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「お前のような下民がこちらに来るのは珍しいな。」
「・・・・・・申し訳ございません、兄上。」
「お前に兄と呼ばれる筋合いはない。さっさと消えろ。」
「・・・・・・申し訳・・・ございま、せん・・・」
カツ、カツ、と苛立ったように靴音をたてながら護衛騎士を引き連れ大理石の廊下の中央を歩いて去っていく青年とは対照的に、その廊下の端に寄り、片膝をついて頭を下げた黒髪の青年。
一切振り返ることなく、目的地へと歩いていく美しい青年がトレードの第二王子、アルジャーノだ。
一つに束ねられた銀髪に、薄灰色の瞳。
魔力も高く、その切長の目で睨まれただけで、冷や汗が出るほどの圧がある。
「・・・リシェル様、大丈夫ですか?」
「心配かけて、ご・・・めん、ね。僕なら大丈夫、だよ。」
「・・・手が震えておりますよ。さあ、参りましょう。僭越ながら、お手を取らせていただいてもよろしいですか?」
「ありがとう・・・グラッツ。」
護衛騎士のグラッツは、騎士の名にふさわしい体格の男だった。
その強面の相貌に似合わず、頭も良く、心優しい男で、リシェルの立場をよく理解している。
この時も「臣下にそう容易く礼を述べる必要はありません」とリシェルを優しく嗜めたが、リシェルはへらりと、困ったように笑うのだった。
リシェルは、この国の第三王子。
現国王が国の南方を外遊中、そのあまりの美しさに半ば強引に王都へ連れ帰った女性が踊り子だったリシェルの母、ナーシーだ。
リシェル同様、美しい黒髪に、新月の夜のような漆黒の瞳。
そして、その二人の間に生まれたのがリシェルだった。
リシェルは普段この王宮とは別の場所で慎ましく暮らしている。
そこはナーシーがリシェルを産む前から住んでいた離宮。
突然見知らぬ女と一緒に王宮に戻ってきた国王に、正室、つまり王妃であるリリベットは、嫉妬で怒り狂った。
様々な手法で嫌がらせを受けたナーシーは側室になった後すぐにその離宮へと暮らしを移したのである。
国王とリリベットの間には二人の息子がいた。そのうちの一人は先ほどのアルジャーノで、リシェルよりも数ヶ月早く生まれた。
順番通りリシェルは第三王子となったわけだが・・・
「お前の母親は南方の踊り子だったのでしょう。穢れた血が混ざってるのではないの?それ以上、近寄らないで頂戴。」
リシェルが十三歳の時、ナーシーは事故で亡くなった。
その喪中で、初めてまともに対面したリリベットに言われた言葉。
当時のリシェルには穢れた血がどういう意味なのか理解できなかったが、悪意があることだけはわかった。
それまでナーシーがリシェルを頑なに王宮へは連れて行かなかった理由を、身をもって知ったのである。
そしてリシェルが国王の火遊びの結果生まれた邪魔な存在なのだということをリリベットやその取巻き達に嫌になる程聞かされ、今に至る。
「・・・耐えられるかなぁ、僕。」
「入る前から弱音を吐かないでください。さあ、扉をあけますからね。気を確かに。」
「・・・もう気を失いそうだよ、グラッツ。」
今日は王族が一堂に会する日。
いつもはリシェルだけ外されていたが、何故か今日はお呼びがかかったのだ。
「・・・よし。頑張るぞ・・・」
ギィ────と大きな扉が開かれる。
リシェルは自分のその柔らかな黒髪を片方耳にかけると、ガチガチに緊張した面持ちで足を踏み入れた。
「・・・・・・申し訳ございません、兄上。」
「お前に兄と呼ばれる筋合いはない。さっさと消えろ。」
「・・・・・・申し訳・・・ございま、せん・・・」
カツ、カツ、と苛立ったように靴音をたてながら護衛騎士を引き連れ大理石の廊下の中央を歩いて去っていく青年とは対照的に、その廊下の端に寄り、片膝をついて頭を下げた黒髪の青年。
一切振り返ることなく、目的地へと歩いていく美しい青年がトレードの第二王子、アルジャーノだ。
一つに束ねられた銀髪に、薄灰色の瞳。
魔力も高く、その切長の目で睨まれただけで、冷や汗が出るほどの圧がある。
「・・・リシェル様、大丈夫ですか?」
「心配かけて、ご・・・めん、ね。僕なら大丈夫、だよ。」
「・・・手が震えておりますよ。さあ、参りましょう。僭越ながら、お手を取らせていただいてもよろしいですか?」
「ありがとう・・・グラッツ。」
護衛騎士のグラッツは、騎士の名にふさわしい体格の男だった。
その強面の相貌に似合わず、頭も良く、心優しい男で、リシェルの立場をよく理解している。
この時も「臣下にそう容易く礼を述べる必要はありません」とリシェルを優しく嗜めたが、リシェルはへらりと、困ったように笑うのだった。
リシェルは、この国の第三王子。
現国王が国の南方を外遊中、そのあまりの美しさに半ば強引に王都へ連れ帰った女性が踊り子だったリシェルの母、ナーシーだ。
リシェル同様、美しい黒髪に、新月の夜のような漆黒の瞳。
そして、その二人の間に生まれたのがリシェルだった。
リシェルは普段この王宮とは別の場所で慎ましく暮らしている。
そこはナーシーがリシェルを産む前から住んでいた離宮。
突然見知らぬ女と一緒に王宮に戻ってきた国王に、正室、つまり王妃であるリリベットは、嫉妬で怒り狂った。
様々な手法で嫌がらせを受けたナーシーは側室になった後すぐにその離宮へと暮らしを移したのである。
国王とリリベットの間には二人の息子がいた。そのうちの一人は先ほどのアルジャーノで、リシェルよりも数ヶ月早く生まれた。
順番通りリシェルは第三王子となったわけだが・・・
「お前の母親は南方の踊り子だったのでしょう。穢れた血が混ざってるのではないの?それ以上、近寄らないで頂戴。」
リシェルが十三歳の時、ナーシーは事故で亡くなった。
その喪中で、初めてまともに対面したリリベットに言われた言葉。
当時のリシェルには穢れた血がどういう意味なのか理解できなかったが、悪意があることだけはわかった。
それまでナーシーがリシェルを頑なに王宮へは連れて行かなかった理由を、身をもって知ったのである。
そしてリシェルが国王の火遊びの結果生まれた邪魔な存在なのだということをリリベットやその取巻き達に嫌になる程聞かされ、今に至る。
「・・・耐えられるかなぁ、僕。」
「入る前から弱音を吐かないでください。さあ、扉をあけますからね。気を確かに。」
「・・・もう気を失いそうだよ、グラッツ。」
今日は王族が一堂に会する日。
いつもはリシェルだけ外されていたが、何故か今日はお呼びがかかったのだ。
「・・・よし。頑張るぞ・・・」
ギィ────と大きな扉が開かれる。
リシェルは自分のその柔らかな黒髪を片方耳にかけると、ガチガチに緊張した面持ちで足を踏み入れた。
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