
アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。
現在見直し作業中です。
変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。
美少年に転生したらヤンデレ婚約者が出来ました
SEKISUI
BL
ブラック企業に勤めていたOLが寝てそのまま永眠したら美少年に転生していた
見た目は勝ち組
中身は社畜
斜めな思考の持ち主
なのでもう働くのは嫌なので怠惰に生きようと思う
そんな主人公はやばい公爵令息に目を付けられて翻弄される
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
転生悪役令息、雌落ち回避で溺愛地獄!?義兄がラスボスです!
めがねあざらし
BL
人気BLゲーム『ノエル』の悪役令息リアムに転生した俺。
ゲームの中では「雌落ちエンド」しか用意されていない絶望的な未来が待っている。
兄の過剰な溺愛をかわしながらフラグを回避しようと奮闘する俺だが、いつしか兄の目に奇妙な影が──。
義兄の溺愛が執着へと変わり、ついには「ラスボス化」!?
このままじゃゲームオーバー確定!?俺は義兄を救い、ハッピーエンドを迎えられるのか……。
※タイトル変更(2024/11/27)
性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました
まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。
性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。
(ムーンライトノベルにも掲載しています)
魔力なしの嫌われ者の俺が、なぜか冷徹王子に溺愛される
ぶんぐ
BL
社畜リーマンは、階段から落ちたと思ったら…なんと異世界に転移していた!みんな魔法が使える世界で、俺だけ全く魔法が使えず、おまけにみんなには避けられてしまう。それでも頑張るぞ!って思ってたら、なぜか冷徹王子から口説かれてるんだけど?──
嫌われ→愛され 不憫受け 美形×平凡 要素があります。
※総愛され気味の描写が出てきますが、CPは1つだけです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる