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4 温
しおりを挟む小言を言われつつ共に作った夕食をいただく。
今日は野菜のシチューに南瓜のパン。
野菜を切るだけで隣でハラハラされるのにもだいぶ慣れ、不格好なのは承知の上だけどそれでもマシにはなったと思う。
食べる姿も不思議と絵になるマシューを見ながら、ふと疑問に思ったことを口にした。
『そもそも何故あちらからは来ないのにこちらから人員を"派遣"しなければならないのか。』
僕の言葉に薄緑色の瞳が何度か下を向き、静かにカトラリーを置いたマシュー。
僕もそうした方がいいような気がして、マシューに倣いカトラリーを置く。
「先日もお話ししたようにあちらは魔法が世界を統べています。」
「まだ信じてませんけどね。」
「その反面、魔法が存在しないこちらの世界の方が魔法以外の分野に関する技術や知識は秀でている。」
「・・・・・・それが?」
「要は対価交換ですよ。シャオにはあちらで魔法を、こちらからは優秀な者の知識を。良い条件でしょう?」
「僕に教師の真似事をしろと?」
「いいえ。助言者兼生徒と言ったところでしょうか。」
「・・・訳のわからないことを・・・」
マシューは肝心な説明が足りない、圧倒的に。
約一ヶ月も一緒に居たというのに僕が教わったことといえば食事・睡眠・運動!あとは掃除!
魔力を使うためにはまず健康な体!と、甲斐甲斐しく世話を焼く親のような口ぶり。
お陰様で寝付きはいいし、頭も痛くない。
空腹をちゃんと感じて、ご飯がとても美味しいと思える。
薬の調合をする前に自分の体を整えなさいとこの一ヶ月で何度言われたことか。
「数年前からこちらの薬草を数種類持ち込んで栽培もしています。」
「・・・ちゃんと植え方を教えたんですか?」
「大丈夫ですよ。野菜や果物、薬草を育てる文化はあちらにもあります。薬草学という分野もね。」
「では僕が助言なんてしなくてもあちらの人員で事足りるでしょう?」
「シャオの方が抜きん出て優秀です。格が違います。」
「そ・・・っ、そうですか。」
「嬉しそうですね。いつもその顔でいなさい。可愛らしい。」
「っ、よ、余計なお世話です!」
不覚にも熱くなった顔を手で扇ぐ。
残りのシチューをかき込んで急いで皿を洗う。
目を合わせないようにして逃げる直前に捕まりまた椅子へ。
この男の、笑顔が苦手だ。
叔父さんみたいに意地悪な方がまだ距離を保ちやすい。
「あちらでたくさん学んできなさい。」
「・・・僕は魔法に興味ありません。」
「あちらでは薬草と魔力を合わせて"ポーション"という万能薬を作っているそうですよ。」
「・・・・・・!」
「・・・ふ、ふふ、興味深々ですね。そうしていれば本当に可愛いのに。」
「?!?うるさいです!ご馳走様でした!おやすみなさい!」
鍵穴のない扉を思いっきり引いて開ける。
背後からはくすくすと小さな笑い声がした。
二日後、僕は扉を潜ることが決まっている。
最初に僕を扉に案内してくれた神官とは神殿の掃除を通して気心知れる仲になった。
彼から聞いた話によればマシューにはその昔息子が二人いたらしい。
いた、と過去形であることに違和感を覚えたけどそれ以上は聞けなかった。
ベッドに入って目を閉じる。
暗闇の中で目の奥がぐるぐると回る気がして何度も起き上がっては寝て、起き上がっては寝て、を繰り返す。
暗くなった廊下に出て鍵穴のない扉の前に立つ。
まだノックもしていないのにゆっくりと開いた扉の奥で、部屋の主は薄手の肩掛けを羽織っていた。
「温かいミルクでもいかがですか?」
「・・・いただきます。」
ミルクにはたっぷりの花の蜜が入っていて「今日だけ特別ですよ」とマシューは唇に人差し指をあてた。
ほっと一息ついてから部屋に戻るとすぐに眠気が襲ってきて一瞬で夢の中に沈んでいく。
あちらに行くことが楽しみになってきた反面、不安もあった。
マシューはきっとそんな僕の内面を気付かないうちに覗き見ていたに違いない。
最後までそんな悪態をつく僕は夢の中でもマシューに小言を言われ、次の日は何とも言えない複雑な気持ちで目が覚めた。
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