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1 雨

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「・・・まずい、結構降りそう。」




時折吹く風に雨の匂いが混じり始めた。
もう少し雑草を抜いておきたかったけど、今日はここでやめておこう。
先月みたいに雨に降られてまた風邪なんかひきたくない。

道具もちゃんと洗って片付けたいし、抜いた雑草は濡れないうちに纏めておきたい。
決断は早い方がいいということを僕は身をもって学んでいる最中だ。






「おーい、シャオ~!さっき所長が・・・って、何してんの?」

「!アレン、ちょ、うどいいところに、」

「作業着がない。無理。」

「!?ちょっとくらい・・・っ、手伝ってくれてもいいじゃないか・・・っ!」

「やだよ。土汚れなかなか落ちねーもん。」





農具を使い必死で雑草を片付けていた最中、同僚アレンがクッキー片手に僕を呼びに来た。
土まみれ汗まみれの作業服を着た僕とは違い、シャツにパンツ姿のアレンは綺麗に束ねた髪を左右に揺らして断固拒否の姿勢。

お願い、やだ、お願い、やだ、の問答を繰り返しているうち、僕のメガネにぽたりと雨粒が落ちてきて、あっという間に土砂降りになった。




「クシュン、ヒャックシュ、」

「いや、俺のせいじゃねーし。文句なら雨に言え。」

「・・・で、何の用だっけ。」

「お前意外と顔に出るよな。」




アレンは僕の同僚で尚且つ同い年の社交性の塊みたいな男。
ぶつぶつ小言が止まらないアレンに、誰彼構わずこんな(失礼な)態度とるわけない、と僕は鼻をすすりながら抗議する。
僕の言葉に何故か黙り込み耳を赤くしたアレンの顔を覗き込むと、大袈裟なほどビクッと体が大きく揺れた。




「しょっ、所長が!お、お、お前を呼んでこいって言うから探しにきたんだよ!」

「・・・所長叔父さんが?何だろう・・・」

「知るか!ほら、さっさと着替えて所長室行くぞ!」

「ええ・・・?着替える・・・?」

「色眼鏡で見られたくないって言ったのはお前だろうが!そういうところこそちゃんとしとけ!」

「へえ、へえ。」

「てめぇ、いっぺん絞めっぞ。」

「すみませんでした。」




絞められては堪らない。早く着替えよう。

雨宿り中の農具小屋で服を脱ぎ始めた僕にアレンは何故か大慌て。
有無を言わさせない早業で僕を大判の布に包んで担ぎ上げ職員宿舎の方へ走って戻る。

結局アレンもびしょびしょだ。(ごめんね)
二人揃って職員宿舎の共同シャワー室で体の汚れを落としてから、シャツにジャケット、細身のパンツに着替えていざ所長室へ。
すれ違う同僚たちにはできるだけ愛想良く。
未だ止まらないくしゃみに嫌な予感を感じながら、僕は一人で巨大な扉をノックする。


中には僕の存在に気づいているはずなのに、書類と睨み合うのを止めない男が一人。
まあこれはいつものことなので、僕は勝手にソファーに座り勝手に紅茶を淹れる。
まだ体が冷えていたから助かった。ようやく一息つけた感じがする。

年季の入った木製の執務机の方に目をやると白髪混じりのその男はキリがいいところまで書類に目を通したらしく、ようやく顔を上げ僕を見る。
淡いブラウンの瞳は死んだ父さんによく似ているが、僕を見るたび意地悪な顔して笑うところは似ても似つかない。




「アレンを翻弄するのも程々にな。」

「翻弄したのは叔父さんでしょ。僕に何の用ですか?」

「シャオに頼みたいことがあってな。」

「お断りします。お茶ご馳走様でした。雨も止んだので失礼します。」

「待て待て待て。」




茶器を片付け席を立とうたする僕の肩をガッと押さえ、強制的に着席。
茶を淹れなおし向かいのソファーに腰を下ろした叔父さんの眼光がいつになく鋭い。
僕の嫌な予感というのは当たるもので、これはきっと碌な頼みじゃない。




「給料上乗せでどうだ?」

「現状に大変満足していますので、結構です。」

「・・・薬草園面積の拡大。」

「もう一声。」

「・・・っ、助手を一名配置しよう・・・」

「話を聞きましょう。」




僕は昨年からこの叔父さんが所長を務める『国立ラーゼン研究所』の研究員をしている。

国内の優秀な人材が集う格式高い研究所。
ここへ来る前は父が営む薬屋の手伝いをしていたんだけど、父が突然亡くなってから・・・まあ色々ありまして。
見兼ねたこの叔父さんが拾ってくれた形ではあるのだが────・・・





「先日提出した論文では足りないということですね?少し待っていただけますか?」

「い、いや、あれで十分・・・もしかして他にもあるのか?あのレベルの論文が?」

「途中のものがありますので、そちらを仕上げて出します。」

「・・・・・・シャオ、ちゃんと寝てるか?」

「宿舎のベッドはカビ臭くないのでとても快適です。」

「それは・・・よかった。今度新しいシーツを支給する。」

「お気遣いありがとうございます。」





薬草に関する知識は幼い頃から父に叩き込まれていたし、他の教養だって一通り教わっている。
父は生前、若い頃かなり名の通った研究者だったと自慢していたが、あながち間違いではなかったらしい。

お陰で僕にも薬草に関する知識なら誰にも負けないと言う自負がある。


一方で、ぽっと出の僕がいきなり研究員になったものだから、元々居た(プライドの高そうな)研究員同僚達は何やら陰でヒソヒソ、ボソボソ。
目が合うと顔を真っ赤にして逃亡する人だっているし、あまり気分は良くない。
さっきのアレンもこの叔父さんも実は心配してくれているのではないかと思う。


話は変わるが僕は薬草が好きで、薬草園の管理も好きだ。
好きと言う言葉だけでは到底足りないんだけど、薬草は扱い方、加工の仕方、配合の仕方次第で毒にでも薬にでもなる。
自分の手がまるで特別に思える瞬間がたまらなくて、いつもワクワクする。


でも僕一人ではどうしても薬草園の管理の手が回らない場面もあって(今日みたいに)、前々から助手が欲しいと何度も要望していた。
予算の都合、人員配置都合、と何やかんや理由をつけてはで蹴られに蹴られていた案件なのに・・・
それを引き合いに出してくるとは・・・本当に厄介なことを僕に頼むつもりだな・・・?





「この間、健康診断があっただろう。」

「おかげさまで見ての通り健康です。」

「水晶を触ったな?」

「・・・?はい。全員触っていたと認識しています。それが何か?」



職員の健康まで面倒を見てくれる優良な職場。
年一回の健康診断は体重測定から始まり、医者の内診まである。
僕は昨年来たばかりだからその健康診断のやり方や内容を他年と比較することはまだできない。
ただ、昨年とは違い今年は最後に手のひらサイズの水晶を触るように指示されたな、くらいの印象だっただけ。

・・・あ、そういえば。
その水晶とても不思議な作りで僕が触った途端に水晶の内部がモクモク曇り始めて面白かった。
割ってみたらどうなるんだろうと好奇心を刺激された人が僕以外にもきっといると思うんだけどな。






「今年はシャオをあちらへ派遣することが決定した・・・と言うか、お前以上の人材がいなかった。」

「・・・あちら?それはどちらですか?」

「任期は半年間。その間こちらの薬草園の管理は助手がすることになる。徹底的に叩き込んでくれ。」

「よくわかりませんが、嫌です。」

「すまないがこれは俺に決定権がない。国の、決定だ。」

「・・・は・・・?」

「?!お、おい、シャオ!紅茶がっ、」





慌てたように立ち上がる叔父さんが指差した先には、ティーカップからタラタラとこぼれ落ちる紅茶の筋。
ああ、もったいないですね、と口にすると、そうじゃない!とベージュ色のズボンから取り出したハンカチを差し出される。
冷めているから大して熱くもない。
僕は丁重にお断りして、そしてそのまま所長室を退室。
閉めたはずの扉の向こうから叔父さんの大きな声がしたけど、今は聞く気がないから聞こえなかった。


扉の外には唖然とした顔のアレンが立っていたけど、他の職員にする時と同じように僕は彼の方に少し頭を下げて、その場を後にした。
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