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5 走

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僕の背の三倍はあろうかというほど大きな扉は取手もそれに準じた大きさで開けるだけでも苦労した。
扉を開けたところで一見、真っ白な壁が立ち塞がっているようにしかみえない。
壁を触る感覚で腕を伸ばすと、壁の中に腕がすり抜けていき慌てて腕を引き戻す。

後ろを振り返ると叔父さんやマシュー、初見の扉に圧倒されるアレンがいて、僕はそちらに一度頭を下げてからグッとお腹に力を入れて扉の中へと足を踏み入れた。



扉の中はまるで神殿の通路のように真っ白で、何もない。
入った途端に体全体にかかるこの圧はマシューの言っていた"魔力による負荷"なのだろう。


想像していたよりも、ずっとキツイ。

『走ってはいけない、ゆっくりと歩きなさい。』
マシューはそう言っていた・・・が、これをあと十数メートル耐えるのは────・・・


「無理!!」



ジョギング程度の速さならまだいいだろう。(よくない)
背負った荷物も相当重いが、この圧に耐える方がよっぽど苦痛。
ハッ、ハッ、と小さく息を吐きながらあちらの扉へと走って向かう。
体の内側が燃えるような感覚は多分気のせいじゃないとしても、この鼻から垂れる生暖かい血の感触は・・・本当にいただけない。
死んだら呪いますよ、と誰に言うわけでもなく文句をこぼし光が差し込む扉へと体当たりするように飛び込んだ。









「────、────」

「────?────!」

「・・・な、んですか・・・?」



ひんやりと冷たい床が気持ちいい。
高熱を出した時みたいに頭がくらくらして、薄目を開けるのが精一杯。
僕を囲うように何人か立っているのは分かるし、話しかけられていることも分かる。

でも本当に僕の世界と"言語"が違う。
あちらのどの国の言葉とも違うからニュアンスも汲めない。
表情だけでも読み取りたかったけど今僕は先述したように薄目ギリギリ。むしろそれもキツくてもう目は閉じた。


あー・・・なんか困ったような声のトーンだな・・・
申し訳ないですがあんまり近くでバタバタ走らないで欲しいです・・・
頭ガンガンしてきた・・・
熱冷ましの薬は持ってきたけど、果たして効くのかな。
そもそも何で僕、こんなにキツいんだろう。




「っ、あ・・・なに・・・?」

「────」

「うう・・・何言ってるのか、分かんないんだってばぁ・・・」

「────、────」

「こ、これは、ダメ、です!僕の大事な、道具が入って・・・うう・・・」

「・・・────」



僕の上半身を起こしてくれた誰かにリュックを引っ張られ、必死になって肩紐を握りしめる。
これを見知らぬ人に渡すわけにはいかない。

そんな僕に降ってきた言葉は相変わらず聞き取れないけど「全く、仕方ないな」と言われたような、そんな抑揚だった。
頭をぽすぽす撫でられて、リュックとメガネをはぎ取られる。
僕を抱えた誰かがそれを背負うと僕の体は軽々とリュックを背負った本人の腕の中へ。
この人、体大きいし力が物凄く強い。
魔法を使うために体を鍛える必要でもあるんだろうか・・・?

太い腕と胸元、柑橘のような香りがする体。
不思議と安心感がある。




「・・・もしかして・・・運んでくれるんですか・・・?」

「────」

「・・・ふ、ふふ。ありがとう・・・助かります。」

「・・・────、────」

「・・・ふぁ?」



突然僕の目尻をちゅう、と吸われ、間髪入れずに鼻先を舐め取られ・・・間抜けな声が出た。
・・・あなた今、僕の鼻血と涙を舐め・・・・・・?!!
でもほんの少しだけど顔の熱が引いたような気もする。

力を振り絞って目を開きぼやけた視界の中、怪訝そうな青灰色の瞳がすぐ近くに見えた。




「綺麗な、色・・・」

「・・・・・・言葉がわかるか?」

「へ?は、はい、っ、わ!」



急に分かるようになった言葉に驚いて大音量で返事をしてしまった。
僕を抱えた彼は眉間に皺を寄せその大きな手で僕の視界を遮る。
ほわっと目元が温かくなったあとすぐ、僕を猛烈な睡魔が襲う。




「こっちの魔力が馴染むまで寝てろ。」

「あ・・・え、」

「飛んで運ぶ。騒がれるのも面倒くせぇ。」

「・・・飛、ぶ・・・・・・?」

「喋んな、舌噛むぞ。」

「・・・むぅ。」




愛想もへったくれもない物言いに言い返したいところではあるがこの睡魔には勝てそうにない。
口を尖らせるのが精一杯の抗議の仕方。
手と重い瞼で隠れて見えなかったけど、彼が小さく笑ったのが分かる。


浮遊感を感じたのはほんの一瞬。
そして僕が次に目を覚ましたのは丸一日経ったあとだった。








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