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煌びやかな装飾が施された馬車がトレードの王宮に向かって進む。
道の両端にはその馬車に乗った他国の王族を見ようと、民達が押し寄せていた。
町の中はすっかりお祭りムードで、トレードとアグリアの小さな国旗が無数に飾られていてる。
今回、トレードとアグリアは交易に関する大きな条約を結ぶことになっている。
互いの国の行き来もしやすくなる上に、今まで手に入りにくかった魔石や鉱物の入手まで流れが容易くなるのだ。
市民の暮らしも格段に豊かになるだろう。
それだけの期待が高まっていることがこの町の雰囲気からも見てとれる。
そんな歓迎ムードが似合わない男が一人。
一番輝きを放つ大きな馬車の中でその大きな身体を座席にだらんと預けている。
マダラ模様の尻尾は力無く座席から垂れ下がり耳もへにょり、と元気がない。
その萎れた男の前に座る同じくマダラ模様の耳を生やした獣人。
大人の色気が漂うその獣人は、息子の失態とも言える話をサリューから聞き終始呆れ顔である。
「番を怖がらせた挙句逃げられるとは・・・何とも未熟なことよ。」
「・・・国王様、それ以上本当のことを言われますと、我が主人はもう後悔で溶けて無くなってしまうやもしれません。」
「・・・父上もサリューも黙ってくれ・・・俺をそっとしておいてくれ・・・」
「そろそろ切り替えろ、ハザック。番探しは無事これが終わった後で手伝ってやる。」
「・・・もう会えないかもしれない・・・嫌われたのかもしれない・・・ああ、どうしたら・・・」
「ハザック様、ベソベソしないでください。馬車にカビが生えそうです。」
「お前、本当に俺の側近かよ・・・」
「ええ、そうです。あなたの側近が私以外に務まるとお思いですか?さあ、城が見えましたよ。殿下、お気を確かに。」
「・・・・・・分かったよ。」
ハザックは、はあ、とため息を一つ。
そのあと自分で両頬をバチン、と強めに叩く。
開かれた瞳には、先ほどまで消えかかっていた王子の貫禄が見えた。
「じゃ、行くか。さっさと終わらせよう。」
「よし。それでこそ私の息子だ。」
「番探し約束だからな。ま、自力で探し出すけど。」
「ハザック様、襟が少々曲がっております。ちょっと、失礼を・・・、これでよし。さあ、参りましょう。」
馬車が止まり、扉が開かれた。
アグリアの城といい勝負といった大きさのトレードの城が目の前に聳え立つ。
その豪勢な門の前にはすでに要人達が勢揃いである。
「ようこそ、トレードへ。久方振りですな、キベット殿。」
トレードの国王チャーチルとアグリアの国王キベットが固い握手を交わす。
勿論その後はハザックとも。
「大きくなられましたな」と声をかけられたハザックはにこりと笑って返事をしたが、正直ハザックはこの国の王族のことを覚えていない。
というか印象が薄い。
トレードに来たのは本当に子どもの頃だからだ。
性格がキツそうな王妃のことは覚えているがそれ以外のことは・・・・・・、とハザックがぼんやり考えていると「初めまして」と柔らかな男の声が近くで聞こえた。
「何か心配事でも?それとも御気分がよくありませんか?」
「あ、いや、申し訳ない、考え事をしていて・・・貴方は・・・」
「初めまして。第一王子のルイーズと申します。この度は遠路はるばるお越しいただきまして、心より感謝申し上げます。滞在中は私が国をご案内致しますので。どうぞよろしく。」
「こちらこそ、どうぞよろしく。俺はアグリア第一王子のハザックだ。」
「ハザック様、後程弟達を紹介します。では、会議室はこちらです。案内いたします。」
にこりと、微笑んだルイーズはやはり美しい。青い瞳なんて、本当に吸い込まれてしまうのではないかと思うほどに。
見惚れるほどだったが、ハザックの心にはもう決めた相手がいる。
彼の小さく柔らかな手の感触をまた思い出し、ポケットに密かに忍ばせたあの鈴を無意識に触ると、ちりん、と小さな小さな音がなった。
気を引き締めて、ハザックも王子の微笑みをルイーズに返す。こんな時間はさっさと終わらせて、愛しの相手を探しに行かねばならない。
会議室へ向かい途中、横を歩くルイーズの輝く銀髪を見ながら「後程紹介すると言った弟達もきっと美しいのだろう」とハザックはぼんやり考えていた。
道の両端にはその馬車に乗った他国の王族を見ようと、民達が押し寄せていた。
町の中はすっかりお祭りムードで、トレードとアグリアの小さな国旗が無数に飾られていてる。
今回、トレードとアグリアは交易に関する大きな条約を結ぶことになっている。
互いの国の行き来もしやすくなる上に、今まで手に入りにくかった魔石や鉱物の入手まで流れが容易くなるのだ。
市民の暮らしも格段に豊かになるだろう。
それだけの期待が高まっていることがこの町の雰囲気からも見てとれる。
そんな歓迎ムードが似合わない男が一人。
一番輝きを放つ大きな馬車の中でその大きな身体を座席にだらんと預けている。
マダラ模様の尻尾は力無く座席から垂れ下がり耳もへにょり、と元気がない。
その萎れた男の前に座る同じくマダラ模様の耳を生やした獣人。
大人の色気が漂うその獣人は、息子の失態とも言える話をサリューから聞き終始呆れ顔である。
「番を怖がらせた挙句逃げられるとは・・・何とも未熟なことよ。」
「・・・国王様、それ以上本当のことを言われますと、我が主人はもう後悔で溶けて無くなってしまうやもしれません。」
「・・・父上もサリューも黙ってくれ・・・俺をそっとしておいてくれ・・・」
「そろそろ切り替えろ、ハザック。番探しは無事これが終わった後で手伝ってやる。」
「・・・もう会えないかもしれない・・・嫌われたのかもしれない・・・ああ、どうしたら・・・」
「ハザック様、ベソベソしないでください。馬車にカビが生えそうです。」
「お前、本当に俺の側近かよ・・・」
「ええ、そうです。あなたの側近が私以外に務まるとお思いですか?さあ、城が見えましたよ。殿下、お気を確かに。」
「・・・・・・分かったよ。」
ハザックは、はあ、とため息を一つ。
そのあと自分で両頬をバチン、と強めに叩く。
開かれた瞳には、先ほどまで消えかかっていた王子の貫禄が見えた。
「じゃ、行くか。さっさと終わらせよう。」
「よし。それでこそ私の息子だ。」
「番探し約束だからな。ま、自力で探し出すけど。」
「ハザック様、襟が少々曲がっております。ちょっと、失礼を・・・、これでよし。さあ、参りましょう。」
馬車が止まり、扉が開かれた。
アグリアの城といい勝負といった大きさのトレードの城が目の前に聳え立つ。
その豪勢な門の前にはすでに要人達が勢揃いである。
「ようこそ、トレードへ。久方振りですな、キベット殿。」
トレードの国王チャーチルとアグリアの国王キベットが固い握手を交わす。
勿論その後はハザックとも。
「大きくなられましたな」と声をかけられたハザックはにこりと笑って返事をしたが、正直ハザックはこの国の王族のことを覚えていない。
というか印象が薄い。
トレードに来たのは本当に子どもの頃だからだ。
性格がキツそうな王妃のことは覚えているがそれ以外のことは・・・・・・、とハザックがぼんやり考えていると「初めまして」と柔らかな男の声が近くで聞こえた。
「何か心配事でも?それとも御気分がよくありませんか?」
「あ、いや、申し訳ない、考え事をしていて・・・貴方は・・・」
「初めまして。第一王子のルイーズと申します。この度は遠路はるばるお越しいただきまして、心より感謝申し上げます。滞在中は私が国をご案内致しますので。どうぞよろしく。」
「こちらこそ、どうぞよろしく。俺はアグリア第一王子のハザックだ。」
「ハザック様、後程弟達を紹介します。では、会議室はこちらです。案内いたします。」
にこりと、微笑んだルイーズはやはり美しい。青い瞳なんて、本当に吸い込まれてしまうのではないかと思うほどに。
見惚れるほどだったが、ハザックの心にはもう決めた相手がいる。
彼の小さく柔らかな手の感触をまた思い出し、ポケットに密かに忍ばせたあの鈴を無意識に触ると、ちりん、と小さな小さな音がなった。
気を引き締めて、ハザックも王子の微笑みをルイーズに返す。こんな時間はさっさと終わらせて、愛しの相手を探しに行かねばならない。
会議室へ向かい途中、横を歩くルイーズの輝く銀髪を見ながら「後程紹介すると言った弟達もきっと美しいのだろう」とハザックはぼんやり考えていた。
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